第148話 邪神の教祖の最後

 エルフの森で、対魔結晶(たいまけっしょう)の作り方がわかってからは、怒涛の日々だった。


 対魔結晶の元となる深森石(しんりんせき)はそれほど珍しくもなく、使用用途も特になかった為、世界中の至る所に落ちていた。


 冒険者や各国の兵士達が必死で回収し、集まった先から魔力を持つ者が石に魔力を注入して、大量の対魔結晶が作られていった。


 作られた対魔結晶は、街の外壁や周囲に埋め込まれ、各国は霊聖樹(れいせいじゅ)がなくなった時の為の対策を急いでいた。


 もちろん、霊聖樹がなくなるかもしれないという事は極秘にされていた。


 対魔結晶についてはモンスターを退ける効果がある為、更なる防衛の為に各国が一斉に取り組み始めた、という事になっていた。


 モンスターを退ける霊聖樹がなくなるかもしれないというのは、とてもではないが公表できるものではないというのが各国の判断だった。


 俺達は深森石の回収を手伝いつつ、余った時間は修行にはげんでいた。


 結局、俺は60倍の重力が限界だった。


 それでもそこまでいった自分をほめてやりたい。


 決して後ろで100倍の重力の中で組み手をしているユミーリア、エリシリア、コルット、プリムを見てはいけないのだ。

 彼女達は元々の素質が違うのだ、うん。


 マキは各国とのやり取りやシリト教の管理をしつつ、隙があれば俺に引っ付いて魔力供給を求めてきた。


 うん、しょうがない、これはマキがつよくなるためんだからしかたないんだ。

 けっしてやましいきもちはないぞー。


 戦えないアーナは対魔結晶作りに奮闘していた。


 ちなみにラストダンジョンには参加せず、留守番してろと言ってみたが……


「絶対に嫌じゃ、たとえ死ぬ事になるとしても、わしは絶対についていく。最後までお主のそばにいたいのじゃ」


 滅多に見せない真剣な顔で言われてしまい、反対はできなかった。


 駄目だな、完全にアーナにも甘くなってしまっている。


 ランラン丸はジッと神経を研ぎ澄ませていた。


 こいつだけは、俺が邪神のかけらから作られたと知っている。俺が邪神になるかもしれない可能性がある事も、知っている。


 俺が邪神になった時、ランラン丸はどうするんだろう?


 そう思うと、俺はランラン丸以外には俺の事は言えないままだった。

 ランラン丸も、みんなに言ったりはしなかった。


 だけどもし、俺が邪神になってしまう様な事があれば、その時は……死に戻りした後、言わなければならないだろう。


 その時の事を考えると、気が重い。


 できれば単純に、邪神を倒してはい終わり、といきたい所だった。



 そんな日々が一週間ほど続いた。


 その間、ギルドの前に現れた重要人物である商人は、決してどこにも行かない様に監視され続けていた。


 もし別の街に行こうとすれば、現在出入りを禁止するおふれが、国から出る事にもなっていた。


 さいわい商人はこの街が気に入ったのか、日々のんびり過ごしていた。


 もちろん対魔結晶の事は決して目に入らないようにしていた。彼は商人だ。もし知れば商材だと深森石を手に入れに行ってしまうだろう。


 だから徹底的に彼には情報に触れない様にされていた。


 そのせいで、突然周囲の男達に囲まれる事が多かったのはちょっとかわいそうだった。



 各国の準備は整い、いよいよその時がきた。


「それでは、これより作戦会議を始めます」


 場所はマイホームの1階。


 各国の王様や将軍達、そして重要人物達が集まっていた。


 毎回毎回、俺の家でサミットを行うのはやめてほしいんだけどな。


 中心で司会を行っているのは前回同様、プリムだった。


「今後の動きですが……現在、キョテンの街のギルドにいる商人、名はオヤット。彼に勇者もしくはお兄様が話しかけると、霊聖樹が暴走を始めます」


 あの商人、そんな名前だったのか。


「霊聖樹が暴走を始めると、地下から霊聖樹の根が地上に現れ、街中に大きな被害を与えるそうです。ですが、その出現場所や規模はハッキリとはわかっていません」


「なんとも迷惑な話だ、先にわかっているというのが唯一の救いだな」


 ギルド長と一緒に参加していたヒゲのおっさんがため息をつく。


「そしてその後、霊聖樹は上昇し、根元から地下にあるダンジョンが現れます。この奥に邪神が封印されており、勇者もしくはお兄様がたどりつく頃には、邪神が完全に復活します」


 ゲームでは霊聖樹が暴走した際に邪神は復活したと言われたが、ダンジョンの外に出てくる事はなかったな。


 まあ、向こうから来られると、レベル上げや準備ができなくなって詰んでしまうからな、そこはゲームの都合だろう。


「ダンジョン内には邪神が生み出したモンスターが生息していると思われます。また、残った邪神の使徒も集結するでしょう。中には手ごわい相手も居ると思われます」


「フィリス……」


 ユミーリアが顔を伏せる。ユウもゼノスの事を考えているのだろうか、同じ様に顔を伏せていた。


「邪神の使徒の教祖ですが、これまでヘタに手を出すと何が起こるかわからない為に放置されていましたが、作戦決行前には拘束される事になっています。そうですね、ギルド長?」


