第69話 気になるバナナ

《成人の儀式の日 AM07:00 ヤードヤの宿》


 カタカタとキーボードを打つ音が鳴って、俺にしか見えない文字が出てくる。


 今回で終わりにしてみせる。これ以上尻を撫でられるのはごめんだ。


 俺はそう決意して、部屋を出た。



 ティーポット毒殺事件。

 青い姫様がティーポットに毒を仕込んだと思われる。放っておくと黄色い姫様が死ぬ。


 俺はみんながお茶を飲んだ瞬間、ゴッドヒールを発動する。

 何事かと見られるが、休憩なので回復魔法をかけておいたと言えばいい。


 これで毒入りのお茶を飲んだみんなの毒は回復する。

 当然、俺はお茶を飲まない。ノドが渇いてないと嘘をついた。これでクリアだ。



 毒針殺人事件。

 黄色い姫様がどこから持ってきたのか、毒針で赤い姫様を刺してしまう。


 これもゴッドヒールですぐさま回復だ。

 モンスターの仕業かもと適当な事を言っておく。


 大事なのは姫様達を追い詰めない事だ。ヘタに追い詰めると、なぜか俺を殺しにくるからな、姫様達は。



 そして、密室殺人。


《同日 AM11:20 試練の洞窟 休憩所前》


 俺達はそれぞれの部屋に入る。


 俺達の部屋は白い扉の部屋だ。


 そしてその中で、俺はみんなに話をした。


「みんな、これまで姫様達が命を狙われたのは気づいているか?」


 俺の言葉に、エリシリアがうなずいた。


「ああ、リクトがしきりに回復魔法を唱えているので気にはなっていた。あの時アカリア様が倒れたのも、モンスターの仕業ではなく、誰かに命を狙われたのだな?」


 俺はエリシリアの答えにうなずく。


「そうだ、最初のティーポットには毒が入っていた。すぐに回復したがあの時一番最初にお茶を飲んだのは黄色い姫様だった。そして次は赤い姫様。だから今度は、青い姫様が狙われる番だと思う」


