第29話 そしてまた、尻戻り
俺達は男勇者のパーティと共に、街の南西にある盗賊のアジトを目指していた。
キッカケは俺のささいな一言。
俺が考えなしの助言をしたばっかりに、男勇者は盗賊のアジトに行く事もないまま、任務を終えてきてしまった。
本来勇者によって壊滅するはずの盗賊のアジトが残る事で、このままでは本来のストーリーが変わってしまうのではないかと、俺は危機感を覚えた。
その為、男勇者達に、一緒に盗賊のアジトに向かってもらう様に依頼したのだ。
俺のパーティは俺、ユミーリア、コルットの三人。そして相棒の刀、ランラン丸だ。
男勇者のパーティは、勇者、戦士、魔法使い、僧侶とバランスの良いパーティだった。
こうして見ると、2パーティというのは結構大所帯だ。
ちなみに、男勇者のパーティはそれぞれ、ユウ、セン、マホ、ソウという、職業名の頭の2文字じゃんという、なんともかわいそうな名前だった。
まあ、本人達は気にしてないみたいだけど。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
そんな風に考えていると、魔法使いが俺に話しかけてきた。
「なんだ?」
どうもこの人は苦手だ。男勇者や戦士の様に単純ではなく、基本的にこちらを試す様な事を言ってくる。
そして今回も、その嫌な予感は的中した。
「さっきから気になってたんだけど、あなた達、荷物が少なすぎるんじゃない?」
……荷物?
俺は自分と、ユミーリア達を見る。
いつも通りだった。カバンに回復薬等を詰め込んで、剣や防具を装備をしている。
少なすぎるとはどういう意味だろう?
俺は男勇者のパーティを見た。
魔法使いと僧侶、男勇者は俺達とそう変わらない。
だが、戦士は別だった。
「あ」
そう、俺達のパーティはこれまで遠征をした事がなかった。
だから、その違いに、準備に気付かなかった。
戦士は、大荷物を抱えていた。一番目立つのは、テントや寝袋といった物だろう。
「あなたの話だと、盗賊のアジトまで結構距離があるんでしょ? しかもちゃんとした場所はわからないって言うじゃない。2~3日は想定しているものだと思ってたけど、違うの?」
そう言われてみれば、商隊の護衛任務も往復で3日はかかるんだっけ。
完全に失念していた。
まあでも、よくよく考えてみれば、俺達にはマイルームがあるし……って、あ!
「あ、あははは、そ、そうですねー」
「まずテントはどこよ? どこで寝るつもりなの? 食事は? その為の道具は?」
全部マイルームにあります。
なんて言えるわけないだろう!
しまった! 完全に油断していた!
マイルームは俺のチート能力の中でも一番のチートだ。
だから、あまりマイルームの事は知られたくない。
特にこの手の、頭がまわるタイプの人にはだ。
俺がマイルームで一番恐れる事、それは……何か犯罪があった際に、俺が疑われる事だ。
マイルームの機能には、マップで人を探す事ができるものがある。
これ、簡単にストーカーとかできちゃうんだよね。
さらに、一度行った事がある場所へ出口を設定できる。
これ、たとえばお城に一度でも入れば、夜中お城に忍び込めちゃうんだよね。
民家とかも不法侵入したい放題だね。
もちろん、俺はそんな事をするつもりはない。
だが、マイルームの事を知っている人間は、何かあればまず俺を疑う事になるだろう。
だから知られたくない。
できれば、この魔法使いには……
だが、俺のそんな願いは一瞬で消えた。
「大丈夫ですよマホさん! リクトには、マイルームっていう、すごいお尻魔法がありますから!」
渾身のドヤ顔でユミーリアが胸を張って宣言した。
「マイルーム?」
……終わった。
ドヤ顔のユミーリア可愛いよほんと。
「はい! リクトのお尻魔法のひとつで、お尻から扉が出てくるです! 扉の中には部屋というか、家があって、そこにはなんでも揃ってるんですよ。だから、テントがなくてもへっちゃらです!」
「そうなんです! 私も初めて見た時はビックリしましたけど、すごいんですよおにーちゃんは!」
