第151話 見つからない答え

 俺は邪神になってしまった。


 そして勇者であるユウに殺されて、この真っ白な空間に来ていた。


 良かった。


 あのまま終わりだったらどうしようかと思ったが、さいわいまだやり直せるみたいだ。


 俺の身体は、元の俺に戻っていた。


「ついにこうなってしまいましたね」


 そう言って俺に話しかけてきたのは、真の姿の、長身イケメン姿の神様だ。


「ああ、やっぱりなっちまったよ、邪神に……くそ! どうすればいいんだよ!」


 俺は地面を叩く。


 みんなを、泣かせてしまった。ツライ戦いをさせてしまった。


 こんな終わりは二度とゴメンだ。


 だから、なんとかしなければいけない。


 なのに、俺には邪神にならない様にする為の対策が思いつかない。


「なあ、神様」

「駄目ですよ、これはあなたに与えられた試練です。自分で考え、自分で乗り越えるのです」


 クソ、神様っぽい事を言いやがって。


 いったい俺にどうしろって言うんだよ?


 あの時の、邪神になる時の衝動は、抵抗できるものじゃなかった。


 それほど強いものだった。


 意思の力でなんとかなるレベルじゃない。強制的に持っていかれた感じだった。


 どうすればいい?


 邪神の力に対抗する何かが必要なのか?


 これまでで、そんなものあったか?


