第14話 キスか死か

 ユミーリア覚醒のヒント、それは、木とお酢、魚のキスだった。


 つまりはだ……


「あの状況で、ユミーリアに……しろと?」


 なに考えてるんだよあのクソ神様!



 俺はまさかの覚醒方法に涙目になる。


 っていうかだ、気付くかこんな方法! あの状況でそんな事するわけないだろう!?


 そして、気付いたからって……ユミーリアとそんな……


「で、できるかあああああああ!!」


 俺は力いっぱい叫んだ。




 脱力した俺は、ひとまずギルドに向かった。


 ギルドの前には、ユミーリアが立っていた。

 トリプルテールが、綺麗になびいている。


 ああ、今日も可愛いな、ユミーリアは。


 しかし本当に、どうしたものか。


 単純にキスをしろと言われても、サラッとできるものでもない。

 俺はこれでも彼女いない暦=年齢だ。


 通常の状態でも無理なのに、あんなモンスターが現れた状況でやれと?



 そうして悩んでいると、ユミーリアが話しかけてきた。


「おはよう、リクト。どうしたの? 何か悩んでいるみたいだけど?」


 俺はユミーリアに、いつも通り、魔法で未来を見たと話した。



「冒険力、3800……ど、どうすればいいの? そんなモンスター相手に……」


 ユミーリアの顔が驚きに染まる。


 方法はひとつ、ユミーリアが覚醒するしかないんだが、その方法が……なあ?


 ともあれ、ここで黙っていてもしょうがない。


「……ユミーリア、ひとつだけ、方法はあるんだ」

「本当? どうすればいいの?」


 ユミーリアの顔が明るくなる。可愛いなもう!


 自然と、ユミーリアの唇に、視線がいってしまう。


「リクト?」


 ユミーリアがこちらを見つめている。


 俺はハッと気付いて、ユミーリアの顔から目をそらす。


「あーその、なんだ……ユミーリアの勇者の力が覚醒すれば、そのモンスターも倒せるんだ」

「私の、勇者の力の覚醒? それって、どうすればいいの?」



 俺とチュウ。フフフ


 なんて言えるわけが無い。


 しかしそうしなければ、また死んで、やり直す事になるだけだ。


「方法は……今は言えない。だけど、その時になったら」

「なったら?」


 俺はユミーリアを見る。


 こんな天使に、俺は、キス……できるのか?


 俺としては、ぜひしたい。

 だが、泣かれたらどうしよう?


 そもそもだ! 俺はこの子に、かかわらないんじゃなかったのか?


 それなのに、いきなりキスだなんて……



 そうして悩んでいる俺を、ユミーリアは待ってくれている。


 ……悩んでいてもしょうがないか。

 こうなったら、やるしかない。


 これ以上死にたくないし、俺もユミーリアも、いつまで経っても、前に進めない。


「行こう。ひとまず、シンリンの森に行って、ゴブリンを倒すんだ」



 ユミーリアはその後、何も聞いてこなかった。

 ただ黙って、俺についてきてくれた。


 俺達はふたりで、ランク昇格試験を受ける。

 ラブ姉の説明を受けて、シンリンの森へ向かう。



 街の外に出ると、いい天気だった。


「ユミーリア」

「なに、リクト?」


 俺はユミーリアの方を、振り向いた。


「この試験が終わったら、パーティを組もうか」


「ほ、本当!? リクト!」


 もし、本当に、キスをするしかないのであれば、今さらパーティがどうのこうのと言う話じゃない。


 そこまでするからには、俺は……覚悟を決めなければならない。


「ああ……こんな俺でよければ、だけど」

「うん! リクトがいい! よし! この試験、なんとしてでも突破しましょう!」


 ユミーリアの表情が明るくなり、ステップが軽くなっている。


 だが、俺がこの後ユミーリアにする事を思えば……嫌われてしまうかもしれない。


 そもそも、まだイメージができない。俺がユミーリアに、キスをするだなんて。



 俺がウジウジ悩んでいる間にも、ユミーリアはケモリンやタックルドッグをどんどんなぎ倒していく。


 そうして、いつもより早く、シンリンの森に着いた。



 少し目を離していると、ユミーリアはすでにゴブリン3匹を倒していた。


「はやっ! くそ! くるぞユミーリア! 気をつけろ!」


 俺がそう叫ぶと、奥から巨大なゴブリン、ゴブリンクイーンが現れた。



「きたわね! 私とリクトの未来の為に、倒されてもらうわ!」


 ユミーリアがゴブリンクイーンに向かって駆け出した。


「ちょっ! 待て! ユミーリア!」


 俺の制止も聞かず、ユミーリアはゴブリンクイーンに攻撃をしかける。



 マズイ、今までと違うパターンだ! 張り切りすぎだろうユミーリア!