ユミーリアとコルットがベタ褒めしてくる。
「ふーん、お尻魔法ねえ?」
魔法使いが疑いの目を向けてくる。
「あ! マホさん、疑ってますね? あとで見たら驚きますよ、ね? リクト」
ユミーリアが笑顔をこちらに向けてくる。
ほんと超絶可愛いなあユミーリアは。なんだかもうどうでも良くなってくる。
「……まあいいわ。そういう事なら急ぎましょう。できるだけ早く盗賊のアジトとやらを見つけて、潰して帰りたいわ」
魔法使いはそれ以上、詮索はしてこなかった。
だが、夜になれば……マイルームを見せるしかないだろう。
そもそも、俺達は何も用意してきていないのだから、マイルームを使わざるを得ない。
俺達は道を進み、やがてお昼時になった。
俺はコルットのお母さんが作ってくれた、イノシカチョウのレア肉をサンドしたサンドイッチを取り出した。
「これ、コルットのお母さんが作ってくれたんだ、たくさん作ってくれたから、みんなで食べよう」
イノシカチョウのレア肉がサンドされていると知ると、魔法使いの目の色が変わった。
「ふ、フン! この程度じゃ私は釣られないんだからね!」
そう言いながら、すでによだれをたらしていた。
そして、結局魔法使いは、一番幸せそうに食べていた。
「ごめんねリクト、マホはあんな感じだけど、悪い子じゃないんだよ」
「ああ、わかってるよ」
男勇者がフォローを入れてくるが、別に気にしていない。
むしろ俺が隠す事が多すぎるのが悪いのだ。
俺の事や俺のチート能力の事は、誰にどこまで話していいのか、俺にも判断がつかない所がある。
ぶっちゃけ、この男勇者にはできるだけ話したくない。
口軽そうだし。
ユミーリアやコルットは別だ。
二人から俺の事が漏れても、俺は一切後悔しない。大切な仲間だからな。
むしろさっきのユミーリアのドヤ顔はメチャクチャ可愛かった。
そう、できれば俺のチート能力の事は、その人から秘密が漏れても後悔しないって相手にだけ、話す様にしたい。
そうして悩んでいる間にも、旅は続く。
途中で現れるモンスターは男勇者達が倒してくれた。依頼を受けているのだから当然だ、だそうだ。
そして早くも夜になる。
男勇者達がテントの準備を始めていた。
「さて、見せてもらいましょうか? そのマイルームとやらを」
魔法使いが俺にせかしてくる。
俺は迷ったが、ユミーリアとコルットの瞳が、期待で輝いていたので、観念した。
「マイルーム」
俺の尻が光り、光る尻の中からニュッと扉が出てくる。
「わあ! 出ました!」
コルットが叫ぶ。
ちょっとその叫び方はやめてほしい。
「どうですマホさん、これがマイルームです!」
ユミーリアが再び、渾身のドヤ顔を決める。
俺の尻から出てきた扉に、魔法使いは唖然としていた。
「ほ、本当に扉が出てきた……」
「さあ! 入りましょう! 中を案内しますよ」
ユミーリアが率先して中に入る。
「え? いや、お尻から出た扉に入るとか、ちょっと嫌なんだけど」
なんと、これまで誰も気にした事がない事を指摘された。
しかし、ユミーリアは聞いていなかった。
「さあさあ、どうぞ!」
ユミーリアが魔法使いの手を取ってマイルームの中に入る。
だが、魔法使いはその入り口で、見えない壁に弾かれた。
「きゃっ! なに?」
ユミーリアはマイルームの中に入れたが、魔法使いは中に入れない様だ。
これはあれか、パーティメンバーじゃないから入れないというやつか。
こんな風に弾かれるんだな。
「どういう事よ?」
魔法使いがこちらをにらんでくる。
「すまない、説明し忘れていた。というか俺も初めて見たんだが、俺のパーティメンバー以外は中に入れないみたいなんだ」
俺の説明を聞いて、ユミーリアとコルットが驚いていた。
「え? そうなの?」
「って! あなたも知らなかったの? ちゃんと説明しておきなさいよ!」
なぜか俺が魔法使いに怒られた。
「ねえリクト、なんとかならないの?」
ユミーリアが俺に聞いてくる。
うーん、なんとか、ねえ?
