第7話 浴場、トイレ、流れる涙
湯けむりがただよう中、公衆浴場で、俺は裸の男勇者と向かいあっていた。
「会えてうれしいよ……シリト」
「リクトだよ! せめて名前は覚えていてくれよ!」
妹の事で話があるって言ったクセに、こっちの名前は覚えてないのかよ。
「ご、ごめん。ギルドのみんながそう呼んでいたから」
「マジかよ!?」
それはあれだ、多分ヒゲのおっさんのせいだ。あの野郎……
「……すまなかった。あらためてリクト、妹の……ユミーリアの事で話がしたい」
「はあ、わかったよ……とりあえず風呂に入らせてくれ」
俺は湯船につかった。
ああ~、これこれ。生き返るわ~
男勇者も、俺の近くに入ってきた。
「……それで? 話っていうのは、具体的にどういう話なんだ?」
俺は男勇者に話しかける。
「そうだな。まずは僕の事から話そう。僕はユウ。ユミーリアの兄だ」
ユウってお前……勇者だからユウってか?
そういえば、初代からいる男勇者は、ユミーリアと違ってデフォルト名は無かったか。
「僕は今、パーティを組んでギルドで日々依頼を受けている。最初はパーティにユミーリアを誘おうとしたんだが、断られたよ。君と組むんだってね」
ユミーリアのやつ、素直に男勇者と組んでいればいいのに。そうすれば戦力が上がってメインストーリーも楽に進んだはずだ。
まあ、俺と組むって言ったっていうのは、悪い気はしなけど。うれしいけど。顔がニヤケそうになるけど。
「だが、君はユミーリアとは組まないそうじゃないか」
「……一族の決まりでな。レベル30まではソロでやらなければいけないんだ」
俺はお決まりの嘘を言う。
「レベル30? なぜだい?」
「一族の中では、それで一人前だと言われている。それ以上の事は、俺は特に気にした事なかったんで、聞かれても困る」
適当についた嘘だからな、時間がかかるだろうって事以外に理由は無い。
「そ、そうか。それはまあ……君の都合だ、仕方ないのかもしれない。だがそんな君に感化されて、妹もソロでやると言って聞かないんだ」
「……みたいだな」
俺が説得しても聞かなかったしな。
「僕もパーティを組んでみてわかったが、パーティというのは本当に素晴らしい。自分じゃ出来ない事、気付かない事をお互いがフォローしあえるんだ。妹にはそれがないと思うと、不安でね」
確かに、勇者は万能だが全能ではない。
「……ちなみに、ユウのパーティメンバーって、どういう構成なんだ? よければ名前も聞かせてくれ」
俺は少し気になっていた事を聞いてみる。
勇者の名前がユウ。それでは他のメンバーの名前はどうなっているんだ?
ゲームでは、勇者の仲間もデフォルト名はなく、仲間になる際にプレイヤーがつける事になっていた。
「え? まあいいけど。戦士のセン、魔法使いのマホ、僧侶のソウと、僕で4人パーティだな」
ひっどい。これはひどい。いくらデフォルトネームが無いからってこれはひどい。
頭文字とっただけじゃん。誰だよこれ名づけたの。ちゃんと考えてやれよ。
「……理想的なメンバーだな」
とりあえずほめておく。ひどい名前だなとは言わない方がいいだろう。
「ああ、みんなには助けられてるよ」
男勇者の組んでいるパーティは、勇者、戦士、魔法使い、僧侶とバランスが良いパーティだった。名前はひどいが。
「妹は強い、勇者という職業も得た。けど、それでもやっぱり心配なんだ」
男勇者がザバッと立ち上がり、俺の手をとる。
……顔が近い。このイケメンめ。
「頼む! 君の事情はわかったが、それでも出来れば、妹と組んでやって欲しい。もしくは、妹にパーティを組む様に説得してほしいんだ!」
なるほど、そうきたか。
男勇者の言いたい事はわかる。
妹の安全の為、この際こんな俺でもいいからパーティを組んで欲しいんだろう。それが無理なら、なんとか説得して欲しいと。
「……わかった、と言いたい所だが、俺も一応説得したんだよ。ユミーリアは誰かとパーティを組んだ方がいいって」
俺はすでに説得済みである事を男勇者に告げる。
「そ、そうなのか?」
「ああ。そしたら、俺が頑張るんだから自分も頑張る、だってさ」
