第26話 変わり始めるストーリー

 俺はギルドで、しゃがみこみ、頭を抱えていた。


 完全にやらかしてしまった。

 よかれと思って、深く考えずに言った一言が、ついにゲームのストーリーに影響を及ぼしてしまったのだ。


 本来、勇者が商隊の護衛任務を受けた際、途中で盗賊に襲われ、荷物を奪われてしまう為、盗賊のアジトに乗り込む事になるのだ。


 だが、それを知っていた俺は、男勇者が任務に行く前に、何か起こるかもしれないから気をつけろと助言をしてしまった。


 油断して殺される、なんて事にならない様にと思って言った助言だった。


 だがそれは、結果として男勇者の警戒心を強め、盗賊から荷物を奪われる事なく、任務を達成してしまったのだ。


 おかげで盗賊のアジトが無傷で残ってしまった。


 何が問題かって?

 盗賊のアジトは今、邪神の使徒に乗っ取られているんだよ。


 実は盗賊が盗んだモノも、邪神復活の為の実験に必要なモノだったんだよ。


 アジトに向かった時に、勇者は邪神の使徒に会う。

 実は先日のゴブリンキングも邪神の使徒による実験で生まれたモンスターだった。と知るとか、色々イベントがあったんだよ。



 それが全部、なくなってしまった。


 ヤバイな、どうしよう?


「リクト、大丈夫?」


 悩む俺を、ユミーリアが心配してくれる。


 大丈夫じゃない。

 これが今後、どういう影響を及ぼすかわからないんだ。

 もしかしたら、前回の様に時間が経つとパワーアップするモンスターとかが生まれてるかもしれない。


 それを放っておけば、取り返しがつかなくなる。



 こうなったら、俺がやるしかないのか?

 盗賊のアジトに乗り込んで、勇者の代わりに邪神の使徒を倒すしか、ないか?


 今ならまだ、ストーリーが大きく変わる事はないかもしれない。


 ストーリーが大きく変われば、何が起こるかわからなくなって、最悪世界が滅びるかもしれない。


 そうはさせない、俺はこのゲームの世界が好きだ。

 無事にストーリーを乗り切って、幸せに暮らすんだ!



 しかしここで問題がある。

 今の俺に、盗賊や邪神の使徒が倒せるかだ。


 確かあのイベントの推奨レベルは、17だったか?


 俺は男勇者の現在の強さを見る為、ステータスサーチを使った。


《ユウ レベル16 冒険力2170》


 微妙に足りてないな。

 まあ、あくまで推奨レベルだから、今のレベルでも勇者ならなんとかなるだろう。


 しかし俺はダメだ。


 勇者がレベル16で冒険力2170だから、それ以上の冒険力が必要だろう。

 だが俺の現在の冒険力は……654だ。話にならない。


 勇者である、ユミーリアはどうだ?


 俺はユミーリアにも、ステータスサーチを使う。


《ユミーリア レベル12 冒険力1600》


 ダメだ足りてない。俺達だけでは盗賊のアジト制圧は無理だ。


 どうする?

 男勇者に頼むか?



 ……男勇者に頼む?


 そうだ、それだよ! 別に男勇者が行ってもいいんだ。


 うん、それしかないだろう。


「ユウ!」

「な、なんだい? さっきからずっとお尻が光っているみたいだけど?」


 ステータスサーチは俺のチー路能力だ。俺がチート能力を使う時、俺の尻が光る。


「……未来が、見えたんだ」

「え? またかい?」


 男勇者には、俺が勇者の未来が見えるという事は話してある。

 すでに何回か、事件が起きるという事は当たっているので、さすがに信用してくれているだろう。


 俺は実際にはステータスサーチによって光った尻の事を、未来が見える能力を使って尻が光った事にした。


「ああ、ここから南西……今回お前達が護衛任務で行った道の途中に、盗賊のアジトがあってな、その盗賊のアジトをつぶさないと、大変な事になるんだ」


 俺は男勇者の目を見る。


「だが、今の俺達では盗賊のアジトをつぶすにはレベルが足りないんだ。そこでユウ、お前達の力を貸して欲しい」


 そう語り、男勇者の仲間達、戦士と魔法使いと僧侶を見る。


「大変な事って、何よ?」


 魔法使いがうさんくさそうに聞いてくる。


「あなたがユウの未来を見れる能力を持ってるのは、ユウから聞いてるけど、私はいまいち信用していないのよね」

「でもマホさん、今回もお尻の人が言った様に、盗賊の襲撃がありましたよ?」


 僧侶さんや、フォローしてくれるのはありがたいが、お尻の人はやめてほしい。


「そんなの、護衛任務なら起きる可能性が高い事じゃない。適当に言っても当たるわよ」


 どうやら、魔法使いは俺の事を信用していないみたいだ。


 まあそうか。別に一緒に任務を受けた事もなければ、ちゃんと話をした事もないんだもんな。


 俺としては何度か話をしたし、一緒にパーティを組んだ事もあるんだが、それは俺が死んでしまった時の話だ。

 結果的には、俺はユウ達とパーティを組んだ事はなかった事になっている。


「あなたに以前、回復魔法をかけてもらった恩を忘れたわけじゃないわ。でもね、未来が見えるなんて話を信じて、あるかどうかもわからない盗賊のアジトをつぶすなんて事、気軽に協力できる事じゃないのよ」


