第17話 尻魔道士よ、肉を狩れ

 キョテンの街の中心にある、巨大な樹、霊聖樹(れいせいじゅ)。


 その地下には、邪神の使徒と呼ばれる集団の秘密の施設があった。


「ええい! どういう事だ!?」


 使徒達に怒鳴り散らしているのは、邪神の使途の教祖、エラソーディア13世であった。


 邪神の使途は、皆ゆったりした黒のローブを着用し、黒の覆面をかぶっている。

 しかしその中で、エラソーディア13世だけは、素顔を晒していた。


「なぜだ! ゴブリンキングは倒され、奇跡的に生まれたゴブリンクイーンまでやられるとは! しかもだ! せっかくその効力を失いつつあった霊聖樹の聖なる気が復活し、この街をモンスターに襲わせる計画までつぶれてしまうとは!」


 その計画は、リクトが体験した、ひとつの結末であった。

 すべては邪神の使途によるものであったのである。


 しかし、勇者達とリクトによって、その計画は阻止されたのであった。


「も、申し訳ありませんエラソーディア様。どうもギルドに所属する、勇者と認定された者達によって、ゴブリンキングもゴブリンクイーンも倒されてしまったようで……霊聖樹に関しては、そもそもなぜ聖なる気が弱まったのかも復活したのかも不明でして」

「ええい! 言い訳など聞きたくないわ!」


 エラソーディア13世が使徒達に当り散らしていた。


「とにかく勇者だ! 勇者を狙え! なんとしても邪魔者を排除し、邪神様を復活させるのだ!」


 これは《クエスト オブ ファンタジー》の、本来のストーリーの一部である。

 ゲームでは、今回の様なイベントシーンが差し込まれ、事件の裏側をプレイヤーは知る事ができるのだ。


 この世界でも、リクトや勇者達が知る事はないが、裏ではゲーム通りのストーリーが進行していた。


 ゲームと違うのは、ゴブリンクイーンと霊聖樹の聖なる気が役に立たなくなった事。

 この2つは、ゲームでは存在しない出来事であった。




 ◇



 俺は天崎 陸斗(アマサキ リクト)。神様にゲームの世界に転生させられた俺は、今……



 ヒゲのおっさんに引っ張られていた。


 所持金0の俺は、今日も依頼を受けようとして、ギルドに向かっていた。


 その途中で出会ったおっさんに、お前の力が必要だとか言われて、引っ張られてギルドまできたのだった。


「それでおっさん、何があったんだよ? いい加減、説明してくれ」


 俺はつないでいたおっさんの手をほどく。


「ああ、そうだな……っとほれ、出てきたぞ」

「ん?」


 俺達がギルドの前に着くと、ギルドの中から男勇者が出てきた。


「リクト?」


 こいつはユウ。金髪イケメンの、ゲームでは主人公だった勇者だ。



「おっさんどういう事だ? ちゃんと説明してくれ」


 俺はおっさんに説明を求めた。


「ああ、勇者がCランク昇格の為の試験のひとつ、商隊の護衛依頼を引き受けたって聞いてな」


 商隊の護衛か。確かにゲームでもあったな、その依頼。


 Cランクに上がるには、3つの依頼を達成しなければいけない。


 1つ、商隊の護衛。

 2つ、コダイノ遺跡の調査。

 3つ、フレアイーグルの討伐。


 この内の1つが、男勇者が受けたという、商隊の護衛だ。

 確か、南の方の街まで商隊に着いて行くんだよな。


「そこでシリト、お前の力が必要なんだ」


 ヒゲのおっさんが俺を見て笑う。


「俺の名前はリクトだって言ってるだろ? ったく、俺に何しろって言うんだよ?」


 まさか、男勇者についていけと言うんじゃないだろうな?

