第155話 ユウとゼノス

「よーしコルット、そこの岩をその床の上にのせてくれ」

「はーい!」


 コルットが丸い岩を元気よく運んでいく。


 ラストダンジョン、第二フロア。


 そこには様々な仕掛けがあった。


 今はその仕掛けの内のひとつ、3つの岩を決まった場所に設置すると道が開く、という仕掛けに挑戦していた。


 ダンジョン内の敵は、俺達の敵ではなかった。

 そしてこのフロアの仕掛けもゲームの通りだったので、俺にとっては問題ですらなかった。


 俺はサクサク仕掛けを解いていく。


「すごいよリクト!」

「さすがですリクト様」


 みんながほめてくれる。ちょっと楽しい。


 なんだかこの世界に来て、ようやくゲーム知識で無双している気がする。

 今までイレギュラーな事ばっかりだったからなぁ。


 思い返すとちょっと泣けてくる。もっとイージーモードでも良かったんじゃないか?

 このフロアを攻略してるとそう思えてくる。


 俺は気分よく、第二フロアの仕掛けを解いていった。



 仕掛けを解きながら進んでいくと、一番奥には大きな扉とフロアボス、ダークゴーレムが居た。


 俺達が近づいた事を認識したのか、赤い目が光だし、音を立てながら立ち上がってくる。


「ゴオオオオ!」


 ダークゴーレムが両手をあげて叫びだした。


 こいつは特殊な攻撃はしてこない分、高い攻撃力と防御力を持って攻めてくる、完全な脳筋タイプだ。


 普通ならまずは魔法で全体の防御力を上げる。

 それまで他のメンバーは防御して待ち、防御力を上げきったら攻撃に移るといった戦法が主流だ。


「わたしやるー!」


 コルットが手をあげる。


「では、私もやりますね!」


 プリムも張り切っていた。


 幼女二人が、ダークゴーレムに向かっていく。


「だ、大丈夫なのかい、リクト?」


 ユウが幼女二人を心配していた。


「多分大丈夫だ、あの二人は……世界最強の幼女達だからな」


 ダークゴーレムがうなりをあげて拳を振り下ろすが、コルットの蹴りがその拳を粉砕した。


 プリムの魔法により、ゴーレムの足が砕かれる。

 そしてコルットの渾身の突きが、ゴーレムの顔を叩き壊した。


「ゴオオオ……」


 ダークゴーレムの身体が崩壊していき、物言わぬただの岩となった。


 ダークゴーレムは、二人の幼女によってあっけなく倒された。



 うん、現実はゲームとは違うからな。


「おにーちゃん、これ、よわい」


 コルットがしょんぼりしていた。


 いや、本来は強いからな? そいつ。


 だがまあうれしい誤算だ。


 邪神がパワーアップした事により、敵も強くなっているのかと思っていたがそうでもなかった。


 今の俺達にとって、フロアボス程度ならまったく問題ないみたいだ。


 俺はコルットとプリムの頭を撫でる。

 うれしそうにする二人を見ていると心がなごんでいく。



 とはいえ、楽勝なのもここまでだろう。


「油断するなよユウ、次のフロアには」

「ああ……ゼノスが居るかもしれないんだよね?」


 ユウの表情が引き締まる。


 そう、フィリスもゼノスも、最後に会った時は邪神の力を得てかなり強くなっていた。


 あれからまた強くなっているとすれば、ユミーリアはともかくユウは勝てるかどうかあやしい。


 だが、俺はフィリスとゼノスの事は、二人に任せようと思っている。


 ユウとゼノス、ユミーリアとフィリスは幼馴染だ。

 自分達で決着をつけたいだろうし、相手もそれを望んでいるだろう。


 ゲームではそれほど苦戦する相手ではなかった。


 ゼノスもフィリスもボスとしては同じ様な強さで、多少手数が多いくらいのまさに中ボスといった感じだった。


 だが、今の二人は原作とは違い、邪神の力に完全に汚染されてしまっている。


 ゲームでは二人とも人の姿をしていたが、今の二人はそもそも人の姿をしていない。


