第78話 融合戦士、リルット

 土煙が立ち上る中、俺とコルットはお互いを見つめあっていた。


 俺の尻がピンク色に光り、辺りを照らす。


 俺はコルットに対して、融合する為に、合体しようと提案した。


「へ、ヘンタイ……」


 そんな俺達を見ているひとりの少女が、声をあげた。


「ぴ、ピンク色にお尻を光らせて、そ、そんな小さな女の子に合体したいだなんて、何考えてるのよこのヘンタイ!」


 少女は顔を真っ赤にして、キツネ耳を立ててさわいでいる。


 彼女はネギッツ。

 ストレートファイターに出てくるムエタイ使いのキツネ耳男、ゴンの娘だ。

 ゲームには出てこなかった、俺の知らないキャラである。


「おかしいと思っていたのよ! 水着の上にそんなピンク色のコートを着て歩きまわっているなんて! やっぱりヘンタイだったのね!」


 なんだか言われたい放題だった。

 どうも先ほどまでと雰囲気が違う気がする。


 相当、うろたえている。


 これはあれか、なんだかんだで思春期の少女だから、セクハラ系に弱いのか?


 俺は試しにコートの前を閉じて、少女に向き合う。


「な、なによ?」


 そしてコートの前を、バッと開いた。


「いやあああ! ヘンタイ! ヘンタイよ! あああ、あなた! 早くその男から離れなさい! いやらしい事されちゃうわよ!」


 うむ、やはりセクハラ攻撃に弱いみたいだった。


 そして俺は何をしているんだ?