 まったく思いつかない。


「さて、それではそろそろ戻る時間です。頑張って下さいね」


 俺の視界が白く染まる。




 俺は再び、自室のベッドに戻っていた。


 外はまだ暗い。


 そうか、トイレに行きたくて目が覚めたんだっけ。


 俺はノロノロとベッドから起き上がって部屋を出た。


「リクト殿!」


 廊下に出た所で、ランラン丸が現れた。


 ランラン丸は俺に抱きついてくる。


「リクト殿! 拙者は、拙者は!」


 ランラン丸だけは、俺と記憶を共有できる。


 だからランラン丸だけは、前回の記憶を見てしまったのだろう。


「ごめんな、ツライ想いをさせて」

「拙者の方こそ! 拙者は……うあああ!」


 ランラン丸が俺の胸で泣き崩れた。


 それを聞いて、みんなが部屋から出てくる。


「ど、どうした?」

「何かあったの?」


 みんなが俺に近づいてくる。



「近づくなぁっ!」



 ランラン丸が叫んだ。


 みんなが驚いて固まった。


「拙者の、拙者のリクト殿に、近づくなでござる!」


 ランラン丸が俺を背にして立ち上がる。


「拙者の! 拙者のリクト殿に! リクト殿に……ううっ! ううう!」


 俺はランラン丸を、後ろからそっと抱きしめた。


「すまん。本当にごめんな。大丈夫だから、落ち着けランラン丸」


 ランラン丸は俺に抱きついて、しばらく泣き続けた。


「ところでな、ランラン丸」

「うう、な、なんでござる?」


 ランラン丸はしばらく泣いて、少し落ち着いたみたいだった。


「その、な、俺……トイレに行きたいんだけど、いいかな」


 正直、尿意が限界でした。


 ランラン丸はポカポカと俺を殴った後、トイレまでついてきた。


 さすがに一緒に中に入るのは断ったけどな。



 トイレから出ると、ランラン丸がみんなに謝っていた。


「ごめんでござる、拙者、ちょっと混乱していたでござる」


 頭を下げるランラン丸に、みんなもなんと言っていいかわからないといった顔をしていた。


「いや、謝るのは俺の方だ。みんなごめん、ランラン丸を責めないでやってくれ」


 俺はランラン丸と一緒にソファに座る。


 みんなもそれぞれ椅子に座った。


「リクト、何があった? その様子だと、その……また、死んだのだな、お前は」


 エリシリアの言葉にうなずく。


「ああ、それもただ死んだんじゃない。俺は……邪神になって、勇者に殺された」


 俺の言葉を聞いて、みんなガタッと立ち上がった。


「どういう事だ?」

「勇者って、もしかして、私?」


 ユミーリアがふるえだしていた。


「ああごめん、ユミーリアじゃない。ユウだ。俺はユウに、殺された」


 俺の言葉を聞いて、ユミーリアの気が膨れ上がった。


「私、兄さんを殺してくる」

「やめろ! 違うから! いいから落ち着けユミーリア!」


 俺はユミーリアをなだめた。


 俺としては、ユウを恨んではいない。むしろ殺してくれて感謝している。


 あのまま世界を滅ぼしたり、万が一にもユミーリア達に手を出していたらと思うと、早めに殺してくれて助かった。


「あ」


 そう、そういう意味では俺はもうひとり、謝らなければいけない。


「マキ、その、ごめん」

「それは何に対しての謝罪でしょうか?」


 俺は前回の事を話した。


 俺が邪神のかけらから作られた人間だという事。


 邪神になってしまった事。


 俺の味方をしたマキを食べてしまった事。


 そして……邪神として勇者に殺された事を。


「なぜ、なぜ黙っていた!」


 エリシリアが俺の胸を掴む。


「私達が、お前が邪神のかけらだからと、嫌いになるとでも思ったか? なぜ今まで、そんな大事な事を黙っていたんだ!」


 エリシリアだけでなく、みんなも同じ様な目で俺を見ていた。


「ご、ごめん。俺もまさか邪神になるとは思ってなかったから、あえて不安になる様な事は言わなくてもいいかなって思ってた」


 俺のその言葉を聞いて、エリシリアが手をゆるめる。


「馬鹿者が、ひとりで抱え込んで、まったく……ばか」


 エリシリアがそのまま頭を俺の胸にぶつけてきた。


 俺はそんなエリシリアの頭を撫でる。


「それでその、マキ」

「謝罪など必要ありません。むしろ私は自分をほめてあげたいくらいです。私は最後までリクト様の味方だった。この事実だけで、私は十分です」


 マキはそう言って頭を下げた。


「それではお兄様、この後はどうなさるのです? お兄様は、何か邪神にならない様にする方法を、ご存知ですか?」


 プリムがこちらをのぞきこんでくる。


「それがだな、まさか俺も自分が邪神になるとは思ってなかったから、わからないんだ。死に戻りしてからずっと考えてるけど、まだ何も思いついてない」


「そうですか」


 プリムが腕を組んで考え始める。


「ふーむ、リクトよ、邪神になった時の事、もう少し詳しく教えてくれんかの?」


 アーナにそう聞かれて、俺は邪神になった時の事を話した。


 だが、わかったのは俺の意思ではどうにもならない事だけだった。


「何かリクトの意思を強くするものが必要か、あるいは別のアプローチをすべきか、うーむ」


 アーナがうなっている。


 みんなも真剣に考えていた。


 だが、結局良い案は出なかった。


「ひとまず、今日の作戦は中止だな。商人はもう少しギルドに居てもらう事にしよう。リクトが邪神にならない方法が見つかるまで、霊聖樹を暴走させるわけにはいかん」


 エリシリアのその言葉で、俺達は一度解散となった。


 いつの間にかもう朝だ。


 どちらにしても、夜中から起きっぱなしのこの体調では最終決戦など無理だろう。



 俺達は仮眠を取って、各部署へ今日の作戦の中止を言ってまわった。


 邪神の力が思ったより強い事がわかったので、もう少し修行がしたいという理由をでっちあげた。


 エリシリアとマキは国内をまわり、俺とプリムは各国をまわる。


 そしてそれが終わった頃には、すでにお昼を過ぎていた。


 俺はプリムと、霊聖樹の根元に来ていた。


「この霊聖樹が、暴走して私達の敵になるのですね」


 プリムが悲しそうに霊聖樹を見上げた。


 俺も一緒になって霊聖樹を見上げる。


 そして、何か違和感を覚えた。


 なんだ? 何かがおかしい。



 その違和感の正体には、すぐに気付いた。


「プリム! 今すぐここから離れるぞ!」

「え?」


 そう言った時には、すでに遅かった。


 霊聖樹の暴走が、突然始まったのだ。


「きゃあああ!」

「ぐおおお!」


 突然地面から霊聖樹の根が飛び出してきて、俺達に襲いかかってくる。


 俺が感じた違和感。


 それは霊聖樹の聖なる気が感じられず、ほんのり邪悪な気が感じられた事だった。


 俺とプリムは、霊聖樹の根に飲み込まれていく。


「くそ! プリム! プリムーーー!」


 俺は必死に手を伸ばすが、プリムに届かない。


 なぜだ。


 なぜ商人に話しかけてもいないのに、霊聖樹が暴走を始めたんだ?


