第156話 ゼノスの最後

 ラストダンジョン、第三フロア。


 炎とマグマのダンジョンで、俺達はフロアボス、ゼノスと戦っていた。


 ゼノスは勇者であるユウの幼馴染だ。

 だから戦いは、ユウのパーティに任せていた。


 ゼノスが巨大化し、ユウ達を追い詰めていた。

 しかし、追い詰める一方でゼノスの身体は限界に近づいている様だった。


 それでもゼノスは吼える。

 未来を、勝利を手にしようと、ユウに戦いを挑み続けていた。


 俺はそんなゼノスの姿に我慢ができなくなり、ついに前に出てしまった。



「どういう事だ? 僕に未来がないだと? お前に何がわかるんだピンク野郎!」


 確かに俺のロングコートはピンク色だが、ピンク野郎はひどいな、まったく。


「ゼノス、お前はこの戦いで生き残っても、勝ったとしても、その身体じゃすぐに死んでしまうだろう。お前自身が一番よくわかっているはずだ。なのに未来もなにもないだろう」


「そ、そうなのか、ゼノス?」


 ユウがゼノスを見る。


 ごぽりとゼノスの鎧の隙間から、黒い塊が落ちて、消滅する。

 ゼノスは……身体をガタガタとふるわせていた。


「なんなんだ……なんなんだよお前は! いちいちいちいちいちいちいちいち! 僕とユウの邪魔ばっかりしてさ!」


「答えろゼノス! 君は、本当にもう……駄目なのか?」


 ユウの問いに、ゼノスは答えない。


 そんなゼノスに、俺はさらに声をかける。


「未来もないくせに何が生き残った方の未来だ。だいたい、ユウは勇者なんだぞ! お前が勝ったって、お前が正義なわけがあるか! 勇者が負けたって悪に負けたとなるだけだ。お前はユウに勝っても、悪のままなんだよ」