 ゼノスは黒い鎧の中身はすでに人じゃないみたいな事を自分で言ってたし、フィリスなんかもう見た目完全にモンスターになってたからな。


 どうなるかはわからない。

 邪神を倒せば二人は解放されるかもしれないが、そううまくはいかない。


 順番で言えば邪神の前に二人は立ちはだかってくるだろう。


 今のあの二人を、殺さずにスルーできるかと言われれば、無理だろう。

 どうせこちらが何を言っても聞かないに決まっている。


 それに、今までは危なくなったら逃げていたあいつらも、ここはラストダンジョンだ。今度ばかりは逃げる場所が、もうない。


 そうなれば……二人を、殺すしかないかもしれない。


 最悪の場合、フィリスは俺が殺す。

 ユミーリアの手は汚させない。


 第二フロアの門が開き、第三フロアへの階段をおりていく。


 第三フロア、炎のダンジョン。

 その名の通り、そこら中でマグマが流れて、いたる所で炎が燃え盛っている。


「カイテキス!」


 マキが魔法を唱えてくれる。

 おかげで周囲の温度が適温になり、なんとか暑さは問題なさそうだった。


 歩いていける道はかなり細く、俺達は一列になって進んだ。


「危ないな」


 俺は慎重に歩く。


 ここで火山の時の様に、足を滑らせて死にました、なんて事になったら最悪だ。


 俺はもう死ねない。死んだらそこで終わりなんだ。


 かなりドキドキしながら進んでいる中、空飛ぶモンスターが襲い掛かってくる。


「くっ!」

「またガーゴイルか!」


 ガーゴイル、か。

 そういえばユウ達は霊聖樹の前の広場で何匹か倒していたっけ。


「リクト、無理しないでね?」


 ユミーリアが気遣ってくれる。ありがたいがちょっと自分がなさけない。


「大丈夫だ、これくらいで死んでたまるか!」


 俺達は飛んでくるガーゴイルを、魔法や気弾で撃ち落としていく。


 ガーゴイル達を倒しつつ、慎重に進んでいくと、最後に大きな広間にたどり着いた。

 奥には大きな門がある。ここが第三フロアの終点だろう。


「ふう、なんとかここまで来れたな」


 俺は額の汗をぬぐう。


 ここまで来ればマグマに落ちる心配はないだろう。



「やあ、遅かったね」


 広間の奥から、黒い鎧を着た騎士がやってくる。

 全身真っ黒。顔もフルフェイスのかぶとのせいで見えない。


「ゼノス」


 ユウがゼノスの名を呼ぶと、ゼノスはうれしそうに笑った。


「フフフ、そうだよユウ。ついに僕達の決着の時がきたんだ」


 ゼノスは広間の中央まで来ると立ち止まり、剣を構えて立った。


「よく来てくれたね、ユウ」


 ゼノスの身体から、黒い霧が噴き出した。

 目も赤く光っているし、おそらくすでに正常な状態ではないのだろう。


「ゼノス、どうしても僕達は戦わなければならないのか?」

「当然だ。その為にこの身を邪神に売ったのだからね。君に追いついて、追い越す為に、僕は邪神の使徒となったんだ」


 ゼノスのまとう鎧が変化していく。


 大きくふくれあがり、伸びて、どんどん大きさを増していく。


「がああ、ああああ! ぐっ! 見なよ? すごいだろう? 勇者でもない僕が、ここまでの力を得たんだ。これで君と……対等に戦える」


 ゼノスはしゃべりながらも、時々悲鳴をあげていた。

 おそらく邪神の力を取り込んだせいで、身体がボロボロになっているに違いない。


 さらにあの変化。

 鎧だけではなく、中身もグチャグチャになっているのかもしれない。


「あは、アハハハ! さあユウ! 僕と殺しあおう! 君を殺して、僕が真の勇者になるんだ!」


 鎧の伸縮が止まる。


 気がつけば、ゼノスの身体は俺達の3倍くらいの大きさになっていた。


「リクト、ここは任せてくれ」


 ユウが一歩、前に出る。


「ゼノスは僕が止めなきゃならない。止めなくちゃいけない気がする!」


 ユウの身体から、聖なる気が噴き出した。


 おお、これがもしかして勇者の気ってやつか?


