第74話 ウミキタ王国で光る

 ここのところ、格闘技では、うまくいっていた。

 重力修行で強くなって、調子に乗っていたのかもしれない。


 俺は今、とってもピンチだった。


 ウミキタ王国の城に向かった俺達の前に、突然現れた黒騎士、ゼノス。


 突然襲い掛かってきたヤツの剣技は、俺を超えていた。

 というか、剣についてはランラン丸任せで、いつかランラン丸に習うと言っていたがすっかり忘れていた。


 そのツケが今きていた。


 ゼノスの攻撃に俺はおされ、今、ゼノスの放った闘気が俺に襲いかかってきていた。


「くっ!」


 俺はとっさに腕を交差してガードする。


 すると絶壁のコートがピンク色に光り、ゼノスの技を弾き飛ばした。


「へえ、いいコートだね、それ」


 自分の技が弾き飛ばされたというのに、ゼノスは平然としていた。


「だけどどうする? 格闘技ではオウガといい勝負が出来るみたいだけど、剣の腕は僕の方が上だ」


 ゼノスの言う通りだった。


 こんな事ならさっさとランラン丸に剣を習っておけばよかった。


 こうなったら、融合しかないか?

 ランラン丸と融合すれば、こいつに勝てるはずだ。


 俺はランラン丸をにぎりしめる。



 そんな俺とゼノスの間に、ユミーリアが立った。


「どういうつもりだい? ユミーリア」


 ゼノスがユミーリアに問いかける。

 ユミーリアは強いまなざしで、ゼノスを見つめた。


「ゼノスさんこそどういうつもり? いきなり襲い掛かってくるなんて」


 ユミーリアの言葉に、ゼノスの闘気が強くなる。


「はぁ……まったく、君はいつもそうだ。僕の邪魔ばかりして、ああほんと、むかつくよ、ユミーリア」


 フルフェイスの兜のせいでまったく表情がわからないが、どうやらヤツは怒っているみたいだ。


「どういう事? 私、ゼノスさんの邪魔なんてした覚えはないんだけど?」

「だろうね。君は無自覚で僕の邪魔をしていたのさ。君と、そこのピンクの君はね!」


 ゼノスが俺に剣を向ける。


「俺もあんたに邪魔された事はあっても、あんたの邪魔をした覚えは無いんだけど?」


 俺がそう言うと、ゼノスが剣を地面に突き刺した。


「君といいユミーリアといい、自覚の無いやつは本当に腹が立つよ」


 ゼノスは剣を地面から引き抜き、ユミーリアに対して突きつけた。



「ユミーリア! 君はいつもいつもユウのそばに居て、僕の邪魔をした! ピンクの尻男! 君は突然現れてユウと仲良くして、僕の邪魔をした!」



 ……なに?


 一瞬、ゼノスの言っている事が理解できなかった。


 ユミーリアも目が点になっている。


「ゼノスさん、どういう事? 私が兄さんのそばに居た事が、どうしてゼノスさんの邪魔になるの?」


 あーあ、ユミーリア聞いちゃったよ。

 多分、ロクな答えが返ってこない気がする。


「僕は! ユウと一緒に居たかったのに! ユウはユミーリア、君の事ばっかりかまっていた! いつもいつも僕とユウの間に入って邪魔をして! そしてピンク! 君はなんなんだ! 突然現れてユウの信頼を勝ち取って……ああもう! 許せない!」


 うん、フィリスもユミーリアにご執心だったけど、こいつは男勇者であるユウにご執心の様だ。

 この兄妹、そろってアレだった。


「兄さんと仲良くしたいなら、仲良くすればいいじゃない。どうして私が関係あるの?」


 ユミーリアはそんなゼノスの気持ちに気づいておらず、シレっと当たり前の正論を投げかけた。


「ああそうだろう、君はそう言うだろうね。まったく、ああほんと! 勇者なんてそんなもんだよね!」


 再びゼノスは剣を地面に突き刺す。


「ユミーリア、君は妹のお気に入りだ。それに僕にとっても一応幼馴染だ。だから傷つけたくは無い。そこをどいてくれ。僕はそこのピンクを倒せばいいだけなんだ」


 ゼノスの言葉に、ユミーリアは剣を抜いた。


「それはできないわ。リクトは私の大切な仲間だから。リクトを傷つけるというなら、私はゼノスさんとだって、戦う!」


 沈黙が場を支配した。


 一方俺はユミーリアの言葉に感激していた。


 ユミーリア、マジ勇者! 背中超カッコイイ!

 今すぐ後ろから抱きしめたい!



