第152話 見つけた希望

 俺が死に戻りする度に、邪神は強くなっていた。


 その事に気付いた為、俺の死に戻りできる、つまり死ねる回数に制限ができた。


 5回。


 これ以上邪神をパワーアップさせずに死んで生き返れる回数は、5回が限度だった。


 残り5回しか死ねなくなってから、階段から落ちて残り4回になった。

 歯ブラシがノドを突き刺して3回になった。


 うん、今思い返しても最悪の死に方だったな。


 そして邪神になってしまい、ユウに倒されて2回となり、ついさっきまた邪神になって、同じ様にユウに殺されてついに残り1回になった。


 あと1回……あと1回しか死ねないのだ。


 だが、俺はこの状況を抜け出す為の方法、つまり……俺が邪神にならない方法をまだ見つけていない。



 今回、死に戻りの記憶を共有できるランラン丸が、俺に逃げようと提案してきた。


 ランラン丸の気持ちはわからなくはない。


 これ以上、俺が宿敵である邪神になって死ぬのを見たくないのだろう。


 ランラン丸は邪神を倒すという宿命を背負っている。

 本来ランラン丸は邪神になった俺を倒さなければならないのだ。


 そんなつらさを、毎回味あわせてしまっている。


 けど、だからと言って逃げてどうするのか。


 なんの解決にもならないと思ったが、意外と賛成意見が出た。


「ふむ、それはいいかもしれないな」


 そう言ったのはエリシリアだ。


「邪神の影響を受けてリクトが邪神になってしまうのなら、邪神から距離をとってみるのはいいかもしれん」


 なるほど、そう言われてみると、あながち無意味ではないのかもしれない。


 確かにこれまでは邪神、というか霊聖樹のそばに居る状態で邪神に変化してきた。


 邪神から、霊聖樹から距離を取るというのはひとつの手かもしれない。


 だけど、本当にそれが正解なんだろうか?


