第149話 まさかの死に戻り

 神様が大きくため息をついた。


 ここはおなじみ真っ白な空間。


 俺はまた死んでしまい、ここにきてしまったのだ。


 しかし、その原因が最低だった。


「あなた、寝ぼけて階段を踏み外して落ちて、当たり所が悪かったせいで死んだみたいですね」


 神様が確かにそう言った。


 言われてみると確かに寝ぼけていたし、ガクッといってしまった気がする。


 そう、1回死んでしまったのだ。


 この死は今までの1回とは違う。


 現時点で死に戻りができる回数は、あと5回。

 その5回という回数が、とてつもなくしょうもない事で1回分、消費されてしまったのだ。


 以前は気軽に死に戻りをしていたが、俺が生き返る度に邪神の力が増していた事に気付いた今、これ以上死に戻りできる回数を増やせない。


 だからあと5回……それが今回死んだ事によって、4回になってしまった。


 こんな、こんなにしょうもない事で。


「ち、ちくしょおおお!」


 俺は両手で地面を叩いた。


「いやぁ、ほんと、完全に予想外でしたよ。神様の予想を超えるだなんて、ほんとあなたはすごいですねー」


 そう言いながら、神様は俺の尻を撫でてきた。


「おい、俺の尻を撫でて力を与えたら、邪神がパワーアップするんじゃないのかよ?」


 俺は神様をにらむ。


「そうですよ? だからこれは、ただ撫でてるだけです」


 ええいこのヘンタイ神様が!


 俺は尻をおさえて転がって、距離を取る。


「はい、それじゃあ次回は気をつけてくださいねー。ほら、さっさと帰ってください」


 神様がそう言うと、俺の身体が光りだす。


 もちろんだ、二度ときてやるもんかこんな場所!


 俺の視界が白く染まり、意識が途絶えた。



 そして俺は、再び目を覚ました。


 ここはマイホームの俺の部屋のベッドだ。


 確か、トイレに行きたくて目が覚めるんだよな。


 俺は起き上がって外に出る。


 そして、今度は寝ぼけて足を踏み外さないよう、両手でほほを叩いて気合いを入れる。


 さあ階段をおりようかとした時、扉があいて誰かが出てきた。


「リクト殿!」


 ランラン丸だ。


 そうか、ランラン丸だけは俺が死んだ時、その時の記憶を共有できるんだっけ。


 つまりだ、こいつは俺が死んだ事やなぜ死んだかを知っている。


「リクト殿、これ、マジでござるか?」

「あ、ああ」


「寝ぼけて階段からおちて、死んだ、でござるか?」

「お、おう」


 ランラン丸が俺にそう確認すると、大きく息を吸い込んで、叫んだ。


「緊急事態でござる!」


 ランラン丸の叫び声に、みんなが起きてドアを開けて出てくる。


 みんなパジャマ姿だった。


 コルットとプリムは可愛らしい姿だった。


 ユミーリアとエリシリアはなんだかエロい。というか髪をほどいたユミーリアマジ女神。


 マキとアーナは歩く18禁だ。

 マキはそのネグリジェがエロく、アーナはパジャマでも身体がエロい為、普通のパジャマでも色々危ない。


「どうした、ランラン丸?」


 エリシリアが驚いた顔でランラン丸と俺を見る。


 みんなも寝ぼけながら……いや、マキだけはしっかりしていたが、みんなランラン丸を見ていた。


「リクト殿が、死んだでござる」


 その言葉を聞いて、全員一気に目が覚める。


「どういう事だ?」

「リクト、そうなの?」


 今度はみんなが俺を見る。


 クソ、ランラン丸め、余計な事を……。


 俺は死に様が恥ずかしいものだった為、黙っているつもりだったがそうはさせてくれなかった。


「さあリクト殿、みんなに説明するでござるよ、どの様にして死んだか、そして深く反省するでござる」


 ランラン丸がジト目でこちらを見る。


 お、俺に説明しろと?


