第104話 勇者の村

 俺達は最後の勇者の装備を求めて、西の国、デンガーナへ向かう事になった。


 一度も行った事がない国なので、歩いていく事になる。


「なんか、こうしてみんなでのんびり歩くのって、初めてだな」

「私とコルットはリクトと一緒に歩いてクエストをした事はあるけどね」


 俺の隣で、ユミーリアが笑う。


 風に舞う3つのテールが俺を誘っていた。

 美しいうなじ、ゆれる髪、3つのテールのバランス。何もかもが完璧な美少女だった。


「マキが加わってからは慌しい日々だったからな。もちろん今も早く勇者の装備を集めなければいけないのだが、道中くらいはこうしてゆっくり歩くのも悪くないだろう」


 エリシリアが隣で、綺麗な長い銀髪を風になびかせる。こちらも絶世の美女だった。


 コルットは楽しそうに道中出会ったモンスターを倒している。

 やってる事は物騒だが、動きがチマチマしていて可愛い。究極のマスコットキャラだ。


 マキは俺の一歩後ろを歩いていた。

いつもそばに居てくれる安心感、そして……隠しきれないエロさ。どうも見てるとムラムラするんだよな。


「早く魔王や邪神を倒して、こうして平和にのんびりと、リクト様と旅をしてみたいものです」

「そうだな」


 平和だった。


 この世界に魔王や邪神がはびこっているなんて嘘の様だった。


「拙者も、こんなのどかな日差しの中で、のんびりマッタリとリクト殿と世界をまわってみたいでござるなー」


 ランラン丸も平和ボケしていた。


 それくらい、道中は天気も良く、平和だった。


「フッ、こんな時こそ、人はおおいに騒ぐべきじゃろう。その先頭に立つのはそう!」


 わざわざ俺の前に出て、ビシッと自身を指差す者が居た。


「わしじゃよ!」


 アーナだった。うっとおしいので無視する事にする。


「こりゃ! 無視するでない」

「あの、アーナさん? いつまで俺達についてくるつもりなんですか?」


 正直、アーナの出番、というか役目はすでに終わっている。

 空飛ぶ島へ行く為には世話になったが、これ以上ついてこられても、面倒くさい。


 アーナは見た目は好みなんだけどな。

 どうもイロモノすぎてちょっと……ないわー。


「リクト、わしの胸をガン見しておいてその顔は酷いのではないか?」

「ほう? リクト、私という者が近くに居るというのに、アーナの胸をガン見するとは良い度胸じゃないか」


 アーナとエリシリアがジト目で見てくる。


「いや、アーナは見た目は良いのにイロモノなのが残念だなって思って」


「なんじゃと!? 誰がイロモノじゃ! ま、まさか……」


 アーナがクルッと一回転して、自身を指差す。


「わしかよ!?」

「わしじゃよ!」


 アーナの隣で、コルットが同じ様にポーズを決める。


「うむ、いいぞコルット、見事なわしじゃよじゃ!」

「えへへー」


 アーナがコルットの頭を撫でる。


 そう、これが一番問題なのだ。


 コルットがアーナになついてる。


 アーナのやつ、みんなが逆らえないコルットを味方につけるとは、なんて面倒くさいヤツ。


「コルットは、わしが仲間になったらうれしいよのー?」

「わしじゃよの人、仲間じゃないの?」

「ハッハッハ! うれしい事を言ってくれるのお。もちろん、仲間じゃよ!」


 コルットはすでにアーナの事を仲間だと思っている様だった。


 相変わらず名前は覚えてないみたいだけど。


 俺は今後もアーナがついてくるのかと考えると、どんより気分が沈んできた。


「はぁ……」


 せっかくの良い天気が台無しだった。



「あ! 見えてきたよリクト! あれが私の生まれた村なの!」


 ユミーリアがうれしそうに先の方を指差した。


 はしゃぐユミーリア可愛い。超絶可愛い。


 気がつけば俺の心は晴れ渡っていた。


 なんて良い天気だ。まさにユミーリアの笑顔の様だった。


「リクト殿は単純で良いでござるなー。さっきまで面倒くさそうにため息ついていたのに、ユミーリア殿の笑顔を見ただけでいきなり笑顔とは……まあ、浮き沈みが激しいともいうでござるが」


 ランラン丸がなんかボヤいているがどうでもいい。


「よし、行くか!」

「うん!」


 俺達はユミーリアを先頭に、ユミーリアの生まれた村へと向かった。



 ユミーリアの、勇者の生まれた村は、ひっそりとしていた。


 おそらくユミーリアの案内がなければ、ここに村があるとは気付かないだろう。


 家も5、6軒しかない。畑が多い、のどかな村だった。


「あ! おじさん!」


 ユミーリアが手前に居た農夫に話しかける。


「ん? おお! ユミーリアか! 久しぶりだな、めんこくなっちまってまあ!」

「えへへー、ただいま」


 ユミーリアが照れながら挨拶する。


 やっべ、何この子、超可愛いんですけど?