 さすがに今のは酷い。ちょっと反省しよう。


「おにーちゃん、わたしにいやらしい事するの?」


 コルットがこちらを見上げてくる。


「しないしない。俺とコルットが合体すれば、強くなれるってだけだ」

「じゃあ! わたし合体する!」


 俺とコルットが手を取り合う。


 すると俺の尻の光がさらに強くなる。



《覚醒融合》



 その文字が浮かび上がり、俺とコルットの頭の中に、言葉が浮かんでくる。


「いくぞコルット!」

「うん!」


 俺達はそれぞれ、融合の為のキーワードを叫ぶ。



「合(ごう)!」

「結(けつ)!」



 俺の尻が光り輝き、俺とコルットは、ひとつになる。


「な、なんなの!?」


 ネギッツがあまりのまぶしさに、顔の前で手を交差させる。



 光がおさまると、そこにはひとりの女性が立っていた。


「こ、これは」


 俺は自分の姿を見る。


 ランラン丸と融合した時とは違い、今回は基本ベースはコルットの姿だった。


 コルットの身長と髪が伸びて……大人の女性になっている。


「わあ! わたし、大人になってる!」


 俺とコルットの声が重なって聞こえる。

 ランラン丸の時と同じ様に、どちらも話す事が出来るみたいだが、声は同時再生だった。


 コルットは最初、自分が大人の姿になっている事に気づき、よろこんでいた。


 だが、すぐに静かになった。


「どうした? コルット」


 あきらかにコルットは意気消沈していた。


「おにーちゃん」


 コルットが、自分の胸に手を置いた。


「大人になったのに、おっぱいおっきくなってない」


 ああそうか、そういう事か。


「コルット、全ての大人の女性が、おっぱいが大きくなるわけじゃないんだ」


 俺の言葉を聞いてコルットがショックを受けた。


「じゃあ、わたしはおっぱい大きくならないの!?」


 コルットが涙目になる。


「いや、そうじゃない。これはあくまで俺と融合した姿だ。将来のコルットの姿じゃない。だからきっと、大丈夫だ」


 俺は根拠の無い説得をした。


 だが、そんな俺の言葉でも、コルットはホッとしたようだった。


「あーよかった。おっぱいが大きくならなかったらどうしようかと思った」


 別にいいと思うんだけどな。

 大きくても小さくてもおっぱいというものは素晴らしいものだ。



「さっきからおっぱいおっぱいって、何なのよあんた!? というか、あのちっさい子とヘンタイピンク男はどこにいったのよ!?」


 ネギッツがキツネ耳を立てて、怒っていた。


 うん、コルットのおっぱい発言ですっかり忘れていた。


 俺達はネギッツに対して、向き合った。


「な、なによ?」


「今のこの姿は、リクトとコルットの融合した姿だ。リルットって所かな?」


 俺はそう言って、自分を指差した。


 ネギッツがしばらく俺達を見つめ、そして……大きく口を開けた。


「な……合体って、そういう事!? 何よそれ! 反則じゃない!」


 何が反則なのかわからないがこれでもう、負ける気はしない。


 俺達は気合いを入れ、全身から闘気を放つ。


「ヒッ!? 嘘でしょ? 何よその力……」


 ネギッツが俺達の闘気を見て、怯えていた。


「家族を大事にしない人には、お仕置きです!」


 俺達はネギッツを指差す。


 次の瞬間、俺達の姿が消える。


「え?」


 ネギッツが間の抜けた声を出す。


 俺達は素早くネギッツの背後に移動し、ネギッツを思いっきり蹴り飛ばした。


「きゃあ!」


 ネギッツが吹き飛び、近くの民家に激突する。


 土煙があがり、中からヨロヨロとネギッツが出てくる。


「み、見えなかった……なんてスピードよ! それに、たった一発でこんなにダメージを受けるなんて」


 俺達は起き上がったネギッツの姿を確認すると、再度素早くネギッツの後ろにまわる。


「えっ? ど、どこ? どこに消えたの?」


 俺達は後ろからネギッツを持ち上げ、そして……


「なっ!?」


 思いっきり、お尻を叩いた。



 ピシャーーーーンと、大きな音が鳴った。



「いったーい! 何するのよ!?」


 ネギッツが涙目になっている。


「めっ!」


 再度思いっきり、お尻を叩く。


 なるほど、コルットはいつもこうやってお母さんに怒られていたんだな。


「や、やめて! もうやめて! 謝るから! もうやめてえええ!」


 何度か めっ! と言いながらお尻を叩いていると、早くもネギッツがギブアップした。


 俺達はネギッツをはなす。


 ネギッツは素早く俺達から距離を取り、そしてペタリと座って……大泣きした。


「ふえええん! もうやだあああ! なんなのよおおお!」


 ちょっとやりすぎたみたいだった。


 なんだかんだでこの子、コルットより少し年上なだけで、まだまだ子供だもんな。


 俺があきれていると、コルットとの融合が解除された。


 コルットはトテトテと歩いていき、ネギッツの頭を撫でた。


「よしよし」

「ふええ、なによー! あっちいってよー!」


 ケモ耳少女同士の、あたたかいふれあいだった。

 俺はなんだかほっこりした。



「ぐっ」


 俺のそばでうめき声が聞こえた。


 なんと、ネギッツに胸を貫かれたゴンだった。

 まだ生きていたのか。


「ゴッドヒール!」


 俺は回復魔法を唱える。


 こいつは俺達の敵っぽかったが、どうもあのネギッツって子を見ていると、ここで死なせてはいけない気がした。


「ぐう! な、なぜ敵である俺を助ける?」


 ゴンが意識を取り戻したようだった。


「あんたが死ねば、あの子が修羅に落ちる気がしてさ」


 子供が親を殺すなんて、あっていい事じゃない。防げるものなら防ぎたい、それだけだった。


「……甘いな、さすがはリュウガの弟子だ。甘すぎる。だが……一応感謝はしておこう」


 傷が癒えたゴンは立ち上がり、ネギッツの元へ向かった。


 一方ネギッツは、急に復活した父親に驚いていた。


「お、お父様!?」

「よくもやってくれたなネギッツ。格闘家にとって親とは超えるものだが、さすがに殺されかけてはパパも黙っちゃいないぞ」


 ぱ、パパって……そのコワモテ顔でそれはないわぁ。


「な、なによ! お父様が弱いのが悪いのよ! 私はこれからも邪神の力を吸収して、どんどん強くなってやるんだから!」


 ネギッツは立ち上がり、飛び上がって近くの屋根の上にのぼった。


「ま、待て! ネギッツ!」

「いやよ! 見てなさい! お父様も、そこのピンクのヘンタイも! 必ず私が殺してやるんだから!」


 ネギッツは父親の制止も聞かず、立ち去ろうとする。


 だが、ふと立ち止まって、コルットを見る。


「あなた、名前は?」

「ん? コルット!」


 コルットが元気よく答えた。


「そう、コルット……あなたもいつか、私が殺すわ。だからもっと強くなりなさい。それと! 今度はそこのヘンタイピンクと合体するのは禁止よ! あんなのズルなんだから! いいわね!」