「下がってなさいリクト、これは私達パーティの戦いよ」

「マホ……」


 ユウが魔法使いを見る。


「ユウ、まさかあなたのパーティメンバーである私達にまで手を出すな、なんて言うんじゃないでしょうね?」


 魔法使いがそう言うと、戦士が斧を持ち上げ、僧侶が杖をにぎりしめた。


「ユウ、俺達はいつも一緒だ」

「そうですよ、私達みんなで、彼を倒しましょう」


「ありがとう、マホ、セン、ソウ……わかった。僕達4人でやろう!」


 勇者、戦士、魔法使い、僧侶の4人のメンバーが一列に並んで武器を構えた。



 や、ヤバイ。カッコイイ。燃える展開じゃないか!


 俺は今、かなりワクワクしていた。


 ゲームで見た、勇者パーティの本気の戦いだ。

 それが今、現実として目の前で実現されているのだ。


「お兄様、なんだかとっても楽しそうですね?」


 わかるかプリムよ?

 俺は今、とっても感動している。


 頭の中ではクエファンのボス戦の音楽が流れている。

 俺はクエファンの戦闘画面を思い出す。


 さて、俺ならこの強大な敵に対してどう攻めるだろうか。



「さあ、イクヨ! ユウ!」


 戦いが始まった。


 ゼノスが巨大化した剣を振り回す。


 ユウと戦士がゼノスへと駆け出し、魔法使いが炎の魔法で援護する。


 僧侶は補助魔法で、前衛2人の防御力と攻撃力を高めていた。


 うむ、オーソドックスな戦い方だが悪くない。

 むしろこうでないといけないくらいだ。


 魔法使いの魔法で隙を作り、そこに攻撃をたたみかけていく。


 戦士はどちらかというとゼノスの攻撃を弾く事に集中しているみたいだ。

 逆にユウは、ガンガン攻めている。


「グウ! この! ガアアア!」


 ゼノスがかぶとの隙間から炎を吐き出した。


 オイオイ、もう完全に人間やめてるな。


 炎を避けながらも、ユウは攻めていく。


 僧侶が補助魔法をかけ終わった様で、隙を見て前衛二人に回復魔法をかけ始めた。


 しかしゼノスのいきおいは止まらない。


「うーん」


 そんな勇者達の戦いを見て、コルットがうなっていた。


「どうしたコルット?」

「たぶん、決定打がないの」


 なるほど、確かに戦いは長引くばかりで、どうも勇者側には決め手がかけている様に見える。


「ユミーリア、ユウって結局、奥義は習得したんだっけ?」

「うーん、習得できてなかったらおじいちゃんが村から帰さないと思うから、大丈夫じゃないかな?」


 確かに、あのじいさんの性格を考えればそうか。


 なら、後は奥義を撃つタイミングをはかっているのか。

 それとも、他に何かあるのか?



