第16話 神様のネタばらし
「おめでとう! 素晴らしき尻魔道士よ!」
いつもの空間、いつもの神様。
だが、セリフがいつもと違った。おお死んでしまうとは……ではなかった。
「俺は、死んだんじゃないのか?」
俺は神様に話しかける。
「はい、その通りです。今回はあなたの夢の中にお邪魔させて頂きました。あなたは死んでいませんよ。ですから、もう一度言いましょう。おめでとう! 我が素晴らしき尻魔道士よ!」
神様が大げさな身振りで言ってくる。
「それじゃあ、俺はなんでここに? 俺の夢の中って言ったか? っていうかあんた、神様のくせに気軽に出て来すぎじゃないか?」
「いいじゃないですか、どうせ、この世界のメインストーリーにはかかわっていないのだし、楽屋裏でくらい、自由に出てきても」
なんだよ楽屋裏って……
神様は終始、ニコニコ笑っている。
「それで、今度は何の用なんだよ? どうして俺の夢の中に居るんだ?」
「いえ、せっかく今回のイベントを乗り切った事ですし、軽くネタばらしでもしてあげようかと思いまして」
ネバばらし? 何の事だ?
「さて、今回のゴブリンクイーン騒動ですが、実はあなたが乗り切るには、大きく分けて4つの方法がありました」
「……は?」
ちょっと待て、どういう事だ? 4つって?
「オイオイ、あんたが言ったんだろう? ゴブリンクイーンを倒すには、ユミーリアの勇者の力が覚醒するしかないって!」
「いいえ? 私はあくまでヒントと言っただけです。それしか正解はありませんなんて、言ってませんよ?」
な、なんだと!?
「今回は、4つの方法がありました。1つは今回あなたが体験した様に、ユミーリアの、勇者の覚醒でゴブリンクイーンを倒すルートです」
そうだ。俺は勇者の、ユミーリアの覚醒が必要だと、この神様に言われて、他にどうしようもなかったから、その……ユミーリアを覚醒させたんだ。
「2つ目です。ゴブリンクイーンが成長するモンスターだというのには気付いていましたね?」
「ああ」
俺が最初に見た時と、男勇者達を連れて行った時は時間差で強さが違っていた。戦闘中にも成長した事があったし、夜になれば相当でかくなっていた気がする。
「ならば逆もまたしかりです。あなたがあの日、ノンキに朝ご飯なんて食べてないで、起きてすぐにユミーリアと合流し、マイルームで森の近くまで行ってすぐに討伐に向かえば良かったんです。たどり着く頃にはゴブリンクイーンの冒険力は、まだ300程度だったでしょう。そうすれば、あなたはともかく、ユミーリアであればゴブリンクイーンを簡単に倒せたはずです」
「……あ」
そ、そうか! そう言われてみるとそうだ! 遅く行って強くなってたんだから、もっと早く行けば弱かったかもしれないんだ。くそ、なんで気付かなかったんだよ俺!
「どうせユミーリアは、あなたが来る1時間前にはギルドの前に居ましたしね」
「え?」
ちょっと待て、それじゃあ何か? 俺はいつも1時間もユミーリアを待たせていたのか?
いくら集合時間を決めてあったとはいえ、これは気まずい。あとで謝らないと。
それにしても、出発する時間を早めるか、すっかり考えから抜けていたが神様の言う通りだ。
そうすれば、ユミーリアと……キス、しなくても済んだかもしれないのに。
俺はユミーリアとのキスを思い出して、自然と、顔が赤くなる。
「はいはい、いいですか? 次いきますよ?」
「え? あ、ああ」
俺はあわてて神様の話を聞いた。
「3つ目は、あなたの武器、ランラン丸の覚醒です」
「ランラン丸の?」
俺は腰にあるランラン丸を……あれ? ない、どこにいったんだ?
「彼女はこの空間には一緒に来られませんので。それで、ランラン丸の覚醒ですがね、実はあなたが、絶対にゴブリンクイーンを倒すんだと決意して立ち向かえば、自然と覚醒したんですよ、ランラン丸は」
「な、なんだと!?」
ランラン丸の覚醒って、そんな事ができたのか?