 プリムがギルド長を見る。


「ああ、そこの軍団長さんやロイヤルナイツと一緒に動く」


「まさかあのエラソーディア13世が邪神の使徒の教祖だったとはな。まったくややこしい立場の人間が出てきたものだ。だが、説明されると納得がいった」


 団長さんが面倒くさそうに頭をかいていた。


 エラソーディア13世は古くから続く、霊聖樹の管理を任された一族だ。その権力は王族に次ぐものであった。


 団長さんがややこしい立場というのはそこにある。ヘタな事をしてエラソーディア13世を刺激すれば、彼は権力を行使して抵抗してくるだろう。


 非常に面倒くさい相手だった。ゲームでも主人公が手が出せないのはそういう理由があった。


 エラソーディア13世。

 彼は自分に与えられた使命に嫌気がさし、そして邪神が復活したらどうなるのかという好奇心に勝てなかったのだ。


 霊聖樹に気軽に近づき、地下にあるダンジョンに出入りできて、霊聖樹の秘密や邪神の秘密を知る者。


 それはエラソーディア13世以外には居なかった。

 だからみんなには、彼が邪神の教祖だとすぐに納得してもらえたのだった。


「霊聖樹の下に邪神が封印されているなんて、いまだに信じられんよ」

「そうだな、あの尻魔道士殿が言う事でなければ、何を馬鹿なと笑っている所だ」

「しかしさすがは尻魔道士殿だ。霊聖樹が暴走するタイミングも何もかも全てを知っているとはな」


 各国のお偉いさんや将軍達が俺を見ていた。


 まあ、ゲームで得た知識だからな。いわば反則みたいなものだ。


「我々はこれよりエラソーディア13世を拘束し、その次の日の朝、商人オヤットと接触します。基本的にはセントヒリアでの戦いとなりますが、他の国にどの様な影響が出るかわかりません。皆様十分にご注意ください」


 プリムがそう言って、会議は終了した。


 ちなみにエラソーディア13世を拘束した後、次の日にするのは俺の都合だ。


 何かあった時の為に、一度寝てセーブしておきたい。


 俺は死んだ時、その日の一番最初に目覚めた時からやり直す事ができるのだ。


 だからこそ、何があっても良い様に、一度寝てやり直す為のポイントを作っておく。


 しかし、それもあと5回。

 これ以上俺から邪神に力が流れていかない様に、俺はあと5回しか死に戻りはできないのだ。


 果たして、あと5回以内に邪神を倒してエンディングを迎える事ができるのだろうか。



 会議は終わり、早速エラソーディア13世が拘束される事になった。


 念の為、俺はそれに同行する事になった。


 エラソーディア13世の屋敷の前で待機する様に言われて待つ。


 やがて、エラソーディア13世が大騒ぎしながら外に出てきた。


「貴様ら! これがどういう事だかわかっているのか! 私はエラソーディアの当主なんだぞ! 長年霊聖樹を見守ってきた我が一族に対するこの暴挙、どういう事かわかっているのか!」


 おうおう、思いっきり叫んでるな。


 どれ、いっちょ話しかけてみるか。


「エラソーディア13世様」

「ん?」


 エラソーディア13世が俺を見て、にらみつけてくる。


「なんだ貴様は? 何を見ている! ええい、不愉快だ! こいつを殺せ!」


「フハハハ! 我が名はエラソーディア13世。霊聖樹をつかさどりし一族であり、邪神の使徒の教祖である!」


 俺が突然叫びだした事に、周囲の人間やエラソーディア13世が固まった。


「私はずっと求めていた。霊聖樹とはなんなのか、邪神とはなんなのか。邪神の復活こそ、我が一族の悲願だったのではないか? だから私は邪神をあがめ、邪神の復活を願ったのだ!」