「くっ! ゼノス! 聞こえているかゼノス!」

「ああ聞こえているさユウ! 君の声も! 鼓動も! 何もかも!」


 二人が戦闘中に叫びあっている。


「このままじゃ君を殺してしまう! 早く元に戻るんだ!」

「アハハハ! まだそんな事を言っているのかい? 甘い、甘いよユウ! 僕達はもう、どちらかが死ぬしかないんだ!」


 お互い、剣を交えながら叫びあう。


 そうかそういう事か。


 ユウが奥義を撃たない理由。それは撃てばきっと……ゼノスを殺してしまうと思っているからだ。


「ユウ! 僕達の未来はすでにわかれたんだ! 君と僕は、どちらかしか生き残れないんだよ!」

「そんな、事はない! きっと何か、方法があるはずだ!」

「ないさ! そんなものはどこにもない! 生き残った方が未来を掴むんだ! 生き残った方が正義なんだ!」


 ユウがだんだんおされて、苦しみ始める。


 二人の強さは互角。

 いや、ユウはパーティの支援があるから、一対一ならゼノスの方が上か。


 それでもユウがおされているのは、意思の差だろう。


 ゼノスはユウを殺すつもりで戦っているが、ユウはまだ、ゼノスに対して答えを持っていない。

 この戦いの決着をどうつけるか、迷っているんだ。


 ここでゼノスを倒すべきか、倒すしかないのか。戦いながら考えている。


「ユウのやつ、負けるかもしれないな」


 このまま話を続けても、ゼノスは聞かず、どちらかが倒れるまで戦い続けるだろう。


「いえリクト様、そうでもないようです」

「マキ?」


 マキがゼノスを見つめていた。


「先ほどから鎧の隙間から中身が漏れています。だんだん動きもぎこちなくなってきてきますし、おそらくあの鎧の下はもう人ではなくなっており、限界が近いと思われます」

「……そうか」


 どうやら思っていた以上にゼノスの状態は酷い様だ。


 まあ、あれだけ身体をでかくして、鎧の中身は人のままでした、なんて事はないだろうしな。


 それでもいきおいが止まらないのは、ゼノスの意地といった所か。


「ユウ! 君はいつも僕の先を行っていた! いつも僕の前に居た! いつも僕の上に居た! だが今は、僕の方が上だ! 僕が君に、勝つんだ!」

「ゼノス、僕は君の事を、下だなんて思った事はない! 僕達は幼馴染だ、友達だったはずだ! 友達に前も後ろも、上も下もないはずだ!」

「甘いよユウ! そうじゃない、そうじゃないんだ! 君がそう思っていても、君は周りの人を下にする、後ろにする。勇者とはそういう存在なんだ!」


 ゼノスの巨大な剣が、ユウを吹き飛ばす。


 僧侶がすぐさま回復魔法をユウにかけ、ユウは立ち上がって、肩で息をしていた。


「わかるかいユウ? 勇者は相手を悪にする。だが……それは勇者が勝者だからだ! なら僕は、今日ここで君に勝って、未来を手にして、正義となる! 勇者を超えるんだ!」


 ユウとゼノスが、再び剣を打ち合う。


 未来に、正義……か。


「リクト、どうしたの?」


 ユミーリアの声を聞きながら、俺はつい我慢できなくなって、前に出る。


「ゼノス!」


 俺の声に、ゼノスがこちらに反応した。


「ゼノス、お前に未来は無い」


 ユウとゼノスがお互い、手を止めた。


「なん、だと? どういう事だ!」


 ゼノスが俺をにらみつけてくる。まあ、かぶとのせいで表情は見えないけど、にらまれている気がする。


 手は出すまいと思っていた。

 だが、ゼノスの話を聞いていて、気が変わった。


 俺は、ゼノスが嫌いだ。


 だけどそれは、この世界にきてからの話だ。


 キッカケはなんだっただろう? 確か、こいつがユミーリアと親しそうに話していたからだっけ?


 我ながらなんともひどい話だ。つまりはただのしっとだった。


 そしてそういう感情をのぞけば、話は別だ。

 こいつはクエファンのキャラのひとりで、つまりはだ。


 俺にとってはこいつも、愛すべきキャラクターのひとりなんだ。


 だから……

 少しでも、救ってやりたくなった。



 俺は一度手足を伸ばした後、ゼノスに向かって歩き出した。


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