第98話 パッショニア崩壊の真実

 俺は空飛ぶ島、オチルデにある宿屋のベッドで目を覚ます。


 死ぬ前も、死んだ後も、悪夢の様な時間だった。


 だが今は……病んだ精神が癒されていく。


 マキが俺の上に乗り、引っ付いている。


 ああ、これだよ。これでいいんだよ。


 俺はマキの匂いとやわらかさを感じながら、精神を回復させていく。


 しばらく堪能した所で、マキに声をかける。


「マキ、緊急事態だ。みんなを起こしてきてくれ。アーナもだ。みんなで長老の所へ向かう」


 俺の真剣な表情を見て、マキも気を引き締める。


「かしこまりました、お任せ下さい」


 マキはサッと部屋を出て行った。


 俺も手早く身支度を整える。


「リクト殿」


 ランラン丸にも、前回の記憶が引き継がれた様だ。


「大変だぞ、俺達はこれから5箇所にわかれて、超飛変石とこの島の核を死守しないといけない」

「それと、パッショニアの崩壊でござるな。全部で6箇所でござる」


 思わずため息をつく。


「人手が足りないじゃないか」

「困ったでござるなぁ」


 しかもだ、パッショニアの崩壊についてはまだ何もわかっていない。

 そりゃあため息もつきたくなるよ。


「とにかく、まずはみんなに相談だ。もしかしたら良い案が出るかもしれない」

「拙者、リクト殿の苦労が初めてわかった気がするでござるよ」


 俺とランラン丸はお互い苦笑しながら、部屋を出た。



 マキがみんなを起こしてくれたおかげで、俺とランラン丸が宿屋の外に出る頃には、みんな集まっていた。


 エリシリアは完全に起きているが、ユミーリアとアーナは眠そうだ。


 コルットはまだ寝ていて、マキが抱っこしていた。


「リクト、緊急事態と聞いたが何事だ?」


「歩きながら話すよ、まずは長老の所に行こう。」


 俺は長老の家に行く道すがら、みんなに状況を説明した。


 さすがにみんな、驚きを隠せなかった。


「東西南北の超飛変石に、この島の核、そしてパッショニアの崩壊か」


「さすがのわしもビックリじゃ。しかし本来誰も知らぬはずの超飛変石やこの島の核の事を言われては、信じざるをえんのぉ」


 アーナの言う事は長老も同じ意見だったみたいだ。


 長老の家に着いた後、長老に状況を話したらアーナと同じ反応をした。


「では、これから朝になるまでの間に、東西南北4箇所の超飛変石の防衛と、この島の核を守らなければならんという事じゃな。してリクト殿、どう差配するつもりじゃ?」


 そう、それが問題だ。


 ほとんど同時に攻められるから、それぞれ分かれてなんとか防衛するしかない。


 だが、敵の情報が少ない。


「とりあえず、南はワシの顔をした魔族が居た。魔力障壁が無い、普通の魔族だったな」


「確か、六魔将軍と魔王以外は、基本的に魔力障壁は持っていないはずです」


 マキが補足してくれる。


「そして、この島の核がある場所には、六魔将軍のひとり、ブタカゼが居ると思われる」


 あのワシ顔は、ブタカゼの手下だって言ってたからな。

 もちろん、他の六魔将軍がきている可能性もある。


 だが、全部を確かめるとなると、あと何回死ななければいけないんだ?


 出来れば死にたく無い。男の体温と吐息とそして尻を撫でられるというのは、結構こたえるのだ。精神的にキツイ。


「六魔将軍が居るとなると、リクト様とユミーリア様、そして私しか攻撃が通りませんね。という事は、この島の核がある場所には、リクト様かユミーリア様が向かわれるのが妥当かと」


