第59話 宿屋でのお楽しみ

 俺達の報告を受けてギルド長が倒れてから数十分後、ヒゲのおっさんもやってきて、ギルド長がなんとか目を覚ました。


「ああゴロウ、どうやら私は悪い夢を見ていたみたいなんだ」

「残念だったな、全て現実だ。俺もさっき、シリトから話を聞いた」


 ギルド長が再び固まった。


 だが、今度はすぐに復活した。


「ああそうかい、残念だよ」

「残念なところ悪いが、今この会議室にシリト達関係者を残してある。このまま会議をしようと思うが、いけるか?」


 そう、俺達はヒゲのおっさんに言われてギルド長を会議室に運び、この会議室で待機させられていた。


「ああ、ナイス判断だゴロウ。今回の事は、なるべく早く済ませた方がいい」


 ギルド長はヒゲのおっさんが用意した水を一気に飲み干し、両手で頬を叩いた。


「さて、悪いがもう一度確認させてもらうよ? ブルードラゴンの討伐に出かけたら、そこに邪神の使徒が現れて、妙な薬でブルードラゴンをアンデッドドラゴンに変えちまった。そしてその邪神の使徒はアンデッドドラゴンを吸収して、パワーアップした、と?」


 俺達はギルド長の言葉にうなずいた。


「さらにその場には、あのアクデス帝国のダークレディーズが居た。どういう目的かは知らんが、邪神の使徒を援護していた上、エリシリアがロイヤルナイツだと知りながら攻撃をしかけてきた、と?」


 エリシリアはその言葉にうなずいて答える。


「ついでに言うと、これから全世界に対して戦争を起こすと言っていたな。しかもまずは我が国、セントヒリアを侵略するとも言っていた」


 エリシリアの言葉を受けて、ギルド長の意識が再び飛びかける。


「しっかりしろアリア。現実を受け止めるんだ」

「出来る事なら今すぐ放り投げて帰りたいよ」


 ヒゲのおっさんの言葉もむなしく、ギルド長は頭を抱えた。


「事実上の宣戦布告じゃないか……どうしたもんか」


 ギルド長はそのまま黙ってしまった。


 そこで、エリシリアが手をあげる。


「なんだい?」

「ひとまず、城に報告すべきかと」


 うん、エリシリアの提案はもっともだった。


「そうだね、それしかないね……はあ、また城に行くのか」


 どうやらギルド長は、あまり城には行きたくないみたいだった。


「ギルド長、まずは私が城に報告に行こう。その上でいつどの様にするかは、追って知らせるという事で、どうだろう?」


 エリシリアを見て、ギルド長は再度頭を抱える。


 そして、何かを決意した様な表情になり、顔をあげた。


「あんただけに行かせるわけにはいかないよ。私も行こう。他の者は解散していいが、何かあったらすぐに召集に応じておくれ」


 そう言うと、ギルド長は出かける準備を始めた。


「そういうわけだシリト。お前は間違いなく呼ばれるだろうから、あんまりフラフラするんじゃないぞ。あと、今回の事は絶対に誰にもしゃべるなよ」


 ヒゲのおっさんが俺の肩に手を置いて、その場にいる全員に言った。


「わかってるよ、誰にも言うつもりはないさ。宿屋で大人しくしているから、何かあったら呼んでくれ」


 俺達は大人しく、宿屋に帰る事にした。


「リクト、僕達は……」


 一方、話にいまいちついてこれていなかったのは、男勇者達だった。


「アクデス帝国ってのが攻めてくるっていうのはわかったけど、あの女の子や黒い騎士はなんだったのよ? 邪神の使徒って言ってたけど、その、ユウやユミーリアの知り合い、なんでしょう?」


