第15話 決着、ゴブリンクイーン

 何度も死んで、やり直して、気付いた。

 俺の事を見ていた、あの子の表情に。


「ランラン丸! これで最後にするぞ! 俺はやる! やってみせる!」

「うむ、なんだか全然わからんでござるが、その意気や良し! がんばるでござるよ、リクト殿!」


 俺は手早く準備を整え、朝食をしっかりと食べて、ギルドへ向かった。



 そうして、ギルドの前で、ユミーリアに会う。


「おはよう、リクト!」


 彼女は今日も可愛かった。

 金色のトリプルテールが、綺麗になびいている。


 やるぞ。


 俺は今日、この子と……キスをする!



 そう決意したが、俺は意識すればするほど、ユミーリアの顔を、まともに見れなかった。



 いつも通り、ラブ姉の説明を受ける。


「大丈夫ですかリクトさん? なんだか、顔が赤いですけど」

「だ、大丈夫です!」


 イカンな、今からこんな調子でどうする。


 俺は頭を振って、気合いを入れなおす。


「うん、ほんとに、大丈夫だから!」

「そ、そう?」


 ラブ姉が困った顔をしている。


 大丈夫だ、俺はいざという時はやるんだ。


 俺はそう思って、ユミーリアを見る。


「リクト?」



 ああ、なんだろう、いつもより、きらめいて見えるよユミーリア。


 唇……やわらかそうだなぁ。


「……って! 何考えてるんだ俺! しっかりしろ俺!」

「変なリクト」


 俺はまだ混乱しながらも、ランクEへの昇格試験を受けて、街を出た。



「がんばろうね! リクト!」


 ユミーリアの笑顔がまぶしい。

 どうして今日はこんなにも、ユミーリアが可愛く見えるのか。


 終始ドキドキしている俺の後ろでは、道中、ユミーリアがタックルドッグやケモリンを狩っていた。



「リクト殿、何やってるでござるか! しっかりするでござる!」


 ついにランラン丸に怒られた。


「す、すまん」


 なんか駄目だ俺、今までで一番駄目な気がする。


「まったく、今朝の気合はどこにいったでござるか? 今回で終わりにするのでござろう?」


 俺はランラン丸に言われてハッとする。


 そうだ、俺は終わらせるんだ、今回で!


「ありがとう、ランラン丸。もう大丈夫だ」

「まあ、何が今回でなのかはわからんでござるが、決めた事はちゃんとやり通すでござるよ、リクト殿」

「ああ!」


 ランラン丸の言葉のおかげで、気合いが入った。


「おりゃあああ!」


 俺はユミーリアの戦闘に乱入し、ケモリンを倒す。


「リクト、調子出てきたみたいね」

「ああ! なんか悪かったな、ユミーリア!」



 俺達はその後も、うまく連携して、ケモリンやタックルドッグを倒しながら、シンリンの森へ向かった。



 そしてついに、シンリンの森に着いた。


 俺はユミーリアに話しかける。


「ユミーリア、ゴブリン3匹を倒したら、何が起きても俺のそばに来てくれ、頼む」

「え? う、うん。わかった……リクトのそばに、いけばいいのね?」


 ユミーリアを先頭に、俺達は森へと入る。



 ……ここら辺かな?

 俺はいつもゴブリンクイーンが現れる場所から、少しでも遠い場所に立つ。



 早速現れたゴブリン達が現れる。


「リクトはそこで待ってて、すぐにこいつらを倒すから!」


 ユミーリアがゴブリン3匹を瞬殺する。



 ……ここまではいつも通りだ。


 勝負は、ここからだ!



