第68話 時間を止めろ、ゴッドタイムシリップ

 外からはカギを開ける事も閉める事も出来ない部屋。

 中からカギがかかったこの部屋で、青い姫様が死んでしまった。


 まさに、密室殺人だ。


 犯人はおそらく、赤い姫様か黄色い姫様だ。


 だが、どうやってこの部屋に入って、部屋から出た後、カギをかけたんだ?


 部屋に入る事は姫様同士だから難しくは無いのだろう。


 となると、問題は殺害方法とカギをかけた方法か。


「嘘……嘘でしょ? そんな、アオイが!」


 俺が考えていると、赤い姫様が真っ青な顔をして身体をふるわせていた。


「あ、あんたね! あんたがアオイを殺したのよ!」


 赤い姫様が俺を指差し、みんながこちらを向く。


「え? いや、俺は……」

「お尻が光るとか、怪しいと思っていたのよ! この、人殺しいいい!」


 赤い姫様は腰につけたレイピアを抜いて、俺をさした。


 ちょ、ちょっと待てよ、まだ何も調べてないってのに……


 意識が遠のく。


 最後に見たのは……



 俺をさした、赤い姫様の……笑顔だった。




「おお素晴らしき尻魔道士よ、死んでしまうとは なさけない」


「いやちょっと待てよ! なんで笑顔なんだよ!? 絶対犯人赤い姫様だろう!?」


 俺は真っ白な空間で目を覚まし、叫んだ。


「ていうかだ、まだ何も調べてないのに殺されるんじゃ、どうしようもないぞ? どうするんだよ!?」

「ふむ、なるほど……一理ありますね」


 神様がほっぺたに指を当てて考える。


「……そうですね、ではどうでしょう? あなたに新たなる力を授けましょう」

「新たなる力?」

「ええ」


 神様が腕を広げて、おおげさに語りだす。


「時を止めるチート能力です。ただし止められるだけ。能力を解除すればたとえどんなに遠くに逃げたとしても、元の位置に戻ります。どんなに物を壊したり動かしたりしても、解除すれば元に戻ります。あなたが時を止めている間に行った事は、無かった事になるのです」


 えーっと、つまりなんだ、時間を止める事ができるけど、その間に何をやっても無駄だと?


「それ、何の意味があるんだ?」

「状況把握が出来ますね。ミステリーゲーム風に言えば、現場検証でしょうか」


 ああなるほど、その時の状況が誰にも邪魔されず、確認できるわけだ。


「すっげえ微妙なチートだな」

「これでも大サービスですよ? それでどうします? 受けます?」


 ハッキリ言って欲しい。

 このまま死にまくっても、状況がわからないまま死ぬんじゃ無駄死にだ。


 だが、この神様がそんなサービスをタダでしてくれるだろうか?


「……で、力を得る為の代償はなんだ?」


 俺の言葉を聞いて、神様がニッコリと笑う。


「そうですね、当然何も無しでは力は得られません。もちろん対価は頂きます」


 やはりそうか。


「対価ってのは、どういうものなんだ?」

「まあ、対価というよりは必要不可欠な行為、といった方が正しいかもしれません」


 神様は一度目を閉じ、そして開いてこちらを真っ直ぐ見つめた。


「生です」

「は?」


 ナマ? 何の事だ?


「生です」


 神様はもう一度同じ事を言った。


「意味がわからん、どういう事だ? ナマって?」


「私があなたに力を注ぐ時、お尻を撫でますよね?」


 そうだな、うん。キモチワルイからやめて欲しいんだが、それをしないと俺は生き返れないからしょうがな……く?


