第118話 偽者と、追いついた勇者

 俺の偽者が現れたらしい。


 そういえば、クエファンでそんなイベントがあったな。


 Aランクになった勇者の名声を落とす為、邪神の使徒が偽者を用意して暴れる、というイベントだ。


 完全に勇者のイベントが俺にシフトしてきているな。


 しかし、尻魔道士シリトってなんだよ。


 素晴らしきもなければリクトでもないじゃないか。それで騙されるやつなんているのか?


「賊は盗みを働いては自分は神の尻を持つ男、尻魔道士シリトだと名乗っているそうです。また、自分は神の尻を持つ尻魔道士シリトだぞと、恐喝も行っているそうです」


「それ、信じてるやついるのか?」


 俺の言葉を聞いて、マキが顔を伏せる。


「それが……どうやら賊は、なんらかの方法でお尻を光らせているらしく、尻が光るなら仕方ないと、街の人達はリクト様が乱心していると信じているのです」


 駄目だこの街、すでに手遅れか。


 しかし、これからさあ帝国に攻めにいくぞってこの時にこんなイベントが発生するとは。


 ゲームでは、偽者を追いかけて、最後に戦って勝てばギルドに連行されて終わり、だっけ。


 さっさと倒して捕まえるか。


「よし、マキ、その偽者の所に案内してくれ。サクッと倒してしまおう」

「かしこまりました」


「私もいきます」

「私も!」


 プリムとユミーリアが手をあげる。


 すると芋づる式にみんなが手をあげ始め、結局みんなで向かう事になった。


「この街でリクトの名を語った事、後悔させてやろう」


 特にエリシリアが一番燃えていた。


 この街、か。


 エリシリアはこの街の、この国の王女様だという事が発覚した。


 元々ロイヤルナイツとしてこの国に愛着を持っていたのだが、王女様になって更に愛おしくなったと言っていた矢先に、この事件だからな。


 エリシリアとしては国の平穏を乱すヤツは許せないのだろう。


 これはサクッと終わりそうだな。

 むしろエリシリアが暴走しすぎない様に見てないといけないかもしれん。


 俺達はマキの案内で、偽者の所に向かった。



 街外れの酒場。


 そこに偽者が居るという情報をマキはすでに把握していた。


 さすがはスーパーメイドだ。

 この手の情報戦はお手の物って感じだな。


 俺達は酒場に入る。


 ギルドとは違って、陰鬱な空気がただよっていた。


 妙に目が死んでいる男達が多い。


「なんだあんた達? ここはあんた達みたいな綺麗なお嬢さん達が来る所じゃないぜ?」


 バーのカウンターに座った痩せ型の男が話しかけてくる。


 確かに、その通りだった。


 俺はコルットとプリム、そしてアーナに外で待つ様に言った。


「うむ、二人の事はわしに任せよ」


「頼んだぞ、コルット」

「うん!」


「え? 頼まれたの、わしじゃないの?」


 アーナは戦力外だし、コルットとプリムはまだ子供だ。こんな場所に入ってほしくはない。



 コルット達を残して酒場の中に入った俺達は、俺の偽者を探す。


 さて、どいつだ?