 話を切り込んできたのはいつも通り、魔法使いだった。


 ユミーリアも男勇者も、どう説明するべきか、迷っている様だった。


「……あの二人は、ユウとユミーリアの幼馴染の兄妹だ。黒騎士が兄のゼノス、女の子の方が妹のフィリスだ。そうだな、ユウ、ユミーリア?」


 俺は言いづらそうにしている二人のかわりに答えた。


「リクト、どうして君はそこまで?」


 男勇者がこちらを驚いた顔で見ていた。


「俺はお前達とは別に、先にあの二人に会っている。先日のオーガの騒動の時にな。その時に聞いたんだ」


 我ながら微妙な嘘だな。


 フィリスには会っているが、ゼノスには会っていない。


 だが、ゲームで先に知っていた、というよりはいいだろう。


「リクト、そうだったんだ、フィリスだけじゃなく、ゼノスにも会ってたんだね」

「……すまんな、他にも色々あって、ゼノスに会った事を言うの忘れてた」


 俺はユミーリアに謝る。

 微妙に嘘なので、ちょっと罪悪感を感じる。


「そうか、リクトは先に二人に会っていたのか」


 男勇者が何かを考え、そして空を見て、つぶやく。


「ねえリクト、二人はどうして邪神の使徒になったんだろう? どうしたら二人を、元に戻せるのかな?」


 さっきも言っていたな、それ。


 理由は、口にするのは簡単だが俺がここで答えていいのかわからない。

 元に戻せるかは、口にするより難しい。


「俺はあの二人が、ユミーリア達の幼馴染だって事しか、聞いていない」


 だから、俺にはこう答える以外、思いつかなかった。


「……そっか」


 男勇者が残念そうにつぶやく。


 この問題は、二人になんとかしてもらうしかないだろう。


 全部無視して、俺がゼノスとフィリスをブッ飛ばすのもアリだが……しかしそれは、敵とはいえゼノスとフィリスが望む事ではないだろう。


 それに俺が出しゃばれば、本来のストーリーどころではなくなってしまう。


 やはり、二人になんとかしてもらうしかないのだ。


 もちろん、ユミーリアがピンチになる様な事があれば全力で相手をブッ飛ばすがな。

 

 ……ユミーリアがピンチになる様な相手を、俺がブッ飛ばせるかはわからないけど。

 それでもだ、ユミーリアを見捨てる様な事は、絶対にしない。



 エリシリアはそのままギルド長と一緒に城に向かう事になった。ヒゲのおっさんは留守番らしい。


「それではリクト、行ってくる」

「ああ、何かあったら呼んでくれ、すぐに行く」


 俺達はエリシリアを見送った。


 残った男勇者達もギルドで別れて、それぞれ宿屋に向かう。



「おうコルット、おかえり!」


 宿屋に着くと、コルットの親父さんが迎えてくれた。


「んー、ただいまー」


 コルットは眠そうだった。というかさっきまでほぼ寝ていたからな。


「なんでえ、眠そうだなコルット、どうした?」

「みんなむずかしい話ばっかりでつまんないの」


 小さいコルットには、話が難しすぎた様だった。


 俺はコルットの親父さんに、城から召集がかかるかもしれないから待機する事になっている事を伝えた。


「何やらかしたんだ、あんた?」

「俺がやらかしたわけじゃないんだけどなぁ」


 説明したいところだが、ヒゲのおっさんに誰にも言うなって言われてるしな。


「ごめん親父さん、城から招集がかかるかもしれない事で、誰にも言うなって言われてるんだ」

「おう、その時点でタダ事じゃねえな。わかった、聞かねえからゆっくりしていけ」


 親父さんはそう言って、俺達を中に入れてくれた。

 こういう時、察しが良い親父さんはありがたい。


 コルットはそのまま部屋に戻って、寝てしまった。


「……」


 ユミーリアは、何か考え込んでいた。


 無理もないか、フィリスに続いてゼノスまで現れて、二人とも邪神の使徒になってたんだもんな。


 ……しょうがない。ここは愛しのユミーリアの為だ、なんとかするか!