「リクト」


 みんなが俺を見る。


 俺はしょうがないとあきらめて、口を開いた。


「ね、寝ぼけて階段から落ちて死んじゃった、ハハ」


 時が止まった。


 みんな信じられないという顔で俺を見る。


 そしてランラン丸を見る。


 ランラン丸が静かにうなずいた。


「マジでござる」


 エリシリアの巨大なため息が聞こえた。


「はぁ……お前というヤツは、何をしているんだまったく!」


 エリシリアが頭を抱える。


「す、すまん、その……とりあえず、トイレに行きたいんだけど、いいかな?」


 そして俺は、トイレに行く事になる。


 みんなに引っ付かれながら。


「リクト、絶対に守ってみせるからね!」


 ユミーリアが俺の腕を抱きしめる。やわらかくて気持ちいい。


「リクト様、お気をつけください。そして今後はトイレに行かれる際は必ず私を起こして下さい」


 そんな恥ずかしい事できるか!


 マキが俺の前に立ち、万が一俺が落ちそうになるのを防いでいた。


 さすがにトイレの中には入ってこなかったが、みんながトイレの前で待っていた。


 くそう、なんてこった。


 俺は恥ずかしさのあまり、死にたくなってきた。さっき死んだばっかりだけど。



 俺はトイレから出た後、ソファに座る様に言われた。


 みんなもそれぞれ椅子に座っていた。


 コルットはユミーリアのひざの上で完全に眠っている。

 プリムは……眠いのを必死に我慢している様だった。


「よくわかったよ、これが、お前が死ぬという事なんだな」


 エリシリアが俺を見て悔しそうな顔をする。


「私達は突然、お前が死んだと知るわけだ。それも、お前やランラン丸が黙っていればまったくわからない」


 そう、確か神様は完全に時間が巻き戻っていると言っていた。


 だから今回の様に俺やランラン丸が言わない限り、エリシリア達が俺が死んだ事を知る事はできないのだ。


「それで、今日死ぬのはこれが最初なのか? 実はもう邪神と戦っていたりするのか?」


「いや、まだだ。久しぶりに死んだから、あとまだ4回は大丈夫だぞ」


 俺はそう答えた。


 しかし、何気なく答えた俺の返答に、みんなの目が丸くなった。


「どういう事だ? 4回は大丈夫とは、何の事だ?」


 ……あれ? そういえば、みんなに説明してなかったっけ?