 魔法使いの言う事もわかる。


 しかしこのままでは……盗賊のアジトを放っておく事で何が起きるかわからないままではいられない。



「……少し、いいでしょうか?」


 ラブ姉が突然、話しかけてきた。


「リクトさん、ただ協力をお願いする、というよりは、ユウさん達に依頼をする、というのはどうでしょうか?」


 依頼?

 協力ではなく、依頼……か。


「それだ! ラブ姉ありがとう! どうだろう、依頼なら、受けてくれるか?」

「そ、そりゃあ、依頼なら……でも、いったい、いくらで依頼するつもりよ?」


 今の俺には、二つ返事で受けてもらえるほどの金は無い。だが、俺にはとっておきのものがある。


「イノシカチョウのレア肉だ」

「え?」


 そう、ラブ姉いわく、5年に1度しかお目にかかれない、幻のレアドロップ品だ。


「俺の手元には、イノシカチョウのレア肉が2つある。その内の1つを報酬になら、どうだ?」

「い、イノシカチョウのレア肉ですって? 何を馬鹿な、そんな幻のモノが、あるわけ……」


 お、食いついてきたな。なら、話は早い。


「ラブ姉!」

「はい、ご心配なく。本日リクトさんから、イノシカチョウのレア肉が2つ、納品されています」


 ラブ姉の言葉を聞いて、魔法使いは驚愕した。


「う、嘘でしょ? 幻のレア肉なのよ? なのに2つ納品して、まだ2つも手元にあるっていうの?」


「私もまだ2つも持っているなんて聞いていませんでしたが、リクトさんはどうやら、レア肉をドロップする特別な力があるみたいなんです。これまでも、ウサギットのレア肉が大量に納品されていますし、報酬に関しては私が保証しますよ」