 ネギッツは一方的に叫んで、去っていった。


「ま、待てネギッツ! どこへ行こうというのだ! 待て!」


 ゴンがネギッツを追いかけていった。



 嵐の様な親子だった。


 俺はなんだか急に力が抜けて、その場に座り込んだ。


 そんな俺のそばに、コルットがやってくる。


「おつかれさま、おにーちゃん」


 そう言って俺の頭を撫でてくれる。


 これは昨日、ユミーリアがやってくれた事だ。ちゃんと見てるんだな。


「ありがとうコルット。よし! なんだか元気が出てきたぞ!」


 俺は勢いよく立ち上がった。


 そして現状を確認する。



 オウガが言っていた街の中にひそむ協力者は、おそらくさっきの二人の事だろう。


 だが、他にも何人かいるかもしれない……きりが無いな。

 

 せめてオウガがモンスターに乗って空を飛んだ様に、俺にも空から街を見渡す方法があればいいんだが……



 そんな風に考えていると、突然俺の尻が光った。


「わ! またおにーちゃんのお尻が光った!」


 コルットがよろこんでいた。


 俺はというと、突然光った事にも驚いたが、何より驚いたのは……



 -力が、欲しいですか?-



 神様の声が聞こえてきた事だった。


「な、なんだよ? いきなりなんなんだ?」


 俺は混乱していた。

 今までこんな事はなかった。


 むしろこの声を聞くと、死んでしまったのかと思ってしまうほどだ。


 だが、今回俺はまだ生きている。



 -あなたに空を飛ぶ力を授けましょう。ですが、それには試練を乗り越えなければいけません。どうしますか?-



 再び神様の声が聞こえてくる。


 なんだかよくわからないが試練を乗り越えれば空を飛ぶ力をくれるらしい。


 俺は頭を振って気持ちを切り替える。


「ああ欲しい。どうすればいい?」


 俺はなんとなく、空に向かって話しかける。



 -私の力をある人物にたくします。その人物は、私があなたの前で、姿を借りた事がある人物です-


 神様が俺の前で姿を借りた人物……とすると、男勇者か?


 -その人物に……お尻を撫でてもらってください。その人物を通じて私とこの世界をリンクさせ、あなたのお尻に力を注ぎ込みます-


 おいちょっと待て。それは何か?

 男勇者に尻を撫でてくれって頼むのか?


 -ああそうそう、もちろん、生でですよ? ちゃんと感触はリンクさせますから、不正は出来ません-


 ははは、このクソ神様め。

 男勇者相手に尻を出して、生で撫でてくれと頼めと?



 できるわけないだろおおおがあああ!



 -それとも、せっかくここまでうまくいっているのに、また死んでこっちにきますか?-


 俺は神様の言葉にピタリと止まる。


 ……それは、確かにごめんだ。

 今回は死ななくても、うまくいっている。


 出来ればこのままクリアしたい。


 だが、その為に、男勇者に尻を撫でられろと? 尻を出して? 生で?


 正直かんべんしてほしい。


 だが、ここで空を飛べる様になれば、死なずにうまくいくかもしれないのだ。



「……ああもう! わかったよ! やればいいんだろやれば!」


 俺は悩んだ末、神様の提案を受ける事にした。


 -よろしい。それではその人物とリンクを行います。あなたはその人物の元へ向かってください-


「ああわかったよ、ちくしょう」


 俺は早くも後悔していた。


 だが、やると決めた以上は仕方ない。


 -ああ、そうそう。その人物の名前を言うのを忘れていましたね-


 なにをいまさら。

 どうせ男勇者だろう?


 ……いや待て。まさか、ラブ姉か?

 確か一度ラブ姉の姿になった事があるな。


 それならまだまあ……いや、女性の前で尻を出して、しかも生で撫でてくれって頼めと?

 しかもギルドの中で、みんなの前で?