 俺はランラン丸を見る。


「どういう事でござる? 拙者も初耳でござるよ?」


 あちゃー。


 しまった、俺があと5回しか死に戻りができないって、そういえばみんなには言ってなかったんだっけ。


「えっと、何の事だろな? ハハハ」


 当然、そんな俺のごまかしは通用しなかった。


「リクト様、お話下さい」


 マキがズズイっとせまってくる。


 なんだかちょっと怒ってる気がした。


「えっと、実は俺が死に戻り出来るのは、あと5回だったんだ。で、さっき階段から落ちて死んじゃったから、あと4回になったなーって……」


 再びマイホームが静まり返り、コルットの可愛い寝息だけが聞こえてくる。


 眠そうだったプリムの目は完全に覚めており、泣きそうな顔になっていた。


「お兄様、それじゃあ、あと4回の内に邪神を倒せなければ……お兄様はどうなりますの?」


 俺はどう答えたものかと考えたが、ヘタに嘘をつくよりは素直に説明した方が良いと思い、話す事にした。


「俺は生き返れなくなり、邪神がこの世界を破壊する。それで終わりだ」


「……お前は、そんな貴重な1回を、階段から落ちて死ぬなどという不注意で死んでしまったというのか?」


 エリシリアがワナワナふるえだす。


「い、いや、俺だって死にたくて死んだわけじゃ」

「馬鹿者があああ!」


 エリシリアが叫んで、俺を羽交い絞めにしてくる。


 痛……くはない。


「お前というヤツは、まったくもう! 馬鹿者! 馬鹿者!」


 エリシリアが少しずつ力を込めてくる。その声は、だんだん泣き声の様になってきた。


「リクト、お願いだから今度からトイレに行く時は言ってね? 私、こんな事でリクトがいなくなるなんて、嫌だよ」


 ユミーリアが涙目でうったえてくる。


 いやほんと、マジでごめんなさい。


 俺だってこんなにしょうもない事で、簡単に死ぬとは思ってなかったんだって。


 と言いたい所だが、みんな涙目になっていたので言えなかった。


 これは俺の不注意が招いた事だ。



 俺はその後、みんなをなだめながら、朝を迎えた。


 なんとも疲れた朝になってしまった。


 俺は洗面所で顔を洗い、歯をみがいた。


 歯をみがきながら、みんなの様子が気になったので、歯ブラシをくわえたままリビングに向かおうとした。



 それがいけなかった。


 リビングに向かおうとした所で、俺は足元のマットに足をとられ、滑って前のめりに転んでしまう。


「ふぇ?」


 そのまま地面が近づいてきて、大きな衝撃と共に、俺の意識が途絶えた。




「おお素晴らしき尻魔道士よ、死んでしまうとは ありえない」


 そして俺は、真っ白な空間に居た。


「いやいやいや、ちょっと待て、嘘だろ? さっきので死ぬのかよ! マジか!?」


 俺はユウの姿をした神様を見る。


「いやぁ、なんだかもう1回くらいしょうもない事で死ぬんじゃないかと見ていたら、本当に死んでしまうとは……これはあれですね、デッドポイントが最後の力をふりしぼって、あなたを殺しにかかってますね」


 デッドポイント。

 俺の死に戻りに対するデメリットであり、詰み防止の救済処置である。


 神様の意思と関係なく、特定の条件で必ず死んでしまうという恐ろしい仕組みだ。


「まさか、普通に転んだだけで死んだのか?」


「いえ、あなたがくわえていた歯ブラシがのどに突き刺さって死んだみたいですね。口にモノをくわえたまま歩いちゃ駄目じゃないですかー」


 ちくしょうマジかよ、マジでそんなしょうもない事で死んだのかよ! ひどすぎるだろデッドポイント!


「まあ、そのデッドポイントも、今回の事を乗り切って邪神を倒してエンディングをむかえれば発生しなくなりますから。あくまで詰み防止の為でしたしね。まあ、頑張って生き抜いてください」


 神様がそう言ってパチンと指を鳴らす。


 すると俺の視界が白く染まって、再び意識が途絶えた。



 俺はまた、自室のベッドの上で目覚める。


 何て事だ。

 あと5回だというのに、速攻で2回も死んでしまった。


 それも邪神との戦いではなく、日常的なウッカリで、だ。


 マジで死にたくなってきた。……さっき死んだばっかりだけど。


 ひとまず尿意を感じたので、俺はベッドから起き上がる。


 その時、バンッと大きな音を立てて、俺の部屋の扉が開かれた。


「あ、アホでござるかあああ!」


 ランラン丸の叫び声が、再びマイホームに響き渡った。



 俺はみんなに付き添われながらトイレに行き、再び死に戻りの事を話した。


 前回ランラン丸にも話してしまったから嘘はつけず、隠す事もできない。


 みんなショックを隠せなかった。


 そりゃそうだ。


 みんな死に戻りの事は知っていても、回数制限がある事は今初めて聞いて、しかも残り5回の内、階段から落ちて1回、歯ブラシをくわえたまま転んでのどに突き刺さって死んで1回という、最悪な死に方だったからな。


「とりあえずリクト、もっとしっかりしてくれ」


 そうだよな、そうとしか言い様がないよな。


 俺はみんなに頭を下げる。


「とにかく、今日は邪神との戦いがある。本当は今日はショックで寝込みたい所だが、これ以上日を延ばすとまたリクトが死んでしまうかもしれない。みんな、今からでもしっかり休むんだ」


