第101話 大切な事は101回目

「ユミーリア! 好きだ! 俺と結婚してくれ!」

「うれしい! 私もリクト大好き! 結婚して!」


 抱き合う俺とユミーリア。


 二人の間にはもはや何もいらない。



 ……よし、完璧だ。

 完璧なシミュレーションだ。


 俺は現在、99回目のプロポーズのシミュレーションを終えた。


 空飛ぶ島から帰った俺達は、勇者の装備を回収するのをすっかり忘れていた事に気付いた。


 しかし、エリシリアが何やら用があると言い出した為、空の島へ戻るのは明後日となった。


 明日はあけておいてくれ、とエリシリアに頼まれたからだ。


 エリシリアは城に行き、俺達はマイホームに戻った。


 コルットは今日は実家の宿屋でお泊りだ。なんだかんだで数日振りの家族水入らずだからな。


 アーナはマイホームに来たがった。

 面倒くさいので断ったら泣き出した。


 コルットがダメ? というので仕方なく泊めてやる事にしたのだが、こいつこのまま居つくつもりなのだろうか?



 そして俺は、エリシリアに言われた事、婚約について考えていた。


 婚約と言っても、結婚の約束なのだから、実際にはプロポーズをする様なもんだ。


 そこで俺は、自室でシミュレーションを続けていた。


 これで99回目。


 確かあの話は100回フラれる話だったはずが、大事なのは101回目だ。


 あと1回シミュレーションしておけば、101回目は成功するはずだ。


 ……うん、我ながら願掛けに頼るとか、情けないとは思う。


 でもそうでもしないと落ち着けない。


 当然ながら、今までプロポーズなんてした事無い。

 彼女いない暦イコール年齢だった俺は、告白すら成功した事無い。


 そんな俺が、俺の理想の美少女達にプロポーズしようというのだから、気が気ではない。


 エリシリアは、ほとんどオッケーしてくれた様なものだ。

 マキもきっとオッケーしてくれるだろう。


 だが、ユミーリアは?


 ユミーリアも、俺に好意は持ってくれていると思う。


 だが、結婚となると話は別だ。


 ユミーリアとだけは、ゲーム内で結婚していない。そもそも主人公だったから付き合う事すらしていない。


 ユミーリアの好みも何もかもプレイヤーにゆだねられていたから、俺はゲームでユミーリアをずっと見てきたが、実はよくわかっていないのだ。


 もちろん、ゲームのユミーリアと現実のユミーリアは別人だ。

 それはエリシリア達だってそうだ。


 だけど、正直、自信が無い。


 俺の事は仲間として好き、だったらどうしよう?


 ユミーリアにフラれたら……死ねる自信がある。


 しかしいくら死んでも、この婚約イベントはすでに逃げられないのだ。


 だからこそ、俺は必死にシミュレーションして、覚悟を決めた。


 勇者の装備を取ったら、その時にユミーリアにプロポーズしよう。


 その時なら、もしかしたらユミーリアと二人っきりになっているかもしれない。


 出来れば周りの目は少ない方がいい。

 というか誰かの前でプロポーズとか、難易度高すぎるしな。



 そして俺は後で知る。


 そう考えた事自体が、フラグだったのだと。



「おめでとう、シリト!」

「おめでとう」

「いやあ、めでたいな、ハッハッハ!」


 俺達は城に呼び出されて、祝福されていた。


 横断幕には、シリト婚約発表会 と大きく書かれている。


「今日はお前さんと、ユミーリア、コルット、エリシリア、マキの婚約発表会だって言うじゃないか。楽しみにしているよ」


 ギルド長がニヤニヤ笑って話しかけてくる。

 ヒゲのおっさんもギルド長も王様も祝福してくれていた。


 エリシリアは顔を赤くして照れている。

 よく見るとユミーリア達も真っ赤だ。



 うん、なんだこれ?

 どうしてこうなった?