「お嬢さん達、誰か探し人かい?」


 先ほどのカウンターに座った男だった。


「尻魔道士シリトってのを探している」

「ああ、あいつか。あいつならほれ、そこにいるだろう?」


 俺達は男の指差した方向を見る。


 そこには、でっぷり太った巨漢の、禿げた頭の男が居た。


「あーん? なんだ、この俺に何か用か?」


 男がノシノシ歩いてくる。


「ゲハハハハハ! そうか、この神の尻を持つ俺様の客か! ゲッハハハハ!」


 おいおい、なんでこれを俺と間違えるんだよ。


 ゲームだと勇者ソックリのグラフィックだったじゃないか。


 もっと頑張れよ。それともこれが俺だと言いたいのか? ちょっと泣けてくるぞ。


 風貌(ふうぼう)もそうだが、男の格好も問題だ。


 男は上半身裸で、下にはピンク色のパンツをはいている。


 どう見てもヘンタイだった。


「あー、その、なんだ、あんた尻が光るんだってな?」


 とりあえず、俺は偽者に尻が光るのか確認する事にした。


「ゲハハハ! おうともよ! よし、見せてやろう。この尻魔道士シリト様の、神の尻をな!」


 そう言って男は後ろを向いた。


 そして尻を光らせる。


 それは……パンツの中に手を入れて、魔法で手を光らせているだけだった。


「ゲハハハハ! どうだ?」

「どうだ、じゃねーよ! パンツの中で手を光らせてるだけじゃないか! この偽者め!」


 俺がそう叫んだ瞬間、俺達は酒場に居た男達に囲まれた。


「ほう? 俺の秘密がわかるとは、やるじゃねえか」

「むしろ騙される人がいるのが不思議でしょうがねえよ!」


 こんなしょうもない手で騙されたのか。


 あれか、なんかイベントの強制力でも働いているのか?


「俺の秘密を知ったからには、てめえらにはここで死んでもらうぜ?」


 男達が武器を取り出す。



 その瞬間、ユミーリア達が男達を一掃した。


 あっという間に、起きているのはこの偽者の男だけになった。


「ば、馬鹿な! こいつらがこんなにアッサリ……貴様ら、何者だ!?」


 男の言葉に、エリシリアが前に出る。


「貴様が語ったその名だが……真の名は、素晴らしき尻魔道士、リクトという。お前の目の前に居る男が、それだ」


 エリシリアの言葉を受けて、男が俺を見る。


「て、てめえが本物の尻魔道士だと!?」


「ああそうだ。というかお前さ、尻魔道士とか名乗って、恥ずかしくないの? 俺はこの名前、恥ずかしくて嫌なんだけど」


 男がわなわなと震えだす。


「す、好きで名乗ってたわけじゃねえよ! くそ、こんなに強いなんて聞いてないぞ! ちくしょう!」


 男が外に逃げ出した。


 外に出た男を、コルットが迎え撃つ。


「コルット待った!」

「んに?」


 コルットが俺の言葉を聞いて、男への追撃をやめる。


 男は一目散に逃げ出していった。


「マキ!」

「かしこまりました」


 俺の意図を瞬時に読み取ってくれたのか、マキがひとり走り出した。


「どういうつもりだリクト?」


 エリシリアが俺に話しかけてくる。


「いや、あいつが言ってたろ? こんなに強いなんて聞いてないって、という事はだ、あいつは誰かに言われて俺の偽者をやっていたって事さ。あいつを逃がせば、その真犯人の所に向かうだろう?」


「そっか、だからコルットに攻撃させなかったんだね」


 ユミーリアがポンッと手を叩く。


「ああそうだ。とはいえマキひとりじゃ危険かもしれないからな。俺達も追うぞ!」


 俺達は酒場を後にしてマキを追いかける。


 さいわい、マキが目印になる様に色のついた石を落としていってくれていた。


 やがて大通りに出る。


 マキと、その先に男が居た。


 だが、その時にはすでに遅かった。


 走って逃げる男を、どこからか炎の矢が飛んできて、燃やした。


 炎の矢は、マキにも襲い掛かる。


「マキ!」


 マキは炎の矢をかわす。


「リクト! こちらにもくるぞ!」


 炎の矢を撃っていたのは、黒い覆面をかぶった者だった。


 覆面自体は邪神の使徒がかぶっている覆面に似ているが、黒? 黒なんてなかったはずだ。


 黒い覆面の使徒は、こちらにも炎の矢を放ってくる。


「リクト!」


 ユミーリアが前に出て、勇者の盾で炎の矢を防ぐ。


 その隙に、黒い覆面の使徒は逃げていった。


 マキも無事だったみたいだが、俺の偽者は……


「やられたか」

「申し訳ございません」


 マキが頭を下げる。


 すでに俺の偽者だった男は燃え尽きていた。


 おそらく、俺が偽者を逃がした事に気付いたのだろう。依頼者がバレるくらいならと、仲間を殺したんだ。


 こんな結論になるくらいなら、あそこで倒してギルドに連れて行けば良かった。


 いや、多分それでも、口封じに殺されていたかもしれない。


 ゲームでは語られなかったが、本来のストーリーでも殺されていたのかもな。


 しかしいったい何の為だ?