「あれか、ランラン丸にキスしろと?」
俺は刀のランラン丸にキスするシーンを思い浮かべる。
……刀にキスとか、完全に変な人だ。
人型の方は……ってオイオイ、俺は何を考えてるんだよ、なんでランラン丸とキスする事になってるんだよ!?
「まあ、キスでも構いませんが、彼女は武器です。あなたが強くなりたい、強い敵を倒したいと真に願えば、力を貸してくれるんですよ、あの子は」
そ、そうだったのか。
そうか、俺が本気で戦えばよかったんだ。
そういえば、完全に勝てないと思い込んで、逃げてばかりいたな。なんてこった。
「さて、4つ目です。これは簡単。あの街を見捨てて逃げればいいんです」
「は?」
「そうすれば、あらたな街で、あらたなストーリーが始まる事でしょう」
「いや、無い。それは無い」
俺は4つ目は速攻で否定した。
「ほう? なぜです?」
「なぜも何も、あの街を見捨てるなんて選択肢は、俺にはねえよ」
あの街は、初代のゲームをやっていた小さな頃から親しみがあり、今や俺の第二の故郷みたいなものだ。絶対に見捨てるなんてできない。
「……そうですか、これは失礼しました。でもまあ、そういった選択肢もあったという事です」
神様は一度仕切りなおすと、再びこちらを見つめてくる。
「ともあれ、よくぞ最初のイベントを無事乗り切りました。おめでとう! 我が素晴らしき尻魔道士よ!」
神様が俺をほめたたえてくれる。
なんだかちょっと恥ずかしい。
「まあ、俺はほとんど何もしてないけど」
「いえいえ、これは重要な第一歩です。これからもこの調子でがんばってくださいね」
そう言って、神様は指をパチンと鳴らした。
「それではまたいつか会いましょう。我が素晴らしき尻魔道士よ!」
だんだん神様の声が遠ざかっていく。
気がつくと、俺は宿屋の部屋のベッドで寝ていた。
時間は……朝だった。
「……ランラン丸」
「ん? おはようでござる、リクト殿」
「ああ、おはよう」
俺はランラン丸に朝の挨拶をする。
「ランラン丸、答えてくれ。俺達は昨日……ゴブリンクイーンを倒したか?」
「うむ、倒したでござるよ」
そうか、倒したか。
「それで、夜は何事もなかったか?」
「うむ、何事もなかったでござるよ。すがすがしい朝でござる」
そうか、何事もなかったか。
「という事は、ついに越えたんだな、あの日を。ゴブリンクイーンを倒して、無事に夜が明けて」
「うむ、その通りでござる」
俺はようやく、実感がわいてきた。
「リクト殿」
「ん? なんだランラン丸?」
ランラン丸が、話しかけてきた。
「リクト殿、確かにゴブリンクイーンを倒したのは、ほとんどユミーリア殿でござるが、拙者は見ていたでござるよ、リクト殿が、がんばっていた事を」
「な、なんだよ急に?」
「拙者は見ていたでござる、リクト殿ががんばっていたところを。拙者は聞いたでござる、リクト殿がこれまでがんばっていた事を。拙者はちゃんと、知っているでござる」
「だからリクト殿、よくやったでござるな、お疲れ様でござる」
俺は不意に見せたランラン丸のやさしさに、やさしい言葉に、思わず……泣いてしまった。
俺は泣いた後、顔を洗って、朝食を食べた。
そして部屋に戻ってきて、再びベッドに腰掛けた。
「リクト殿ー、拙者どうせ休むならマイルームがいいでござるー」
ランラン丸が文句を言ってきた。
「贅沢言うな、マイルーム使うのだって、MPがいるんだぞ……って、そういえばMPと言えば、俺……レベルが上がったんだっけ?」
ゴブリンクイーンを倒した事で、俺もユミーリアもレベルが上がっていた。
俺はあらためて、ステータスカードを見てみた。
《レベル8 HP72 MP85 冒険力354》
「おお! 一気に3から8に上がっただけあって、HPもMPもメチャクチャ増えてるぞ!」
冒険力だけは、いまだにパッとしないけど。それでも140から一気に300台だ。