 マキが頭を下げて進言してくる。


「なんじゃマキ、お主はいかんのか?」

「……今の私のレベルでは、ブタカゼには勝てないでしょう」


 マキが頭を下げたまま答える。


 マキには魔力供給をほとんどしていない。

 今回も、マキが向こうから来てくれたが、緊急事態という事でお流れになった。


「ご安心下さいリクト様、そこらの魔族であれば遅れはとりません。遠慮なくお申し付け下さい」


 マキはそう言ってくれるが、さてどうしたものか。


 俺はみんなを見る。


 俺達の戦力は、俺、ユミーリア、エリシリア、コルット、マキの5人だ。

 アーナは戦力にならないらしいしな。


「東西南北それぞれと、核の所に配置したいんだが……俺は今回、パッショニアの方に向かおうと思っている」


 俺の提案に、エリシリアが難色を示す。


「だがリクト、お前がパッショニアに行っては一手足りんぞ? 酷な話だが今は私達が生き残る為にも、まずはこの島を何とかしなければならない」


 エリシリアの言っている事はわかる。


 だけど、俺はパッショニアも見捨てたくは無い。

 身内が居ないからって見捨てたみたいになるのは嫌だ。


「すまんエリシリア。俺はどうしてもパッショニアも救いたいんだ。それにはまず、原因を知らなければならない」


「まずってお前、何を言っている? まずも何も、行って何も出来ませんでしたでは済まされないのだぞ?」


 エリシリアが俺を責める。


 そうか、俺は死に戻り前提で考えていたが、普通に考えれば何を言っているんだとなるか。


 さて、どう説明したものか。


「エリシリアよ、そこまでじゃ。今はリクトの言う事に従うのじゃ。さすれば最善の道が見えてくるじゃろう」


 意外にも、アーナが味方してくれた。


「リクトよ、お主、今回が何度目じゃ?」


 アーナの問いに、心臓がはねる。


 こいつ、死に戻りの事を知っているのか?


「答えられんならそれでも良い。以前似た様な術式を見た事があってな。もっとも成功したという話は聞いた事がない、夢物語じゃったがな」


 アーナはそう言って俺から視線をそらす。

 謎が多いヤツだ。


「はぁ、わかった。リクト、お前にも何か考えがあるのだろう。私はお前のものだ、お前の言う事には従おう」


 そう言いつつ、エリシリアが俺の両肩をガッシリとつかむ。


「だが、今すぐ何もかも秘密を全部話せとは言わんが、いずれ話してほしい」


 エリシリアが俺の目を見つめる。


 正直、エリシリア達には死に戻りの事を話そうと思った事もあった。


 だけど多分、知ったらエリシリア達は悲しんで、俺が死ぬ事を止めるだろう。


 すでにこれまでに何度も死んでいると知ったらどう思うか。あんまり考えたくは無い。


 だから、できれば死に戻りの事は、このまま内緒にするつもりだった。


「エリシリア。この話は、俺がお前達の事を大切に思っているからこそ、多分この先も、話す事は無い」


 俺はエリシリアの目を見つめ返す。


 突然、エリシリアが俺に頭突きをしてきた。


「いたっ!」

「ふん、そうかそうか。やっぱり何か隠しているんだな? まったく。そんな風に言われては、余計に聞き出せないではないか」


 エリシリアはプイッとそっぽを向いた。


 額がヒリヒリするが仕方ない。これはエリシリアなりのケジメなのだろう。


 俺は頭を切り替えて、今後の事を考える。


「よし、今の頭突きで頭がスッキリした。まずは配置だが……長老、それぞれの超飛変石がある場所へは、どうやって行けばいい? 誰か案内してくれるか?」


「ふむ、そうじゃの。さいわい場所だけは島の誰でも知っておるからな。案内をさせよう。核の場所はわししか知らんから、わしが案内する事になるな」


 よし、道案内は大丈夫そうだ。


「じゃあ、まず東にはマキ、西にエリシリア、北にコルット、そして核にはユミーリアが向かってくれ」

「南はどうするの?」


 ユミーリアの疑問は当然だ。

 まず南が襲われる。そしてそれが失敗するとわかると、次々に他の場所の超飛変石が襲われるのだ。


「俺が行く」


 俺の言葉に、エリシリアが振り向く。


「お前はパッショニアに行くのではなかったのか?」

「ああ、南の魔族を倒してからな。俺ならマイホームですぐにパッショニアに行けるからな」

「……なるほど、その手があったか」


 もっとも、時間はほとんど無い。

 島が落ち始めて、爆発した後、どれくらい時間が経っているのかはわからないが、パッショニアが崩壊するまで、そんなに長い時間はあいていないはずだ。


「でしたらリクト様、向かうならパッショニアより、ササゲ火山へ向かって下さい。リクト様が見たマグマ、恐らくパッショニアの近くにある、ササゲ火山が原因ではないかと思われます」