 ゲームでは脅威となる勇者の評判を落とす為だったが、俺の評判なんか落として何になるっていうんだ?


「敵はおそらく、シリト教を恐れたのでしょう。自分達にとって邪魔になる、新たなる団体、そのご神体であるリクト様の評判を落とそうとしたと思われます」


 マキが解説してくれた。


 そっか、ちゃんと抑止力になってたんだな、そのシリト教。


 むしろシリト教って名前だから、この男もシリトだって名乗ったんじゃないか?



 こうして、なんともスッキリしない終わり方で、俺の偽者騒動は幕を閉じた。


 まあ、元々ゲームでも小イベントだったしな。


 俺達は偽者を倒した事を報告しに、ギルドへと向かった。



 そこには、懐かしい男勇者、ユウの姿があった。


「やあリクト! 聞いたよ、魔王を倒しちゃったんだってね?」


 ユウはちょっとたくましくなっていた。


 勇者の装備を身にまとい、以前より自信に満ち溢れている。


 これが本来の勇者の姿なのだろう。


 まあ、ユミーリアの方が強くてカッコ良くて可愛いけどな。


「兄さん、勇者の装備、揃ったんだね?」


 ユミーリアがユウの姿を見て驚いていた。


「ああ、大変だったよ。火山に行ったら凍ってるし、空の島へ行くのに滝を突っ切ったり、空の島では変な競技をやらされたし、海底の神殿は壊れていて、勇者の岩を探すのも一苦労だったしね」


 火山を凍らせたのはマキだ。爆発する所だったからな、仕方がない。


 空の島は……思い出したくもない。


 海底の神殿は、うん、六魔将軍が壊したんだ。俺達のせいじゃないよな。


「大変だったけど、なんだかんだでリクトに助けてもらったんだ」


「俺に?」


 何の事だ? 俺は基本的にユウの旅には今回ノータッチのはずだ。


 俺の助けというのはどういう事だ?


「ウミキタ王国では、ユミーリアの兄ならリクトの兄って事だなって、快く船を貸してくれたし、空の島ではリクト殿のお知り合いならってアッサリ受け入れてくれたし、デンガーナでもドワーフの人達が、尻魔道士さんのお仲間なら手を貸さないわけにはいかないって、協力してくれたしね」