 確か、朝エリシリアがマイホームに戻ってきて、すぐに準備しろと言い出したんだ。


 俺達は出かける準備をして、途中コルットを回収して、城へ向かった。


 そこでなぜか男女に分けられて、着替えをさせられて、そして……今に至る。


 そうか、エリシリアが昨日用事があると言っていたのは、明日あけておく様にと言っていたのはこの為か。


「エリシリア、なぜ話してくれなかった?」

「先に話をしたら逃げるかと思った。ああちなみに、ユミーリア達には事前に話していたぞ?」


 どおりで突然の事なのにみんな準備が早いと思ったよ。


 うん、なんという俺の信用の無さ。

 しかし否定できないのが悲しい。


 突然明日婚約発表会をやるぞと言われたら、逃げ出していた自信はある。


「お前が覚悟を決めてくれていたのはわかっていたからな。ならばその意思がゆらぐ前に、一刻も早くと思ったのだ」


 さすがエリシリア、俺の事をよくわかっていらっしゃる。


 うれしい様な、情けない様な、そんな気分だった。


「さて、それではシリトの婚約発表会を、正式に始めるとするか!」


 王様が音頭を取った。



「待ちやがれ!」


 そこに待ったをかけたのは、犬っぽい男だった。

 確か名前は……


「ザイン」


 そうそう、そんな名前だったっけ。


「エリシリア! 俺はもう我慢出来ねえぜ! 俺は、エリシリアの事が好きだ! そいつとお前が会う前からずっと好きだった! だから、こんな婚約発表会は認められねえ!」

「ザイン……」


 ザインが前に出て、エリシリアに告白した。


「俺もだ!」

「いいや俺だ!」

「違う! エリシリアの旦那になるのは俺だ!」


 ザインが叫んだのをキッカケに、城の兵士達が次々とエリシリアに告白し始めた。


 エリシリアはまったく予想していなかった事態に、目を白黒させていた。


「……だそうだが、どうする? エリシリア」


 王様が冷静にエリシリアに答えを求める。


 エリシリアは王様を一度見た後、俺を見て、そして兵士達に向き合った。


「みんな、どこまで本気かはわからないが、ありがとう。気持ちはうれしく思う。だが、私はすでにリクトのものなのだ。私は……リクトと結婚する」


 エリシリアの答えに、兵士達は黙ってしまう。


「わかんねえ……わかんねえよエリシリア! そいつの何がそんなに良いっていうんだ!」


 それでも吼えるのは、ザインだけだった。


 エリシリアはザインにやさしそうな目を向けて、語り始める。


「そうだな、まず顔だな。リクトは巷で言うイケメンではないが、私はリクトがとてもカッコイイと思っている。普段はぶっきらぼうを装っているがなんだかんだでやさしい。コルットへの接し方が一番わかりやすいが、私にも度々やさしくしてくれる。何より私は、リクトの私を見る目が好きなんだ」


「見る、目、だと?」


 ザインが驚愕しながらエリシリアに問いかける。


「そうだ、私を見る目だ。リクトに初めて会った時から、なぜか私を見るリクトの目は、愛おしさに満ちていた。あんなに愛されていると感じる視線は初めてだった。思えば私は、あの視線を感じた時から、リクトに恋をしていたのだと思う」


 確かに、エリシリアを初めて見た時から、俺はエリシリアが愛おしかった。


 なにせゲームで何度も攻略して、結婚した仲だ。思い入れも強い。


 それゆえに、俺は最初から、エリシリアが愛おしかったのだ。それが目に現れていたらしい。


「私の気持ちは以上だ。もっと細かく言う事も出来るが今日は私だけの話では無い。なあ、リクト?」


 エリシリアが俺に話をふってくる。


 俺はなんだか照れくさくて、頬を指でかく。


「では、次は私ですね?」


 そう言って前に出たのはマキだった。


「いいぞマキ! どーんといっちまえ!」


 いつの間にかきていたウミキタ王国の王様がマキをはやし立てていた。


「私はリクト様の魔力がとても好きなのです。これは皆様にはわかりづらいかもしれませんが、私にとって魔力の波長が合うという事は何よりも大事な事なのです。もちろんリクト様の顔も好きなのですが、やはり何より魔力です」


 マキの語る内容に、誰も言葉をはさめない。


「人の魔力にはそれぞれ波形と色があります。これは人によってまったく違うもので、私にはそれがとても大きく感じ取れるのです。ですから、私にとって魔力が合うという事は、何にも勝ります。そんなリクト様に、私は一生ついていきたいと思っています」


 マキがこちらを見つめてくる。


 魔力、か。


 最初は神様から与えられたものだと思っていたけど、俺の魔力自体は俺の元々持っていたものらしい。神様はそれを増幅しただけだそうだ。


 だから、自信を持っていいのかな? 俺が元々持っていた魔力に惚れたというのは、俺に惚れたと思って、いいのかな?


