第79話 ピンクの翼

 誰も何もしゃべる事もなく、物音ひとつ立てる事もなく、辺りは静まり返っていた。


 俺はピンク色のコートをめくって、ヒゲのおっさんに向かって尻を突き出していた。


「どうした! 早くしてくれおっさん! こうしている間にも、ユミーリア達が危ないかもしれないんだ!」


 俺の必死の叫びに、ヒゲのおっさんの意識が戻る。


「お、おお? その、なんだ、どういう事だ?」


 さすがのおっさんも混乱していたようだった。


 だが、俺としては早く終わらせてユミーリア達の様子を知りたい。


「おっさんは俺の尻を撫でてくれればいいんだ! さあ早く、頼む!」


 ヒゲのおっさんはうろたえながらも、俺に近づいてくる。


「そ、その、いいんだな?」

「ああ、やってくれ!」


 おっさんが恐る恐る、俺の尻に手を伸ばす。

 おっさんのゴツゴツした手が、俺にの尻にせまってくる。


 今まさにおっさんの手が俺の尻に触れようとした時、俺の尻がぼんやりと光り始めた。


「な、なんだ?」


 おっさんが思わず手を引っ込める。すると尻の光が消えていく。


「何やってるんだおっさん! 早くガッといってくれ!」

「あ、ああ」


 おっさんは再び、俺の尻に手を伸ばす。


 俺の尻がぼんやりと光だし、おっさんの手がついに、俺の尻に触れる。


 その瞬間、俺の尻から光があふれ始める。


 どこからか賛美歌の様なものが聞こえてくる気がした。


「ぐっ!」


 なんという不快感。

 ゴツゴツした手の感覚が気持ち悪い。


「シリト、お前、こんな尻を持っていたのか」

「おっさんうるさい! 黙って撫でろ!」


 おっさんの感想なんか聞きたくはなかった。


 というかだ、これ、どれくらい撫でられればいいんだ?


 おっさんが慣れてきたのか、徐々に俺の尻をゆっくりと撫で始める。


 俺は泣きたくなるのを必死にこらえた。



 《チャージ完了》



 ようやく俺の目の前に文字が現れた。

 時間にして3分ほどだっただろうか? 永遠の時間だった気がする。


「よし! おっさん、もう十分だ! これで俺の新しい力が目覚める!」


 俺は素早く尻をしまう。


 おっさんが若干なごり惜しそうに手を見つめたが、見なかった事にした。


「さあ、頼むぞ」


 俺は目を閉じて、意識を集中する。


 身体を浮かせて、空を飛ぶイメージだ。



 すると俺の尻がピンク色に光り、尻からピンク色の、光の翼が生えて、広がった。



「おお!」

「尻から羽が生えたぞ!」

「なんてまぶしい光だ!」



 ずっと静かだった周りが騒ぎ始めた。


 俺は翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。



「なんという神々しい光じゃ」

「先代国王!?」


「まさに神の尻……素晴らしい、素晴らしい尻じゃ! あれこそはそう! 天使のケツじゃ!」


「おおー!!」



《天使のケツ:羽が生えて、空を飛ぶ事が出来る。》


 俺の前に突然文字が現れる。


 おいちょっと待て。

 ケツってなんだよケツって。


 なんで今回に限ってケツなんだよ!?

 今までの流れからしたら、桃尻翼(ももしりよく)とかそういう名前になるはずだろう?


 誰だよこんな名前にしたのは!?