「うっ……確かにユミーリアならそう言うかも」
男勇者の元気がなくなる。
まあユミーリアの事は、こいつが一番良くわかっているだろうな。今の所は。
……今の所は? なに対抗意識燃やしているんだ俺。
「ま、まあ俺も引き続き説得してみるよ」
もっとも、意味ないだろうけど。
「君が組んでくれて、仲間を増やしてくれるのが一番いいんだけど……」
「悪いな、俺がレベル30になるまで待ってくれ」
もしくはお前がさっさとメインストーリーをクリアしてくれればいいんだけど。
……ん? 待てよ、そうだ。
「実は、ひとつ、方法があるんだ」
「な、なんだい!?」
俺は今思いついた事を、男勇者に提案してみる。
「実は俺は、ある秘密の任務を与えられていてな。レベル30になるかこの任務をクリアするか、どちらかが達成できれば、俺はパーティを組める様になるんだ」
「ひ、秘密の任務?」
我ながら、うさんくさい話だが、ここは無理にでも通すしかない。
「ああ。実はこの国には今、邪神の使徒と呼ばれる者達がひそんでいて、邪神を復活させようとしているんだ」
「じゃ、邪神だって!?」
男勇者が驚愕する。
「静かにしてくれ! それでな、その邪神の使徒を倒して邪神の復活を阻止するというのが、秘密の任務なんだ」
「き、君にそんな秘密があったのか……」
男勇者は完全に俺の話を信用している。チョロイ……だけど、なんだか少し罪悪感を感じる。
「もちろん、俺だけじゃない。俺以外にもこの事で動いている人達がいる。あくまで俺はオマケだ。しかし、邪神の使徒が倒され、邪神の復活を阻止すれば、俺はレベル30にならなくてもパーティが組める様になるんだ」
「そ、そうなのか」
まあ、全部が嘘ではない。邪神が倒されれば世界が平和になる。
そうなれば、俺がメインストーリーを邪魔してしまうかもしれないなんて気にしなくても済むし、男勇者がメインストーリーを進めてくれるなら、関係なくなるユミーリアとパーティを組んでも大丈夫になるだろう。
「そこでお願いがあるんだ。もし邪神の使徒や邪神にかかわる事があれば、ユウにも協力してほしいんだ」
どうせ邪神の使徒も邪神も、勇者が倒す事になるしな。ここでお願いしておけば、少しはクリアが早まるんじゃないか、男勇者がメインストーリー固定になってユミーリアは関係なくなるんじゃないか。というのが、俺の作戦だ。
「なるほど、そういう事か。わかった! 君が一刻も早く妹とパーティを組める様に、僕も協力しよう!」
よし! いいぞ、男勇者!
「ありがとう! でも、無茶だけはしないでくれ」
無茶をして死にました。じゃ、本末転倒だからな。
「あと、この事はできるだけ秘密にしてくれ。話が広まると人々が恐怖で混乱してしまうからな」
「ああ、任せてくれ! 人々を恐怖から救う、これこそまさに、勇者のつとめだ!」
俺と男勇者は手を取り合った。
彼はまさしく勇者だった。
しかし、邪神の使徒や邪神の事は本当とはいえ、我ながらよくもまあ適当な話を作ったものだ。それを信じる男勇者もあれだが。
いや、俺のこんな話でさえ信じるからこそ、勇者なのかもしれない。
俺は男勇者に感謝と願いを心の中でつぶやきながら、浴場をあとにした。
俺は宿屋に戻ってランラン丸を回収した。
部屋のベッドに寝転び、目を閉じる。
ランラン丸にも、色々と説明しないとな。
……明日、マイルームで話すか。
ランラン丸の声は俺以外には聞こえないから、ゲームの事や俺の事を話しても大丈夫だろう。
俺はランラン丸に話す事を考えながら、眠りについた。
「おはようでござる! リクト殿!」
朝、ランラン丸の声で起こされた。この世界に来て、3日目の朝だ。
俺は顔を洗い、宿屋で用意された朝食を食べて外に出て、建物の影に隠れてマイルームを発動した。
「マイルーム」
俺の尻が光る。
光った尻から扉が出てくるのを見て、ランラン丸が笑っていた。ちくしょう。
俺は素早くマイルームに入り、扉を閉じた。
「いやー、リクト殿の魔法は面白いでござるなー。特にお尻が光るのが……ぷぷぷっ!」
ええいうるさいぞこの野郎!
大体なんだ、その……え?
