第97話 空の島の死に戻り

 今回は、今までで一番酷い最後だった。


 突然島が落ちた? と思ったら爆発が起きて吹き飛ばされて、目を開けたら世界が崩壊していた。


 俺は思わず頭を抱える。


 今回俺が解決しなければいけないと思われる事は主に3つ。


 島が落ちた原因。

 謎の爆発。

 世界の崩壊。


 どれもムリゲーにも程があるものだった。


 大体なんだよ、最後の世界崩壊って。


 俺は最後に見た光景を思い出す。


 見える範囲の、至る所で爆発や崩壊が起きていた。

 まるでこの世の終わりみたいな光景だった。


 あれは、何が起きていたのだろう。

 何かに攻撃されていた?


 わからない、それらしきモンスターや人物は見えなかった。


 そもそも吹き飛ばされて見たあの光景は、場所はどこだったんだ? それすらわからない。


 謎の爆発はなんだったんだ?


 そもそもなんで島が落ちた?


 何もかもわからない状態だった。


「なあ、神様」

「なんでしょうか?」


 神様は毎度おなじみ、男勇者であるユウの姿でニッコリと笑った。


「ヒントぷりーず」

「却下です」


 ちくしょう、やっぱりか。


「いいじゃねーかよー。今回のこれ、いくらなんでもメチャクチャすぎるだろう?」


「何言ってるんですか、生き返ってやり直せるだけでも良かったと思ってください。普通ならあれで、人生終了なんですからね?」


 そう言われるとなんとも言えない。


 確かに、普通なら何もわからないまま、死んで終わっているのだ。


 そう考えると、何度でもやり直せる俺は恵まれているのだろう。


「わかったよ、とりあえず生き返って、まずは何が起きているのか把握する所から始めるしかないか」


「そうですねえ。あなたがどうやってこの危機を乗り越えるのか、じっくり見させてもらいますよ」


 神様がニコニコと笑っている。

 完全に人事だ。

 まあ、人事なんだろうけどさ。


「さて! それはそれとして……恒例の、お楽しみタイムですよ」


 神様がひときわうれしそうな顔で笑う。


「楽しいのはアンタだけだろうが!」


 俺は死ぬと、この空間に飛ばされて、生き返る為に3分間、神様に尻を撫でられなければいけない。


 神様は俺の身体の動きを止めて、ゆっくりじっくりと尻を撫で始める。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「ええい気持ち悪い! そのはぁはぁ言うのをやめろ!」

「それはムリです……おや? ちょっと大きくなりました? えいっ!」


 神様がひときわ強く尻を揉む。


「ふおっ! な、何するんだよ!」

「ふふふ、まったく、このワガママピーチは、まだまだ成長するだなんて、ほんとにもう、魔性のお尻ですねー」


 成長ってなんだよ、知るかっての!