 俺の思いを察したかの様に、マキがうなずいて、微笑んだ。


 エリシリアとマキのターンが終わった。


 そうすると次は、ユミーリアか。


 しかし、その前に名乗りをあげる者が居た。


「わしじゃよ!」


 アーナ、ではなくコルットだった。まだ気に入っていたのかそれ。


「わたしも、おにーちゃん好き! 結婚するよ!」


 コルットが大きく手をあげる。


 さすがにコルットはまだ小さいから無いだろう、と思っていたのだが……


「どうなんだシリト? リュウガの娘っ子、ちゃんと嫁にもらってやるのか?」


 ヒゲのおっさんが俺に問いかけてきた。


「いやいや、コルットはまだ小さいんだから、無いだろう?」

「何言ってやがる? 婚約だぞ? 将来の約束なんだから別にいいじゃねえか」


 良くないだろう。

 大体、勝手に婚約なんてしたら、コルットの親父さんに殺されるわ。


「わたし、おにーちゃんと結婚します!」


 しかし、俺の想いは届かず、コルットは勝手に宣言してしまう。


「よし! わしが認めよう!」


 王様が勝手に認めてしまった。


「わしも認めるぞ!」


 続いて手をあげたのはウミキタ王国の王様だ。


 どいつもこいつも、後でリュウガに殺されても知らないからな。


「おにーちゃん、ダメなの?」


 コルットがこちらをウルウルした目で見上げてくる。


 俺はコルットの事を、好きだ。


 しかしそれは、どちらかというと小動物的な意味で好きだったわけで……だけどまあ、これからもずっと一緒に居たいって想いには違いない。


 それが婚約という儀式で一緒に居られるというのなら、それはそれで悪くない。


 俺はコルットの頭をやさしく撫でる。



「リクト」


 そんな俺に話しかけてきたのは、ユミーリアだった。



 ユミーリア。


 俺の生涯一番のヒロイン。一番の嫁。理想の女性だ。


「私は、最初、リクトに会った時、とてもドキドキしたの」


 ユミーリアが、語り始める。


「リクトが霊聖樹(れいせいじゅ)を見ていて、こっちに振り返った時、カッコイイ人だなって思った。そしたら急にリクトに押し倒されて」


「なに?」

「ちょっと聞き捨てなりませんね」


 エリシリアとマキが突っ込んでくるが、今はスルーだ。


「すっごくドキドキしたの。それから、リクトの事を目で追う様になって、私はリクトに避けられていたけど、私はずっと、リクトと一緒にパーティを組んで、冒険したいと思ってたの」


 俺は最初、ユミーリアを避けていた。


 俺は勇者ではなかった。この世界の主人公ではないと思ったのだ。


 だからストーリーをクリアするのは、主人公である勇者、ユミーリアとユウに任せて、俺は距離を取って平和にマッタリ過ごすつもりだった。


 けど、結局は巻き込まれて、なら大好きなユミーリアと一緒に居ようって思って、今に至る。


「リクトはいっつも頑張ってて、時々すごくつらそうで、でもまた頑張って、大変なのに私にやさしくしてくれて、私は……そんなリクトの事を」


 ユミーリアがそこで話を止める。


 俺が手で待ったをかけたからだ。


 ここから先は、ユミーリアに先に言わせるわけにはいかない。


 ここからは……俺の101回目の、プロポーズだ!


