第139話 開催、大武闘会

「さて、説明してもらおうか、マキ」


 俺はマイホームに帰った後、ユミーリアのお母さんにもらった紙をマキに見せた。


 その紙には、「シリト教主催、大武闘会! 邪神をはらう聖なる戦いに君も参加せよ! 邪神の使徒大歓迎! みんなで邪神の使徒をブッ飛ばせ!」 と書かれていた。


 俺の渡した紙を見て、マキが固まる。


「り、リクト様、なぜそれを? リクト様には出来る限り秘密にして動いていましたのに」


 マキの額から汗が流れる。


 おい、秘密って、どういう事だ。


「なんで俺に秘密にしてるんだよ?」

「いえ、その、ギリギリで公開した方が驚いて頂けるかと思いまして……」


 マキが視線を泳がせる。

 珍しくマキがうろたえていた。


 しかし、そんなマキの態度にはどことなくわざとらしさを感じる。


 あせりを見せながら、こちらをチラチラと伺う様に見ていた。


 これは、もしや……


 俺は自分の予想が当たっているかどうか、試してみる事にした。


「ふむ、マキ……主(あるじ)に内緒で悪さをしているメイドには、お仕置きが必要だな?」


 俺のその言葉に、マキの目が光る。


「ああ! なんという事でしょう! そう、私はいけないメイド! ご主人様に秘密など、あってはならない事! さあリクト様、私にぜひお仕置きを! さあ! さあ!」


 おおげさな身振り手振りで、顔を赤くして俺にせまってくるマキ。


 うん、やっぱりか。


 マキめ、お仕置きプレイをして欲しくて、わざと俺に内緒で色々動いていたな?


 マキが身体をクネクネさせながらその場に座り込み、こちらを見上げてくる。


「ああリクト様、私はイケナイメイドです。どうぞお仕置きを!」


 期待する様な目で何度もこちらを見てくるマキ。


 駄目だこのメイド、もはや手遅れか。


 しかしその時、俺の目にコルットが映り、妙案がひらめいた。


「よし、コルット、ちょっときてくれ」

「なーに?」


 コルットがトテトテ歩いて近づいてくる。


「うん、マキに正しいわしじゃよ! を教えてやってくれ。マキ、お仕置きだ、完璧なわしじゃよができる様になるまで、コルット師匠に学びなさい」


 俺のその言葉に、マキが固まって、目を丸くする。


「え? り、リクト様、その、私が望むお仕置きはもっとこう、ご主人様とイケナイメイドの秘密のお仕置きというか」


「コルット、マキにしっかりわしじゃよを教えてやってくれ」

「わかった!」


 コルットの目が輝き、マキを見る。


 マキもコルットの純粋な瞳の前ではぐうの音も出ない。


「り、リクト様、どうかご容赦を!」

「却下。後で素晴らしい、わしじゃよを見せてくれ」


 コルットが早速張り切って、マキにわしじゃよをレクチャーし始めた。


 その後、コルットの元気なわしじゃよと、マキの恥ずかしそうに叫ぶわしじゃよがマイホームに響いた。



「さて、大会は一週間後か」


 俺はふたりのわしじゃよの声をバックに、改めて大会のチラシを見る。


「ふむ、どれ私にも見せてくれ」


 エリシリアが俺の後ろからのぞきこんでくる。


 ふんわりいい匂いがしてドキッとしたのは秘密だ。


「ふむふむ、武器の使用は自由。相手を殺してはいけない。基本的にタッグで参戦する事。自信がある者はひとりでも参加可、か。場所はお城の闘技場……私も初めて聞いたぞ、こんな話」


 エリシリアはいまやこの国のお姫様だ。

 そのお姫様が知らないってのはどうなんだ?