 なにせ残り1回しか死ねないのだ。もう後がない。試せるのはこれで最後なのだ。


 邪神との戦いも残っているし、できれば今回でクリアしたい。


「だが、逃げると言ってもどこかに行くのではなく、このマイホームに居てもらうぞ」


 エリシリアが床を指差した。


「どうしてでござる?」


「ここは確か、普通の空間とは違う所にあるのだろう? だから世界中のどこに居るより安全だと言っていたな?」


 そうだ。ここは外の世界とは別の空間にあるから完全な安全地帯となっている。


 そのせいで各国の王様の集まりに使われたりしたけどな。


「どこに行くよりも安全だ。どうだ? ランラン丸」


 みんながランラン丸を見る。


「拙者は……ただ、もう全部が嫌で……」


「どうなんだリクト? 私はここに居て駄目なら、世界中のどこに逃げても同じだと思うのだが?」


 エリシリアが今度は俺を見てくる。


「そうだな、多分エリシリアの言う通りだ。ここに居てもし邪神になってしまうのなら、どこに逃げても無駄だろうな」


 マイホームは隔離された空間にある。だから世界のどこに居るよりも遠くに居るはずなんだ。


 まあ、もしかしたら霊聖樹から離れた場所に居るだけでもいいのかもしれない。


 だが、それを試せる回数はもうない。

 確かめる方法はないのだ。


 なら、距離を取るよりはマイホームに居る方がまだ助かる可能性はあるかもしれない。


「どうするランラン丸? 俺はエリシリアの意見、結構良いと思う」


 俺はランラン丸を見る。


 ランラン丸が言った逃げようというのは、俺が邪神にならない為じゃない。

 この状況から逃げたいという気持ちから出た発言だった。


 だが、その気持ちもわからなくはない。


 だから俺は今回の事は……ランラン丸に選ばせてやりたいと思った。


「ランラン丸、お前はここまで俺と一緒に頑張ってくれた。だから最後のこの1回は、お前に任せる。お前が選んだ答えなら、俺は後悔しない」


「リクト殿……」


 ランラン丸は俺の力になってくれて、俺と一緒に記憶の共有をして、ここまでよく頑張ってくれた。

 最後のこの1回、ランラン丸の為に使ってやるのもいいだろう。


「気にするな、もしこれで邪神になっても、俺はお前を恨んだりしない。どうせ俺も解決策を思いつかないんだ。なら、たまにはお前の提案にのってやるさ」


 そう言ってランラン丸の頭を撫でてやる。


 ランラン丸は涙ぐんで、顔を伏せた。


「拙者は……リクト殿と、ここに居るでござる」


 ランラン丸が俺の服をつかむ。


「決まりだな、今回は俺はここに居る。エリシリア、マキは本来の作戦通りに頼む。ユミーリアが商人に話しかけても霊聖樹の暴走が始まるはずだ。どうせなら任意のタイミングで始まった方がいいだろう」


 俺は今日の作戦を確認する。


「私は」

「ユミーリア、リクトのそばに居たいと言うのは駄目だぞ。私だってそばに居たいんだ」


 エリシリアが何かを言おうとしたユミーリアの頭をコツンと叩いた。


「に、兄さんに任せれば」

「勇者兄は霊聖樹の前で待機だ。お前がそっちに行くか?」

「うー」


 ユミーリアが頬をふくらませる。


「我慢してください。私だって本当はリクト様のそばに居たいのですから」


 マキにもそう言われて、ユミーリアがふう、と息を吐いた。


「わかったよ……ランラン丸、リクトの事、お願いね?」

「ユミーリア殿」


 ランラン丸がユミーリアを見る。


「わがまま言って、ごめんでござる」

「ううん、いいの。ちょっとズルイなって思うけど、私はリクトを救う方法が思いつかなかったから……だから、お願いね」


 ランラン丸はユミーリアを見つめながら、黙ってうなずいた。



 まだ夜中だったので、その後はみんなそれぞれ寝る事になった。


 そして作戦決行の時がくる。


 マイホームには俺とランラン丸、アーナとコルットが残る事になった。


 俺はソファの上で、俺のひざで丸くなってゴロゴロしているコルットの髪を撫でる。


 ランラン丸は俺の横で、俺の服をにぎっていた。


「うーん」


 俺の目の前の椅子に座って、アーナがうなっている。


「がー! 駄目じゃ、リクトが邪神にならない方法が思いつかん」


 アーナが頭をガリガリかいていた。


「リクトよ、もう一度確認じゃ、お主は邪神のかけらから作られたから、邪神が復活すると邪神と同調して、邪神そのものになってしまうのじゃな?」


「ああ、そうらしい」


 俺はアーナにうなずいた。


 らしい、というのは俺はそう言われただけで、本当の所はよくわかっていないからだ。


「もう少し……もう少し詳しく教えるのじゃ。何か解決の糸口になる事があるかもしれん」


 俺は必死に考えてくれるアーナを見て、ちょっとうれしくなった。


 思い悩んでいるのは俺とランラン丸だけではないんだな。


「そうだな、まず急に心臓がドクンってはねる様な感覚があって、そこから身体中の血液が沸騰している様に熱くなったな」


「ふむ、身体の中の血か、それとも別の何かが暴走している様な感じじゃな」


「それから、視界がぼやけて、何かが俺の中に入って来る様な感じがして、気がついたら真っ黒な空間に居て……目の前に、俺と同じ姿をした邪神が居た」


 俺は邪神になった時の事を、ひとつずつ思い出していく。


「それで、邪神が確か……俺の魔力は自分と同調しているから、抵抗はできないって言って」

「ちょっと待て!」


 アーナが俺に待ったをかける。


「魔力を同調、じゃと? そうか、同調と言うのは魔力の事じゃったのか……それが本当なら、先ほど言った身体が熱くなるというのは魔力の暴走によるものじゃろう。おそらく邪神はお主の魔力と同調し、無理矢理身体を乗っ取ったのじゃな。そうか、そういう事じゃったか」


 ふむふむ、とアーナがひとりで納得していた。


「じゃが、もしそうだとしたらどうしようもないぞ? おそらく邪神は長い時間をかけて、自分のかけらであるお主の魔力と同調したのじゃろう。後はほんの少しのキッカケ、つまり自身の復活によって、お主の魔力を、身体を完全に乗っ取るという計画だったのじゃな」