「おい待てまさか!」

「新たなる力を授けるのです。それはもう、普段よりもしっかりと力を注ぎ込まなければなりません!」


 言ってる事は正しい。

 しかし、その方法が……まさか、ナマって……


「というわけで、ズボンを脱いでお尻を出して下さい。生で撫でますので」

「やっぱりかちくしょおおお!!」


 ナマ、とは生だった。つまり直接俺の尻を撫でさせろと言うのだ。


「無しだ無し! それは無い! ていうか何が悲しくて男の前でズボンを脱がなければならないんだよ!」


「おやおや、では、こうするしかありませんね?」


 神様が指を立てると、俺の動きが止まる。


「な、何をする気だ?」

「こうするのです」


 神様は俺に近づくと、ズボンの間から手を入れてきた。


「脱がないのなら、隙間から手を入れて直接撫でるしか、ありませんよね?」


 神様が俺の耳元でつぶやいてくる。


「や、やめろおおお! やめろ神様あああ! それは、それだけは!」


 俺の抵抗むなしく、神様の手が俺の肌に触れた。


「ひっ!?」

「はぁ、はぁ、ああやっぱり。この肌のやわらかさ、そして肌触り……間違いなくゴッド級!」


「や、やめろおおおお! ぶっとばすぞおおおお!!」


 神様がゆっくりと、俺の生尻を撫で始める。


 俺は3分間、叫び続けた。


 改造人間にされたバイクに乗る人の気持ちが、わかった気がした。



「ふう、これであなたに新たなる能力が授かりましたよ。良かったですね。大サービスですよ」


 神様がツヤッツヤの笑顔で言った。


 一方俺は、目の光を失い、横たわっていた。


「それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度、機会を与えよう!」


 俺の目の前が光り輝き、真っ白になった。




《成人の儀式の日 AM07:00 ヤードヤの宿》


 今日もカタカタとキーボードを打つ音が鳴って、俺にしか見えない文字が出てくる。


 しかし、俺は動く気になれなかった。


「り、リクト殿? 大丈夫でござるか?」


 俺が目を開けたまま、ピクリともしないので、ランラン丸が心配そうにしていた。


「ランラン丸、俺はもう……お嫁にいけない」

「いや、元々リクト殿はお嫁さんになれないでござるよ。というかどうしたでござる!?」


 俺はしばらくの間、枕を濡らした。



《同日 AM07:45 ヤードヤの宿前》


 気を取り直した俺は、ラブ姉の呼び出しに応じてみんなでギルドへ向かう事になった。


 そこでふと思い出す。


 俺の新しいチート能力についてだ。


 俺はギルドカードの裏を見る。

 そこには、俺にしか見えない文字で、チート能力の数々が書かれていた。


 その中のひとつ。


《ゴッドタイムシリップ 任意で時を止め、解除できる。解除した時、止める前の状態に戻る》


 大体あの神様の説明どおりだな。


 よし、試しに使ってみるか。


「ゴッドタイムシリップ!」


 俺の尻からピンク色の光があふれ、周囲をピンク色に染める。


 世界はピンク色になっていた。


 そして、誰も動いていない。


「な、何をしたのでござるリクト殿!?」


 ランラン丸の声がした。


「え? ランラン丸、お前話せるのか?」

「話せるのかって……リクト殿、どういう事でござる?」


 俺はランラン丸に、ゴッドタイムシリップの事を説明した。


「なるほど、時を止めて状況把握が出来る能力でござるか」


 ランラン丸がなんとなく理解した様だ。


「……はっ! まさかリクト殿、この能力を使ってユミーリア殿達にエッチないたずらをする気では!?」

「するか!」


 まったくこいつは、俺をなんだと思ってるんだ。


 俺はユミーリアを見る。


 ……可愛い。超絶可愛い。


 今なら触りたい放題だ。


 だ、大丈夫なんじゃないか? だって、能力を解除したら全て元通りになるんだし、ちょっとくらい……


「リクト殿?」

「はっ!」


 し、しまった! そうだ、クソ! こいつが居た!


 ランラン丸の声は俺にしか聞こえないが、マイルームに入ればこいつは人間の姿になって話ができてしまう。


 そうなれば、ユミーリア達にバラされてしまう!