「ロイヤルナイツのみんなとか、騎士団長さんとかも知らないのか?」


「どうだろう? 未来から戻ってきてからは会ってないからな。そもそも、これほどの大事だ。もっと前から動いていたのだろう。いったいマキは、いつの間に動いていたのだ?」


 俺とエリシリアはマキを見る。


 マキはコルットの動きにあわせて、涙目でわしじゃよの練習をしていた。


「リクト、メイドとは皆、ああなのだろうか?」

「マキはスーパーメイドだからな、普通のメイドとは違うと思うぞ」


 俺とエリシリアは、マキを見て苦笑した。


 俺はそろそろカンベンしてやるかと、マキに声をかけた。


「なあマキ、俺もこれに参加していいんだよな?」


「わ、わしじゃ……あ、はい。大丈夫です」


 マキが真っ赤な顔でこちらを見る。


「俺、ユミーリアとタッグで出ようと思うんだけど、いいかな?」


 俺のその言葉に、その場の空気が凍りついた。


「リクト様、さすがにそれは素直に はい とは言えません。そもそもリクト様は私とタッグで出て頂こうと思っていたのですよ?」


 マキが真顔で俺にせまってくる。


「ちょっと待て! 城での武闘会なのだろう? ならばこの国の姫である私がリクトと組むべきではないか?」


 エリシリアが立ち上がって自身の胸に手を置いた。


「お待ち下さい、そういう事でしたら、私もお兄様と一緒に戦ってみたいです!」


 プリムが手をあげる。


「わたしもおにーちゃんと一緒にたたかいたい!」


 コルットが俺に抱きついてくる。


「い、いや、ちょっと待ってくれ。今回ユミーリアと一緒に出るってのには、理由があるんだ?」

「理由?」


 ユミーリアが首をかしげる。


 どうせ大会には出てくるんだ、今ネタばらししてしまってもいいだろう。


「大会に、ユミーリアのご両親が出て来るんだよ。そこで、俺の事を試したいらしいんだ。そのチラシも、ユミーリアのお母さんからもらったんだよ」


「おかあ、さん?」


 俺の口から両親とお母さんという単語を聞いて、ユミーリアの目が見開く。


「なるほど、どこの誰がリクト様にバラしてしまったのかと思っていましたが、ユミーリア様のお母様でしたか」


 マキがユミーリアを見る。


 ユミーリアは突然の事に混乱していた。


「しかし、その、ユミーリアのご両親は……死んだのではなかったのか?」


 エリシリアが言いづらそうに、ユミーリアを気遣う様に見ながら問いかける。


「うん、私はおじいちゃんにそう聞いたよ。どういう事なの? リクト」


 俺はユミーリア達に、ユミーリアの両親が勇者だった事、帝国で活躍していた事、ある日地下王国の存在を知って、地下で敵と戦っていた事、最近地下から出てきた事を話した。


「そっか、お父さんもお母さんも、ちゃんと生きてたんだ。勇者として戦ってたんだね」


 ユミーリアの瞳に涙が浮かぶ。


「しかしそれなら、どうしてユミお姉様のご両親は、ユミお姉様に会いにこないのでしょうか?」


 プリムがみんなが疑問に思っていた事を口にする。


 確かに、俺という存在が近くに居るにしても、ユミーリアには会いにきてもいい気がする。


「うーん、ちょっと何考えてるかわかんない感じの人だったからな。でも、大会には必ず出てくるみたいだから、そこで会えるぞ、ユミーリア」


 俺はユミーリアの反応を見る。


 だが、ユミーリアの反応は微妙だった。


「えっと、お父さんもお母さんも死んだと思い込んでたから、なんだか実感がわかないというか、楽しみにして、いいのかな?」


 ユミーリアが不安そうに俺を見つめてくる。

 可愛い、超絶可愛い。


「いいんじゃないか? 別に向こうもユミーリアに会いたくないとは言ってなかったしな」


 俺のその一言で、ユミーリアは笑顔になる。


「そっか、そうだよね。うん、ちょっと楽しみかも」


 ああ、やっぱりユミーリアには笑顔が似合うな。


「よし、そうと決まれば」


 俺はユミーリアと大会に参加する事に


「おや? ちょっと待ってください」


 なったかと思ったが、マキが口をはさんできた。


 俺はガクリとひざをつき、マキを見る。


「なんだよ、まだ何かあるのか?」


 マキが大会のチラシを改めて見ていた。


 そして、端っこの方に書かれた文字を指でさす。


「ご覧ください。リクト様と私達宛てのメッセージです」

「なんだと?」


 俺は紙を見る。

 確かに、紙の端っこに小さく何かが書かれていた。



 リクト君はユミーリアの力を借りるのは禁止。私達が認めていないのにタッグを組んではいけません。ひとりで参加するか他の人と組みなさい。ユミーリアはユウとでも組みなさい。守れないならリクト君との仲は認めません。 ユミーリアのきれいで美しいお母さんより。