 頼むから黙って早く終わらせてくれ。


 俺の願いもむなしく、その後3分間、神様は俺の尻について解説しながら尻を撫で続けた。


 自分の尻の評価なんて、知りたくなかった。


「ふう、堪能しましたー」


 神様が極上の笑顔を見せる。


 俺はもう、早くこの場から去りたかった。



「それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度、機会を与えよう!」


 俺の目の前が光り輝き、真っ白になった。




 気付くと何か、良い匂いがした。


 これは……マキか。


 俺は身体を起こす。


「おや、起こしてしまいましたか?」


 マキが俺の上に乗って引っ付いていた。


「そうか、この時間から始まるのか」


 外はまだ真っ暗だった。


 恐らく日付が変わってから一番最初に目覚めた時間なのだろう。


「マキ、ナイスだ。この時間にきてくれてありがとう」

「はい?」


 マキは何がなんだかわからないといった顔だった。


 島が落ちるのがいつなのかはわからないが、確か外は明るかったはずだ。

 朝になるまでには、まだまだ時間はある。


 とはいえ俺はこれから、島が落ちる原因、爆発する原因、世界が崩壊する原因を探らなければならない。


 そう考えると、時間は全然足りないのかもしれない。


「マキ、緊急事態だ、この島が落ちるかもしれない。長老とアーナを起こしてきてくれないか?」


 俺の真剣な表情に、マキも気を引き締める。


「わかりました。どうやら冗談ではないようですね。お任せ下さいリクト様」


 マキはそう言うと、すぐに部屋を出て行った。


 俺もサクッと支度する。


「リクト殿、これは……マジでござるか」


「ランラン丸、お前も前回の記憶がよみがえったのか?」


 ランラン丸は唯一、俺の死に戻り前の記憶を共有できる能力を持っている。


 いつもはタイムラグがあるんだが、今回は比較的早めに共有されたみたいだ。


「島が落ちて、爆発でござるか? その後はなんだかそこら中が爆発して、落ちて死ぬ……なんでござるかこれ」


 それは俺の方が聞きたい。


「ランラン丸、俺達はこれから、島が落ちる原因、爆発の原因、世界が崩壊する原因を調べて、それを阻止しないといけないんだけど、どうしたらいいと思う?」


 俺の問いに、ランラン丸はため息をついた。


「相当キツイでござるな。まだ滑って転んで死んだ、の方が良かったでござるよ」


 俺は前回の氷の島での事を思い出す。

 今思えば、氷で滑って転んで死ぬってのはやさしいもんだった。


「ほんとにな……まずは島が落ちる原因を探るしかないだろう。それには長老や、無駄に知識の多そうなアーナに頼るしかない」


「そうでござるな。何せ時間が無いでござる。朝までには調べて原因を取り除く。いやはや何とも困難な道でござるな」


 俺とランラン丸はお互い苦笑して、部屋を出た。



「リクト様、こちらです」


 部屋を出ると、マキが案内してくれた。


「まったく、何時じゃと思っておるんじゃ」


 眠そうなアーナと合流する。


 そして俺達は、長老の家に向かった。


 マキが長老の家のドアをノックすると、中に招かれた。


「緊急事態と聞いたのじゃが、いったいどうしましたかな、リクト殿」


 長老が奥の椅子に座り、俺達はテーブルをはさんでそれぞれ手前の椅子に座る。


「時間が無いのでわかっている事だけ言います。朝になったら、この島が落ちます」


 俺の言葉に、長老が目を見開いた。


「どういう事ですかな?」

「詳しい事はわかりません。俺には未来が断片的に見える力があるんです」


 俺は朝になったら島が落ちる事、謎の大爆発が起きる事、世界が爆発し、崩壊する事を話した。


「神の尻を持つお方の言葉でなければ、何を馬鹿なと一笑する所ですが……」


 長老は真剣に受け止めてくれたみたいだ。


「何か、心当たりはありませんか? せめてこの島が落ちる原因とか」


「ふうむ……もう少し、詳しい状況はわかりませんかな?」


 詳しい状況か。


 俺も正直、突然の事で混乱してたからな。


「確か、朝方プリカイザーが島が落ちてるって起こしにきて、それで外を見たら、右に傾いてて」


「右、ですか。リクト殿の部屋の窓から見て右に傾いていたと?」


 長老が俺の言葉を聞いて、アゴに手をあてて考える。


「すると南側に傾いて落ちていったわけですな? 南側……もしや南側の超飛変石(ちょうひへんせき)に何かあったのでは!」


 ちょうひへんせき? なんだそれは?


「わしが解説しよう! 超飛変石。お主が見つけてきた飛変石の、さらに強力なやつじゃな。普通の飛変石とは違い大きな結晶となっており周囲を浮かせる事が出来るのじゃ。確かこの島は、東西南北それぞれにひとつずつ超飛変石があり、その力で空を飛んでいるのじゃったな?」