 多分、俺の死に戻りのせいもあるんだろうな。


 確か神様が俺にそそいだ魔力をこっそり持っていっていたって話だったしな。

 俺の魔力を奪いつつ、同調もしていたって事か。


「つまりじゃ、お主の魔力がすでにほとんど同調されているのであれば、邪神が消えてなくなりでもしない限り、どうやっても邪神化は避けられんという事じゃ」


 アーナのその答えに、俺達は静まり返る。


「駄目じゃないか」

「駄目じゃな」


 俺とアーナは揃ってため息をつく。


「んにゅ? おにーちゃんの魔力がダメなの?」

「ああ、そうらしい」


 俺はゴロゴロするコルットを撫でる。


「おにーちゃんの魔力がなくなればいいの?」


「そうじゃの。じゃがそれは無理じゃ。リクトの魔力は膨大で、加えてリクトの魔法はどれも魔力消費が少ない。半日では使い切る事はできないじゃろう」


 そうか、俺の魔力もレベルアップして増えたもんな。


 最初の頃、1日1回しかマイルームが使えなかった頃がなつかしい。


「それにじゃ、たとえ魔力を使い切っても、身体の中に少しは魔力が残るものじゃ。完全に0にする事はできん。身体が勝手にセーブをかけるのじゃ。じゃから魔力をなくすというのは不可能じゃな」


「うーん」


 コルットもゴロゴロしながら色々考えてくれてるみたいだった。可愛い。


 魔力か。


「何か魔力に干渉されない様なアイテムとか、ないのか?」


「どうじゃろうな、あったとしても邪神ほどの力を持つ者の干渉を防ぐ事はむずかしいじゃろう。それこそ伝説級のアイテムが必要じゃが、お主に心当たりがなければ、今から探すのは無理じゃろうな」


 伝説級のアイテム、か。


 どうだろう? 何かなかったか?


 俺は必死にこれまで出てきたゲームのアイテムを思い出す。


 クエファン、スト2、サモン5、プリメイ、ロイぱに……設定だけでもなかったか?