「ら、ランラン丸?」
「ん? なんでござるか?」
ランラン丸が振り返る。
そう、振り返ったのだ。ランラン丸と思われる、目の前に居た美少女が。
それはあの時武器屋で見た、紫色のおかっぱで、黒い着物を着た、金色の瞳の少女だった。
「えーっと、ランラン丸、さん?」
俺は恐る恐る、ランラン丸と思われる少女に話しかける。
俺の様子に気付き、ランラン丸は自分を見て、人の姿に変化している事に気付いた。
「……ふあっ!? なんでござる!? どうして拙者、人の姿になっているでござるか!?」
それは俺が聞きたい。
マイルームに入った途端、ランラン丸が人の姿に変わったのだ。
「はえー、これもリクト殿の魔法でござるか?」
知らん、マイルームにそんな機能は書いてなかったはずだ。
「ただお尻が光るだけの変な人ではなかったのでござるなぶへっ!?」
尻尻うるさいランラン丸に、さすがの俺も我慢が出来ず、ランラン丸の頭にチョップした。
「さて、ランラン丸、お前に話がある」
俺は涙目になっているランラン丸をソファに座らせて、その前に椅子を持ってきて座った。
「うー、痛いでござるー。リクト殿のきちくーって、なんでござるこの椅子は? メチャクチャやわらかいでござる! ふわふわでござるー!」
ランラン丸がソファの感触に騒いでいる。
「ええい! 人の話を聞け!」
「ほいほい、わかったでござるよー……あ、リクト殿、その前にひとつ、いいでござるか?」
「ん? なんだ?」
ランラン丸が急にモジモジしだした。
「そのえっと、どうも急に人の姿になったせいか、その……か、カワヤはどこでござるか!?」
「カワヤ? ……ああ、なんだトイレか」
「といれ? なんでもいいでござるから! それはどこでござるか!?」
ランラン丸が顔を赤くしてあせっている。
「そこの扉だ」
「わかったでござる!」
ランラン丸はダッシュでトイレに向かって、扉の中に入り、扉を閉めた。
そして次の瞬間、ランラン丸の叫び声が聞こえてきた。
「な、なんでござる!? これは、なんでござるか? どどど、どうやって使ったらいいでござるー!?」
ランラン丸がトイレの中で騒いでいる。
「いや、どうも何も、トイレなんだから普通に使えよ」
「リクト殿の言う普通がわからないでござるよ! そもそも、どこに用を足せばいいのでござるか!?」
何を言っているんだあいつは……あ! そうか、俺の世界のトイレを見た事がなければ、パッと見使い方がわからないのか。
「あーえっとだな、それは……」
俺はトイレに近づいた。
「って! リクト殿! 駄目でござるよ! いくらリクト殿でも、入ってきちゃ駄目でござる!」
「いや、あー……そうだけど、どうしろと?」
「使い方を説明して欲しいでござる!」
使い方って言われても、あらためて説明するとなると……
「……座って出せばいいんじゃないかな?」
俺はなんとなく使い方を説明しようとするが、ランラン丸もあせっているのか、うまく理解してくれなかった。
「あ……あ……あ……もう、駄目でござ……る……あああああー!」
トイレの中から聞いてはいけない音がして、トイレの扉の下から液体がもれてきた。
「いやああああ! リクト殿! 聞いちゃ駄目でござるー! 見ないででござるー!」
そういえば、女性はトイレの時、音が聞こえない様に先に水を流すんだっけとか思いながら、俺はぞうきんを探した。
「うう、もうお嫁にいけないでござる……」
あの後、念じたら出てきたぞうきんを使って、自分で掃除をしたランラン丸にトイレの使い方を教えた。
着ていた着物はなんとか濡れずにすんだみたいだが、目の光が失われていたのは見ない事にした。
そして今は、ソファの上で泣いている。
「気にするなランラン丸。お前は剣だ。刀だ、武器だ! 鋼の心を取り戻すんだ」
「良い言葉が思いつかないなら無理に慰めなくていいでござるよ」
ランラン丸は完全にふてくされていた。
「あーそれでだな、ランラン丸、お前に話があったんだが……」
この調子では、話は無理かな?
「……はー、わかったでござる。早く忘れる為に、その話……聞くでござるよ」
ランラン丸が俺に向き合う。
なんだか色々大変な事になってしまったが、ランラン丸の言う様に、この事は早く忘れてやった方がいいのだろう。
俺は気持ちを切り替えて、俺自身の事、ゲームの事、この世界の事をランラン丸に、話す事にした。
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