 アーナが解説してくれた。


 そうか、この島が空を飛ぶ秘密はそういうカラクリだったのか。


 で、その超飛変石に何かあったから、島が傾いて落ちた、と。

 思ったより早くひとつ目の謎が解けたな。幸先良いぞ。


「その通りじゃ。まったくお主というヤツは、相変わらず余計な事は覚えておるのじゃのう」


 長老の嫌味を、アーナは笑い飛ばす。


「カッカッカ、そう言うな長老よ。それよりまずは南の超飛変石を確認する事が先決じゃろう。善は急げ、早速向かうとしよう」


 俺達は立ち上がり、南の超飛変石を目指す。



 俺達は村を出て、南の超飛変石があるという、塔を目指して走る。


 平原を抜け、森を抜ける。


 外はまだ暗く、前を走る長老やアーナを見失ったら迷子になりそうだった。

 もっとも、俺の後ろにはマキがついてきている。いざとなったらマキが何とかしてくれるだろう。


 俺達は走り続けた。周囲が真っ暗な事と、慣れない島で、どこをどう走ったのかはわからない。


 だが、しばらくすると大きな塔が見えてきた。


「あれが、超飛変石がある塔か?」

「さよう」


 前を行く長老が答えてくれる。


 塔の前に着き、俺達は周囲を探る。


「特に何もないみたいだな?」


 俺達はそのまま、塔の中に入る。


 中にはらせん状の階段があり、俺達は一番上まで階段をのぼった。


 最上階は大きな広間になっており、中心には大きな結晶があった。


「これが、超飛変石か」


 綺麗な紫色の、俺の身長くらいはある大きな結晶だった。


 台座の上に浮いており、あわい光を放ちながら、ゆっくりとまわっている。


「特に何も異常は無いようですな」


 長老が超飛変石をチェックする。


 今の所、何も無いみたいだ。


「ふむ、リクトよ、確かこの島が落ちるのは朝方の事だったんじゃな?」

「ああそうだ」


 朝方、急に地震が起きて目が覚めたんだよな、確か。


「という事は、この超飛変石に何か起きるのも朝方じゃろう。しばらくはここで待機するしかないのぉ」


 そうか、朝方までまだ時間がある。


 それまではここで超飛変石を見張っているしかないか。


「そうだな、そうしよう」


 とはいえ、問題はこの超飛変石だけではない。


「なあアーナ、この島が落ちる途中で大きな爆発が起きたんだが、それについては何か心当たりはないか?」

「ふむ」


 アーナが腕を組んで考え込む。それよって大きな二つの塊が持ち上げられる。

 すごいボリュームだな、アーナ。ほんと、容姿だけは好みなんだけどなぁ。


「なんとも言えんのぉ。爆発が起きた時、リクトは宿屋におったのじゃな?」

「ああ」


 俺はあの時、宿屋の廊下に出て、オロオロしている内に爆発に巻き込まれて、吹き飛ばされた。


「という事はじゃ、少なくとも爆発は宿屋の近くで起きた事になる。まあ、島全体が大爆発したという事であれば話は別じゃがな」


 宿屋の近くで爆発、か。


「……いや、案外後者の方が当たりかもしれん」


 長老が汗を流しながら答えた。


「今回の事件、敵がこの超飛変石の事を知っていて狙ってきたとなれば、この島の核の事も知っているかもしれん。もしそうであれば、リクト殿の言う大爆発も、説明がつく」


 長老は険しい顔で語っていた。


 島の、核? 何の事だ?


「マズイのぉ。これは思っていた以上にシャレにならん事態じゃぞ? もし敵がこの島の核を狙っているのであれば、ここでこうしている場合ではないぞ」


 長老が立ち去ろうとする。だがそれを、アーナが止める。


「待たんか、どの道この超飛変石を壊されれば、この島は落ちるのじゃろう? ならばここの守りも必要じゃ。それにその核とやらは、今から行って朝までに間に合う場所にあるのか?」