「ユミーリア、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

「え? なにリクト?」



「俺の部屋にきて欲しいんだ」



 俺はユミーリアを部屋に誘った。


 ユミーリアの顔が真っ赤になっていた。可愛い。


「おっ、なんだリクト。女の子を部屋に連れ込むなんて……おっと、野暮は言わねえ、城から連絡があった時はちゃんとノックするから安心しろ」


 親父さんがそう言ってウインクした。ウザイ。

 ユミーリアはそれを聞いて、ますます顔を赤くした。体から湯気が出ている。


 俺はそそくさとユミーリアと2階の部屋に向かった。


 まったく親父さんめ、余計な事を……


 しかし、そう思いながら、俺はユミーリアを自分の部屋に誘うという事に、改めてドキドキしていた。


「どうぞ」


 俺はユミーリアを部屋に招き入れる。


 そういえば、宿屋の俺の部屋にユミーリアを入れたのは、初めてか?


「お、お邪魔します」


 ユミーリアも若干緊張して入ってきた。


「まあ、座ってくれ」


 ユミーリアは遠慮がちに、ベッドに腰掛ける。


 俺もそのまま、ユミーリアの隣に腰掛けた。


 うん、好きな子と二人で、ベッドに腰掛けるって、ちょっと理想のシチュエーションだな。


「それでリクト、話ってなに?」


 ユミーリアが上目づかいで聞いてきた。


 可愛い、超絶可愛い。このまま愛について語り合いたい。


 しかし、残念ながら今回の話は別だ。


 理性でおさえろ! おさえるんだ!