 俺は心の中で神様に文句を言いながら、空へと舞い上がる。



 空に上がると、海上の幽霊船が消滅するのが見えた。

 どうやらエリシリアが幽霊船とガイコツ達を倒したらしい。


 さらに城の方を見る。


 ユミーリアと男勇者が戦っていた。

 残りのデスマギュウは2匹。二人ともなんとか無事みたいだった。


 コルットは街を駆けまわっている。

 こちらも敵は現れていない様で、元気そうだった。


 俺はまず、ユミーリア達の援護に向かおうとした。



「ついに空をも飛ぶか、尻魔道士よ」



 その時、声が聞こえた。

 すでに聞きなれた低い声。


 俺の前に、空飛ぶモンスターに乗ったオウガが現れる。


「オウガ……いい加減、お前もしつこいな」

「貴様の方こそ、どれだけ我らの邪魔をすれば気が済むのだ」


 俺とオウガがにらみあう。


「ここで貴様を倒したいところだが、このままでは勝負になるまい。俺も、覚悟を決めるか」


 オウガはそう言うと、空飛ぶモンスターに手をそえた。


「むん!」


 オウガの身体から黒い闘気が噴き出す。


 黒い闘気にモンスターは飲まれ、そのままオウガに吸収された。


「ぐ! おおおおお!」


 オウガが苦しみ始める。


 やがてモンスターを吸収しつくすと、オウガの背中から黒い翼が生えた。


 尻から翼が出ている身としては、普通に背中から生えてカッコイイのがちょっとうらやましい。


「はぁ、はぁ、やはりモンスターを吸収するのは簡単な事ではないな。これほどの苦痛をともなうとは……あそこまで多くのモンスターを吸収したあのフィリスという女はバケモノか?」


 オウガは肩で息をしていた。

 それほど、モンスターを吸収するという事は苦痛をともなうようだ。


「どうしてそこまでするんだ?」

「知れたこと。お前を殺すためだ。今のお前を殺すには、これでもまだ足りんくらいだからな」


 オウガがこちらを指差して笑う。


 俺もこうして空を飛ぶのは初めてだ。

 お互い、慣れない空中戦になりそうだった。


「ではいくぞ……む?」


 オウガが突然後ろを向いた。


 俺もその方向を見る。


 そこには……何か大勢の動くものが、この国にせまってきていた。


「あれは、まさか!」

「そうだ。この国を滅ぼす為にやってきた、帝国軍だ」


 まだだいぶ距離があるが、帝国軍がせまってきていた。

 かなりの数の軍隊みたいだった。


「貴様がこの国に来るという情報が入って、ダークレディーズが張り切っていたぞ? 今度こそあのピンクの尻男を殺すとな。それであの大軍だ。その数は5000以上と聞いている」


 なんと、ダークレディーズもきているようだった。

 さらに兵士の数が約5000だと? 俺に何の恨みがあるっていうんだよ?


 あきらかに、この国で集まった戦える者の数より多かった。

 どうやら兵力では帝国が上の様だった。


 敵の部隊は2つにわかれていた。


 先行する部隊は少数。

 後ろに大部隊とわかれている。


 少数の先行部隊はそろそろ国に到着しそうだった。


「くそ!」


 俺は援護に向かおうとする。


 だが、そんな俺の前にオウガが立ちはだかり、さえぎった。


「行かせはせんぞ? 貴様らはここで滅びるのだ」


 オウガが俺の前で翼を広げる。



 だが、その時俺の目に映ったのは、先行部隊に立ち向かっていく、ヒゲのおっさん達の姿だった。



 ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!