 だが、ユミーリアの攻撃はまったく通用しなかった。ゴブリンクイーンに、傷ひとつついていない。


「あ、あれ? うそ!?」


 ユミーリアの冒険力は1020、相手は3800、当然の結果だった。


「ユミーリア!」


 ユミーリアに巨大な棍棒が迫る。


 俺はユミーリアを突き飛ばした。


「きゃっ!」

「ぐあああああああ!?」


 ユミーリアはなんとか攻撃を逃れたが、俺は右足をやられた。


「ご、ゴッドヒール!」


 反射的に回復魔法を唱える。


 そしてすぐさま、その場から走り出す。


「だ、大丈夫? リクト!」

「大丈夫だ! それより、離れるんだユミーリア!」


 逃げようとする俺達に、ゴブリンクイーンが迫ってくる。


「くそっ!」


 どうする?


 もし……するなら今しかない。


 次は俺かユミーリアがやられてしまうかもしれない。



 俺はユミーリアを見る。

 ユミーリアも、俺を見ていた。


「リクト、教えて! どうすれば勇者の力が覚醒するの!? 私、ここで死にたくない! 生きて、リクトとパーティを組みたいよ!」


 俺はユミーリアを見た。


 見つめた。


「ユミーリア……」


 俺はユミーリアの肩をつかんだ。


「リクト?」


 ユミーリアの顔を見つめる。

 そしてその、唇を見つめた。


 俺は、覚悟を決め……決め……


「や、やっぱり無理だあああ!!」

「え? なに?」


 俺はユミーリアを突き飛ばす。


 そして俺の頭上には、巨大な棍棒が迫っていた。


 困惑するユミーリアの顔を見たのを最後に、俺の意識は途絶えた。




「おお、素晴らしき尻魔道士よ! 死んでしまうとは ふがいない」


 俺はまた、白い空間に居た。


「あのヒントではわかりづらかったですか? しょうがないですねー、いいですか? 勇者覚醒のヒントは、ズハリ! C・H・U!」

「うるせえわかってるんだよそんな事は!!」


 俺はニヤニヤこちらに笑いかけてくる神様に怒鳴り散らした。


「わかっているのに、どうして実行に移さないのでしょうか?」


 神様がこちらに聞いてきている。


「その、あれだ。やっぱりキスってのは、好きな人同士がするものであって、こういう、必要にかられてというか、敵を倒す為ってのは、なんか違うというか……」

「リクト……」


 神が瞳を閉じる。


「あなた、30歳にもなってそれはちょっと、気持ち悪いですよ?」

「うるせー! 俺はこの世界では16歳になってるからいいんだよ!!」


 なにを言うかと思えばこのクソ神様め。


 俺は座り込み、ため息をつく。


「なあ……」

「当社はゲームの攻略については、一切お答え致しかねます」

「またそれかよ」


 っていうか、これだけヒントをくれてるんだから、またヒントをくれてもいいじゃないかよ。


「神様は気まぐれですからね」

「心の声を読むんじゃない!」


 俺はヒントをくれない神様に、そっぽを向いた。


「ともあれ、そうやって四苦八苦して攻略しているのを見るのが、私の楽しみですからね。これからも頑張って下さい」


 このやろう、人事だと思って!


「さて、それでは恒例のペナルティタイムです」


 俺の身体が自然に立ち上がり、動かなくなる。


「くっ! ま、またそれか!?」

「うふふ、さあ、楽しい楽しい尻撫でショーの始まりですよー」


「あ、やめ、あ……あああああ!!」



 嫌な感触が続き、終わったと思ったら、俺は再び、宿屋の自分の部屋に居た。


「はあ……しかし、どうしたもんか?」


 ユミーリアの覚醒には、キスをするしかない。


 だが、できればユミーリアとは、もっと別の形で……そういう事になりたい。


 いやいや! そもそも、かかわらないって決めたんじゃなかったか?