「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさあああああい!」


 ゼノスが巨大な剣を地面に叩きつける。


「お前はぁ! お前はなんなんだあああ! なんでそんな事言うんだよおお!」


 もはやゼノスの剣はユウを狙ってはいない。ダダをこねる子供の様に、地面に剣を叩きつけていた。


「わかってるんだよそんな事は! 勝ったってこの後死ぬのも! ユウが正義なのも! そんな事言われなくてもわかってるんだよ! あああああ!」


 ゼノスが剣を地面に叩きつけながらあばれまわる。

 俺はそんなゼノスに、容赦なく語りかける。


「お前はユウの敵になる事を選んだ時点で間違っていたんだ。お前はユウに……仲間にしてくれって言うべきだったんだよ!」


「ああああああ! あああああ! 言うな! 言うなあああ! 今さらそんな事! そんな、そんなあ!」


 ゼノスが剣を大きく振りかぶる。


「桃尻蹴(ももしりきゃく)!」


 俺の尻が光り輝き、尻から激しく気が放たれる。

 放たれた気の推進力(すいしんりょく)で俺は飛び上がって、ゼノスが振りかぶった剣を思いっきり蹴り飛ばした。


 ガラン、と大きな音を立てて、剣はゼノスの手から離れ、地面を滑って、マグマに落ちていった。


「……」


 剣を失ったゼノスはそのまま黙って固まっていた。


 俺は地面に着地して、ゼノスを見る。


「お前はユウの仲間になりたかった、一緒に冒険がしたかったんだ。だけど素直になれなくて、敵になったんだ」


 ゼノスはうつむいて、何も答えない。


「だけど、敵になる事を選んだお前が本当になりたかったのは、ユウの敵じゃない」

「……」


「仲間じゃなくてもいい、なら敵になる、だけどそれでも、本当に敵になりたかったわけじゃない」

「……」


「ユウの、勇者のライバルになりたかったんだろ?」

「……っ!」


 ゼノスの身体が、大きくふるえた。


「仲間でもライバルでもいい、ユウの隣に、対等な立場として並びたかったんだろう?」


 これはゲーム内で語られた事と、攻略本に載っていたゼノスの情報だ。


 ゼノスはユウと同じ村に生まれて、いつも勇者と比べられながら育ってきた。

 そんな環境だったからか、ユウが旅立つ時には素直になれず、ユウの仲間になるとは言えなかった。


 ゼノスにとって、ユウは幼馴染ではあったが、いつか超えたい相手でもあったからだ。

 別にうらんでいるわけでも嫌いなわけでもない。ゼノスはユウの事が好きだった。


 素直に仲間になれないゼノスは、ユウと対等な立場として隣に立てる、仲間ではなくライバルになりたかったのだ。


 だが、そんな心を邪神の使徒に利用され、ライバルではなく完全な敵となってしまった。


 ここまでは、ゲームでもこの世界でも同じだろう。


 その後が、この世界では違っていた。


 ゲームでは軽く邪神の力を得ていたゼノスは、この世界では完全に邪神の力に染まっていた。

 邪神の力を取り入れすぎたせいで、ゼノスはもはや人ではなくなっている。


 なぜそんな違いが発生したのか。


 それはおそらく、ここまでかかった時間、事件の数の差だ。


 色んなゲームが混じってしまったこの世界では、事件や戦いの数が本来のクエファンより増えている。

 そして俺達も本来のゲームより強くなっていた。


 そのせいで、ゼノスが邪神の力を求める機会が増え、望む力の強さのハードルがあがってしまった。


 結果としてゼノスは、ゲーム本編よりも邪神の力に頼る事になり、こうして人ではない状態になってしまったのだ。


 これはおそらく、フィリスも同じだろう。


 俺はこの世界では、ゲームとは違って彼ら兄妹が助からないのだと強く感じていた。

 邪神の力に染まりすぎているのだ。


 ゼノスの身体は、もう人間の形をしていないだろう。鎧の下は、モンスターになっているはずだ。


 だから、あくまでゲーム知識だけど、せめてゼノスの想いはユウに伝えてやりたいと思った。

 俺の勝手な想いだが、このままこいつの気持ちがユウに伝わらないまま終わるのは、嫌だと思ったんだ。


「お前はどうして、僕の心の中を知っている? どうして僕の想いを語る? どうして……どうして!」


 どうして、と言われるとなんと言っていいか。

 そう、簡単に言えばだ。


「俺の勝手なおせっかいだ」

「……ああ、すっごくムカツクおせっかいだよ、まったく」


 その時、ゼノスの右手が肩から落ちた。


「ぜ、ゼノス!」

「来るな!」


 ゼノスが自分に近づこうとしたユウに向かって叫んだ。


「もう、終わりなんだ……もう、身体が保てないんだよ」


 ゼノスの左足が、根元から外れる。

 落ちて外れた手足は、黒い塊となって消滅していった。


「ユウ、僕はもう、このかぶとを外せないんだ。もう、自分の顔もわからなくなっているんだよ」

「そんな、ゼノス……」


 ユウがゼノスに手を伸ばすが、なんと声をかけたらいいのかわからないのだろう、そこで止まってしまう。


「ピンク野郎、そこまで僕の事をわかっているなら、今僕が何を望んでいるか、わかっているな?」

「……ああ」


 さて、うまくいくかどうか。


 多分うまくいかないだろう。

 それでも、やってみるしかない。


 俺はゼノスに向かって、両手を前に出す。


「……違う、そうじゃない。僕が望んでいるのはそうじゃない」

「そんな事はわかってるさ、お前の望みは、ユウにとどめをさしてもらう事だろう?」


 ユウが俺と、ゼノスを見る。


「わかっているなら、お前は手を出すな! これは、僕とユウの戦いなんだ、最後の、最後の戦いなんだ!」


 ゼノスの左腕が落ちる。

 そしてその左腕も、黒い塊となって消滅していっていた。


「ユウ、これから俺がやる事は、無駄な事かもしれない。だけど」

「リクト、何をする気なんだい?」


 俺は息を整える。


 そして、尻に力を込める。


「いくぞ! ゴッドヒール!」


 俺の尻が光り輝き、ピンク色の光がゼノスを包み込む。


「な、なにを?」

「ゼノス、お前はむかつくヤツだけど、スッゲー嫌なヤツだけど、俺にとってはお前も、愛すべきキャラなんだよ!」


 俺は精一杯、力を込める。


 だが、ゼノスには変化がない。


「無駄だ、この身体はもう終わっているんだ、今さら回復など」


 そう言ったゼノスの身体に変化が起きる。

 黒い鎧が消えていき、中身のゼノスが……かろうじて、人の形で現れた。


「こ、これは……なんで? 僕はもう、モンスターになったんじゃ?」


 ゼノス自身が自分の身体の変化に驚いていた。


「ユウ!」

「え? なにリクト?」


 ユウが俺に呼ばれてこちらを見る。

 ええい、察しの悪いやつめ!