「おーいみんなー! ユミーリアが帰ってきたっぺよー!」


 農夫が村に声をかけると、村人達が集まってきた。


「ユミーリア、よく帰ったな!」

「また綺麗になったでねえか?」

「あらまあそちらのお嬢さん達は?」

「綺麗な人達ねえ、さすが都会の人達だわ」


 ユミーリアだけでなく、エリシリアとマキ、ついでにアーナも囲まれていた。


「あら? こっちの子は可愛いわね。おまんじゅう食べる?」

「食べるー! ありがとーおばさん」


 おばさんがコルットにまんじゅうを渡……


「って待った! そ、それはまさか!」


 俺はおばさんが持っていたまんじゅうを見て、驚愕した。


「あら? 知ってるの? 今都会で大ブームになっているらしいわよ? 尻まんじゅう」


 ば、馬鹿な! 尻まんじゅうは昨日生産されたばかりだぞ?


 なぜすでにこんな村にまで広まっているんだ!?


 俺はマキを見る。


 マキは俺の視線の意図を感じ取ったのか、ニッコリ笑って頭を下げた。


 おそろしや、マキ。


「お尻まんじゅうすきー」

「あらあら、良かったわねえ。まだまだあるから、たんとお食べ」

「わーい」


 まだまだあるのかよ!? どうなってるんだ。


 俺の頭の中に、まんじゅう怖いという単語が浮かんでいた。



「おう、馬鹿娘が帰ってきたって?」


 奥から元気なじいさんが出てきた。


「おじーちゃん!」


 ユミーリアがじいさんを見て叫ぶ。


 そうか、このじいさんが今まで何度か話題に出てきた、ユミーリアのじいさんか。


「ただいま、おじーちゃん!」

「おう、お帰り馬鹿娘。どうだ、ちゃんと勇者にはなれたのか?」


 じいさんが乱暴にユミーリアの頭を撫でる。


「もう! ちゃんとなれたもん! 兄さんも私も、ちゃんと勇者になったんだよ!」


「そうかそうか。勢い良く飛び出していって、勇者になれませんでした、じゃ帰ってこれないわな。ハッハッハ!」


 なんとも豪快なじいさんだった。


 そんな風にじいさんを見ていたら、目があった。


「ところでユミーリア、このピンク色のヤツはなんだ?」

「リクトだよ。私の……将来の、お婿さんなの」


 じいさんが持っていたクワを落とした。


「い、今なんて言った?」

「リクトだよ。私の、将来のお婿さんなの。私、リクトと婚約したんだよ」


 ユミーリアが顔を真っ赤にして報告した。


 瞬間、じいさんの目が俺を射抜いた。


「てめえ、ウチの馬鹿娘になに吹き込みやがった?」


 恐ろしいほどの殺気だった。


 だが、この程度の殺気なら、コルットの親父さんで慣れている。


「初めまして。ユミーリアと婚約したリクトです。どうぞよろしく」

「……良い度胸だ。ただのピンク色のコートを着たヘンタイ野郎じゃないみたいだな?」


 ピンク色なのはほっとけ。

 このコート、デッドポイント以外だったらどんな攻撃も防いでくれる素晴らしい防具なんだぞ?


「よおしいいだろう。おめえがウチの馬鹿娘にふさわしいかどうか試してやる。おら、かかってこい!」


 じいさんが構えをとり、ステップを踏む。


「出来ればユミーリアの家族とは争いたくないんだけど?」

「ぬかせ! 俺に勝てなきゃ、ユミーリアはやらんぞ!」


 どうやら戦いは避けられないみたいだ。


「わかった」


 俺も構えをとる。


「ほう? てめえ、やっぱりただのヘンタイじゃねえな?」


 だからヘンタイじゃないっての!