 だったらお断りだ。


 俺は基本的に、メインストーリーには、かかわらない様にしている。


 俺はこの世界では、神様に連れてこられたという、イレギュラーな存在だ。


 そんな俺がメインストーリーにかかわると、本来起こらない様なイレギュラーな事態が起こってしまうかもしれない。


 実際に、本来存在しないゴブリンクイーンが現れたり、霊聖樹の聖なる気が役に立たなくなるなんて事件があったばかりだしな。


 だから俺は、コッソリのぞくならともかく、直接的にメインストーリーにかかわるつもりはなかった。



「シリト、後ろを向け」

「は? なんで」


 おっさんが突然、わけがわからない事を言い出した。


「いいから、ほれ」


 おっさんにそう言われて、俺は後ろを向く。


「よし! そこで例の回復魔法を使うんだ!」

「はあ? だからなんで?」

「いいから、ほれほれ!」


 わけがわからん。だがまあ、MPにも余裕はあるし、別にいいか。


「ゴッドヒール」


 俺は回復魔法、ゴッドヒールを唱えた。


 ゴッドヒール、あらゆる怪我や病気や状態異常を直し、HPを完全回復させる、チート能力だ。

 問題は……


「おお!」

「今日もスッゲー光ってるぜ!」

「ああ、なんて美しい尻だ」

「まぶしー! まぶしすぎるぜ!」

「さすが、素晴らしき尻魔道士だ!」


 いつも通り、まわりがうるさい。



 そう、俺はチート能力を使うと、尻が光るんだ。


 職業もなぜか、《素晴らしき尻魔道士》という、不名誉なものが与えられた。


「勇者よ」


 ヒゲのおっさんが語り始める。


「お前は俺達の、ギルドの仲間だ。この光を忘れるな。何かあった時は、この光を思い出すんだ。この光はここにある。迷った時は、この光の元へ帰って来い」



 なんか良い事言ってる風だが、人の光る尻を指してなに勝手な事言ってるんだこのおっさんは?


「ヒゲゴロウさん……ありがとう、確かにこのあたたかい光は、僕達をいつも照らしてくれている、太陽の様だ」


 男勇者も、なんかよくわからない事を言っている。


「気をつけていって来い、そして、この光の元へ帰ってくるんだ」

「はい! ありがとうございます、ヒゲゴロウさん!」


 完全に二人で盛り上がっていた。



 俺はそんな男勇者を見て考える。


 俺はゲームでストーリーを体験しているから、この依頼で何が起きるかを知っている。

 男勇者に、言っておいた方がいいだろうか?