 おっさん達が掛け声をあげながら、先行部隊に近づいていく。


 目をこらして見ると、先行部隊にダークレディーズが居た。


 無理だ! ダークレディーズはロイヤルナイツと互角に戦える程の強さを持つ戦士達だ。

 おっさん達が勝てる相手じゃない。


 あせって助けに行こうとするが、オウガが邪魔をしてくる。


「くそ! どけよ!」

「どうやらその翼にはまだ慣れていないようだな? ここは通さんぞ?」


 俺はオウガの横をすり抜けようとするが、オウガの蹴りが俺を襲った。


「くっ!」


 俺は蹴りをなんとかかわす。


 そして拳を放つが、オウガによけられてしまう。


 俺達は慣れない翼を羽ばたかせ、国の上空を移動しながら距離を取り合う。



 そんな中、ユミーリアがまた1匹、デスマギュウを倒したのが目の端に映った。


「あと1匹!」


 ユミーリアはフィリスの攻撃をかわしながらも、デスマギュウを倒していた。


 一方、男勇者はゼノスに終始おされていた。


「はぁ! はぁ!」

「弱いね。弱すぎるよユウ。勇者がこれじゃあ、世界は邪神のモノになってしまうだろうね」


 男勇者はこれまで、本来のイベントをこなしてこなかった。

 男勇者が本来のストーリー通りにこなしたのは、最初のゴブリンキングだけだったのだ。


 そのせいか、レベルが圧倒的に足りていなかった。


「ガッカリだよユウ、それじゃあ殺しがいがないじゃないか」


 ゼノスがそう言って、剣を振り上げる。


「そうだ! さすがの君も、妹がピンチになったら力が目覚めるかな?」


 ゼノスが自分の思いつきに対してよろこび、うれしそうな顔でユミーリアを見る。


 ユミーリアはフィリスの攻撃をかわしながら残り1匹のデスマギュウを狙っている為、ゼノスの狙いに気づいていない。


「やめろ! ゼノス!」

「後悔するんだ、ユウ。そして僕を恨め。僕だけを見るんだ。ああ、想像するだけで素晴らしい。僕の為に死んでくれ、ユミーリア」


 ゼノスが剣を振り下ろし、放たれた黒い闘気がユミーリアを襲う。


「え?」


 ユミーリアがそれに気づくが、遅い。

 すでにかわせる距離ではなかった。


 闘気がユミーリアに激突する。


 ユミーリアは思わず、目を閉じる。



 だが、ユミーリアを闘気が、衝撃が襲う事はなかった。


 無傷だったユミーリアはゆっくりと、目を開く。


 するとそこには……ピンク色の光がただよっていた。


「くっ! どこまで邪魔をするんだ、あの男は!?」


 ゼノスが怒りをあらわにして、光が飛んできた方向……空を見上げる。


 対するユミーリアは、空を見上げる事はなかった。


 ピンク色の光に手でそっと触れて、目を閉じて、それを大事に胸に抱える。


「このピンク色の光……わかるよリクト。リクトが助けてくれたんだね」


 ユミーリアはゆっくりと、目を開く。


「ありがとうリクト、大好き!」


 ユミーリアの瞳に迷いはなく、まっすぐに敵を射抜いていた。




「おろかな、戦いの最中に背を向けるとは」


 俺はオウガの闘気を受けて、ダメージを負っていた。


「い、いってえな!」


 ユミーリアがピンチっぽかったので、ついオウガの事を放って、桃尻波(ももしりは)をゼノスの攻撃に向かって撃ってしまった。


 おかげで、その隙に攻撃されてしまった。


 だがこれくらい、ユミーリアが無事なら安いもんだ。


「ゴッドヒール!」


 俺はすぐさま回復魔法を唱える。


 俺の回復魔法を見て、オウガがニヤリと笑う。


「なるほど、そういえば貴様の得意技は本来、回復魔法だったな」


 その通り。俺の十八番はこの回復魔法だ。

 死ななければ大丈夫。


 とはいえ、このままオウガとずっと戦っていては、帝国軍におっさん達が殺されてしまう。


 こちらの軍は1000も居ない気がする。対する向こうの軍は5000以上だ。


 なんとか援護に向かわないといけない。



 そう思っていた。


 だが、戦況は俺の予想とは違う方向へ向かった。


 ダークレディーズ率いる先行部隊が、なぜかUターンして帰っていく。


「むっ!? いったい何が起こったというのだ!?」


 オウガがその異常事態に困惑する。


 オウガは翼を羽ばたかせ、ダークレディーズの元へ向かう。


「なっ! ま、待て!」


 俺はそれを追いかける。


 近づくにつれ、状況が見えてきた。


 ダークレディーズの先行部隊は、女性のみで構成されていた。


 そしてそのダークレディーズを含む女性達は……帰還しているのではなく、おっさん達から逃げていた。



 ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!


「いやああ! 気持ち悪いいい!」


 女性達がふんどし一丁や、まわしのみでせまってくる男達から、涙目で逃げいたのだ。


 ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!