「よおし、ならば手加減無しだ。死に晒せこのピンク野郎!」

「ええい! さっきからユミーリアのじいさんだからと黙って聞いてれば、ヘンタイとかピンク野郎とか言うな!」


 じいさんの拳が俺にせまる。


 さすがはユミーリアのじいさんだ。そんじょそこらのじいさんのパンチじゃない。


 とはいえ、ユミーリアやコルットの動きに慣れた俺には、とてもスローなパンチだった。


 だが、ここはあえて避けない。


 俺はじいさんのパンチを右の頬で受ける。


「ぐっ!」

「て、てめえ、なぜ避けない?」


 じいさんも俺の意図がわかりかねる様だった。


「じいさんの、ユミーリアに対する気持ちを知りたかった」


「リクト」


 ユミーリアが心配そうにこちらを見ている。


「いくぞ、今度は俺の、ユミーリアに対する気持ちを受けてもらう!」

「ケッ! てめえの様な若造のパンチなんざ、避けるまでもねえ! こいやあああ!」


 俺は渾身のパンチを、じいさんに向かって放つ。


 わかりやすく、腹に向かって。


「ぐうっ!」


 じいさんが俺のパンチを腹で受け止める。


「……へっ、近頃の若いヤツときたら、もうちょっと年寄りをいたわれってんだ」

「そうだな……ゴッドヒール!」


 俺はすぐさま、回復魔法を唱える。


 俺の尻が光り、ピンク色の光がじいさんを包み込んだ。


「うげっ! なんだこの光? 気持ち悪い……気持ち悪いのに、なんでか妙に気持ち良いな。それが逆に気持ち悪い」


「これは回復魔法だから、黙ってジッとしててくれ」


 じいさんはしばらくジッとして、腹の痛みが引いた途端、俺からはなれた。


「ケッ! てめえ、ちゃんとした武術を習ってやがるな? それも相当上等なやつだ」


「ああ、リュウガって人に習ったんだ」


 リュウガの名を聞いて、じいさんの顔色が変わる。


「リュウガだと!? あのリュウガか! チッ! なんてやろうだ。それなら俺に勝ち目なんざあるわけねえじゃねえか。くそ!」


 どうやらリュウガの事は知っているみたいだった。


「リュウガの弟子が、なんでウチの馬鹿娘を嫁にするんだよ?」

「……好きだからだ」


 言ってからちょっと恥ずかしくなる。


 しかしここは言ってしまった以上、堂々とするしかない。


「カーッ! いやだいやだ。これだから若いヤツは嫌なんだ。わかったわかった、こんな馬鹿娘で良ければ、好きにしろ」


 じいさんにそう言われて、ユミーリアを見る。


 ユミーリアは真っ赤になって絶句していた。


「だが、必ずしあわせにしろ? そうじゃなきゃ死んでもゆるさねえからな?」

「ああ、もちろんだ」


 俺の言葉を聞いて、初めてじいさんが俺に対して笑った。


「村のみんな! すまなかったな、俺の用事は済んだ。今夜はこの馬鹿娘とその仲間と……未来の旦那を歓迎してやってくれ!」


 村人達がじいさんの言葉を聞いて、大いに盛り上がった。


 俺達はその後、質問攻めにあった。


 ユミーリアだけでなく、エリシリアやマキ、コルットまで婚約者だと聞いて、再び俺とじいさんの殴り合いが始まったのは言うまでもない。


 俺達は歓迎され、今日はこの村で泊まる事になった。


 ユミーリアは久しぶりの実家で。

 俺達は村であいている家があったので、そこに泊めてもらう事になった。



 夜、ふと目が覚めた。


 久しぶりに自分の部屋じゃない枕だったからか、うまく眠れなかったみたいだ。


 俺は静かに家を出て、村を見てまわる。



 ここが、勇者が生まれた村か。


 クエファンでは過去の思い出のシーンでしか出てこなかったが、それでもゲームで出てきた場所だ。


 なんだかちょっと感慨深い。


 月が綺麗で、夜風が気持ち良い夜だった。



 俺はしばらくブラブラして、再び貸家に戻って、眠りについた。



 次に目が覚めた時、視界が上下反転していた。


「な、なんだ!?」


 見ると手足がツタの様なものに縛り上げられている。


「く、くそ!」


「リクト!」


 エリシリアの声が聞こえた。


 よく見ると、みんなもツタの様なものに絡めとられている。


「な、なんなんだこれは!?」


「わからない! 私達も目が覚めたらこのツタが!」

「うー! とれないよー!」

「私も駄目です、身動きが取れません!」

「わしもじゃ!」


 全員、ツタに絡めとられ、宙に浮いていた。


 いったいなんなんだよこれは!?