 社会的に死ぬわ!


 -ヒゲゴロウです-



 ……え?



 俺の耳がおかしくなったのか、予想と違う人物の名前が聞こえた気がした。


「すまん、もう一度言ってくれ」



 -私が力をたくし、リンクさせる相手の名前は、ヒゲゴロウです。ヒゲゴロウの元へ向かい、生でお尻を撫でてもらう様に、頼んで下さい-



 俺は目の前が真っ暗になった。


 そういえば、ヒゲのおっさんにもなった事があったな。このクソ神様。


 俺はガクリと膝をつく。


「お、おにーちゃん? どうしたの?」


 コルットが驚いていた。


 ああこれ、一回死んだ方がマシだわ。


 -はい、セット完了です。これで死んでこちらにきても、私が力を授ける事は出来なくなりましたので、必ずヒゲゴロウから力をもらって下さいね-


 なぜかそれすら封じてきた。

 これもうただの嫌がらせだろう?


 -力を得る為に、試練は必要不可欠なのです。簡単にチート能力がもらえるなんて思わないように。さあいきなさい! 素晴らしき尻魔道士よ!-


 そう言い残して、神様の気配は消えていった。

 俺の尻の光も、消えた。


 そして俺の瞳の輝きも、消えた。


「……コルット、俺はこれから大きな試練を乗り越えなければいけないんだ。また街をまわって、困っている人がいたら助けてやってくれ」


 俺はゆらりと立ち上がって、フラフラと歩き出す。


「おにーちゃん、大丈夫?」


 コルットが心配そうな声をあげる。


 ……イカンな。コルットの前で弱気になるなんて。


 コルットの前だけではせめて、カッコイイ大人でありたい。


 俺は姿勢をただし、コルットに振り返る。


「大丈夫だコルット、俺は、大丈夫! だからコルットも、気をつけるんだぞ。何かあれば大声で呼んでくれ」


 俺はそう言って、親指を立てた。


「おにーちゃん……わかった、気をつけてね!」


 コルットの声援を受け、俺は国の出入り口に向かって走り出す。


 おっさんは今頃、そこで帝国軍を抑えているはずだ。


 俺は走る。

 この先は、地獄だ。

 だがそれでも、走る。



 国の出入り口にたどり着くと、そこにはふんどし一丁の男達がそろっていた。

 なぜかここだけ蒸し暑い。


「おっさん! 居るか!?」


 俺が声をあげると、みんなの視線が集中した。


 少しして、ヒゲのおっさんが奥から出てきた。


「どうしたシリト? 何かあったのか?」


 俺はヒゲのおっさんを見つめる。


 ふんどし一丁のおっさんは、とてもむさ苦しくて気持ち悪い。


 これからこのおっさんに、尻を撫でられなければいけないのか? しかも生で?


 身体中から汗が吹き出てくる。


 言わなければいけない言葉も、出てこない。


「どうしたシリト? なにを黙っている?」


 早く、早く言わなければ。

 どんどん人が集まってきてしまう。


 だが、本当に必要なのか?

 空を飛ぶ事が?


 俺は心が折れかかっていた。


 いいじゃないか、別にそんな能力無くても。

 きっとなんとかなる。

 死んでやり直せばいいじゃないか。


 ここでわざわざ、ヒゲのおっさんに尻を撫でられるなんて事しなくても、死ねば……



 その時、遠くで爆音が鳴った。


 俺はその音に反応して、振り返る。


 あっちは……城の方か?


 見ると城の方から煙があがっている。


 あそこには、ユミーリアが居る。


 まさかユミーリアに何かあったのか!?


 ユミーリアがどうなっているのか、エリシリアがどうしているのか、街の中に残したコルットは無事なのか?


 知らなきゃならない。

 最善の手で、守らなきゃならない。


 その為には、空から見る事が一番だ。空を飛ぶ能力が、今回も、そして今後も、必要だ。


 俺が、みんなを守るんだ。

 だから……俺には力が必要なんだ。


 俺は、決意を固めた。


「おっさん!」

「あん?」


 俺は絶壁のコートをめくり、海パンをずらして、尻を出した。



「俺の尻を撫でてくれ!」




 瞬間、時が止まった。



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