 ゴブリン達を倒したユミーリアがこちらに駆け寄ってくる。


 その後ろから、ゴブリンクイーンが現れる。


「グオオオオオオオオオオ!!」

「えっ?」

「振り返るなユミーリア! こっちへ来い!」


 俺はユミーリアに向かって叫ぶ。


 するとユミーリアがこちらに駆けてくる。


「リクト、あれって!?」

「ああ、先日お前の兄さんが倒したゴブリンキングのメスバージョン……ゴブリンクイーンだ!」


 なぜもう1匹こんなモンスターがいるのか、なぜメスなのか、それはわからない。


 だが、これから俺がするべき事はわかっている。



 俺はユミーリアに向き合う。


 一度、深呼吸する。


「ユミーリア、これからする事で、俺の事を、嫌ってくれて構わない。ただこれから、俺がする事を、今だけでいい、受け入れてくれ」


「私、リクトの事、嫌ったりしないよ?」


 ユミーリアがそう言って、笑ってくれる。


 本当にこの子は、なぜそんなにも俺を信じてくれるのか。


「ユミーリア、目を閉じて」

「うん、わかった」


 俺の言う通りに、目を閉じるユミーリア。


 そういえば、初めて会った時にも、すんなり目を閉じてくれたっけ。


 ちょっとスキが多すぎるんじゃないかな、この子は……



 ゴブリンクイーンが迫ってくる。



 心臓の鼓動がうるさい。

 ユミーリアの肩にそえた手や、足がふるえてくる。


 ゴクリ、とノドが鳴る。


 また、逃げたくなってくる。


 だけど……あの時の、俺が死ぬ瞬間に見た、ユミーリアの顔を思い出す。


 二度と、あんな顔はさせたくない。


「リクト殿! 何をするかしらんでござるが、急ぐでござる!」


 ランラン丸の声が聞こえる。



 俺はふるえながらも、そっと……ユミーリアの唇に、自分の唇を重ねた。



 ユミーリアの身体が、輝き始める。

 なぜか俺の尻も、輝き始める。



 ……いやいや! なんでだよ!? 今俺の尻、関係なくね!?


 すると目の前に、メッセージが出てくる。



《覚醒のくちづけ》



 ああそうか、これも俺のチート能力だったのか。それで尻が光るのか。



 無表情の俺から離れたユミーリアは、自分の身体が光っている事に驚いていた。


「すごい、綺麗……リクトのお尻みたい」


 やめて! その言い方はやめて!