 なるほど、確かにマキの言う通りだ。


 そこら中で噴き出していたマグマ、あれがササゲ火山のものだとしたら、火山に何か原因があるのかもしれない。


 どちらにしても、時間との勝負になる。


「みんな、くれぐれも頼む。誰かひとりでも失敗すれば、この島は終わりだ」


 長老がゴクリとツバを飲み込んだ。


 俺達はそれぞれお互いを見た後、超飛変石へと向かう。


「ところで、リクト様」


 マキが俺に声をかける。


「コルット様はどうしましょうか。まだ眠っておられますが」

「お、おう」


 そういえば、コルットはまだグッスリ眠っている。


「村の者に背負わせましょう。それでもし起きなければ、なんとか起こすしかないじゃろう」


 長老はそう言って、村の人を呼びに行こうとした。


「ま、待て、大丈夫か? その、ロリコンとか、居ないよな?」


 俺の心配に、長老は豪快に笑い飛ばした。


「ハッハッハ! 心配せんでええ。我らプリムチ族は男にしか興味は無い。女子に手は出さぬよ」


 嫌な事を聞いた。聞かなきゃ良かった。


「なんと、それでどうやって繁栄、というか子を成しているのだ?」


 聞きたいくないというのに、エリシリアが余計な事を聞いた。


「わしらはこう、筋肉と筋肉を合わせてそこからほとばしる肉汁が子」

「ええいもういい! その話は後だ! 早くしないと時間が無いぞ!」


 俺は長老の話を中断した。


 ユミーリア、エリシリア、マキが少し残念そうだったのは見なかった事にした。


 とにかくコルットが安全だという事はわかった。


 俺はコルットを村の人に任せて、南の超飛変石がある、塔へ向かった。


 一番心配なのは、核がある場所に行くユミーリアだ。


 おそらくそこには、ブタカゼが居るだろう。

 今のユミーリアなら、敵ではないはずだ。


 だけど、やっぱり心配だった。


 俺は南の塔の前で、敵を待つ。


 しばらくすると、ワシの顔をした魔族が現れた。


「ほう? まさか先客が」

「どりゃあ!」


 俺は相手の話が終わる前に、ランラン丸で斬りつけた。


「き、貴様……卑怯な」


 ワシ顔の魔族は消滅した。


「マイホーム!」


 俺はすぐさま、マイホームを出す。


 中に入り扉を閉め、マップ機能で出口をササゲ火山に設定する。


 そして扉をあける。



 そこは、灼熱の地獄だった。


 俺が出た場所は、火山の頂上、大きな岩があった広場だ。


 以前来た時よりマグマの勢いが増している。

 やはり何か起こっているのだ。


「ぐうっ! 暑い! 暑いぞ!」


 そういえば、前回はマキの魔法で快適だったんだな。すっかり忘れていた。


 俺は大量の汗を流しながら、原因を探る為、マグマに近づく。


「くそっ! 熱っ! くっ、頼むぞ、絶壁のコート!」


 俺は飛び散る火の粉を、コートで防ぐ。


 絶壁のコートがピンク色に輝いて、火の粉を防いでくれた。


「さて、何が起こってるんだ?」


 俺はさらに火口にちかづく。


 すると底の方に、人影が見えた。


 人? なんでこんな場所に?