 くそ、まさかこんな伏兵が……


「なんとなくリクト殿の考えている事はわかったでござるよ。ほら、エッチないたずらに使えない事がわかったのでござるから、いい加減能力を解除するでござるよ」


 ちくしょう、ランラン丸め。


 俺は渋々、能力を解除した。

 すると辺りの景色がピンク色から、いつもの色に変わる。


「……なあ、ユミーリア」

「ん? なにリクト?」


 俺はユミーリアに、何か異常が無いか確認する事にした。


「何か異常はないか? その、俺の尻が光ったとか?」

「え? ううん、リクトのお尻ならずっと見てたけど、別に光ってなかったよ? 何かあったの?」


 うん、ちょっと気になる単語があったが、どうやらこの力は使った時に尻が光る事は認識されないみたいだ。


 つまり、力を使った事はバレないのだ。

 あんまり無意味に尻を光らせていると不思議に思われるからありがたい。


 だが……ちくしょう。本当なら、いたずらし放題じゃないか。

 ランラン丸にこの力が適用されない事がうらめしい。なぜやつは止まらないんだよ。


「どうしたのリクト?」


 ユミーリアがこちらを覗き込む。


「……ああいや、なんでもないんだ」


 ユミーリアの顔を見ていると、ちょっと罪悪感がわいてきた。


 うん、ランラン丸が居て良かったかもしれない。

 多分いたずらをしていたら、今頃ユミーリアの顔をまともに見れなかったかもしれない。


 とりあえず、この新たな力の確認が出来ただけでも良しとしよう。


 俺はそう結論づけて、ギルドへ向かった。




《同日 AM11:20 試練の洞窟 休憩所前》


 ティーポット毒殺事件、毒針殺人事件をクリアし、俺は再びこの休憩所まで戻ってきた。


 それぞれの部屋で休憩する事になったが、俺はあえて外に出る。


「リクト、どうしたんだ?」


 エリシリアが俺に声をかける。


「いや、ちょっと気になる事があってさ、俺は外で休憩してるよ」


 そう、ただ事件が起きるのを待っているだけでは駄目だ。


 事件を防げるのであれば、防がないといけない。


 俺は休憩室の外に出て、時間が過ぎるのを待った。


 すると黄色い姫様が部屋から出てきた。

 俺を見てビックリしている。


「……何をしているの?」

「念の為、見張りをしております」


 俺はサラッと答える。あらかじめ用意しておいた答えだ。


 いくら魔よけの魔法があるとはいえ、何が起きるかわからないと思うのは不自然な事ではないだろう。


「そう、ご苦労様」


 そう言って、黄色い姫様は青い姫様の部屋に入っていった。


 おいおいマジかよ。

 犯人は赤い姫様だと思っていたが、黄色い姫様も青い姫様の部屋に入っていくだなんて。


 俺は前回殺された時、赤い姫様が笑っていたので、てっきり犯人は赤い姫様だと思っていた。


 だが、黄色い姫様が青い姫様の部屋に入っていった。


 俺はもしかしてこのまま事件が起きるんじゃないかとドキドキしながら、黄色い姫様が出てくるのを待つ。


 やがて黄色い姫様が出てきて、自分の部屋に戻った。


「ゴッドタイムシリップ!」


 俺は時を止める力を使う。


 風景がピンク色に変わる。


 俺はまず、青い姫様のドアにカギがかかっているか確認した。


 間違いなく、カギはかかっていた。


 後は中だ。


 俺はランラン丸を使って、ドアのカギを破壊した。


「ちょっ! 大丈夫でござるか、こんな事して!?」

「ああ、力を解除したらちゃんと元に戻るらしいから、大丈夫だ」


 俺は青い姫様の部屋に入り、中を確認する。


 青い姫様はひとり、お茶を飲んでいた。


 毒殺事件で使われたティーポットとは別の物だった。

 確か俺達の部屋のティーポットと一緒の物だ。あらかじめ国が用意した物だろう。


 念の為、口にしてみるが、毒は入っていない様だった。

 毒殺ではないらしい。


 他にも部屋にはあやしい部分は見られない。


 俺は能力を解除した。


 すると一瞬で、俺は元の位置……部屋の外に戻っていた。

 辺りの色も、ピンク色から元の色に戻っている。


 青い姫様のドアのカギも直っていた。


「おお、すごいでござるなリクト殿、ほんとに全部元通りでござるよ!」


 ランラン丸が興奮していた。


 すると赤い姫様の扉が開き、赤い姫様が中から出てきた。