 うん、そうだな。あとで後悔するよりは、言っておいた方がいいか。


「ユウ」

「ん、なんだいリクト?」


 俺は男勇者に、この依頼で起きる事を話す事にした。


「ユウ、お前はあのゴブリンキングを倒した事で、結構注目を集めてしまった。中には、そんなお前の活躍を良く思わないやつらもいる」

「え?」


 実はこの依頼中、盗賊が現れて荷物が奪われ、盗賊のアジトに乗り込むという展開があるのだ。しかしその盗賊は、なんと邪神の使途なんだなこれが。


 邪神の使途は、ゴブリンキングを倒した勇者を邪魔だと思っている。だから勇者が狙われるというストーリーなんだ。


「この護衛中にも、そういった連中がお前に目をつけて、襲ってくるかもしれない。十分に気をつけてくれ」


「そ、そうか……もしかして、また未来を見てくれたんだね? ありがとう、リクト。」


 俺は前回のゴブリン討伐試験の前に、男勇者に未来が見えると嘘をついて、ゴブリンキングの事を教えた事がある。今回も、そういう風に受け取ってくれたのだろう。



 男勇者は、俺の尻の光をいつくしむ様な目で見ながら、仲間と共に旅立っていった。


「ありがとう! リクト! 妹をよろしくね!」


 手を振りながら、俺にそう言い残して……



「それでおっさん、結局なんだったんだ? なんであいつの見送りに、俺が必要だったんだよ?」


 俺は男勇者を見送った後、おっさんにたずねた。


「いや、勇者の初めての旅立ちに、何かしてやりたくてな。護衛に出ると、3日は帰って来れないだろうからな。何か心に残る事をしてやりたかったのさ」


 そりゃあ尻が光る光景なんて、一度見たら忘れられないだろうな。


「ってちょっと待て! その為だけに俺を無理矢理連れてきて、回復魔法を使わせたのか?」

「ああ。今日も良い輝きだったぜ! シリト!」


 俺はおっさんを殴った。




「あはは、大変でしたね、リクトさん」


 どうやらさっきの光景を、みんなで見ていたらしい。


 ギルドの中に入ると、ラブルンことラブ姉が苦笑していた。今日もラブ姉のラブルンは楽しそうにゆれている。


「カンベンして欲しいよ……ヒゲのおっさんは、殴ってもビクともしないで笑ってるし」

「ヒゲゴロウさんはベテラン冒険者ですからね」


 そうだ、確か前にステータスサーチで見たが、レベルは20を越えてたっけ。今の男勇者より冒険力は高かったはずだ。


 俺はもう、ヒゲのおっさんの事については考えるのをやめた。



「ところでラブ姉、遅くなったけど、まだ依頼あるかな?」


 色々あったせいで、もうお昼になろうとしていた。


 ゴブリンクイーンの騒動の次の日。

 1日くらいは休みたいと思ったが、俺達の所持金は0だった。


 働かざるもの食うべからず。休んでいる暇などなく、依頼を受けてお金を稼ぐしかないのだった。


「あれ? てっきり今日は休むかと思ってましたけど?」


 ラブ姉が俺を見て答える。


「そうしたかったんだけど、俺、お金が無いんだ」

「だったらどうして、昨日のゴブリンクイーン討伐の報酬、少しでも受け取らなかったんですか」


 ごもっとも。その場のノリとはなんとも怖いものだ。


「それでラブ姉、薬草採集、まだ受け付けてるかな? 急いでとってくるからさ」


 俺はいつも通り、薬草採集の依頼を受けようとした。


「それよりもリクトさん、あなたは今日からはEランクですよ? もっと違う依頼も受けられる様になりました」


 ラブ姉の言った事に、俺は目を丸くした。


「へ? 俺が? Eランク?」

「ええ」


 どうして?


「いや、俺はあくまでユミーリアの昇格試験に付き合っただけで、俺自身が昇格試験を受けたわけじゃないんだけど?」


 俺はその事を、ラブ姉に聞いてみた。


「あのゴブリンクイーンを倒したおかげで、レベルアップしましたよね? それならゴブリンくらい、もう楽勝でしょう? 今さら試験を受けても結果は同じでしょうし、ユミーリアさんと一緒に試験を受けたと処理されたというわけです」


 そ、そうなのか。俺がEランクか。


「というわけだから、ステータスカードを出して下さい。ランク情報を更新しますから」


 俺はラブ姉にステータスカードを渡す。


 そういえば、心なしかラブ姉の態度や言葉遣いも、今までよりフランクになった気がする。


「本当はゴブリンキングと同レベルのクイーンを倒した程だから、ユウさん達みたいに、Dランクに飛んでもいいんですどね」


 ラブ姉は話しながら、俺のステータスカードのランク情報を更新してくれる。


「でも、ユミーリアさんはパーティを組まずにソロ活動を続けるみたいだし、リクトさんはレベルアップしたといっても、冒険力は低くて同じくソロだし、危険だから二人ともひとまずEランクって事になったんです」


 なるほど、それはもっともだ。


 ゲーム内ではソロでもゴブリンキングを倒せばDランクになったが、ユミーリアは現状、ソロでゴブリンキングを倒せるレベルじゃなかったと思う。

 冒険力が300台の俺はそもそも論外だ。


 大体、ラブ姉は俺がゴブリンを倒すのが楽勝だと言ってるけど、本当にそうか? 一応、ゴブリンの冒険力は超えているけど、集団で来られたら勝てないんじゃ……


 なんて俺の心の声をラブ姉が知るよしもなく、俺にあたらしい依頼をすすめてくる。


「さて、Eランクになったからには、これです! ウサギット討伐依頼!」

「え? ウサギット?」


 確か、タックルドックとそんなに変わらないくらいの強さのモンスターだよな?