 確かに、大量の汗をかきながらせまってくるおっさん達は気持ち悪かった。

 なんか蒸発した汗で上空に変な雲が出来ている。



「ええい! これだから女は!」


 オウガが援護する為、先行部隊に向かって飛んでいく。


 俺はそれを追わず、ひとつの策を考えていた。


 こちらの人数は数少ない。

 それに対して向こうの兵士は5000以上。


 どう見ても圧倒的に不利だった。


 だが、俺にはそれをくつがえす手段がある。


 俺はオウガとは違い、ヒゲのおっさんの元へと飛んだ。



「おっさん!」

「む? シリトか! どうした?」


 俺はおっさんの元に降り立つ。


「すぐに国まで撤退してくれ。後は俺がなんとかする」

「なんとかってお前、大丈夫なのか?」


 俺は黙ってうなずいた。


 それを見たおっさんは、すぐさま大声で叫んだ。


「お前ら! 一度引くぞ! シリトが何かやらかすらしい! 全軍、撤退だ!」


 おっさんの言葉を聞いて、この国の王様が、指揮をしている人間がそれぞれ撤退の指示を出す。


「任せたぞ、シリト!」

「ああ!」


 おっさん達は帰っていき、俺はひとり、その場に残る。


 相手は……オウガの説得に応じたのか、再びこちらに向かってきていた。


 いつの間にか後ろの大部隊も追いついてきている。



 俺は静かに息を整える。


 あの時、洞窟の奥で聞いた言葉。



 -あとそうじゃ、お主のあの桃尻メテオ? アレは死んでから一度しか使えんからな。ストック出来る訳でもないから過信するでないぞ-



 それは洞窟の中で、神様のひとりである、ヒリル様から聞いた言葉。


 あの言葉が正しければ、今の俺は使えるはずだ。

 桃尻メテオを!



「天使のケツ!」



 再び尻からピンク色の光の翼を出して、飛翔する。……この名前嫌だなぁ。


 俺は空に舞い上がり、上空から、敵の大部隊を見つめる。


 そんな俺を視認したオウガが、再びこちらにせまってくる。


 俺は両手を上にあげ、尻に力を集中する。


「いくぞ……桃尻メテオ!!」


 桃尻メテオでまとめて全部吹き飛ばす。それが俺の作戦だった。


 俺の尻が激しくピンク色に輝き、尻から出た光は、空へと舞い上がっていく。


 やがてその光は膨張し、東京ドーム1個分の大きさになる。


「おのれ! またその技か!?」


 オウガがこちらにせまってくるが、もう遅い。


「一気に吹き飛んでしまえ!!」


 俺は両手を、オウガとその後ろにいる大部隊に向かって振り下ろす。


 すると巨大なお尻の形をしたピンク色の闘気が、大部隊に向かって落ちていく。


「ぐうう! させるかあああ!」


 オウガが桃尻メテオを受け止める。


 しかし勢いにおされていき、やがて桃尻メテオは、大部隊を直撃した。



「く、くそお! こんな、こんな! ぐああああああ!!」



 オウガの悲鳴と共に、激しい爆発が巻き起こる。


 俺も爆風で、大きく吹き飛ばされた。


「うおおお!? 前回よりなんかすげえ!?」


 桃尻メテオの破壊力が、前回よりも激しくなっていた。


 俺は吹き飛ばされながらも、なんとか翼で姿勢を保つ。



 やがてそこには巨大なクレーターが出来ており、大部隊のほとんどが消滅していた。



「は、はは……やった、やったぞ!」


 さすがに大ダメージを受けたからか、帝国軍は撤退していった。


 なんとか、最大の懸念だった帝国軍は倒した。

 おまけにオウガも、桃尻メテオに巻き込まれては、無事では済まないだろう。


 俺はその場にへたり込む。


 桃尻メテオを撃った反動か、かなりの疲労感が襲ってきた。



 だが、まだあとひとつ、残っている。

 ユミーリアの方だ。


 オウガはどうなったか知らないが、デスマギュウと、フィリスとゼノスがまだ残っている。


 俺はなんとか身体を起こし、再び尻から翼を出す。


 空へと舞い上がり、ユミーリアの元へ向かった。



 ユミーリア達の居る城の前にたどり着くとそこでは……男勇者が倒れていた。


 ゼノスはユミーリアにやられたのか、男勇者と同じ様に倒れていた。


 そしてフィリスは……胸から出した触手で、最後の残った1匹のデスマギュウを吸収していた。


 デスマギュウを吸収したフィリスにの額からは、大きな角が生えてきた。


「ああああああ! アハハハハ! アガガガガ」


 フィリスの身体から無数の触手と翼と、角が生えてきていた。


「ユミーリア、見て? ワタシ、スゴイデショウ?」



 その姿は、完全にモンスターだった。


 ユミーリアはそんなフィリスの姿を、悲しそうな瞳で見つめていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る