 ラブ姉が保障してくれるとは、ありがたい。何よりの信用になるだろう。


「どうだろう? なんなら今夜、前払いって事で先にご馳走しようじゃないか! だから頼む、依頼を受けてくれ!」


 俺は魔法使いに、頭を下げる。


「わ、わかったわよ! 別に私はそこまで……ああもう! 頭を上げなさいよ! 私がひとり、悪者みたいじゃない」


 魔法使いが俺の態度にあわてていた。

 そして観念したかの様に、ため息をついた。


「はあ……ユウ、流れで依頼を受ける事になったけど、いい?」

「ああ、元々依頼なんて言われなくても、リクトの頼みなら断るつもりはなかったさ」


 男勇者がこちらを見て笑う。


「……だそうよ。それで? 具体的にこれからどうするのかしら? 尻魔道士さん」


 よし、どうやら男勇者一行の協力は得られるみたいだ。


 これなら、なんとか軌道修正できるかもしれない。


「今日はそれぞれ準備をして、夜、一度集まろう。ヤードヤの宿に来てくれ。そこでレア肉をご馳走しよう」


 俺の言葉に、魔法使いがゴクリとノドを鳴らした。


「後は明日……いや、ユウ達は帰ってきたばかりだからな、1日ゆっくり休んでもらって、明後日に盗賊のアジトに向かおうと思う」


 俺は今後の行動を提案した。


「わかったわ、いいわね? ユウ」

「ああ、よろしく頼むよ、リクト」


 男勇者は自分のパーティに確認を取る。


 俺も、ユミーリアとコルットに確認を取る事にした。


「悪い、ほとんどひとりで決めて。いいかな? ユミーリア、コルット」


 俺はユミーリアとコルットを見る。

 自分達を無視して決めた事に、怒っていないだろうか、少し心配だった。


「うん、リクトの決めた事なら、私は異論は無いわ」

「私も、おにーちゃんが必要だって決めた事なら、ついていくよ」

「ありがとう、二人とも」


 俺は二人に感謝した。


 振り返ってみれば、焦ってひとりで突っ走ってしまった気がする。


 今後は気をつけよう。いくら必要な事でも、パーティに相談無しで決めるのはあまり良くないからな。


「俺達も、明日は1日休みにしよう。それで明後日、ユウ達と盗賊のアジトに向かうって事でいいかな?」

「わかったわ」

「はーい」


 俺はしっかりと二人に確認した。


「……っ! リクト、もしかしてなんだけど、ユミーリアとパーティを組んでくれたのかい?」


 あ、そういえば、ユミーリアとパーティを組んだのは、男勇者が依頼に向かった後だったか。


「わ、悪い、その……色々考えた結果、こうなった」

「悪いなんて事ないさ! 君の一族の掟を破ってまで、妹と組んでくれたんだ、むしろ感謝するよ!」


 男勇者が俺の手をとり、振り回して感謝していた。


 まあ、元々一族の掟なんてなかったんだけどさ。

 なんだかちょっと罪悪感がわいてくる。


「あら、ユウの妹さんのパーティのお願いだったのね。なら、試したり考える必要もなかったのね、はあ……」

「まあまあ。マホさんのその慎重さに、私達は助けられていますから」


 魔法使いがため息をつき、僧侶が慰めていた。


 やっぱり試されていたのか、俺。


「なんだかわからんが、俺はとにかくユウについて行って戦えばいいんだろう? 任せておけ!」


 戦士は脳筋だった。ある意味頼もしい。



 こうして俺達は、2日後、一緒に盗賊のアジトへ向かう事になった。


 正直、俺達はいらない気もするが、本来のイベントがどこまで変わってしまっているか、見ておいた方がいいだろう。



 俺達はそれぞれ別れて、準備をする事になった。

 男勇者たちは商隊の護衛任務終了の報告をして、去っていった。


「コルット、さっき言った様に、今夜はヤードヤで食事会を開きたいんだが、いいかな?」


 俺は今さらながら、コルットに確認をとる。


「うん、大丈夫だよ! それじゃあ私は先に、お父さん達に言ってくるね」

「ああ。……そうだ、先にイノシカチョウのレア肉も持っていってくれ。今マイルームから出してくるから」


 俺はそう言ってギルドを出て、建物の影に隠れてマイルームを出した。


 マイルームに入り、冷凍庫からイノシカチョウのレア肉を取り出す。

 俺達が揃う頃にはちょうど解凍されていい具合になる事だろう。



「……」

「どうしたでござる? リクト殿」


 つい勢いで話を進めてしまったが、これは本来のストーリーの、メインイベントの1つだ。


 俺は勇者ではない。

 勇者が協力してくれるが、果たしてうまくいくのだろうか?


 俺は死ねば、死んだ日の最初からやり直す事ができるが、ゲームの様に好きな所からやり直せるわけではない。


 1日以上前からはやり直せない。


 そうなると一番怖いのは……死ぬ事はなく、細かい失敗が積み重なって、いつか大きな、取り返しのつかない事が起きるんじゃないかという事だ。


 そもそも今回の失敗は最悪だ。

 深く考えもせず、適当に男勇者にアドバイスをした事が原因だ。


 そしてその事に気づくのが、3日後だったという。取り返しがつかない状態だ。


「いや、今後はアドバイスにも、気をつけないとなと思ってさ」

「難しい事でござるな。先を見据えて勇者を手助けしないといけないというのは」


「ああ、本当に、難しいよ」


 俺はそうつぶやいて、イノシカチョウのレア肉を適当な紙に包んで、マイルームを出た。



「それじゃあコルット、親父さん達によろしく」

「うん! 任せて!」


 イノシカチョウのレア肉を受け取ったコルットは宿屋へ走っていった。



「さてリクトさん、なんだか色々ありましたが、Dランクへの昇格と、報酬の受け渡しがまだですので、もう少しお付き合いくださいね」


 ラブ姉がタイミングを見計らって、俺に話しかけてきた。


 そうだった。

 俺達はDランク昇格試験を受けてたんだっけ。完全に忘れていた。


「まずはリクトさん、ユミーリアさん、コルットさんのDランクへの昇格です。コルットさんは先に行ってしまったので、後日処理をしますね」


 俺達はラブ姉にステータスカードを渡して、Dランク昇格の手続きを受けた。


「そして次は、お待ちかねの報酬のお時間です。今回は昇格試験なので依頼料はありませんが、イノシカチョウの魔石が1つ30P(ピール)、6つで180Pですね」


 おお、そこそこいい値段じゃないかイノシカチョウ。


「そして、気になるイノシカチョウのレア肉のお値段ですが……」


 ラブ姉がもったいぶってくる。


 頭の中で、ドラムロールが鳴っている気がする。



「じゃーん! なんと……!」


 ラブ姉の大きな胸が激しくゆれた。

 じゃーんとか、ラブ姉ちょっと可愛い。



 しかし、イノシカチョウのレア肉の値段は、ラブ姉の可愛さよりも、ラブ姉のラブルンのゆれよりも


 衝撃的な値段だった。



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