「ゼノスを抱きしめてやれ! 何か話してやれ! そんなに長くは持たない!」


 ゼノスは人間の姿に戻ったが、身体の崩壊は止まっていなかった。どんどん身体が崩れ落ちていっている。


 俺のゴッドヒールでもこれが限界なのだろう。

 いや、大元の魔力を失ったから弱体化しているのかもしれない。


 とにかく俺のゴッドヒールでは、人の形に戻すのが精一杯だった様だ。身体の崩壊は止められない。


 ユウは俺の言葉にうなずいて、ゼノスを思いっきり抱きしめた。


「ゆ、ユウ」

「ごめんねゼノス、僕は君の事、何もわかってなかった……リクトの方がよっぽど、君の事を理解していたみたいだ」


 ユウが涙を流す。


「ふん、あんなヤツに理解されてもまったくうれしくないさ。むしろ気持ち悪い。なんだっていうんだアイツは……最初から最後まで、ほんと、むかつくヤツだ」


 ゼノスがユウごしに俺を見る。


「だが、今だけは感謝してやる、ピンク野郎」

「ああ、せいぜい最後までユウと語り合いな、馬鹿野郎」


 俺は両手を前に出して、必死に魔力を放出する。


 意味があるのかはわからない。

 だが、ここで俺が休んでしまえば、きっとすぐにでもゼノスは消えてしまう気がした。


「ユウ、ごめん」

「僕の方こそ、ごめん」

「ちがう、僕は……結局、君にしっとしていただけなんだ」


 ユウとゼノスが、小さな声で語り合う。


 魔法使い達は、それをジッと見ていた。



 しばらくすると、語り終えたのか、それともゼノスの身体が限界なのか、ゼノスが再び俺を呼んだ。


「おい! ピンク野郎!」

「なんだ」


 俺はゼノスを見る。その目は……今まで見てきたゼノスの目とは違い、とても澄(す)んだ目をしていた。


「フィリスを、妹を頼む。多分あいつも死ぬだろうけど、僕の様に……」


 その先は聞こえなかった。

 いよいよ顔以外の全てが崩れ落ちてしまっていた。ユウはゼノスの顔だけを、胸に抱いていた。


「ユウ、もし、生まれ変わったら……僕は」



 その言葉を最後に、ゼノスは消滅した。


「ゼノス……ゼノ……うああああああ!」


 ユウは叫んだ。

 力の限り、天に向かって叫んだ。



 俺はゴッドヒールをやめて、その場に座り込む。


「リクト様」


 マキがタオルをくれる。


「ありがとう」


 俺は受け取ったタオルを顔に押し当てて……これしかなかったのか、こんな結末しかなかったのかなって、考えた。


「まさかリクト様が、あの者にあれほど情けをかけるとは思いませんでした」


「俺も最初は手を出す気はなかったさ。だけど……駄目だな、俺は」

「いいえ、私はそんなリクト様を好ましいと思います」


 俺がやった事は、結局中途半端だ。

 別に最初から考えていたわけじゃない。ただ思いついたから実行に移しただけだ。


「リクト」


 ユミーリアが後ろから俺を抱きしめてきた。


「ありがとう、リクト。きっとゼノスも、兄さんも、感謝してるよ」


 そう、だろうか?

 わからない。


 ユウのああして泣き叫ぶ姿を見ていると、俺がやった事はなんだったのだろうかと思ってしまう。



 その時、第四フロアへ続く門が開いた。


 次はゼノスの妹、フィリスの番だ。

 俺は、どうするべきなんだろう?


 フィリスもゼノスと同じく、助からない可能性が高い。

 いや、フィリスはゼノス以上に邪神の力を取り入れている、そして何より、モンスターを取り込みすぎていた。


 性格も兄と違って冷静じゃないしな。

 マジで倒すしかない気がしてきた。



 そんな風に考えていると、門の奥から触手が伸びてきた。


「……え?」


 そして触手は、俺の胸を貫いた。



「もう、おそーい、待ちくたびれてこっちからきちゃったよ、ユミーリア」


 さらに触手が伸びてきて、俺の身体を絡め取っていく。

 俺の身体は、そのまま触手に持ち上げられる。


「り、リクト!」


 ユミーリアが叫ぶ。


「がふっ! し、しまった、油断した」


 俺は触手の先を見る。


 門の奥から、顔以外が完全にモンスター……いや、まさにバケモノと化した、フィリスが現れた。


「ゼノス兄さん死んじゃったんだー、うふふ、あはは、アハハハハ! じゃあ次は私達だね、ユミーリア! アハハハハ!」


 フィリスは、俺の身体を触手で持ち上げながらユミーリアを見て、笑っていた。


「リクトをはなして、フィリス」


 一閃。


 ユミーリアの勇者の剣が輝き、俺にまとわりついていた触手を斬り刻んだ。


 俺は触手から解放され、地面に落ちる。


「ぐあっ! ご、ゴッドヒール!」


 俺はすぐさま回復魔法を唱えて、触手によって身体中にあいた穴をふさいでいく。


 ユミーリアが俺の様子を見て一瞬ホッとした表情を見せたが、すぐにキッとフィリスをにらんだ。


「よくも……よくもリクトを!」


 ユミーリアの全身から、黄金のオーラが立ち上がり、金色のトリプルテールが逆立ちゆれる。


 その衝撃で、地面はゆれ大きな風が吹き荒れた。


 俺の近くに居たユウが、ヒイッと声をあげてシリモチをついた。


「ゆ、ユウ、あれって」

「ああ、僕も滅多に見ないが、あれは……」


 俺とユウの意見はどうやら一致していたみたいだ。



 ユミーリアは、メチャクチャ怒っていた。


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