 その人影は俺に気付くと、上昇し、広場まで這い上がってきた。



 現れたのは、以前倒したと思っていた、六魔将軍のひとり、トラの顔をしたエンドラだった。


「お、お前、生きていたのか!?」


 エンドラは俺を見て、鼻を鳴らした。


「貴様か! ふん、俺は仮にも炎の将軍だぞ? あの程度のマグマでは死にはせぬわ! もっとも、慣れるまで時間がかかったがな!」


 どうやら死んでいなかったらしい。


 しかしこれでハッキリした。パッショニア崩壊の原因は、間違いなくコイツだ。


「ここで何をしている! いや、何をする気だ!」


 エンドラがニヤリと笑う。


「ハッハッハ! なあにこの火山、ほんの少しキッカケを与えれば大噴火を起こしそうだったのでな。しかも地中深くに根を張っているから、噴火を起こせば、この近辺がマグマに飲まれる事がわかったのだ。ならば、やるしかあるまい!?」


 なるほど、この火山だけじゃなく、パッショニアまで崩壊するのはそういう事だったのか。


 温泉とか掘り当てられるんじゃないか? パッショニア。


 それはまた今度として、今はこいつを何とか倒すしかない。


 俺はランラン丸を鞘から抜く。


「ん? なんだ、今さら俺を倒すつもりか? 無駄無駄! 今さら俺を倒した所で、すでに火山の暴走は止められんわ!」


「な、なんだと!?」


 俺はマグマの方を見る。

 確かに、今にも噴火しそうな勢いだった。


「俺は噴火に巻き込まれても生きていられるが、お前はどうかな?」

「くっ!」


 俺は急いでマイホームで逃げようとする。


「マイホーム!」


《戦闘中はマイホームは使用できません》


 だが無慈悲にも、エンドラと向かい合っている今は、戦闘中とみなされた様だ。


「……なんだ、何をするかと思えば、何も起きんではないか。どうやら貴様も、ここまでの様だな」


 エンドラが笑う。


 それと同時に、地面からマグマが噴き出してきた。


 これはもう、間に合わない。


「爆発する……」

「り、リクト殿!」


 ランラン丸が叫ぶ。

 だがもう、どうにもならない。


「ちくしょおーーー!」


 俺は精一杯叫んだ。



 激しい爆発音が聞こえて、目の前が真っ暗になった。




「おお素晴らしき尻魔道士よ、死んでしまうとは なさけない」


 そして再び、俺は真っ白な空間に来た。


「神様」

「なんですか?」


 男勇者の姿でニコニコと笑う神様。


「インターネットで、火山の爆発の止め方って検索してくれないか?」

「現代科学では無理みたいですよ?」


 無理な事は答えてくれる神様だった。


「じゃあどうしろっていうんだよー」


 俺はその場に転がった。


 しかしそのまま神様の力で転がされ、うつぶせになる。


 そんな俺の尻を撫でながら、神様が語り始めた。


「いくらでもやり直してくれていいですからねー。私はこのお尻を撫でられれば満足ですのでー」


 ……絶対になんとかしてやる。これ以上死んでやるもんか。


 そう心に誓った。



「それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度、機会を与えよう!」


 俺の目の前が光り輝き、真っ白になった。




 何度目かのベッド。


 俺は目を覚まし、俺の上に乗るマキに目を向ける。


「おや、起こしてしまいましたか?」

「マキ……」


 俺は、ワラにもすがる気持ちで、マキに聞いてみた。


「火山の噴火を止める方法ってわかるか?」

「……はい。まあ、なんとかなると思います」


 だよなぁ。


 大自然の驚異に対してなんとかなる方法なんて……ん?


 俺はガバッと起き上がる。


「い、今、なんて?」


 俺はマキを見つめる。


「はい、火山の噴火を止める方法が無いかとのことでしたので、なんとかなると思いますとお答えしました」


 希望はすぐそばにあった。


「マキ、その方法を教えてくれ!」


 俺はマキの肩を掴む。


「は、はい。私の氷魔法で火山ごと凍結してしまえば良いかと」


 マジか、マキすげえ!


「ただ、それにはひとつ、問題があります」

「言ってくれ、俺に出来る事ならなんでもする!」


 俺はついテンションが上がって、言ってしまった。


 なんでもすると。


 マキがその言葉を聞いて、ニヤリと笑う。


「ではリクト様、その問題ですが、実は簡単な事なのです。私のレベルが足りません。ですから……」


 マキが胸元をあけて、俺にせまってくる。


「たっぷりと、魔力供給してください」



 今度は、俺の火山が噴火しそうだった。


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