 ユミーリアは迫ってくるゴブリンクイーンをにらみつけ、剣を構えた。


「いける、これなら倒せる! はあああああ!!」


 ユミーリアが大地を蹴り、空高く飛翔し、ゴブリンクイーンに剣を振り下ろす。


 俺はユミーリアを見つめた。



《ユミーリア レベル? 冒険力12000》



 おおう、桁がひとつ違ってるよ。さすがは勇者。


 ユミーリアはゴブリンクイーンを、頭から一直線に、一刀両断した。



「ギャアアアアアアアア!!」



 ゴブリンクイーンは消滅した。



「や、やった……!」


 ゴブリンクイーンの消滅と共に、ユミーリアの全身の光が消えていく。


「ユミーリア!?」


 そのままユミーリアは、気を失った。


 俺はユミーリアに近寄って、ユミーリアを抱きかかえた。


「力を使い果たしたのか……ありがとう、ユミーリア」


 俺はユミーリアの前髪を、そっと撫でた。



 -グギャギャ-


「ん?」


 消滅したゴブリンクイーンが居た場所に、弱ったゴブリンが居た。


「ま、まさか……!?」


 俺はそのゴブリンを、ジッと見つめた。俺の尻が光り、相手の情報が出てくる。



《ゴブリンクイーン弱 冒険力25》



 どうやら、ユミーリアの攻撃を受けて、弱ったみたいだ。


「……ランラン丸」


 俺はユミーリアをそっと地面に横たえ、ランラン丸に手をかける。


「やるぞ、ランラン丸、俺達の手で、決着をつけるんだ」


 俺はランラン丸を鞘から抜いて、前に出る。


「まあ、おいしい所だけもらった感じで、ちょっとカッコがつかないでござるがな」


 俺はランラン丸を振りかぶる。



「これで終わりだ! こんちくしょおおお!!」



 俺はゴブリンクイーン弱を、ランラン丸で切り裂いた。


「ギャギャアアアア!!」



 今度こそ、ゴブリンクイーンは完全消滅した。


 後には大きな魔石が残り、レベルが上がったのか、ステータスカードが光っていた。



「ははっ、やった……やったんだ、俺達」


 俺は力が抜けて、その場に座り込んだ。



 俺達はついに、ゴブリンクイーンを倒した。



「安心するのはまだ早いでござる! リクト殿、マイルームを出して、ユミーリア殿と中へ入るでござる! 一息つくのは、それからでござるよ!」


 俺はランラン丸の言葉にうなずき、マイルームを出す。


 俺の尻が光り、尻から扉が出てきた。


 ……出た。良かった。無事、戦闘は終わったみたいだ。


 俺はユミーリアをなんとか抱えて、マイルームの中に入った。


 ユミーリアをマイルームに入れた後、念の為ゴブリンクイーンの魔石も拾っておく。



 マイルームの扉を閉め、今度こそ、一息ついた。



「ふう、もう駄目だ、なんか大した事してないのに、スッゲエ疲れた」

「お疲れ様でござるよ、リクト殿」


 人の姿に変化したランラン丸が、コップに水入れて持ってきてくれた。


 俺は冷たい水を飲み干し、ノドをうるおした。


「ぷはー! ありがとうランラン丸、生き返ったよ」

「これくらいなんて事ないでござるよ、それよりも……」


 ランラン丸がユミーリアを見る。


 ユミーリアは、気絶したままだった。


「とりあえず、回復してあげないとな」

「そうでござるな。しかし、ここで回復するのでござるか?」


 ランラン丸に言われてふと考える。


 確かに、マイルームの中でいきなり目が覚めたら、普通は驚くだろう。

 見慣れない機械、見慣れない家具、そして、見慣れない人。


 特にランラン丸だ。コイツの事を説明するのは色々と面倒くさい気がする。


「外に出るか」

「そうでござるな、今日のところはそれがいいでござる」


 俺はマイルームのマップ機能で、ギルドの裏を出口に設定して、一気に街に戻った。



 マイルームを出て、人目につかない様に、近くにあったベンチにユミーリアを運び、横たえる。


「ゴッドヒール!」


 俺の尻が光る。


 俺はゴッドヒールを唱えて、ユミーリアを回復させる。



「ん? なんか今光らなかったか?」

「気のせいだろ?」

「いや、どっかでまたあの尻の人が光ってるのかもしれねえぜ?」

「マジかよ、あの尻魔人、だっけ?」

「ばっかおめえ、確か、お尻マンだろう?」


 全然ちげえよ、なんだよそれ! 尻ま までしか合ってないじゃないか!