 まあ、実際にこの後、青い姫様が殺されるんだけどな。


「いったい誰がそんな事を?」

「大体の目星はついているが、今は犯人探しより姫様達を守る事が先決だ。そこで俺は今からマイルームを経由して、青い姫様の部屋に忍び込もうと思う」


 俺の提案に、エリシリアが待ったをかけた。


「待て、姫様の部屋に忍び込むなど正気か? いくらなんでも許可できない」

「そうは言っても、こうしている間にも何者かが青い姫様を狙っているかもしれないんだぞ? かといって、青い姫様は事情を説明すれば、部屋に入れてくれると思うか?」


 エリシリアは考える。

 そして、ため息をついた。


「いや、無理だな。あの方々は人を嫌っている。私でも部屋の中には置いてもらえないだろう」

「だろう? だからこっそり侵入して、見守るしかないんだ」


 俺の提案に再びエリシリアが考え込む。


「仕方ない、か。だがリクト、お前だけを行かせる訳にはいかない。私も同行しよう」


 なんと、エリシリアが同行を申し出てきた。


「なんでだ?」

「お前、もし姫様が着替えを始めたらどうする? まさかそれものぞく気か? さすがに許さんぞ?」


 ああそうか、一応プライベートルームだもんな。


「……わかった、だけどエリシリアは駄目だ」

「なぜだ?」

「いざという時、エリシリアは自由に動ける様にしておいて欲しい。だから……」


 俺はそう言って、ユミーリアを見る。


「ユミーリア、一緒に来てくれないか?」

「え? 私!?」


 突然呼ばれておどろくユミーリア。


「ふむ、確かに私は姫様達がたずねてくるかもしれないから、ここに残った方がいいか。ではユミーリア、リクトが姫様をいやらしい目で見ない様に、監視を頼んだぞ?」


 何を頼んでるんだ何を。

 ユミーリアは俺が見ちゃいけないシーンを見てもらう為に同行するんだろうが。


「わかった、任せてエリシリア!」


 ユミーリアがにぎりこぶしを作った。


「わたしもいくー!」

「コルットはせまい所で我慢できるか? 動いちゃ駄目なんだぞ? 退屈だぞ?」


 俺がそう言うと、コルットは嫌そうな顔をした。


「……ここで待ってる」

「ああ、エリシリアと留守番しててくれ」


 俺はコルットの頭を撫でた。すると気持ち良さそうにケモ耳を動かす。可愛い。


「よし、じゃあ行くか。行き先は青い姫様の部屋のクローゼットの中だ」


 俺はそう宣言し、マイルームを発動させた。


「……リクト、なぜマイルームでアオイ様の部屋のクローゼットの中に行けるんだ?」


 エリシリアがジト目でこちらを見てきた。


「え? えっとその……」


 エリシリアには、俺のマイルームの事は話してある。

 マイルームは一度行った事がある場所にならどこにでもいけるのだ。


 しかしそれは、一度行った事がある場所だけだ。つまり、俺は青い姫様の部屋のクローゼットの中に一度行った事がある、という事になる。


「俺の新しい能力でさ、先にそれぞれの部屋を下見しておいたんだ、な? ランラン丸」

「え? 拙者でござるか? 何の事かわからんでござるよ!?」


 そういえば、今回のランラン丸には、ゴッドタイムシリップの事は話してなかったか。

 まあ、ランラン丸の声はみんなに聞こえないからいいか。


「あとでランラン丸と一緒に説明するよ。今はとにかく、青い姫様を助けたいんだ、信じてくれ」


 俺の目を見て、エリシリアが……なぜか赤い顔をして目をそらした。


「わ、わかった! お前を信じる。その、なんだ、気をつけていって来い」


 急にエリシリアがしおらしくなった。


 なんだかよくわからないが今の内だ。


「よし、いくぞユミーリア!」

「うん! 任せて!」


 俺とユミーリアはマイルームに入り、そして青い姫様の部屋のクローゼットを出口に設定し、マイルームを出る。


 暗くてせまかった。


 大きなクローゼットとはいえ、さすがに二人はせまい。


 俺はクローゼットの隙間から外の様子を伺う。


 すると、青い姫様が椅子に座ってお茶を飲んでいる姿が見えた。


「よし、いまはまだ何ともなさそうだな」


 俺の言葉に、ユミーリアは答えない。


「ユミーリア?」


 俺はかすかに聞こえるぐらいの声で話しかける。


 するとユミーリアは、顔を真っ赤にして下を向いていた。


「あう、リクト、その……えっと」


 何をモジモジしているのかと思ったがすぐにわかった。


 せまい。


 近い。


 やわらかい。


 いい匂い。


 近い。


 可愛い。


 やわらかい。


 あああああ! マズイ! 意識してしまった!

 このせまいクローゼットの中で、ユミーリアと二人っきり! しかも密着している!


 だ、駄目だ! 落ち着くんだ俺!