 ……いつの間に書いたんだよこれ。


「ユミーリア、ほれ、お母さんが生きている証拠だ」


 俺はマキから紙を受け取って、それをユミーリアに渡す。


「お母さん……」


 ユミーリアは紙を抱きかかえた。


 あんな文章でも、ようやく手に入れた母親の生きている証だ。感動するのも無理はない。


 しかし困った。


 俺はユミーリアとタッグで大会に出る気マンマンだったからな。どうしたものか。


「では、ここは公平にくじで決めましょう」


 マキが手をあげる。


「いや、別に俺はユミーリアが駄目なら、ひとりで出てもいいんだけど?」


 そんな俺の発言をみんなは許さなかった。


「駄目です」

「駄目だ」

「駄目ですよ」

「リクト、それは駄目だよ」


 ユミーリアまで……俺の味方はいないのか。


「せっかくお前と組める機会なんだ、ユミーリアには悪いがお前をひとりでは出させん。それに何か行事等でお前のパートナーを決める時は、公平にくじで決めようと以前から私達は話し合って決めていたんだ。もっとも、マキは抜け駆けしようとしていたみたいだがな」


 エリシリアがマキをジト目でにらむ。


 マキはそれを受けて視線を宙にそらした。


「何の事でしょうか?」

「さっき私とタッグを組んで出てもらおうと思っていた、と言っただろう。まったくあなたと言う人は……」


 エリシリアがため息をつく。


 そうこうしている内に、プリムがくじを作っていた。


「できました! この箱の中に、ひとつだけお兄様の名前が書いた紙が入っています。それを引いた人がお兄様と大会にタッグで参加できるという事で、よろしいですか?」


 プリムがみんなを見て、みんながそれにうなずいた。


 マキが、エリシリアが、コルットが、プリムがくじを引く。


 アーナはランラン丸と一緒にソファでダレている。気楽なもんだ。


 そして、結果が出た。


「そ、そんな、馬鹿な」


 マキがひざと手をついてうなだれていた。


「むう、はずれか」


 エリシリアが紙を見て口をとがらせる。


「うー、残念です」


 プリムが紙を何度も見て、ため息をついていた。


 という事は、俺のパートナーは……


 コルットが手にした紙を持ってアーナの所に行き、アーナの服を引っ張った。


 アーナがコルットのやりたい事を察して、素早くソファから立ち上がる。


 そして二人で、ポーズを決めた。


「わしじゃよ!」


 そういえば、コルットにはわしじゃよ! はひとりでやらない様に言ってあったっけ。


 こうして、俺の大会でのパートナーはコルットに決まった。


「はぁ、お母さん酷いよ。私だってリクトとタッグを組みたかったのに……」


 ユミーリアはいじけていた。


 だがその表情は、どことなくうれしそうだった。


 なんだかんだ言っても、両親が生きていたというのはうれしいのだろう。



 大会は一週間後、というわけで、俺達は修行をしつつ、大会にそなえていた。


 ユミーリアは結局、ユウとパーティを組む事になった。

 両親からの指示には何か意味があるかもしれないと思ったらしい。


 ちなみに両親が生きていた事をユウに伝えたら、ユウより魔法使いの方が驚いていた。


 おやおや、どうしてあなたのほうが動揺するんですかね? とからかったら、ユミーリアに怒られた。


「もうリクトったら、好きな人のご両親に会うって、緊張するんだよ?」


 うん、それは先日身をもって体験したから知ってる。


 そしてそのユミーリアの言葉で、魔法使いの顔が真っ赤になっていた。

 ユウも若干顔が赤い。


 この二人、どこまで進んでるんだろうな。


 戦士と僧侶はそんな二人を生暖かい目で見守っていた。


 大会の日まで、ユミーリアの両親は接触してこなかった。