 しかし、こうしてかかわってしまっている以上、なんとかするしかない。

 逃げたところで、夜には街にあのゴブリンクイーンがやってきてしまうんだ。


「……こうなったら、ラブ姉に頼み込んでみるか」



 俺はランラン丸を装備し、ギルドへ向かった。


 ユミーリアへの挨拶はそこそこに、ラブ姉のもとへ向かった。


「どうしましたリクトさん? そんなに怖い顔して」


 ギルドのカウンターに居たラブ姉に、俺は全力で頭を下げた。


「お願い! 助けてラブ姉! もうどうにもならないんだ! 誰か、強い人を紹介してください!」

「え? え? どうしたんですか急に!?」



 俺はラブ姉に、ユミーリアにも話した様に、魔法で未来の事を見たと話した。


「冒険力、3800のモンスターですか」

「ああ、俺達じゃどうにもならないんだ」


 俺達が森に行くと、冒険力3800のモンスターが現れる。そこで俺は殺されてしまうと、俺はラブ姉にそう話した。


「にわかには信じがたい話ですが」


 それはそうだろう。冒険力3800のモンスターなんて、そうそう現れるものじゃない。それも未来を見たなんていう、聞いた事もない魔法が情報源だというのだ。


「……リクトさん、残念ですが、対応は難しいです」

「そ、そうなんですか?」


 俺はラブ姉の言葉を待つ。


「仮に、リクトさんの言っている事が本当だとしても、今ギルドで冒険力3800のモンスターを倒せるほどの冒険者は、ほとんど出払っています。戻ってくるのは、明日になるでしょう」


 それじゃあ遅い。今日の夜にはやつは成長して街に襲い掛かってくるのだ。


「また、この話をしたとしても、信じてもらえる可能性は低いです。ましてリクトさんはFランク、とても気軽に手を貸してくれるとは思えません。正式な依頼をするには時間がかかります」