「そうだ、マイルームといえば、結局ユミーリア殿との事はどうするでござる?」
「ど、どうって?」
俺は急にユミーリアの名前を出されて、うろたえてしまう。
「キスまでしたんでござるから、もうパーティを組んでもいいのではござらんか?」
ランラン丸の表情は見えないが、きっとニヤニヤしているに違いない。
「馬鹿言うな、せっかくあの時の事を、ユミーリアが忘れてるんだ。俺はこれからも、ユミーリアには極力かかわらない。むしろ首を突っ込むのはこれで最後だ」
「えー? 一度突っ込んだんだから、何度突っ込んだっていいじゃないでござるかー」
「そうはいかない。今回の事だって、俺が居たからあんなゴブリンクイーンが出てきたり、夜に事件が起こったかもしれないんだ。仮にゴブリンクイーンが現れるとしてもだ、俺がいなければ、ユミーリアはまっとうなパーティを組んで、ちゃんとした覚醒をしていたはずなんだ」
もちろんあくまで推察だが、今回の事はあきらかにイレギュラーな事態だ。
なぜこんなイレギュラーが起こったかと考えれば、それは、イレギュラーな存在である俺のせいだとしか思えない。
「はあ……それじゃあ、これからも変わらず、勇者にかかわらず、マッタリライフ、でござるな?」
ランラン丸があきれた声で問いかけてくる。
「そうだな、俺達は俺達でマッタリやろう。そんでまあ、男勇者がメインストーリーを終えて、世界が平和になったら……」
その時は……
「なったら、なんでござる?」
「……その時は、ユミーリアに、今日の事を話すさ。俺の事も、全部な」
俺は部屋の窓から、空をながめる。
広い空だった。青空がどこまでも広がっている。
いつか、俺は今日の事を、俺の事を、ユミーリアに話せる日が来るのだろうか。
できればその時は、平和な世界になっている事を願う。
「ところでリクト殿、えらくノンビリしているでござるが、ギルドには行かなくていいんでござるか?」
「いや、さすがに昨日の今日だからな、今日はゆっくり休みたいよ」
俺は身体を伸ばす。
ランラン丸にとっては1日でも、俺にとっては数日だったからな、今回の事件は。
「何言ってるでござる? 拙者達、所持金は0なんでござるよ? このままじゃ、今日のお昼も夜ご飯も食べられないでござる。休んでいる暇なんてないでござるよ?」
「……あ」
そ、そうだった! ゴブリンクイーン討伐に向けて、装備や道具を買い込んで、所持金は0なんだった!
「な、なんであんなにモンスターを倒したのに、所持金が0なんだよ!?」
「リクト殿がカッコつけて、ユミーリア殿に全部あげちゃったからでござるよ!」
ああああ! そうだった! 俺の馬鹿あああ!
「ええい! そうとなればこんな所で休んでいる場合じゃない! いくぞランラン丸! 依頼を受けて少しでも稼がないと!」
「だからそう言っているでござるよー!」
俺は急いで装備を整えて、宿屋を出た。
ギルドに向かい、キョテンの街を……ゲームの世界を走る。
ゲームの世界、だけど……ここは俺が、生きていく世界だ。
「おお! 見つけたぞシリト! 今すぐ一緒にギルドに来てくれ!」
そんな俺を呼び止めたのは、いつもギルドで会う、ヒゲのおっさんだった。
「だから俺の名前はリクトだって……はあ、で? なんだよ?」
俺はリクトだと言っても、全然聞いてくれないので、訂正するのをあきらめかけてきた。
「いいから一緒に来てくれ! 今すぐお前の力が必要なんだ!」
な、なんだ? おっさんがヤケにあせっている。
俺の力が必要? それって……
「とにかく急ぐぞ! さあ来い!」
「え? ちょっ! えええ!?」
俺はヒゲのおっさんに引っ張られて、ギルドへ向かった。
どうやら俺は、また何かに巻き込まれるようだった。
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