「……」


 長老は動きを止め、黙り込む。


「そうじゃの、おそらくギリギリ間に合わん。最初から核のある場所に行っていれば……」


 なんてこった。長老とアーナの話を聞く限りじゃ、大爆発の原因と思われる核の場所には今から行っても間に合わないらしい。


「祈るしかないのぉ。敵が核の場所に気付いておらず、爆発はあくまで宿屋のそばで何かあっただけじゃと」


 長老が力をなくし、その場に座り込む。


 参ったな。どうやら今回は死亡確定だ。


 ここを守っても、多分その核ってやつが壊されて、大爆発が起きるだろう。それは今からじゃ防げない。


 とりあえず、今回はここで何が起きるのか、そしてその後何が起きるのかをしっかり確認するしかないだろう。



 ……嫌だな、死ぬの。


「リクト殿」


 ランラン丸が俺の気持ちを察してくれる。


「大丈夫だ、今回は一筋縄じゃいかないとは思っていた。覚悟は出来てるさ」


 俺はそう言って、長老と同じ様にその場に座り込む。


 しばらく、沈黙が場を支配した。


「そうだ、そういえばもうひとつあった。この島が大爆発を起こした後、吹き飛ばされて上空で見た、あの世界が崩壊するのは、なんだったんだろう?」


 俺の問いに、しばらく皆が考え込む。


「わからん。世界の崩壊、というのはあいまいすぎるのぉ。もう少し具体的な情報はないのか?」


 長老が力をなくした声で答えてくれた。


「……場所は、突然の事だったんでわからなかった。地面が崩れて、色んな場所で爆発が起きていた」


「ふむ、それだけではなんとも言えんのぉ」


 どうやら、この話はここまでの様だった。



「リクト様、どうやら敵が来たようです」


 マキが俺達にそう告げる。


「外に魔族の気配が現れました。急いで外に出ましょう」


 俺達はマキの言葉を聞いて、塔の外に出る。



「ほう? 先客が居たか」


 塔の外に出ると、魔族が居た。


 ワシの顔をした見た事がない魔族だった。


「リクト! あやつは!」


 アーナが魔族を見て叫ぶ。


「ワシじゃよ!」


 うん、言うと思った。

 俺はアーナを無視する。


「お前は誰だ? 何をしにここにきた」


 俺の問いに、ワシの魔族が手に持ったヤリをこちらに向けて答える。


「我が名はワシオウ。ブタカゼ様のしもべなり。ここにある石を破壊しに来た」


 ブタカゼは六魔将軍のひとりだ。

 なるほど、今回の事件は魔王軍の差し金だったのか。


「魔王軍がなぜここの石を狙う?」

「さあな、詳しい事は聞いていない。俺はただ、ブタカゼ様の命令を実行するのみよ!」


 ワシオウはそう言ってヤリをこちらに突き刺してくる。


「おっと」


 俺はヤリをかわす。


 そしてランラン丸を抜き、敵に斬りかかる。


「ぐうっ!」


 ワシオウはヤリで俺の刀を防ごうとするが、俺の刀はヤリごと、敵の身体を斬り裂いた。


「ぐおおお!」


 ワシオウの身体から血が噴き出す。

 どうやら六魔将軍以外の魔族には、障壁が無いらしい。尻を燃やさなくて済むのはありがたかった。


 俺はさらにランラン丸で敵を斬った。


「が、がふっ!」


 ワシオウはその場に倒れた。


「お、おのれ……まさかこれほどの者が居たとは……」


 俺は倒れたワシオウに近づいた。


「おい、お前に命令を出したブタカゼはどこだ? 他に何か聞いていないか?」


 俺の問いに、ワシカゼは笑って答えた。


「クックック、今さらそれを知ってももう遅いわ。ブタカゼ様は一番大事な場所に行くと仰っておられた。具体的な場所は知らんが、貴様らにとっては手遅れだろう。そして……」


 その時、大きな地震が起きた。


「うおっ!」

「な、なんじゃ!?」


 俺達は思わず体制を崩す。


 地面が傾いていた。


「これは……まさか、西の方か!?」


 長老が地面の傾きの方向、西の方を見て叫ぶ。


「その通り、俺のいる南が失敗したらすぐに兵が知らせる事になっている。その時は西で、その次は北、東とそれぞれ石を破壊する事になっていたのだ。クックック」


 まさかの4段構えだった。


 しかもブタカゼはそれとは別の、この島の核がある場所に居るのだろう。


 5箇所。

 俺達は死守しないといけない。


 そう思っていると、地面が爆発した。


「ぐおおお!」

「リクト様!」


 マキの声が聞こえるが爆発の光で、何も見えない。


 爆発のせいで身体が浮いて、吹き飛ばされる。


「ぐっ!」


 俺は必死に目を凝らす。


 ここからだ、ここから何が起きるのか、ちゃんと確かめないと、死に損になってしまう。


 俺は目を開く。


 大地が見える。


 大地はそこらじゅうで爆発が起きて、地面が崩壊していた。


 よく見ると、地面からマグマが噴き出している。


 そこに、見覚えのある建物が見えた。


 あれは……パッショニアだ。


 そこまで確認したところで、俺の視界はブラックアウトした。




「おお素晴らしき尻魔道士よ、死んでしまうとは なさけない」


 俺はその場に座り込み、神様の言葉を無視して考え込んでいた。


 島の東西南北にある超飛変石を守り、島が落ちるのを防ぐ。

 島のどこかにある核を守り、島の爆発を防ぐ。


 そして、パッショニア付近の崩壊を防ぐ……か。

 いや、見えたのがパッショニア付近だっただけで、どこまで影響があったのかわからない。


 問題は山積みだ。


「無視するなんて、ひどいですねえ。そういう事をする子には、おしおきです!」


 俺は神様の力で強制的に立ち上がらせられる。


「何するんだよ、こっちは考え事してるってのに」

「ふふふ、そう言っていられるのも今のうちですよ」


 神様が近づいてくる。


 そして、なぜか俺の目の前に立つ。


「なんだよ?」


 いつもは後ろから尻を撫でてくる神様が前に立ってニコニコしているのは、正直不気味だった。


「今回は、このまま前から引っ付いて、お尻を撫でてあげましょう」


 神様がせまって来る。



 最大の敵は、この神様かもしれない。


 前からくる男勇者の匂いと、密着してくる身体の固さを感じながら、俺はそう思った。



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