「フフフ、みーつけた」


 声が聞こえた。


 聞いた事のある声だった。


「フィリスか!?」


 俺は家のドアの向こうにむかって叫ぶ。


 ドアが開いた。


 そこから入ってきたのは、身体中からツタを生やした、フィリスだった。


「うふふ、どう? これ、すっごく便利でしょう? 寝ている間に村中にツタを這わせてもらったわ。あなた達はすでに袋のネズミってわけ」


 フィリスが自分の指から生えるツタをなめる。


「聞いたわよ? あなた、ユミーリアと婚約したんですってね? ユミーリアと婚約……許さない。許さないんだから!」


 フィリスの足から生えたツタが、俺の胸を突き刺した。


「ぐはっ!」


「あなたなんかにユミーリアを渡すもんですか! 死になさい、死になさい死になさい死になさいしになさいしになさいシニナサイシニナサイシニナサイシニナサイシニナサイ!!」


 フィリスの身体から生えた無数のツタが、俺の身体中を突き刺した。


 俺の意識は、そこで途絶えた。




「おお素晴らしき尻魔道士よ、婚約したというのに、死んでしまうとは なさけない」


 どうやら俺はフィリスに殺され、またしてもこの真っ白な空間にきてしまったみたいだった。


 今回の神様の姿は、ロイヤルナイツの軍団長さんだった。チョイスがわからん。


「なんでその人なんだよ?」

「今回はあみだくじで決めました。どうです? このたくましい腕で、あなたのお尻をガッツリ撫でますよ!」


 なぜか神様は張り切っていた。


 そういうの、いらないから。


「それにしても、今回はアッサリ死にましたねえ」


 神様に言われて思い出す。


 そうだ、俺は起きた時にはツタに絡まれていて、フィリスにアッサリ殺されたんだ。


「いや、ちょっと待て。やり直しってどこからになるんだ? 起きてからだと、すでにツタに絡めとられてるよな? こういう場合、どうすればいいんだ?」


 俺は神様に聞いてみるが、もちろん神様は答えてくれない。


「当社はゲームの攻略については、一切お答え致しかねます」


 また攻略本の問い合わせ先みたいな事を言っていた。


 なんとか、あのツタを打ち破る方法を考えないといけない。


 いけないというのに……


「フンフーン、フフフーン」


 神様が早速俺の尻を撫でてきた。


「あの、俺今、考え事をしているんだけど?」

「黙って撫でられなさい」


 グッと尻を掴まれる。


「あひっ!」

「うふふ、いいですよーその声。ゾクゾクしますねー。やはりこの姿にして正解でした」


 神様が力強く、尻を揉んでくる。


「や、やめ、やめろおおお!」

「やめませんよー。ああ、いつもと違う新触感。たまりませんねぇ!」


 神様は俺の尻を3分間、揉みまくった。


「もうヤダ」


「ふう……それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度、機会を与えよう!」


 俺の目の前が光り輝き、真っ白になった。




 俺は再びツタに絡めとられ……てはいかなった。


 外はまだ真っ暗だ。


 これはまさか、夜の散歩の時か?


 そうか、あの時すでに日が変わっていたのか!


 チャンスだった。今ならまだ間に合うはずだ。


 俺はみんなを起こさない様に、そっと外に出る。



「天使のケツ!」


 俺の尻が光って、翼が生える。


 夜の闇を、尻の光が切り裂いて、俺は空に舞い上がる。


 周囲を見渡してみると、遠くの方に影が見えた。


 だんだん近づいてくるその影は……フィリスと、ゼノスだった。


 フィリスの背中から黒い羽が生えていて、ゼノスはフィリスの足に掴まっていた。


「あら?」

「うん?」


 フィリスとゼノスが、こちらに気付いた。


「へえ、偶然……ってわけじゃないみたいね? 私達が来るのに気付いたんだ?」


 フィリスがこちらを挑発的な目で見てくる。


「確か、死んだオウガが言っていたっけ。あの男は未来を知る者だって。まんざら嘘でもないのかな?」


 ゼノスは、黒いフルフェイスの仮面をつけているので、表情はわからない。


「悪いが、お前達の好きにはさせないぞ?」


 俺は空中で構えをとる。


 そんな俺を見て、フィリスがニタリと笑って、黒い翼を大きく広げた。


「いいわね! 私、あなたの事、殺したかったの! だからここで、殺してあげる!」


 ゼノスがフィリスの足から手をはなし、地面に降りていった。


 フィリスはこちらに全速力で向かってくる。


 俺はそんなフィリスを、迎え撃つ。


「ずあああ!」


 尻から出る翼を巧みに動かし、フィリスを上から殴って、叩き付けた。


「きゃあっ!」


 フィリスが地面に落ちる。



「こ、この!」

「油断するなフィリス。この男は僕達にとって……宿命の敵であり、強敵だ。」


 俺と、フィリスとゼノスが立ち向かいあう。



 誰もが眠る月の下、誰も知らない戦いが、始まろうとしていた。



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