 こ、これは青い姫様を助ける為であってやましい事は……やましい事は……


 俺はつい、ユミーリアのたわわな2つの果実を見てしまう。


 そしてその果実は、ユミーリアが身をよじる度に、俺に押し付けられる。


 やわらかい果実は形を変え、俺の理性を溶かしていく。


 そして、顔も近い。


 俺はユミーリアの力を覚醒させる為に、キスをした事を思い出す。


 あの時は必死だったが、俺は一度、この超絶美少女のユミーリアと、キスをしているんだよな。


 どんどん意識が、ユミーリアの唇に集中する。



 だがその時、部屋に黄色い姫様が入ってきた。


 俺とユミーリアは意識を取り戻し、クローゼットの隙間から部屋の中をのぞく。


 何かを話しているが、聞き取れない。


 やがて黄色い姫様は立ち上がり、部屋を出て行った。


 青い姫様が部屋のカギをかける。


 そしてまた、静かにお茶を飲み始めた。



 再び、沈黙が訪れる。


 ユミーリアの鼓動を、やわらかさを、あたたかさを感じる。


 俺は我慢ができなくなってきて、ユミーリアに手を伸ばし……


 た所で、赤い姫様が部屋に入ってきた。


 俺は伸ばした手を引っ込める。


 また何か会話をしている。


 すると赤い姫様が、部屋のテーブルに置かれていたバナナを食べ始めた。


 そして食べ終わると、皮をゴミ箱に捨てた。


 なるほど、だからゴミ箱にバナナの皮があったのか。


 そして赤い姫様が立ち上がり、部屋を出ようとした……



 だがその瞬間、赤い姫様は腰につけたレイピアを鞘に入れたまま振りかぶり、青い姫様の頭を思いっきり殴った。



 俺とユミーリアは息をひそめた。


 ユミーリアが声を出しそうになったので、俺はユミーリアの口を手でふさいだ。


 赤い姫様は糸を取り出し、カギに糸を巻いて外に出る。


 すると糸がカギを動かして、アッサリとカギがかかった。糸は外から引っ張られ、回収されたようだ。

 これで密室の完成だ。


 俺は唖然としていた。


 まさかこんなにも大胆な犯行だったとは。


 俺は赤い姫様の気配が遠ざかった事を確認して、すぐさまクローゼットから出た。


「リクト!」

「ああ、わかってる!」


 今ならまだ間に合うはずだ。


「ゴッドヒール!」


 俺は回復魔法を唱える。


 俺の尻からあふれでたピンク色の光が、青い姫様を包み込む。


 そして、青い姫様の頭の傷が癒えて、意識を取り戻した。


「こ、ここは? はっ! あなたは!?」


 意識が戻った青い姫様が俺から距離を取る。


「大丈夫ですか? 何か倒れる様な音がしたので見にきたら、アオイ様が倒れていたので、回復魔法をかけたのですが、何があったか、覚えていますか?」


 俺は念の為、青い姫様に確認した。


「……いえ、何も覚えていませんわ。アカリアが部屋に来て、少し話して出て行った所まではおぼえているのですけれど」


 正確には部屋を出て行かず、あんたの頭を殴ったんだけどな。


 どうやら覚えていないみたいなので、俺は適当に話を作る事にした。


「今はゴミ箱に捨てておきましたが、床にバナナの皮が落ちていました。おそらくそれを踏んで転んでしまったのだと思います」


 姫様同士でこれ以上ギスギスされても困るからな。俺は事故のせいにする事にした。


「そ、そんな馬鹿な事が!」

「ほら、床に血もついてますし。調べればアオイ様の血だってわかりますよ?」


 青姫様は床についた血を見つめた。


 まあ、その血は殴られて倒れた後についたんだけどな。


 姫様はしばらく血を見つめた後、こちらをにらみつけた。


「……忘れなさい」

「え?」


「あなた達がこの事を忘れるというのなら、私を助けた事に免じて、あなた達がこの部屋に不法侵入した事は不問にしてあげます」


 ……なるほど、確かに今の俺達は、勝手に部屋に入っている。姫様を助ける為とはいえ、不法侵入といえなくもないか。


「だから、忘れなさい、いいわね?」

「は、はい」

「わかりました」


 俺とユミーリアは青い姫様の提案に、うなずくしかなかった。


 しかしこれで、なんとか青い姫様が死ぬ事は回避できた。


 俺とユミーリアは青い姫様に一礼して、部屋を出た。


「ねえリクト、どうして本当の事を言わなかったの?」


 部屋を出ると、当然の疑問をユミーリアが投げかけてきた。


「お姫様同士がどうして殺しあっているのかはわからないけどさ。出来れば仲良くして欲しいんだ。だから、気づいていないのなら、事故って事にした方がいいと思ったんだ」


 俺の答えを聞いて、ユミーリアが驚いた。


「そっか! そうだよね。うん、私もその方がいいと思う! さすがリクト!」


 素直にそう言われると、照れると同時に罪悪感もわいてくる。


 実際は俺が死にたくないだけだ。


 どうも姫様達は興奮すると俺を犯人にして殺したがるからな。



 ……待てよ?