 俺はなんとかユミーリアを押し倒したい衝動をおさえ、真面目な顔を作った。


 本当は自分で気付くまで放っておきたいが、男勇者と違って、ユミーリアは放っておけない。


 少しくらいなら、甘やかしてもいいよな? と思った俺は、フィリスとゼノスについて、話す事にした。


「ああ、フィリスとゼノスの事についてなんだ」


 二人の名前を聞いて、ユミーリアの身体が硬直した。


「ユウにはああ言ったが、俺には二人が邪神の使徒になった理由に、心当たりがある」


 俺の言葉を聞いて、ユミーリアがハッとこちらを見る。


「教えてリクト! フィリスはどうして、あんな……」


 ユミーリアは悲しそうな顔をする。


 幼馴染が邪神の使徒になり、モンスターを吸収するという光景はやはりツライものがあったのだろう。


「あくまで俺の予想だけど、二人は……ユミーリア達に、置いていかれたくなかったんだと思う」

「私達に、置いていかれたくない?」


 ユミーリアはいまいちわからないといった顔をしていた。


「ユミーリア、ユミーリアはユウが勇者として旅立った時、どう思った?」


「どうって、私を置いていくなんてズルイって……あ!」


 そう、実はユミーリアも同じなのだ。


 方法が違うだけで、キッカケはあの兄妹と同じだった。


「そっか、二人も……私達に置いていかれたと思って」

「あくまで俺の予想だけどな」


 ユミーリアは手にグッと力をこめる。


「でも、だからって、どうして邪神の使徒なんかに……!」

「そこは……色々あったんだと思う」


 俺はユミーリアの頭に手を置いて、優しく撫でる。


「リクト?」


「ユミーリア、大変かもしれないけど、フィリスの事は、ユミーリアがフィリスとしっかり向き合って、ちゃんと本当の事を聞くんだ」


「本当の……事?」


 ユミーリアは俺に頭を撫でられながら、困惑した顔をしていた。


「ああ、今俺が言った事はあくまで予想だ。本当の事は、ユミーリアが、ユミーリアの言葉で、ちゃんとフィリスに聞くんだ」


 俺の言いたい事がわかったのか、ユミーリアはうなずく。


「そして、二人を元に戻す方法だけど……これは、俺にもわからない」


 それを聞いて、ユミーリアはうつむいた。


 やはり、これじゃダメだな。出来ればユミーリア自身が考えて行動して欲しいけど、好きな子のつらそうな顔は、これ以上見たくない。


「わからないけど、それでも俺がユミーリアにアドバイスをするとすれば……方法はひとつだ」

「なに? どうすればいいのリクト!?」


 ユミーリアが食いついてきた。


「それはだ……全力で、フィリスをブッ飛ばすんだ!」


 俺の言った言葉に、ユミーリアの目が点になる。


「え? ブッ飛ばし、ちゃうの?」

「そうだ! どうせ何を言ったって、フィリスは聞かないだろう。だったらトコトンブッ飛ばして、それから話をするんだ」


 ユミーリアはしばらく黙っていた。


 しかしやがて、プッと噴き出して、笑った。


「あは、あはは! なにそれ? あはは……でも、そっか、そうだね。言っても聞かない子は、オシオキして言う事を聞いてもらうしかないよね!」


 ユミーリアは笑っていた。どうやら、吹っ切れたみたいだ。


「リクト、なんだかウチのおじいちゃんみたい。あははは!」


 ユミーリアのおじいさんか。どんな人なんだろう? いずれ、挨拶にいかないといけないんだろうな。


「うん、なんだかスッキリした。やっぱり、リクトはすごいよ」

「そっかな、あんまり大した事言ってないと思うんだが?」

「ううん」


 ユミーリアが目を閉じて、首を振る。


「リクトは、私にいつも勇気をくれる。いつも私を導いてくれる」


 そう言って、ユミーリアが俺に身体を預けてきた。


「ありがとう、リクト」


 俺はそのまま、ユミーリアの髪を撫でる。


 綺麗な金色の、3本のテールだった。


 いつもは元気にゆれていて可愛いトリプルテールが、今日はなんだか、しっとりしていて、1本1本が愛おしく感じた。


「リクト……だぃ……」


 最後の方の言葉は聞こえなかった。


 どうやらユミーリアも疲れていたのか、糸が切れた様に眠った。


 俺はユミーリアのあたたかさを感じながら、これからの事を考えていた。



 しばらくしても、一向に呼ばれる気配がなかったので、俺はユミーリアを俺のベッドに寝かして、部屋を出た。


「おう、もういいのか?」


 下に行くと、親父さんが居た。

 よかった。昨夜はお楽しみでしたねとか言われないでよかった。


「ああ、ユミーリアのやつ、疲れていたのか眠ったよ」

「そうかい、コルットのやつも疲れて寝てるよ、大変だったみたいだな」


 親父さんはそう言って、冷たいお茶を出してくれた。


 それを飲み干すと、頭がスッキリしてきた。


「ありがとう、親父さん」

「良いって事よ」


 親父さんはそのままカウンターに向かう。



 そういえば、親父さんに聞きたい事があったんだった。


「なあ親父さん、この間の城の大会、見に来てたんだよな?」

「おう、お前さんとエリシリアの嬢ちゃんの愛の告白は、キッチリ見てたぜ?」


 親父さんがニヤニヤ見てくる。

 別に、愛の告白ってわけじゃなかったんだが……


「そ、それは置いといて、あの試合の中で、聞きたい事があるんだ」

「試合? 何の事だ?」


 あれはそう、ロイヤルナイツのひとり、レズリーと戦った時の事だ。


「親父さん、ロイヤルナイツの、レズリーが使ったあの技……自爆技みたいな、覇王凛影弾(はおうりんえいだん)、だっけ? あの技について教えて欲しいんだ」


 そう、それはあのオウガも使ったと思われる技。

 俺が何度も、殺された技だ。


 技の名前を聞いた瞬間、親父さんの顔色があきらかに変わった。


 俺と親父さんとの間に、微妙な空気が流れる。



 そして、親父さんはコルットの親父さんではなく、ひとりの武道家……リュウガとして、俺を試す様な目で見て、語り始めた。



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