 あっという間に日々は過ぎて、いよいよ大会当日となる。


 街は完全にお祭りムードとなっていた。


 正式なチラシもそこら中に配布されており、なんと優勝者には賞金100万P(ピール)とデリシャスギュウが与えられると書いてある。


 ちなみに、そのデリシャスギュウは俺が納品したものだ。


 これ、俺にとっては意味なくね?


 まあ、今回はユミーリアのご両親に認めてもらうのが第一目的だからな、賞品の事はいいか。


 俺達はみんなで城に向かう。


 結局俺とコルット、ユミーリア以外は不参加だ。


 エリシリアやプリムは王族として観覧席に行くらしい。

 マキは運営側だ。


 アーナは通常の客席……だったはずだが、特別に豪華な席が用意されていた。


 通常の客席の中に用意された豪華な席。それはなんとも、恥ずかしい席だった。

 周囲から見るとかなり目立っており、みんなから注目されている。


 さすがのアーナも、ちょっと居心地が悪そうだった。



「お集まりのみなさま! ようこそ聖なる闘技場へ! これよりシリト教主催、大武闘会を始めます!」


 出てきたのはライシュバルトだ。


 大きな声を周囲に響かせている。何かの魔法だろうか。


 城の闘技場には戦士達が集まっていた。


 みんな俺をチラチラ見ている気がする。


「ふふ、注目度はバツグンでござるなリクト殿」

「そうみたいだな」

「おにーちゃん、楽しみだねー」


 コルットもわくわくしていた。


 俺はコルットの頭をそっと撫でる。


「ランラン丸、基本は格闘技で戦うが、いざとなったら頼むぞ」

「任せるでござるよ! 気合いは十分でござる!」


 ランラン丸が力強くこたえてくれる。


「それではみなさま! まずは聖唱(せいしょう)いたしましょう! さあご一緒に!」


 人々がその場で立ち上がる。


「ランランランランシリシリシーリ」

「ランランランランオシリ丸」


「ランランランランシリシリシーリ」

「ランランランランオシリ丸」


 あの謎の呪文だった。


「あ、うん。拙者もう帰っていいでござるか?」


 ランラン丸がやる気をなくしてしまった。


 気持ちはわかるが落ち着け。


「ルールは簡単! 武器の使用は自由! 相手を殺してはいけません。怪我をしたら我らが神の尻を持つシリト様がゴッドヒールですぐに治して頂けます! どうぞ安心して全力で戦ってください!」


 オー! と歓声があがる。


 おい待て、なんだそれ? 俺は聞いてないぞ。


 俺は運営側に居るマキを見る。


 マキは俺の視線に気付くと、ニッコリと笑った。


 くそ、可愛い。


 あの笑顔を見ると、まあいいかと思ってしまう。


「さあ! それでは第一回戦! 初めていきましょう! まずはこの人から! 我らが神の尻を持つ男、シリト様!」


 いきなり俺が呼ばれた。


 俺はため息をつき、舞台へとあがる。


「パートナーはあのリュウガの娘コルット!」


 コルットがみんなに手を振っている。可愛い。


「対する相手は我が国の王子! マクライド様とその犬、ザインだー!」


「誰が犬だコノヤロウ! ぶっ殺すぞ!」

「気にするな、俺がそう登録しておいた」

「てめえ、ぶっ殺すぞ!」


 俺達の対戦相手が舞台にあがってくる。


 その二人は、王子様とその犬の、タッグだった。


「はっ! お前とまた戦えてうれしいぜ! お前のせいで俺がどれだけ大変だったか……くそ、覚悟しやがれ!」


 なんだかザインの方が怒っている。

 俺のせい? 何の事だ?


「それでは、はじめ!」


 舞台の中央に立つライシュバルトが手を振り下ろす。



 こうして、なんだかよくわからない大武闘会が始まった。


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