 今回のこの事件、赤い姫様のあのレイピアに血がついたはずだし、糸も赤い姫様が回収しているみたいだ。

 証拠がたくさんある。


 そうか、だからあの時、俺を急いで殺したのか。


 俺を犯人だと主張して殺しておけば、いくら証拠が出てきても俺に罪を被せられたと主張すればいい。

 なにせその頃の俺は物言わぬ死体だ。死人に口なしってやつだな。


 そこまで考えていたのか。だからあの時、俺を殺して笑ったのか。


 怖いよ姫様。


 俺は自分の推理にゾッとした。


 だけど、これまで青い姫様も赤い姫様も俺を犯人扱いして殺そうとしてきたのは確かだ。


 早くこの試練が終わって欲しいと、心から願った。



《同日 PM12:20 試練の洞窟 休憩所前》


 姫様達が休憩室から出てきた。


 俺達はもちろん、青い姫様が無事な事を確認して、赤い姫様がギョッとした顔をしていた。


 なにせ自分が殺した相手がピンピンして出てきたのだ。


「アオイ、どうして……」

「ん? 何アカリア? 私の顔に何かついていますの?」


 赤い姫様はわけがわからないといった感じだった。



 ともあれ、これで密室殺人事件をクリアできた。


 なんとか洞窟の奥に進む事が出来たのだ。


 俺は少し、ホッとしていた。




 そして、その後奥まではなんともなかった。


 モンスターは出たが、コルットが楽しそうにサクサク倒していく。


 姫様達がモンスターを軽く倒しているコルットにおびえていたのは内緒だ。


 そのおかげか、それからは事件は起きなかった。



《同日 PM13:40 試練の洞窟 最奥》


 洞窟の一番奥に着くと、そこには石で作られた女神像があった。


「古くから王家を見守る女神、ヒリル様だ」


 へえ、この世界じゃそんな神様が居るのか。

 てっきりあの尻好きの神様だけかと思っていた。



 -我が守護せし子達よ、我に何用か?-



 頭の中に声が聞こえてきた。偉そうだが幼い子供の声だった。


「ヒリル様、我ら王族に名を連ねる者、名をアオイと申します」


 青い姫様が像の前にひざまずいた。


「私はアカリア」

「私はイエロンです」


 続いて赤い姫様、黄色い姫様が頭を下げる。


 -ほう? 一度に三人とは珍しい。成人の儀かえ?-


「は! その通りですわ。私に、成人の証を授けて頂きたく存じます」


 そう言って頭を下げる青い姫様。


 だが、それをかわきりに、雰囲気があやしくなってきた。


「いえ! 真の姫はこの私! 私に成人の証をお与え下さい!」

「いいえ! この二人は姫失格にございます! 私にこそ成人の証を!」


 赤い姫様と黄色い姫様が叫びだした。

 それを聞いて、青い姫様も叫びだす。


「ヒリル様! この者達にまどわされてはなりません! 私こそ成人にふさわしいのです!」

「いいえ私が!」

「いえいえ私が!」


 三人がそれぞれ、勝手な事を叫びだす。


 俺達はそれを、黙って見守るしかなかった。


 エリシリアはこめかみに指をあてて嘆いている。



 -そうか。よーくわかった-



 女神様の言葉に、三人が期待のまなざしを向ける。



 -このおろか者どもが! ひとりになってやり直すが良い!-



 女神様がそう叫ぶと、激しい光が姫様達を包み込んだ。


 すぐに光は消えていき、残ったのは……



「え?」

「え?」

「え?」



 そこに立っていたのは、ひとりのお姫様だった。


 しかし、赤い姫様でも青い姫様でも黄色い姫様でもない。


 髪の色が、右側は青、真ん中は黄、左側が赤という、信号の様な髪の色になっていた。


「ま、まさか……」

「私達……」

「ひとつになってるー!?」


 姫様がひとりで三人分叫んだ。


 どうやら女神様の力で、三人がひとつになったみたいだ。



「なあリクト、私はこれをどう報告すればいいと思う?」


 エリシリアが遠い目をしていた。


 そうだな。これ、元に戻るんだろうか?



「ああ! なんて事! 私達がひとつになるなんて……! これまでの事も全部共有されていくわ! ああそう、みんなそんな風に思っていたのね! そんな事をしていたのね!」


 姫様が頭を抱えて苦悩していた。


 どうやらこれまでのお互いの意識、行動が共有されてしまったみたいだ。


「そして……」


 姫様が、こちらをギロっとにらんできた。


「あなた!」

「え?」


 姫様は俺をまっすぐに見て、間違いなく俺を指差した。


「よくも、よくも今まで邪魔をしてくれたわね! ひとつになる事で全てわかったわ。イエロンを毒殺するのに失敗したのも、アカリアを毒針で殺すのに失敗したのも、アオイを撲殺するのに失敗したのも……みんな、あなたのせいだったのね!」


 ああそうか。

 それぞれの視点で見れば、俺が殺人事件を邪魔していたのはバレバレになるのか。


 俺をにらんでくる合体姫様。


「フフフ、あなたには、たーっぷりお礼をしないとね!」


 マズイ。これはとってもマズイ。




 こちらをにらみつけてくる合体姫様。

 俺は再び、デッドポイントの気配を感じていた。


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