 しかし俺は声を出すのをグッとこらえた。



 回復が終わると、ユミーリアが目を覚ました。


「あれ? 私……」


 ユミーリアと目が合う。


「り、リクト!? あれ? 私、どうしてここに? というか、ここどこ?」


 ユミーリアが周りを見て、キョロキョロしている。


「ここはギルドの近くだ。俺達はゴブリンクイーンを倒して、ここまで戻ってきたんだ」


 俺の言葉を聞いて、ユミーリアが首をかしげる。


「ゴブリンクイーン? 何の話? というか、あれ? 私、どうしてたんだっけ?」


 どうもユミーリアの様子がおかしい。


「ど、どうしたんだユミーリア?」

「……ねえ、リクト」


 ユミーリアがこちらを向いて、困った顔をする。


「あのね、私……今朝ギルドで昇格試験を受けて、街を出た後の記憶がないんだけど、どうしてたの?」

「へ?」


 ユミーリアは困った顔も可愛いなあと、ノンキに思っていた思考が一気に冷えた。


「なんだか、頭にモヤがかかったみたいになってて、全然思い出せないの」


 どうやら、演技ではない様だった。



 俺はユミーリアに、森でゴブリン3匹を倒した事、ゴブリンクイーンというモンスターが現れた事、ユミーリアの勇者の力が覚醒してモンスターを倒した事を説明した。


「そ、そうなんだ? 私、全然覚えてない」


 ションボリするユミーリアを連れて、俺達はギルドに向かった。



 ギルドでラブ姉にゴブリンクイーンを倒した事を報告し、魔石を提出した。


「こ、これって!? 何この魔石の大きさ……だ、大丈夫だったんですか!? リクトさん、ユミリーアさん! これって、先日のゴブリンキングよりも、強かったんじゃ?」


 ラブ姉がゴブリンクイーンの魔石を見て、ものすごく驚いている。


「勇者の力ってやつなんですかね、ユミーリアが突然光りだして、すごい力で倒してしまいましたよ」

「あはは、私は全然、覚えてないんだけどね」


 しかし、そんな状況も男勇者の時とよく似ているという事で、みんなアッサリと信じた。

 さすが勇者の妹だと、ギルドに居た冒険者達がユミーリアをたたえた。


 俺はそんなユミーリアの様子を、眺めていた。



 俺とユミーリアは、それぞれレベルが上がっていた。


 俺はなんと、レベルが8になっていた。さすがボスだ、一気に5も上がるとか、スゲエな。



 ちなみに今回倒したモンスターの魔石の代金は、全額ユミーリアにゆずった。


 正直俺はほとんど何もしていないし、元々ユミーリアの試験だったのだ。


 むしろ……してしまった。その罪悪感から、受け取る事はできなかった。


 ユミーリアは最後まで受け取りを拒否したが、いずれ何かおごってくれと言って強引にゆずる事になった。



 ユミーリアは回復はしたはずだが、どうも疲れが抜けきっていない様だった。


 俺もなんだか色々疲れたので、その日はギルドで解散となった。



 これで終わった。

 そう思った。


 だが、俺はひとつ、思い出す。


 あの夜、なぜか霊聖樹の聖なる気が役に立たなくなり、モンスターが街に押し寄せてきた事を。



 俺は霊聖樹に向かう。



 ……相変わらず、大きな木だ。


 俺は霊聖樹を見上げる。


 どこにもおかしい所は無い様に見える。


、俺はそっと、霊聖樹に手を触れてみる。



 また光った。

 なぜ俺が触れると、霊聖樹は光るのだろう?


 俺は疑問に思いながらも、これ以上誰かに見られてはマズイと思い、その場から離れた。



 これ以上はどうしようもないと思い、俺は宿屋に帰って、ベッドに寝転がった。


 すぐに睡魔が襲ってくる。


 ……だが、ここで眠ってしまっては、何かあった時に対処できなくなる。


 俺は睡魔と戦う事になった。


「リクト殿、何をしているのでござるか?」


 これまで黙っていたランラン丸が、話しかけてきた。


「ランラン丸、俺はしばらく、眠るわけにはいかないんだ。俺が寝そうになったら、起こしてくれ」

「今日のリクト殿は、本当に変でござるなー」


 変って言うな。

 ……だが、待てよ、そういえば今回のランラン丸には、何も話してないんだっけ?



 俺はせっかくなので、ランラン丸に今回の事、これまでの事を話す事にした。



「……なるほど、そういう事でござったか。これで今日のリクト殿の行動に納得がいったでござる」


 ランラン丸はアッサリ信じてくれた。


「疑わないんだな?」

「別の世界からきた、なんて話を聞いた後で、今さらでござるよ。それにしても尻戻り、いや、死に戻りでござったか? ぷぷぷっ!」


 俺はランラン丸を、窓から捨てようとした。


「わー! ごめんでござる! もう言わないでござるから捨てないで欲しいでござるー!」

「まったく、お前ってやつは……」


 俺は再び、ベッドに腰掛ける。


「しかし、霊聖樹の聖なる気が役に立たなくなって、モンスターが街に襲ってくるでござるか……いったい何が原因でそうなるのでござる?」


 これまでの事で残った一番の疑問、それが、霊聖樹の事だった。


「わからない、俺が知ってるストーリーでも、そんな事はなかったしな。だから夜になるまで、起きていようと思うんだ。それまでは……何も起きないと確認できるまでは……眠れないんだ」


 俺はランラン丸と話しながら、時間が過ぎるのを待った。



 そして夜。


 すっかり夜中になった。



 だが、あの日の夜の様に、何かが起きる事は……モンスターが街に襲ってくる事はなかった。


「……なんともなさそうだな」

「でござるな」


 ゴブリンクイーンがいなくなった事によって、何も起きなくなったのか?

 そうすると、あの事件は、ゴブリンクイーンのせいだったんだろうか。


 考える……が、安心したら、眠くなってきた。


「すまん、ランラン丸、限界だ。もし何かあったら、起こしてくれ」

「了解でござる。ゆっくり休むでござるよ、リクト殿。おやすみでござる」


 俺はベッドに寝転んで、まぶたを閉じた。




 目が覚めると、いつもの白い空間に居た。


「え? うそだろ、マジかよ!?」


 ここは神様の世界。死んだ俺がやってくる場所だ。


 俺はまた、死んでしまったのか? そんな、どうして?



「素晴らしき尻魔道士よ」


 声がする方に目を向ける。


 そこには、俺が目を覚ますのを待っていたかの様に、男勇者そっくりの顔の、背中に羽を生やした神様が居た。


 俺はどうなったんだ? なぜまたここに居るんだ?


 そんな風に考えていると、神様が話を始めた。



「おめでとう! 素晴らしき尻魔道士よ!」



 いつもと言ってる事が違った。

 神様が何を言っているのか、俺はわけがわからなかった。

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