「ユミーリア、俺はユミーリアの事が好きだ。可愛いし、カッコイイし、綺麗だし、とにかく俺は、ユミーリアの全部が大好きなんだ!」


「リクト……」


 俺は、今ここで、ゲームの事を話そうと思った。


 元の世界の時から好きだったのだと。


「リクト殿」


 しかし、そこでランラン丸が声をかけてきた。


「なんだ?」


 ランラン丸の声は俺にしか聞こえないので、俺は小さな声でランラン丸に話しかける。


「リクト殿、今リクト殿が何を言おうとしているか、拙者にはわかるでござるよ。でもそれは、本当に言う必要があるのでござるか?」


 どういう事だ? そもそもなんでランラン丸が俺の言いたい事をわかるんだ?


「この世界とは別の世界で、物語の中に登場したユミーリア殿が、コルット殿が、エリシリア殿が、マキ殿が好きだったと言うつもりなのでござろう? リクト殿の秘密を、明かそうとしているのでござるよね?」


 なんと、俺の言いたい事そのものだった。


「どうして」

「リクト殿の考える事くらい、わかるでござるよ。でもリクト殿、それは言う必要があるのでござるか?」


 どういう事だ? 秘密は無い方が良いに決まってるじゃないか。


「リクト殿は、物語で知っていたから、今のユミーリア殿を好きになったのでござるか? 今のユミーリア殿は、物語の延長上の人物に過ぎないのでござるか?」


「……そんなわけない。物語の中のユミーリアと、今のユミーリアは、全然違う」


 そうだ。エリシリアだってコルットだってマキだって、ゲームとは別人だ。

 この世界で、本当に生きている人達なんだ。


「だったら、この秘密は言う必要はないでござるよ。言うべきは今のリクト殿気持ちでござる。今この世界で生きるユミーリア殿達に対する気持ちを言えばいいのでござるよ。秘密なんて、その内適当に話せばいいのでござる」


 ランラン丸はそう言って、黙ってしまった。


 ランラン丸の言う通りだ。


 俺が今言うべき事は、過去の話じゃない。

 これからの話なんだ。


「ユミーリア、コルット、エリシリア、マキ」


 みんなが俺の方を注目する。


「俺はみんなの事が好きだ! 今ここで、この世界で生きるみんなが、大好きなんだ」


「ユミーリアの笑顔に何度も癒されてきた。コルットの笑顔に何度も元気をもらった。エリシリアの強さに何度も立ち直らせてもらった。マキの包容力に何度も助けられてきた」


「だから俺は、これからも、みんなとずっと一緒に居たい!」


「……俺は死なない、いや、違うな。俺は死んでも、何度でもみんなの所に、戻ってきてみせる! そして絶対に、最高の人生にしてみせる! その為にはみんなにそばに居て欲しいんだ! だから……」