「ちくしょう! プリム! プリムをはなせ! このやろう! うがあああ!」


 わけがわからないまま、俺は霊聖樹に飲み込まれ、再び真っ暗な空間に出る。



 そしてそこには、邪神が……俺の姿をした邪神が居た。


「どういう事だよ、なんでいきなり暴走を始めてるんだよ!」


 俺は邪神に向かって叫ぶ。


 邪神はそんな俺を見て笑った。


「教祖であるあの男が捕らえられたからな。これ以上、信者からの信仰心によって力を得る事は不可能だと思ったのだ。だから動き出す事にした」


 俺はそれを聞いて、しまったと舌打ちする。


 なんてこった、邪神が復活するフラグはもうひとつ別にあったのだ。


 邪神の教祖を捕まえる。


 これはゲームでは不可能な事だった。そんな選択肢は存在しなかったからだ。


 だから見落とした。


 邪神の教祖を捕まえてはいけなかったのだ。


 だが、もう遅い。


 このまま俺が死んでも、生き返るのは邪神の教祖を捕まえた後だ。捕まえる前に戻る事はできない。


 そんな風に考えている間にも、意識が遠のいていく。


 また俺は、邪神にのまれてしまうのか?


 邪神になってしまうのだろうか?


「くっ! そう簡単に、邪神になってたまるか!」

「無駄だ、抵抗しても無駄。貴様は我がかけら。貴様は邪神となるのだ」


 クソ、そんな事、させてたまるかよ。


 俺はもう、あんな結末はゴメンなんだ。


 俺は意思を強く持つ。


 負けてたまるかと強く念じてみる。


 だが、意思はどんどん薄れていく。



 結局。


 気付けば俺は、邪神になっていた。


 街の状況も酷い。


 一度作戦の中止を言ってまわったせいで、配置されていた兵士や冒険者が居ない為、街中大パニックになっていた。


 そしてそこに現れた、真っ黒い巨大な身体の、邪神である……俺。


 人々から悲鳴があがる。


 プリムは?


 プリムはどうなったんだ?