 そんな風に考えていると、ついに……その時がきた。



 ドクン、と心臓がはねる。


「ぐあっ!」


「リクト!」

「リクト殿!」

「おにーちゃん?」


 俺はコルットから離れて、みんなと距離を取る。


「くそ、やっぱり駄目だったか!」


 マイホームに居ても駄目だった。


 やっぱりどこに居ても同じだったみたいだ。


 なんとか抵抗してみるが、どんどん何かが俺の中に入ってくるのがわかる。


 ここに居たら、コルット達を巻き込んでしまうな。


 俺は急いでマイホームの扉をあけて外に出る。



「リクト?」


 マイホームの出口は元々、霊聖樹の前に設定しておいた。


 出口を出た先には、暴走を始めた霊聖樹とユウが居た。


「リクト殿!」


 マイホームの中のランラン丸と、アーナとコルットを見て……笑ってマイホームの扉を閉めた。


「ぐうっ!」


 身体中の血液が沸騰を始める。


 アーナの言った通り、魔力が暴走しているのだろう。


「ゆ、ユウ」

「どうしたんだいリクト!」


 ユウが俺に駆け寄ってくる。


「ユウ、俺はこれから、邪神になる」


 俺の言葉を聞いて、ユウと仲間達の目が見開いた。


「そうなったらもう、戻れない……ユウ、頼む、ユミーリア達が来る前に、お前の手で、俺を倒してくれ」


 視界がぼやけてくる。


 だんだん意識が消えていく。



 そして、真っ暗になる。


 目の前に俺の姿をした邪神が現れて、笑っていた。


「無駄だ、どこに居ようとお前の魔力は感じ取れる。何度時をさかのぼろうとも、お前は我のものとなるのだ」


 そう、マイホームに居ても駄目だった。

 つまりは世界中のどこに逃げても無駄なのだ。


 俺は再び邪神となり、そして……勇者であるユウに倒された。


 最後に見たのは、ユウの泣き顔だった。




「おお素晴らしき尻魔道士よ、死んでしまうとは なさけない」


 俺は再び、真っ白な空間に居た。


「ずいぶん楽しそうに言ってくれるじゃないか、神様」


 俺はユウの姿をした神様をにらむ。


「いえ、これを言うのも最後だな、と思いまして」


 そうか、死ねるのはこれで最後だった。


 次に死ねば、俺は本当の死をむかえる。


 もうここに来る事もないのだろう。


「そう思うと、神様と会うのも、これが最後になるのかな?」


「そうですねえ。まあ、もし邪神を倒してエンディングをむかえたら、もう一度くらいは会えるかもしれませんね。私ももう1回くらい、あなたのお尻を撫でたいですし?」


 うん、エンディングをむかえたご褒美が尻を撫でられるって、最低だな。


 最低だが……できればそうなりたいと思う。


「回避できるはずなんだよな? 俺が邪神になってしまう事」


「ええ、それだけは保障します。残された時間で可能な方法がちゃんとあります」


 神様がニッコリと笑う。


 そう言われるだけでもありたがい。


 アーナの話を聞く限り、不可能だと思ってしまったが、方法が無いわけではないのだ。


 何かある。希望はまだあるんだ。


 考えろ、考えて、思い出せ。


 神様はここまでの事ですでに答えは出ていると言っていた。何か見落としがあるはずなんだ。


 魔力……魔力だ。


 俺の魔力が同調されなければいい、身体が乗っ取られなければいいんだ。


 何かアイテムか? 何か方法があるのか?


「さて、それではそろそろ、最後の尻戻り、もとい死に戻りをしましょうか」


 神様がパチンと指を鳴らす。


「それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度……最後の機会を与えよう!」


 俺の目の前が光り輝き、真っ白になった。




 俺は自室のベッドで目を覚ます。


 ランラン丸はやって来ない。多分部屋でふさぎこんでいるのだろう。


 俺はささっとトイレを済ませる。もちろん、階段から落ちない様、慎重にだ。


 部屋に戻って、ベッドの上に座って考える。


 だが、相変わらず何も思いつかなかった。



 静かな夜だった。


 この世界にきてから、特にマキが仲間に加わってからは、こんなに静かな夜は久しぶりかもしれない。


 いつもマキが夜這いにきていたからな。


 まったく、理性を保つのがいつも大変だって言うのに。



 ……あれ? 待てよ?


 俺は何か、引っ掛かりを覚える。


 なんだ? 今何か重要な事を思いつかなかったか?


 何か、何かが引っ掛かったんだ。


 思い出せ、俺は今、何を考えた?


 落ち着け。


 もう一度、ゆっくり思い出すんだ。


 俺の今の状況、前回までの事。


 俺はこれまでの事を、前回のアーナとの会話をひとつずつ思い返していた。


 そして、ここに戻ってきて、今考えていた事を思い出す。



「あ」


 俺の身体中に、電流が走った様な感覚が起きる。


 そうだ、そうだったんだ。


 神様の言う通り、答えは出ていた。


 最大のヒントは、前回のコルットのセリフだった。



 おにーちゃんの魔力がなくなればいいの?



 そうだ、俺の魔力がなくなればいいんだ。


 そしてその方法を、俺は知っていた。


 俺のこの魔力は、この世界に来る前から元々持っていたものだと神様は言っていた。


 それはなぜか?


 俺の世界では、30歳を過ぎて童貞だと、魔法使いになると言われていた。


 アレは嘘ではなかったのだ。俺の身体には、魔力が生まれていたらしい。


 俺が童貞を失えば、魔力が消えてしまうんじゃないかという問いに、神様はマルとこたえた。



 なんてこった。


 邪神になってしまう事を防ぐ為には魔力がなくなればいい。


 魔力をなくす為には、童貞を捨てればいい。


 答えは、すぐそばにあったのだ。



 俺はついに、最後にようやく、答えに……希望にたどり着いた。


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