「ユミーリア、俺と結婚してくれ!」

「リクト……はい」


「コルット、俺と一緒に居てくれ」

「うん! おにーちゃん」


「エリシリア、これからも俺の嫁として、隣に居てくれ!」

「ああ、任せろリクト」


「マキ、これからも俺をそばで支えて欲しい」

「はい。もちろん、妻として」


 そして俺は、ユミーリアを抱きしめた。


「リクト」

「俺は今ここで、結婚すると誓う」


 そう言いきった瞬間、拍手が起きた。


 ユミーリアが、俺を抱き返してくれる。


「リクト、ありがとう。お疲れ様」


 俺の身体がふるえている事に、ユミーリアは気付いているだろう。


 身体のふるえが止まらなかった。


 きっと、拒否されるのが怖かったのだ。


 今でも怖い。

 次の瞬間には無かった事になるんじゃないかと、身体がふるえている。


 だけど、それはすぐに解消された。


「リクト、大好きだよ」


 ユミーリアがそっと抱きしめて、つぶやいてくれる。


「おにーちゃん」


 コルットが、俺の足にひっついてくる。


「リクト」


 エリシリアが、ユミーリアごと俺を抱きしめてくる。


「リクト様」


 マキが、俺の手に自分の手を重ねた。



 みんながそばに居て、俺を受け入れてくれた。


 俺はこの世界に来て初めて、心から、誰かに受け入れられた気がする。


 俺はこのゲームの世界で、みんなと一緒に生きていく。


 たとえ何度死ぬ事になっても、絶対に、最高の人生を歩んでみせる。



「ちょーーーっと待ったー!」


 その時、声が聞こえた。


 みんなが声のした方に振り返る。


「もうひとり、誰か忘れてはおらんか? そう!」


 そこに居た女性が、自身をビシッと指差した。


「わしじゃよ!」



 しばらくの間、沈黙が場を支配した。




「なぜじゃ! なぜわしはのけ者なのじゃ!」

「いや、なぜって、そもそもなんで俺がアーナと婚約するんだよ?」


 婚約発表会という名の、俺の101回目のプロポーズが終わり、俺達は帰路についていた。


「ひどいぞ! わしはパッショニア代表のお主の嫁ではなかったのか!?」

「認めてないし、あんたパッショニアの人間じゃないんだろう?」


 カマセーヌさんが別の者を用意すると言っていたくらい、アーナは認められていなかった。


 大体、俺はユミーリア達だけで精一杯だ。これ以上嫁を増やすつもりは無い。


「なぜじゃ! どうせパッショニアの人間をひとりは娶らんと収集がつかぬのじゃから、わしで良いではないか!」


 そうなんだよなぁ、政治的な問題で、デンガーナとパッショニアから嫁をとらないといけないんだよなぁ。


 今から気が重い。


「とはいえ、今はそんな気分じゃない。あきらめろ」

「ぬう! じゃがその時がきたら良いな? 次にリクトの嫁になるのは……」


 アーナが俺の前に出て、クルッと一回転して、自身を指差す。


「わしじゃよ!」

「わしじゃよ!」


 コルットが隣でマネをする。


 これは、しばらくコルットの中のブームは終わりそうにないな。


 俺達は二人を見て、苦笑しながらヤードヤの宿に戻った。



 そう、戦いはまだ終わっていない。


 俺にはまだ、戦うべき相手が残っている。


 宿屋のドアをあける。


「おかえりなさい」


 コルットのお母さんが出迎えてくれる。


 いつも一番に声をかけてくる親父さんの声は無い。


 ふと見ると、奥の方に背を向けて、親父さんが椅子に座っていた。


「……帰ったか」

「ああ」


 俺は親父さんの言葉に答える。


「何か、言う事はあるか?」

「……ああ」


 俺は前に進む。



 そして、親父さんの前で正座して、土下座する。


「親父さん! 娘さんを、コルットを俺にください!」



 親父さんは何も答えない。


 お母さんも、何も言わず、ジッと待っていた。


「お」


 コルットが何か言おうとしたが、ユミーリアがコルットの肩に手を置いて、止めた。


「大丈夫、リクトに任せて」

「ユミおねーちゃん」


 俺は頭を下げたまま、ジッと待つ。


 しばらくして、親父さんが息を吐いた。


「外に出なリクト。いつもの場所に行くぞ」


 俺は黙って立ち上がり、親父さんについて宿を出た。


 いつもの場所。


 俺と親父さんが修行をする、宿場地区の広場だ。



「お前とは、いつかこうなると思っていた」


 親父さんが背を向けたまま、語り始める。


「コルットはまだ小さいぞ、ちょっと気が早いんじゃないのか?」

「俺もそう思うよ」


 親父さんは何も答えない。


「でも、コルットとずっと一緒に居たいって思ったんだ。だから今日、コルットと婚約した」

「婚約したかどうか決めるのは、俺だ」


 親父さんがついに、俺に向かって振り返る。


「リクト、これが最後の修行だ。俺の奥義をお前に授ける。出来ればコルットはくれてやる。出来なければ……ここで死ね」


 親父さんの目は本気だった。



 この勝負は、死ぬわけにはいかない。


 死んでやり直すなど、許されない。いや、俺が許さない。


 俺は静かに息を吐き、親父さんに習った構えをとる。


「まったく、どんだけ俺の構えを見てきたんだってくらい、見事な構えだ」


 当たり前だ。こっちは小学生の頃からあんたの構えを、ゲームで見てきたんだ。


 そしてこの世界で、実際に教えてもらった。


 この構えは俺にとって、誇りでもある。


「いくぞリクト、死ぬなよ?」


 親父さんが構えをとる。



 俺と親父さんの、最後の修行が始まろうとしていた。


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