 エリシリアがそう言って、みんなに休む様に声をかける。


 しかしみんな、ソファに座った俺のそばから動かなかった。


「私、リクトのそばで寝る」

「私も、お兄様のそばに居ます」


 ユミーリアとプリムが俺に引っ付いてくる。コルットはユミーリアのひざで爆睡中だ。


「では、私も」

「はぁ……そうだな、みんなでリクトを監視するしかないか」


 マキとエリシリアも近づいてくる。


「ふむ、ならわしもじゃな。ランラン丸、お主も良いな?」

「リクト殿のおそばは拙者の定位置でござるからな、当然でござる」


 こうして、俺達はせまいソファで一緒に寝る事になった。


 非常に寝づらかったが、みんなのやわらかさや良い匂いに包まれて、とても幸せだった。



 ああ、死にたくないな。


 みんなとこうして一緒に居たい。


 この先、デッドポイントがどこにひそんでいるかは分からない。


 だが、なんとしても生き残って、邪神を倒してエンディングをむかえてやる。


 俺はみんなの寝顔を見ながら、静かに決意した。



 なんとか朝をむかえた。


 今度は歯ブラシをくわえたまま歩くなんて事はせずに、朝食を終え、みんなでマイホームを出る。


 向かう先はギルドだ。


 なんだかここまでがとても長かった気がする。


 俺、ユミーリア、エリシリア、コルット、プリム、マキ、アーナ。そして腰にぶらさがったランラン丸。


 俺達はみんなでギルドまで歩いてきた。


 そして、俺はギルドの入口に居る商人に話しかける。


「こんにちは」

「はいこんにちは。おお、あなたはもしかしてかの有名な素晴らしき尻魔道士様では?」


 想定外の反応が返ってきた。


 こいつ、俺の事を知っているのか。


「いやぁ、あなたのウワサはよく聞いていますよ。ピンク色の救世主とも言われていましたから、そのピンク色のロングコートを見てすぐにわかりました」


 ああなるほど、そんなウワサもあるのか。


「それにしても、この街は良い街ですね」


 来た……! ついにゲーム本編のセリフが出た。


「私、この街が気に入りましたよ……おや?」


 地面が小さくゆれる。


 そして、商人がおやっと発言する。


 あれ? もしかしてこいつのオヤットって名前って……いや、今はそれはどうでもいいか。


 俺達は霊聖樹(れいせいじゅ)の方を見る。



 霊聖樹が大きくふるえていた。


 その振動が、街をゆらしていた。


「な、何事ですか!?」


 商人が慌てていた。


 大きなゆれを察して、ギルド長が出てくる。


「全員! 慌てるな! 各自冷静に状況を判断して、対応する様に!」


 ギルドに居た冒険者達がうなずいた。


 街中に配置されていた兵士や冒険者達も、みんなが霊聖樹を見ていた。



 やがて、地面から大きな根が這い出てくる。


 大きな根はうなりをあげて暴れまわった。


 地面がえぐれ、建物が壊される。


 だが、人々は素早く家から出て、近くに居た兵士達の指示に従い、避難を始めた。


 その間にも、霊聖樹は上昇を続けた。


 やがてその根元に大きな空間が現れる。


 その空間から、羽を生やしたモンスター、ガーゴイル達が飛び出てきた。


 霊聖樹の近くに待機していた兵士や冒険者達がガーゴイル達を倒していく。


 ガーゴイル達の数は多くなく、ほどなく全滅した。


 霊聖樹の振動はおさまり、再び街に静寂がおとずれる。



 街中に現れた霊聖樹の根。


 えぐられた地面と壊れた建物。


 街の周辺の空は、気付けば紫色になっていた。


 大きな霊聖樹の根元にあいた、巨大な空間。


 ゲームの通りの、終盤の光景だった。


「あれが、邪神が居る、ダンジョン……か」


 エリシリアが霊聖樹の根元にできた、巨大な空間を見つめた。


「みんな行くぞ、これが……最後の戦いだ!」



 俺達はうなずきあい、覚悟を決めて、霊聖樹へと向かった。


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