「な、なんだ、こいつは何を言っている?」


 エラソーディア13世が俺を指差して、ふるえている。


 そう、俺が今言っているセリフは、最終ダンジョンでエラソーディア13世が勇者に対して語るセリフだ。


 なんとなくだが、こいつは事前にセリフを考えるタイプだと思う。


 だからこうして自分が言う予定だったセリフを言われて、混乱しているのだろう。


「さあ勇者よ、邪神の力を得た私に向かってくるがいい! 貴様のその魂も、邪神にささげてやろう!」


 俺はそう叫び終わり、ふうと一息ついた。


「……だっけ? エラソーディア13世さん? どこまでがアドリブかは知らないけど、大体こんな感じの事、考えてたんだよな?」


 俺はエラソーディア13世に笑いかける。


「き、貴様はなんだ? 私の何を知っている? ……そうか! この騒ぎは貴様の仕業だな? なんなんだ貴様は!」


 にらみをきかせるエラソーディア13世。


「俺は……素晴らしき尻魔道士、リクト。邪神にもっとも近い男さ」


 まあ、近いどころか邪神のかけらから作られたらしいんだけどな。


「貴様が、あの尻魔道士か! 貴様のせいで、我々はいつもいつも! うがあああ!」


 エラソーディア13世が暴れるが、兵士達に取り押さえられる。


「覚えていろ! 貴様は必ず、邪神によってさばかれる! 我々の邪魔をした事を、死ぬまで後悔するがいい!」


 死ぬまで、か。


 残念ながら、俺は死んでもやり直さなきゃいけないんだよな。


 エラソーディア13世が拘束され、城の牢へ連れて行かれた。

 これで教祖を失った邪神の使徒達は、おそらくラストダンジョンに集まる事もできないだろう。


 フィリスとゼノスはどこに居るのかわからないが、きっと戦う事になるだろう。


 それをなんとかしたら、あとは邪神を倒すだけだ。



 俺はふと、霊聖樹を見る。


 エラソーディア13世の屋敷は、霊聖樹を管理する家系なだけあって、霊聖樹のすぐそばにあった。


 俺は霊聖樹まで近づいて、そっと手を触れた。


 俺が触れた瞬間、霊聖樹があわい光を放つ。


 ……そうだ、そういえばそうだった。


 俺がこの世界に初めてきた時、同じ様に霊聖樹が光った。


 あれは、俺が邪神のかけらから作られた存在だったからなんだ。

 邪神の力を秘めていたから、霊聖樹は俺に反応したのだろう。



「リクト」


 俺は声がした方に振り返った。


 そこには、ユミーリアが立っていた。


「なつかしいね、リクトと初めて出会った時も、こうして霊聖樹の前で、霊聖樹が光ってて……不思議に思って声をかけたんだっけ」


 ユミーリアが隣に立つ。


「あの時はビックリしたよ? 霊聖樹が光るなんてわけがわからない事が起きてるのに、いきなり男の人に押し倒されて、それで……む、胸をさわられて」


 ユミーリアが顔を赤くして腕で胸を隠す。


「いやいやいや! あれはユミーリアが転んだからだって!」


「クスッ、そうだったね。うん……そうだった」


 ユミーリアが笑って、霊聖樹を見上げた。


「その時からリクトを目で追うようになって、気付いたら好きになってて……ここまできたんだね」


 俺も同じ様に、霊聖樹を見上げた。


 そう、ついにここまできたんだ。


 あの時は全部勇者に任せようなんて思っていたが、気付けば俺は、完全に中心人物になっていた。


 だけど、そのおかげユミーリアと一緒になれたし、たくさんの仲間ができた。


 俺はそっと、ユミーリアの手をとった。


「リクト?」

「明日は、必ず勝とう。勝って、全部終わったら、いよいよ結婚だからな」


「……うん!」


 俺達は互いに笑いあい、再び霊聖樹を見上げた。


 霊聖樹は、やさしく俺達を見守っている気がした。


 きっとこれが、みんなを守る、やさしい霊聖樹を見る最後の機会になるのだろう。


 俺達はしばらく、霊聖樹をながめていた。



 準備が終わり、いよいよ明日の為に寝る事になった。


 特に俺は、しっかり寝ておかなければならない。


 起きたら決戦だ。


 もし何かあって死んでしまったら、起きた所からやり直しになる。


 日付が変わって、俺が起きるという瞬間は、重要なものだ。



 緊張して眠れないかと思ったが、意外とアッサリ意識が落ちた。


 しかし、夜中にトイレで目が覚めた。


 まあ、早めに起きる分にはいいかと、そのまま2階の俺の部屋を出て、1階のトイレに向かった。



「え?」



 その時、奇妙な感覚が俺を襲った。


 次の瞬間、何か衝撃を受けて、俺は意識を失った。



 気がつけば、俺は真っ白な空間に居た。


「は?」

「は?」


 そこには、寝そべって雑誌を読んでいる神様が居た。


 ユウの姿で翼を生やした神様が、信じられないという顔でこちらを見ている。


「あなた、なんでここに居るんです?」

「いや、俺にも何がなんだか……」


 わからない。


 ここにきたという事は死んでしまったのだろう。


 だが、いったい何が起きたのか、俺にはわからなかった。


「ちょっと待って下さいね」


 神様が目を閉じて何か念じている。

 おそらく俺がここに来るまでの事を見ているのだろう。


「……うわぁ」


 そして、それを見たからなのか、神様は心の底からありえないという様な声を出して、こちらを見た。



「あなた、寝ぼけて階段を踏み外して落ちて、当たり所が悪かったせいで死んだみたいですね」


「……は?」



 ……嘘だろ!?



 俺はあまりの衝撃的な事実に、頭を抱えてうずくまった。


 大切な、死に戻りができる回数……あと5回という回数が、とてつもなくしょうもない事で1回分、消費されてしまった。



 最終決戦の日、その出だしは、最悪のスタートとなった。


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