「ほんと、どこ行ってもみんなアンタの話ばっかりだったわよ」


 魔法使いがため息をつきながら俺を見る。


「うん、僕がこうして勇者の装備を集められたのは、リクトのおかげだと思う。ありがとう、リクト」


 ユウがそう言って俺に手を差し出してくる。


 そんなユウに俺は一瞬ビクッとしてしまう。


 魔王城でのトラウマが抜けてないのか。

 ユウの姿をした魔物がふんどし一丁でせまってきた事を思い出す。


 とはいえ、それはまあユウが悪いわけじゃないからな。


 全部あの尻好きのクソ神様が悪いんだ、うん。


 俺はそう思って、ユウと手を握り合う。


「リクトには、ユミーリアの事もだけど、色々とお世話になりっぱなしだ。本当に感謝している。だから……」


 ユウは、俺を強い意志を秘めた目で見つめてきた。


「今度は、僕が力になる番だ。何か僕に出来る事があったら言ってくれ。必ず力になるから!」


 ありがたい。


 今度の帝国との戦いはともかく、最後の邪神との戦いになれば勇者の力は絶対に必要になるはずだ。


 その時、ユミーリアだけではなく、ユウの力も借りられるなら安心だ。


「わかった。いずれ必ず、お前の力が必要になる時がくる。その時までにさらに強くなっててくれよな」

「ああ、もちろんさ!」


 俺とユウは笑いあう。


「ユウだけじゃなくて、私達もちょっとは強くなったんだからね? 頼りにしてもいいわよ?」


 魔法使いがそう言うと、戦士が力コブを作り、僧侶が微笑んだ。


「ところでリクト、何かギルドに用があったんじゃないのかい?」


 おっとそうだった。


 俺はユウに、俺の偽者が現れた事を話した。


「リクトの偽者、か」

「ちょっと待って、それ以前に何? シリト教って何よ? いつの間にそんなものが出来たわけ?」


 ユウ達は勇者の装備を集める為にしばらく街からはなれていたせいで、最近の情報に疎いようだった。


「帝国、か。そこにこれから攻め込むってわけか」

「まさか、私達が旅をしている間に、そんな事になっていたなんて」


 戦士と僧侶も、現状を聞いて驚いていた。


「魔王が倒れたっていうのに、いまだに世界は平和にならないのか。もっともっと強くなって、頑張らないとな」


 ユウの前向きな意見に、ユウの仲間達がうなずきあった。


「とりあえず、現状帝国に攻め込むのは俺達に任せてくれ。もし敵がこの国に攻めてきたら、その時は頼んだぞ、ユウ」


「ああ。本来は人と人との戦争に、勇者である僕はかかわるべきではないのだろうけど、帝国が邪神に乗っ取られているとすれば別だ。僕はこの国を、みんなを守るよ」


 勇者に留守番を任せる。


 本来は勇者にこそ帝国に向かってほしいんだけど、俺達が行くって王様達に言っちゃったしな。


 それなら、ユウ達には帰る場所を守っていてもらっていた方がいいだろう。


 これで後方の憂いもなくなった。


 あとは残り数日、しっかりと修行をして、帝国に攻め込むだけだ。


「ところでリクトー、私ー、久しぶりにアレが食べたいな?」


 魔法使いが猫撫で声を出してくる。


「アレ?」

「そう、それは……」


「わしじゃよ!」


 なぜかアーナが自身を指差して叫んだ。


「そうそうって、違うわよ! 何よあなた急に話に入り込んできて!」

「わしか? わしはアーナ。リクトの婚約者のひとりじゃよ!」


 アーナがそう言うと、魔法使いがジト目で俺を見てくる。


「……」

「なんか言え」

「……あなた、胸が大きければなんでもいいわけ?」


 失礼な。

 確かにアーナは見た目だけは好みだが失礼な。



 その後、ユウ達と食事をとりながら、俺達の現状を話した。


 俺の嫁候補が増えた事にも驚いていたが、エリシリアがこの国のお姫様だった事、プリムというお姫様とアーナという新しい婚約者が出来ていた事にさらに驚いていた。


「あんた達、こいつの何がそんなに良いの?」

「色々あるけど、最初は見た目がカッコイイ所、だったかな?」

「趣味悪っ!」


 魔法使いと僧侶の女性陣が、ウチの女性陣に絡んでいた。


 俺はユウと戦士と、そんな女性陣を眺めて楽しんでいた。


 楽しい夜だった。



 そして数日後、いよいよ俺達が帝国に乗り込む日となった。


「みなさん、準備はよろしいですわね?」


 マイホームで朝食を食べた後、プリムがみんなを見渡した。


 十分修行もしたし、昨日は一日ゆっくり休んだ。


 体調は万全だ。


「まずはパッショニアに移動して、南から帝国領へ入ります。そして敵の砦に奇襲をかけて破壊し、そのまま帝国へと向かいます。帝国に侵入したら一度マイホームで戻ります。マイホームで一度ゆっくり休憩したら、いよいよ帝国城に攻め込みます」


 プリムが机の上に地図を広げながら語る。


「帝国の皇帝は邪神に魅入られているとの事です。危険な戦いとなるでしょう。みなさん、覚悟はよろしいですね?」


 俺達はお互いを見て、うなずきあう。


 ここまできたらもうやるしかない。


 魔王だって倒したんだ、きっとなんとかなるだろう。


「それでは、参りましょう!」



 こうして、俺達の帝国への侵攻が、始まった。


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