 なんでここであえて紹介されるんだろう?


「リクトさんも知ってると思いますが、この街でお肉といえば、ウサギットなんですよ」

「ああ、そういえば」


 俺はこれまでに食べた料理を思い出す。


 そう言われれば、使われていた肉は、大体ウサギットと書いてあった気がする。


「ウサギットはお肉をドロップしやすいモンスターでして。Eランクから討伐依頼が解禁されるんですが、そのお肉がいい値段になるんです、1つ20P(ピール)になります」


「おお! そりゃすごい!」


 薬草をカバンがパンパンになるまで採集して30Pだった事を考えると、1つでもドロップすれば一気に20Pか、しかもドロップしやすいとくれば、そりゃすごい。


「この依頼はいつでも受付してます、どうします? 受けますか?」

「もちろん! やる! やります!」


 俺はウサギット討伐依頼を受けた。


 依頼自体は、1匹狩ると5P。ウサギットの魔石が1つ5Pらしい。1匹狩るだけでも10Pの報酬がもらえる。結構稼げそうな依頼だ。


「よし! それじゃあ行って来ます!」

「いってらっしゃい、気をつけてね」


 俺はラブ姉にウサギットの生息地を聞いて、ラブ姉に見送られながら、ギルドを出た。




 街を出て、ラブ姉から聞いたウサギットの生息地へ向かう。


 そして生息地に着くと、早速ウサギットが現れた。


 一見すると、黒いウサギだ。

 俺は注意深く、ウサギットを見つめる。


 するといつも通り、俺の尻があわく光り出した。


《ウサギット 冒険力80》


 タックルドックの冒険力が70だから、こんなもんか。


 これは俺のチート能力、ステータスサーチだ。相手を注意深く見ると、相手の簡易ステータスがわかるというものだ。


「よっしゃ! 狩りまくるぞ! ランラン丸!」

「おお! 目指すはお肉でござる、リクト殿!」


 返事をしたのは俺の武器、刀のランラン丸だ。


 こうしてしゃべるだけではなく、俺のチート能力で作り出したマイルームに入ると、刀になる前の姿である人の……少女の姿になるのだ。


 ちなみに、なぜ刀になったかは本人にもわからないらしい。



 俺はランラン丸を鞘から抜いた。


 そして、ウサギットに向かって構える。


「うむ、相変わらずひどい構えでござるなリクト殿」


 ランラン丸がうるさい。


「ええいうるさい! いくぞ……だああああ!!」


 俺はウサギットに向かってランラン丸を振り下ろす。


 しかしウサギットは素早い動きで、俺の攻撃をかわした。


「このっ!」


 俺はランラン丸を振り回すが、なかなか当たらない。



 散々振り回して、ようやく攻撃が当たって、ウサギットを倒した。


「よしっ!」

「リクト殿ー、もう少し丁寧に扱って欲しいでござるよー」


 俺はランラン丸を無視して、ウサギットのドロップを確認する。


 ポンッと音が鳴って出てきたのは、魔石と……肉だった。


「よっしゃあああ! 肉ゲットー!」

「おお! おめでとうでござるよリクト殿!」


 俺はランラン丸と喜びあう。


「こ、これがウサギットの肉か! ってなんだ、なんか輝いてないか?」


 ドロップしたウサギットの肉は、なぜか輝いていた。


「ど、どうなってるんだ?」

「リクト殿、何かしたでござるか?」

「俺は何もしてないよ!」


 ドロップした肉が光るなんて聞いてない。

 ラブ姉も、そんな事は言ってなかった気がする。



 俺達は光り輝くウサギットの肉を前に、激しく混乱していた。


 まさかそれが、滅多にお目にかかる事がないという、ウサギットのレア肉だとは知らずに。



 リクトのあらたなる力が、目覚めようとしていた。

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