 しばらくすると、ゼノスがため息をついた。


「はあ……もういいや。僕は邪神の使徒として、君達に警告をしにきたんだ。この国にかかわるべきではないとね。今すぐ帰るならそれでよし。もし帰らないというのなら、どうなってもしらないよ?」


 ゼノスに対して、今度はヒゲのおっさんが前に出る。


「そいつはできねえ相談だな」

「あっそ、じゃあもういいよ」


 ゼノスは地面から剣を抜き、剣をしまった。


「そこのピンク」

「リクトだ」


 さっきからこいつ、俺の事をピンクだとか尻だとか適当に呼びやがって。

 あんまりにもしつこいんで俺は名乗ってやった。


「どうでもいいよ。この国では好きにすればいいさ。すぐに後悔する事になるから。それよりも……」


 ゼノスは兜を脱ぎ、その顔をさらした。

 男勇者に負けないくらいの、イケメンだった。紫のサラサラの髪が風にゆらいでいた。


「ユウに、これ以上近づかないでくれるかな? それさえ守ってくれるなら、僕は手を出さないでいてあげるよ」


 ゼノスはこちらをにらんできた。



 ……さっきから黙って聞いていればコノヤロウ。言いたい放題言いやがって。


 俺はだんだん、ゼノスの言い方に腹が立ってきた。


「ユウに近づくかどうかはともかく、お前の言う事なんか聞いてやらん! イケメンだからって調子に乗るな! バーカバーカ!」


 俺は心底むかついていた。男勇者といいこいつといい、なんでみんなイケメンなんだよ。

 男勇者はまだ許せる。だがこいつはイケメンのくせに好き勝手言ってなんかむかつく、何様のつもりだ!


 まずそもそも、話し方がむかつく。どうも俺は、こいつが生理的に嫌いみたいだ。


 そんな俺の言葉を聞いて、ゼノスの顔が激しくゆがんだ。


「ああそうかい、今決めた。君がもし生きてこの国を出られたら、その時は必ず殺すよ」

「今出来ない事が後で出来るんですかねー? このイケメンが!」


 俺とゼノスがにらみあう。


「君、すっごいむかつくよ。本当は今すぐ殺したいけど、残念ながら時間切れみたいだ」


 ゼノスが視線を後ろに向ける。

 見ると城から兵士が集まってきていた。


 エリシリアとコルットも、すでに戦闘態勢に入っている。


「まったく、君の様な男が生きていると思うと、虫唾が走るよ」

「そいつは残念だったな! 虫唾でもなんでも走ってろ! バーカバーカ! はっはっは!」


 俺は腰に手をあてて笑ってやる。


 ゼノスがさらに顔をゆがませるが、再び兜を身につけ、表情を隠した。


「ユウに近づく者はいずれみんな殺す。いや、みんな死ぬんだ。ユミーリア、君も妹のモノにならなければ、いずれ死ぬ事になるだろう。覚えておけ」


 ゼノスはそう言い残して、来た時と同じ様に、スッと消えていった。


 いったいどういう方法なんだ? アレ

 突然現れて突然消える。何かの能力だろうか?



「リクト、驚いたぞ。お前があそこまで相手を挑発するなんてな」


 エリシリアが俺を心配していた。


「うん、俺もなんか変だった。どうにも俺は、あいつが生理的に嫌いらしい」


 どうもイケメンな所や話し方がむかつく。


 だけど何よりむかついたのは多分、ユミーリアとちょっと親しげに話していた事だ。

 兄である男勇者はともかく、ユミーリアと幼馴染ってのは、なんか悔しかったというか、むかついた。


 だけど、それを知られるのはちょっと恥ずかしいので、俺はごまかす事にした。


「それよりもだ! 兵士さん達がこちらに来てるぞ、ちゃんと説明しないとな」

「あ、ああ」


 エリシリアはまだ何か言いたそうだったが、兵士達がこちらに到着したので話が終わってしまった。


 ヒゲのおっさんが兵士達に何か話した後、俺達は王様の所に案内された。



「おお! きてくれたかヒゲゴロウよ!」


 謁見の間に着くと、そこには王様が居た。


 王様……だよな?


 王様はふんどし一丁だった。

 ヒゲのおっさんと変わらんじゃないか。


 ふんどし一丁で抱き合うヒゲのおっさんと王様。酷い光景だった。


「さて、お前さんがヒゲゴロウの言っていた、シリトか!」

「リクトです!」


 ヒゲのおっさん、いい加減、他の人にはちゃんと俺の名前を伝えてくれよ。


「なんだ、尻が光るシリトで覚えやすいのに」

「お願いですからちゃんと覚えて下さい」


 俺は早速疲れてきた。

 ここの王様、ヒゲのおっさんとノリが似てる気がする。


「そうか、まあいい! それより早速話をしよう! 実はな、今この国は、帝国から宣戦布告を受けているのだ」


 なんと、帝国は俺達の住むセントヒリア王国だけでなく、このウミキタ王国にまで宣戦布告していたのか。


「そこで俺としては、セントヒリアと同盟を組むのが良いと思っているんだが、どうやって国民を説得したものか悩んでいてな。そこでヒゲゴロウからお前さんを紹介されたというわけだ」