「そ、そんな……」


 俺はガクリとうなだれる。


 俺達でなんとかならない以上、誰か強い人に頼るしかないんだ。

 だが、それも難しいようだった。


「……明日までは、待てませんか?」

「ああ、さっき話した通り、夜になればあいつは成長して、街に襲ってくるんだ」

「霊聖樹(れいせいじゅ)の聖なる気が役に立たなくなって、街に入ってくる、ですか……」


 さすがのラブ姉も困ってしまっているみたいだ。



 そんな時、ギルドの奥から、声が聞こえた。


「なら、俺達が一緒に行こう」


 俺は顔を上げた、そこに居たのは……


「兄さん!?」


 ユミーリアが叫ぶ。

 そこに居たのは、男勇者とその仲間達だった。


「お前には助けてもらったカリがあるからな、俺達がついていってやるよ」


 男勇者の仲間の戦士だった。


「私達も、あなたのお尻魔法に助けられたしね」


 そう言って笑うのは、僧侶と魔法使いだった。


「妹とその仲間のピンチなんだ、僕達が力を貸すよ!」


 男勇者が手を出してくる。


 俺はその手を……とろうとして、一瞬ためらう。


 こいつが悪いわけではないが、どうしてもあのクソ神様と同じ顔なせいで、尻を撫でられる感覚がよみがえってくる。


 だが、ここでその事を言ってもしょうがない。

 むしろ協力してくれるというんだ、ありがたい事じゃないか。


「……いいのか?」

「ああ、どこまで力になれるかわからないが、協力させてくれ」


 俺は男勇者と手を取り合い、立ち上がった。


「よし、俺もついていってやろう!」


 そう声をかけてきたのは、ヒゲのおっさんだった。


「おっさん、戦えるのか?」

「ぬかせ! 少なくともお前さんよりは強いわ!」



 こうして俺は、男勇者、戦士、魔法使い、僧侶、ヒゲのおっさん、ユミーリアというパーティで、シンリンの森に向かう事になった。


 もちろん試験は中止だ。

 今回は、森の調査というギルドからの依頼という形になった。



 俺達はシンリンの森にたどり着き、周囲を伺った。


「やべえな、確かに嫌な空気がただよっていやがる」


 ヒゲのおっさんが汗をかいている。


「ああ、確かにあの時と、ゴブリンキングが出てきた時と似ている」


 男勇者も、眉を寄せて、周囲への警戒を強めている。



 俺は仲間達の強さを見る。


《ユウ レベル12 冒険力1570》

《セン レベル10 冒険力820》

《マホ レベル10 冒険力900》

《ソウ レベル10 冒険力700》

《ヒゲゴロウ レベル23 冒険力1740》



 ヒゲのおっさんが思ったより強かった。武器は大きな剣を持っている。


 勇者達も、ゲーム上でなら、ゴブリンキングを凌げる強さだ。


「ねえ、なんであなたのお尻、光ってるの?」


 魔法使いがツッコミを入れてくる。


「……色々あるんだ」

「そ、そう? 突っ込まれたくないのね?」


 魔法使いがそう言って、引いてくれた。いや、引かれたのかもしれない。



 そうしていると、森の奥から、ゴブリンクイーンが出てきた。


「き、きたぞ! ゴブリンクイーンだ!」


 俺が叫ぶと、全員が戦闘態勢に入った。


「ははっ! マジかよ! マジで出やがった!」


 戦士がヤケになって叫んでいる。



 一方、俺は別の意味で戦慄していた。


 でかい。


 俺が今まで見てきたヤツより、でかくなっている。


 俺は敵の強さを見てみる。俺の尻が光り、相手の強さが現れる。



《ゴブリンクイーン 冒険力7500》



「ぼ、冒険力が、7500に増えてる!?」

「え?」


 誰がそう反応したか、わからない。


 だが俺は、確かにその数字を見た。



 どういう事だ?


 ……そうか! 男勇者達に協力をあおいだり、色々手続きがあったから、いつもよりここへの到着が遅くなっているんだ!

 そのせいで、いつもよりパワーアップしてしまったんだ。


「ぐああああああ!!」


 戦士がゴブリンクイーンの棍棒にたたきつぶされる。


「セン!」


 男勇者が叫ぶ。


 魔法使いが火の魔法を放ち、僧侶が戦士を回復する。


 ヒゲのおっさんと男勇者とユミーリアが攻撃をしかけるが、ゴブリンクイーンには、傷ひとつつかない。


「くそ! なんでだ、なんであの時みたいに力が出ないんだ!?」


 男勇者があせっていた。


 やはり、男勇者の覚醒は、今は起こらないみたいだ。


「グオオオオオオ!!」


 ゴブリンクイーンが叫び、さらにその身体が、大きさを増した。


 振り回す棍棒に、男勇者が、ヒゲのおっさんが、ユミーリアが弾き飛ばされる。



 ギロリと、ゴブリンクイーンの目がこちらを見た。


「に、逃げて! リクト!!」


 ユミーリアの声が聞こえた。


「……っ!?」


 その時見えた、ユミーリアは……泣きそうな、悲しそうな、絶望に染まった顔をしていた。


 俺の身体は、恐怖で動かなかった。



 結局、俺はまた棍棒が振り下ろされるのを、ただジッと、待つ事しか出来なかった。




「おお、素晴らしき尻魔道士よ! 死んでしまうとは ふがいない」


 白い空間で、何度目かのセリフを聞かされる。


「……やっぱり駄目か」


 俺は白い床に寝転がった。



 仲間を増やしても駄目だった。


 やっぱり、ユミーリアの覚醒……キスしか、ないのか?


「はいはーい、チャチャっとお尻を出してくださいねー」


 俺は無理矢理立たされ、動きを封じられる。


「あはぁあ! このお尻、何度撫でてもあきませんねー。どんどん死んでくれていいですよー?」


 ええい黙れこの変態神様め! 気持ち悪い!


 神様は3分間、俺の尻を撫でると、いつもの言葉でしめた。


「それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度、機会を与えよう!」




 気がつくと、俺は何度目かの、宿屋での朝を迎えた。


 俺の頭に残っているのは、これまでの事……いや、それよりも。



 -逃げて! リクト!-



 あの時、最後に見た、ユミーリアの顔だった。


 泣きそうな、悲しそうな、あんなユミーリアの顔は、今まで見た事がなかった。いつもちゃんと見ていなかった。


 今まで、俺が死ぬ度に、ユミーリアはあんな顔をしていたんだろうか?



 俺が生き返っても、時間が戻るだけだから、残されるユミーリアが存在する世界線やパラレルワールドは生まれないって、神様は言っていた。


 だけど……


「……ランラン丸」


「んー? おお、おはようでござるリクト殿、なんでござるか?」


 俺はベッドに立てかけておいたランラン丸に、話しかける。


「決めたよ、俺……今回で、最後にする」



 俺はもう、ユミーリアにあんな顔はさせたくなかった。

 たとえ、ユミーリアが覚えていなくても。


 だから俺は決めた。



 今度こそ、ユミーリアとキスをする。

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