もちろん、方法が無い訳ではない。
「俺のパーティに入れば、中に入れるけど?」
俺は男勇者達を見る。
「ふむ、中は安全そうだな、いいんじゃないか?」
「そうだね、今回は共同ではなく、リクトのパーティに入れてもらうって事で、いいかな?」
戦士と男勇者がそう提案してくる。
「面白そうですね、いいですよね、マホ?」
僧侶も同意していた。
だが、魔法使いだけは面白くなさそうな顔をしていた。
「私はあくまで、ユウのパーティだから組んでいるわけで、お尻の人のパーティに入りたいわけじゃないんだけど」
ひどい、お尻の人呼ばわりとか、ひどい。
「そうですか、じゃあ残念ですが別々って事で……」
俺はこれ幸いと、俺は魔法使いを放って、マイルームの中に入ろうとする。
できれば中は見てほしくない。説明とか色々面倒だし。
「待ってリクト! マホさん、マイルームの中には、イノシカチョウのレア肉がまだありますし、ウサギットのレア肉もありますよ!」
ユミーリアの言葉を聞いた途端、魔法使いから炎の様なものがあふれた様に見えた。
「何をしているの尻魔道士さん! 早く私達をパーティに入れて頂戴。そして今夜もレア肉祭りといきましょう!」
……魔法使いは、案外、調子の良い人だった。
しかし具体的にどうしたらいいのかと思っていたが、俺が男勇者達をパーティメンバーだと認識すると、魔法使いもマイルームの中に入れる様になった。
「なにこれ? すごいなんてもんじゃないわ。わけがわからないわよ」
中に入った男勇者達が、特に魔法使いが、マイルームの内装に驚いていた。
「あんまり触らないでくださいね、説明はユミーリアから受けてください」
違う世界の俺の説明より、同じ世界のユミーリアの説明の方がわかりやすいだろう。
俺はユミーリアに説明を任せる事にした。
「そうね、それはいいわ。でもね、ひとつ聞きたい事があるの」
魔法使いはそう言って、俺の隣を指差す。
「誰よそれ!?」
マイルームに入って、刀から人の姿になった、ランラン丸だった。
ユミーリアがみんなに、マイルームやランラン丸の事を説明した。
もはや途中から、驚きはあきれに変わっていた。
「なんだかもう、理解するのに疲れたわ」
そう言いながら、魔法使いはちゃっかりソファに座って、マイルームを堪能していた。
俺はユミーリアがみんなに説明している間、2階を確認していた。
仲間が増えた事で、どれだけ部屋ができているかと思ったが、2階にあった部屋は4部屋だった。
俺、ランラン丸、ユミーリア、コルットの名前がそれぞれ書かれた、4部屋だけだった。
どうやら一時的なパーティの男勇者達の部屋までは作られなかった様だ。いまいち基準がわからんな。
俺は1階に戻ってその事を告げた。
男勇者達は1階で雑魚寝する事になった。むしろテントで周囲を警戒しながら寝るより、全然マシだそうだ。
その後もシャワーやトイレ、キッチンに、その都度みんな驚いていた。
驚き疲れたのか騒ぎ疲れたのか、その日は早めの就寝となった。
俺も2階の自分の部屋のベッドに寝転んだ。
……おそらく明日には、盗賊のアジトに着くだろう。
しっかり寝ておかなければ。
俺は考える事をやめ、早めに眠りについた。
朝目が覚めて、準備を終えた俺達はマイルームを出て、旅を続ける。
「便利すぎるわマイルーム、あんなの反則よ。こんなのに慣れたら、普通の旅ができなくなるわ」
魔法使いがひとり、文句を言っていた。
まあ、言いたい事はわかる。
しかし、そんな魔法使いの愚痴も、長くは続かなかった。
俺はゲーム上でなんとなく覚えていた盗賊のアジトの場所に着く。
するとそこには……洞窟と、見張りと思われる盗賊が2人立っていた。
「あれが、盗賊のアジトかい?」
「本当にあったのね」
男勇者と魔法使いが静かにつぶやく。
俺達は作戦を立てる事にした。
まず、男勇者と戦士が見張りを倒す。
そしてそのまま洞窟内に入る。
あとは罠に気をつけながら、奥に向かうしかない。
奥の状況がわからない以上、現状ではこれ以上の作戦の立て様がなかった。
俺達は作戦を実行に移した。
男勇者と戦士が見張りを素早く倒す。
「よし、みんな行こう、気をつけて!」
男勇者の号令で、俺達は洞窟の中に入る。
中は暗かったが、魔法使いがライトの魔法を唱えて、明るくなった。
「おお、便利だな」
「あなたのマイルームほどじゃないけどね」
どうもこの魔法使いは、やっぱり苦手だ。
俺達は慎重に奥に進む……
「あれ? おにーちゃん、それ……」
コルットが何かつぶやいた。
「え?」
俺は何かを踏んだ気がした。
すると俺の足元の地面が……パカッとあいて消えた。
「……っ!?」
俺はそのまま落下して、意識が消えた。
次に意識が戻ったのは、白い、何もない空間だった。
「オイオイ、嘘だろ?」
突然の事に驚いている俺に、声が聞こえてきた。
「おお素晴らしき尻魔道士よ、死んでしまうとは なさけない」
この展開は、覚えがある。
俺が死んだ時、俺はこの空間に連れてこられるのだ。この神様の空間に。
しかし、前回と声が違った気がした。
以前は確か、男勇者の声だったはずだが……
俺は声のする方を振り向いた。
そこには……冒険者ギルドの看板娘、ラブルンこと、ラブ姉がいた。
「なんでラブ姉なんだよ」
「今回は一緒に勇者がいるので、ややこしくなるから別の人間にしてみました」
そう言って、ラブ姉の姿をした、神様が笑う。
ちくしょう、ラブ姉だとちょっと可愛いじゃないか。
「はあ……で、ここに俺とあんたがいるって事は」
「はい、死にましたよ。それはもう見事に罠にハマって、穴の下にあった槍に串刺しでしたね」
やっぱり、俺はまた、死んでしまったみたいだった。
早いよ……まだ盗賊の親分も、邪神の使徒も出てきてないじゃないか。
俺は自分の情けなさに、うかつさに、ため息をついた。
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