 ヒゲのおっさん、ほんとに何者だよ? ていうか、いつの間にそんな話になってたんだよ。


「はあ……それで、俺に何をしろと言いたいんですか?」


 王様は俺を見て、ニヤリと笑った。


「お前さんには、その尻の光で、国民の心をひとつにする手伝いをしてほしいんだ」


 うん、言ってる事がサッパリわからん。


「まあとりあえず、俺にもその尻の光を見せてくれよ」

「え? ここでですか?」

「そうだ!」


 まあ、見せろというなら構わないが……と思ったが、そこで俺はふと止まる。


「あの」

「なんだ?」


「……王様に対して尻を向けて光らせるって、すっごい失礼な事なんじゃないでしょうか?」


 俺の言葉に、王様がキョトンとしていた。

 そしてすぐさま笑い出した。


「ガッハッハ! そりゃそうだ! それは盲点だったわ、ガッハッハ!」


 何かツボにはまったみたいで、爆笑していた。


「そうだよな、さあ尻を向けて光らせろって、こんなに失礼な事はないよな? ガッハッハ!」


 笑い続けていた王様を、ヒゲのおっさんが連れ戻した。


「おら、いつまで笑ってるんだよ! シリトもいいからパッと光れ」


 おっさんめ、人をホタルみたいに扱いやがって。


 俺は渋々後ろを向いて、尻を光らせた。


「ゴッドフラッシュ!」


 最近覚えた必殺技だ。

 ただ尻が光るだけの技だ。何の効果も無い。


 俺の尻からピンク色の光が放たれる。


 その光は城内を照らし、辺りをピンク色に包み込んだ。


「おおおお!? な、なんという神々しい光だ! それにコートの上からでもわかる、この形……これは、まさに神の尻!」


 王様がおおげさに驚いていた。


 ただ尻が光ってるだけなんだけどな。


 尻を光らせている当の本人である俺は、無表情だった。


「確かにこれならいけるぞ! すぐに準備をする! さあきてくれ!」


 王様が盛り上がっていた。


 俺達は控え室に案内され、待機する事になった。


「何をやらされるんだお俺は?」

「なあに、すぐにわかるさ、頼んだぜシリト!」


 ヒゲのおっさんが親指を立てる。


「だから、俺は何をするんだよ!?」

「さっきと一緒の事だ。気にするな」


 さっきと一緒って事は、また尻を光らせるのか?

 人をなんだと思ってるんだこのおっさんは。



 その後、俺達は兵士に呼ばれ、城のバルコニーに連れてこられた。


 そこにはなんと、この国の国民達が集まっていた。

 上から見下ろすと人がまるでゴミの様だった。しかしユミーリア達も居るので、ここでその言葉を口に出すのはやめておいた。


「すごい」

「人がいっぱーい!」


 ユミーリアとコルットは興奮していた。エリシリアは慣れた様子だった。さすがは元ロイヤルナイツだ。


「みんな! よく集まってくれた! 知っていると思うが、この国は今、帝国に宣戦布告を受けている! 俺達が帝国に負けるとは思えないが、それでも俺は、少しでもお前達に無事で居てほしいと思う!」


 おお、なんだかいい王様じゃないか。

 もっとそれ国の為に死んでこいとか、なんでもいいから敵をぶっ殺せとか言うのかと思ったよ。


「そこでだ! 俺はセントヒリアと同盟を結びたいと思っている! セントヒリアには今、神の加護がある! 今からお前達にも、それを見てもらう!」


 王様はそう言って、俺達を前に出した。


「彼女はセントヒリアの元ロイヤルナイツのリーダー! そしてこっちはセントヒリアの勇者だ! さらにこの子はちっこいがあの伝説の格闘家、リュウガの血を受け継いでいる!」


 エリシリアとユミーリアはともかく、コルットの紹介に驚いた。

 リュウガってそんなに有名なのか?

 いや、リュウガの知り合いも多いみたいだし、この国だけかもしれないな。


「でだ! こいつが本命だ! こいつはセントヒリア王国の素晴らしき尻魔道士、シリトだ! さあ見てくれ! これが神の加護だ!」


 そう言って、王様が期待した目で俺を見る。

 だから俺の名前はリクトだって言ってんだろ!


 というかだ……まさか、この流れで尻を光らせろと?


 俺の心の声を読み取ったのか、王様とヒゲのおっさんがうなずいた。


 ……ああもう! わかったよ! やればいいんだろやれば!


 俺は後ろを向き、呪文を唱える。



「ゴッドフラッシュ!」



 俺の尻がピンク色に光り輝いた。


 ピンク色の光はどんどん広がっていき、やがて国中を照らし、人々をも照らした。



「おお!」

「光だ、神の光だ!」

「なんという美しい尻じゃ!」

「ああ! 尻じゃ! 尻が光っとる!」

「綺麗なお尻」

「いいぞシリトー!」

「まさかこの国でアレが見られるなんて、ラッキーだぜ!」

「あのお尻はいったい?」

「ご存じないのですか? アレこそがセントヒリアの希望の光、素晴らしき尻魔道士、シリトなのです!」

「おおー!」


「シリト! シリト! シリト! シリト!」



 歓声があがった。


「集え! 希望の光の元に! 帝国なんぞに負けはしないぞ!」

「オオー!」



「シリト! シリト! シリト! シリト!」



 王様の呼びかけと光は国中に伝わり、人々が、国中が盛り上がっていた。




 俺はただ、無表情で尻を光らせ続けた。



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