 赤い姫様はこちらを見て、身体をビクッとふるわせた。


「な、なによ! なんであんた、ここにいるのよ!?」

「念の為、見張りをしております」


 俺は黄色い姫様の時と同じ様に、サラッと答える。


「そ、そう。ご苦労な事ね。フン!」


 赤い姫様は鼻を鳴らして、そのまま青い姫様の部屋に入っていった。


 犯人は赤い姫様、だと思う。

 今の反応もあやしい。


 だが、確証は無い。今ここで何を言っても、姫様の部屋に行っても、俺が誤解されるだけだ。


 俺は赤い姫様が出てくるのをジッと待つ。


 するとしばらくして、赤い姫様が出てきた。


 赤い姫様はこちらを見る事もせず、自分の部屋に戻っていった。


「ゴッドタイムシリップ!」


 俺は再び、時を止める力を使う。


 再度風景がピンク色になる。


 俺は青い姫様の部屋の扉を確認する。


 しっかりと、カギはかかっていた。


 俺はランラン丸でカギを壊して、中に入る。


 するとそこには……


「マジか」


 青い姫様が倒れていた。


「なっ! リクト殿! 早く回復魔法を!」

「駄目だ、ここで回復魔法をかけても意味が無い。力を解除したらすぐに元に戻るからな。それに……」


 俺は青い姫様の状態を確認する。


 すでに脈が無い。


「やっぱり、すでに死んでいる」


 俺は改めて姫様を見る。


 よく見ると、頭に血がついている。


 ……撲殺か。


 俺は部屋を探して、凶器が無いか確認した。


 しかし、部屋のどこを探しても、血がついたものは無かった。


 血がついているのは、姫様の頭と近くの地面だけだ。

 倒れた時についたのだろう。


 ふと、甘い匂いがした。


 何かと思って匂いをたどってみると、ゴミ箱の中にバナナの皮が捨ててあった。


 二人でバナナでも食べていたんだろうか? まあ、今は関係ないか。


 俺は念の為、何かが隠せそうな場所や、人が隠れられそうな場所も探す。


 すると一箇所、気になる場所があった。


 巨大なクローゼットだ。中に三人くらいは入れそうだ。


 俺は中をあけて確認する。


 姫様用の服があったが、中には誰もいなかった。まあそうだよな。



 俺は改めて状況を整理する。

 赤い姫様が出て行った後、カギは閉まっていた。しかし中ではすでに青い姫様は死んでいた。


 どうやって赤い姫様はカギをかけたんだ?


 俺はカギにおかしい所がないか確認するが、俺が壊してしまったせいで何もわからなかった。

 やってしまった。


 結局何もわからないままだった。


 そして青い姫様が死んでしまった以上、俺はこの後、赤い姫様に殺されるのだろう。


 俺はため息をついて、能力を解除した。




「いやぁ、いいですね。すごくミステリーっぽいじゃないですか」


 神様がよろこんでいた。


 あの後、俺は前回と同じ様に、赤い姫様に殺された。

 殺されるとわかっていても避けられないのが、デッドポイントの怖いところだ。


 しかし、結局何もわからなかったな。


 どうしたもんか。


 いっそ青い姫様の部屋に侵入できればいいんだが……ん? 待てよ?


「なあ神様、時間を止めた状態で行った場所は、マイルームに登録されるのか?」


「されますよ。もっと言えば、死んで生き返った場合も、死ぬ前に行った場所はちゃんと登録されていますね」


 なんとそうだったのか。


 なら、カギが閉まっていても、マイルーム経由で青い姫様の部屋に忍び込めるじゃないか。


 そして俺は今回、忍び込んで隠れられる場所も見つけている。


 事件の後でわからないのなら、事件を直接見るしかない。



 次こそは、必ず事件を解決してみせる。


 じっちゃん……は普通のじいさんだったな。

 真実はいつも……うん、俺の行動によって変わるな、これも。



「さて、それではそろそろ、儀式を始めましょうか」


 そう言って俺の身体の動きを止めて、神様が楽しそうに尻を撫でてくる。



 うん、アレだ。


 必ず事件を解決してみせる、もう二度と死にたくないから! これが俺の決意だな。




 そして俺は再び、神様に尻を撫でられ、1日の始めに戻った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る