 意識がハッキリしない。


 そんな中、男勇者であるユウが俺の元にやってきた。


「邪神め、この僕が相手だ!」


 ユウはいつも通り、正しき勇者だった。


 俺がここでこいつに倒されるのは、必然なのだろう。


 ユウの勇者の剣が光る。


 そして俺を……前回と同じ様に、殺しに来る。


 終わりか。


 俺は邪神となり、プリムも巻き込んでしまった。


 これは駄目だ。救いようがない。


 俺は、何も抵抗せず、勇者に……ユウに殺される事を選ぶ。


 その時、俺の腰から光がこぼれて、ランラン丸が人の姿で実体化した。


 ランラン丸は、また泣き顔で、俺に向かって何か叫んでいた。


 すまん、また泣かせてしまったな。


 しかしどうしてランラン丸はここで人化するんだろうな、不思議だ。


 まあ、邪神とランラン丸は火と油みたいなもんだから、邪神となった俺とは一緒に居られないから、はじき出されているのかな。


 それがランラン丸の意思ではないとはいえ、ちょっと悲しかった。


 しかしその悲しみもつかの間。


 俺は勇者の剣を持つユウに、殺される。


 抵抗はしない。むしろさせない。


 俺は、俺達はここで死ぬべきなんだ。


 ユミーリア達が来てしまう前に、早く。

 死んで、もう一度やり直すしかないんだ。


 今度こそ、邪神にならないように。


 俺は最後の意識で、勇者の剣を受け入れる。


 俺の視界が、勇者の剣の光に染まった。




 そして俺はまた、真っ白な空間に居た。


「はーい、1名様ご案内ー」


 神様はデンガーナ王国の王様の姿をして、クルクル踊っていた。


「ちくしょう……こっちはまた死んだっていうのに、ずいぶん楽しそうじゃないか?」


「ええ、実に楽しいですよ。私はあなたのお尻も好きですが、ゲームを必死に攻略する姿も大好きなんですよ」


 勝手な神様だった。

 そっちはゲームのつもりでも、俺にとってこれは現実だ。


 それに、今までと違ってそう何度もホイホイ死んでられないんだ。


 これで死に戻りできる回数は……あと1回。

 あと1回しか死ねないんだ。


 いよいよ後がなくなってきたが、いまだに突破口は見えない。


 今回わかった事と言えば、邪神の復活は先延ばしには出来ないという事だ。


 俺達が作戦を中止して、商人と話をしなくても、霊聖樹は暴走してしまう。

 邪神の教祖を捕まえるというのがフラグになっていたのだ。


 かと言って、霊聖樹が暴走するきっかけとなった事件はもうやり戻せない。


 あとは俺が邪神にならない様にする方法を探すしかないんだが、時間が無い。


 今回、昼過ぎには霊聖樹が暴走した。


 あまりにも時間が少ない。


「なあ神様、これ、どうしようもないんじゃないか?」


「いいえ、すでにここまでの間に、この問題を解決する答えは出ています。あなたがそれに気付いていないだけです」


 神様はそう言ってニッコリと笑う。


 すでに答えが出ている、だと?


 どういう事だ?

 俺が気付いていないだけ?


「それってどうい」

「駄目ですよー。答えはあなたが見つけなければ意味がありません。もしそれであなたが死んで消えてしまっても、残念ですがそれはそれです」


 神様がチッチッチと指をふる。


 クソ、駄目か。


 だけど、状況は詰んではいないという事がわかっただけでもまだマシか。


 なら後は、気付くだけだ。


 だがなんだ? 何をどうしろっていうんだ?


「はい、それでは後は戻ってからじっくり悩んでくださいねー」

「ま、待て! まだ考えが!」


 俺の言う事など聞いてくれず、神様が無慈悲にパチンと指を鳴らす。




 そして俺は、またまた自室のベッドに戻された。


 ボーっとしていると、ランラン丸がやってくる。


「うわあああ! リクト殿ーーー!」


 ランラン丸がベッドに飛び込んでくる。


「拙者、拙者もう嫌でござる! こんなの……こんなの!」


 ランラン丸が俺の上で泣きわめいていた。


 このまま泣かせてやるかとも思ったが、俺の尿意がそれを許してくれなかった。


 俺はトイレに行った後、みんなを起こす。


 そして、俺達が動かなくても今日の昼過ぎには霊聖樹が暴走を始めてしてしまう事、俺が邪神になる事を話した。


「ごめんなプリム、守ってやれなかった」


「いいえお兄様。お兄様が無事である限り、私はこうしてここに居ます。ですから私の事はお気になさらず、お兄様の最善の道を探す事に集中してください」


 そう言ってはにかむプリム。


 俺は思わず、プリムを抱きしめた。


 早くなんとかしないと。

 これ以上、みんなを巻き込みたくない。


「しかしどうする? リクト、何か方法は無いのか?」

「それを今必死に考えているんだが、まったく思いつかない。神様が言うには、答えはすでに出ているらしいんだ」


 俺が邪神にならず、邪神を倒してハッピーエンドにたどり着く方法。


 それはここまでですでに答えは出ていると神様は言っていた。


 だが、わからない。

 俺にはその解決方法がまったく思いつかなかった。


「リクト殿」


 ずっと顔をふせていたランラン丸が、ボソッとつぶやいた。


「リクト殿、逃げようでござる」

「え?」


 ランラン丸が、俺をにらみつけてきた。


「もうこんなの、嫌でござる。だから、全部捨てて、二人で逃げるでござるよ!」

「ら、ランラン丸、何を言っている?」


 エリシリアがランラン丸の突然の言葉に驚いてた。


「拙者は、これ以上リクト殿が邪神になる姿を見たくないでござる! だからリクト殿、もう十分でござるよ。拙者と一緒に、逃げて……逃げたっていいではござらんか!」


 ランラン丸が俺にすがりついてくる。


 逃げる?


 その発想はなかった。


 だがどうだ? 俺が邪神にならないという事だけを見れば、もしかしたら霊聖樹の近くに居なければ大丈夫かもしれない。


 だけど、本当にそれが正解なのか?



 俺が死ねる回数はあと1回。


 ランラン丸の提案に、俺はのるべきかどうか、悩んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る