第32話 神の尻を持つ男

 盗賊のアジトのその奥。


 本来ゲームでは訪れない場所だった。


 そこは、ゲーム終盤におとずれる邪神の使徒のアジトの内装に似ていて、そこら中にドラム缶の様な透明なカプセルが並んでいた。


 そしてその最奥にあるカプセルの中に……見つからなかった盗賊の親分が居た。



「やっぱり、ここに居たのか」


 俺は声を絞り出す。


 表に居なかった、本来勇者と戦うはずの盗賊の親分。


 先程の戦いで見かけなかったので、すでに死んでいるか、どこかへ逃げたか、それとも……ライオルオーガが居るであろう、このアジトの奥に居るか、どれかだと思っていた。



 しかしまさか、盗賊の親分自身が……


 ライオルオーガだとは思わなかった。



 盗賊の親分は、透明なカプセルの中で改造されていた。


 中には謎の液体が入っており、盗賊の親分はカプセルの中で浮いている。


 その身体は、すでに半分以上、オーガの身体になっていた。


 今はかろうじて、人間の顔だとわかるが、この後、髪が伸びていき、あのライオンの様な顔になるんだろう。

 ヒジや肩からは少しだが、角が出てきている。



「なによこれ、どういう事なの?」


 魔法使いがこれまでに無いくらい驚いている。


「人じゃないの……なんなの、どういう事か説明して!」


 魔法使いが俺の服をつかんでくる。


 魔法使いは完全に取り乱している様だった。


「マホ! どうしたんだ、やめないか!」


 男勇者が止めに入ってくれた。


 俺と魔法使いを引き離してくれる。


「だって! こんなのって、人間がモンスターになるなんて、おかしいじゃない!」

「それはそうだけど、リクトに当たっても、しょうがないだろう?」


 男勇者が魔法使いの肩に手を置いてなだめる。


 だが、それでも魔法使いの興奮はおさまらない様だった。



「リクトさん、何かご存知なのですか?」


 今度は僧侶が話しかけてきた。


「あなたはこの部屋を見つけて、まっすぐこのカプセルに向かった。そしてこの、人間がモンスターに改造されているという、異常な状況……にもかかわらず、マホと違ってあなたは落ち着いています。何か、知っているのですか?」


 まっすぐ俺を見つめてくる僧侶。


 何か知っているかと聞かれれば……俺は邪神の使徒が、邪神の力を使ってモンスターを改造し、強力なモンスターを作り出す事を知っていた。


 もちろん、人を改造するというイベントなんて、本来のストーリーには無かった。あくまでモンスターをより強力にしていた、という設定だったはずだ。


 ならなぜ落ち着いているかと言われれば……俺が転生者だからだろう。


 こうして目にした事はなかったが、実際人間がモンスターになるとか、改造されるとか、ゲームやアニメではよくある事だしな。


 ぶっちゃけ、まあこういう展開もあるか、としか思わなかった。


 だけど、その感覚をどう説明したものか。



 ……いや、違う。そんな事を説明している場合じゃない。


 さっさとこのライオルオーガになりかけている、盗賊の親分を何とかしないと。


「話は後にしよう。まずはこいつを何とかしないと」


 俺はそうごまかして、盗賊の親分が入ったカプセルを見る。


「では、あとで話して頂けるんですね?」


 僧侶がしつこく聞いてくる。


「ああ、俺にわかる事なら、な」


 俺はそう言って、カプセルを調べた。



「……特にスイッチらしきものは、無いか……ん?」


 俺はカプセルから伸びている、俺の腕くらいの太さのパイプを見つけた。


 そのパイプは地面にささっていた。


「これ以外には特にあやしいものは無いし、とりあえずこのパイプを斬っておくか」


 俺はランラン丸を鞘から抜く。



「そこまでですよ、おろかな冒険者のみなさん」


 その時、声がかかった。


 いつからそこに居たのか、部屋の一番奥に、赤い覆面を被った男が居た。


「お前、邪神の使徒か!?」

「ほう? やはり我々の事を知っていましたか、あなた、何者です?」


 しまった! つい叫んでしまった。


 邪神の使徒は、皆、顔がわからない様に覆面を被っている。


 それぞれ覆面の色で階級が決まっているらしく。緑は一番下っ端、青が中級、赤は幹部クラスだったはずだ。


 こいつの覆面は赤色、という事は、幹部クラスじゃないか。

 終盤のダンジョンである、邪神の使徒のアジトにしか出てこない強敵だ。



「あなたが、この男を、こんな……モンスターにしているの?」


 魔法使いが一歩前に出る。


「正確には私が、ではなく我らが邪神様が、ですけどね。もっとも、それを質問する、知るという事は、ここで死ぬ覚悟ができている……と考えて良いのですね?」


 邪神の使徒から殺気が放たれる。


 一歩前に出ていた魔法使いは、思わず後ろに下がった。


「な、なに? なんなのこいつ?」


 魔法使いは、どうして今、自分が下がったのか、わからなかった様だ。


「マホ、そのまま下がっていてくれ、こいつは……危険だ」


 男勇者がひとり、前に出る。


「君は確か、勇者だったね。我々の自信作であったゴブリンキングを倒してくれた」

「なに? まさか、あのゴブリンキングは!?」

「そうさ、アレは我々が、邪神様の力によって生み出したモンスターだったのさ。アレをもっと成長させて、街を征服する計画だったのだがね、君達が邪魔をしてくれたおかげで、計画が狂ってしまったよ」


 ……この会話は、本来この盗賊のアジトで、勇者と邪神の使徒が行う会話だ。

 まさかここで、こんな形で補完されるとは思わなかった。


「そして、邪神様の力の活性化により生まれた、もうひとつの奇跡……ゴブリンクイーンを倒してくれたのは、そちらのお嬢さんでしたね?」


 邪神の使徒はユミーリアを見る。


 やっぱりこいつ、というか邪神の使徒は、男勇者がゴブリンキングを倒すのも、ゴブリンクイーンをユミーリアが倒す所も見ていたのか。


 俺は敵がユミーリアを見つめるのが不快になり、ユミーリアと敵の間に立った。


 俺は敵に、疑問をぶつけてみる。


「そこに入ってるのは、ここの盗賊の親分だろう? なぜ改造する事になった? お前らは仲間じゃなかったのか?」


 本来のストーリーでは、邪神の使徒と盗賊の親分は手を組んでいて、一緒に勇者に襲い掛かってくる。

 少なくとも、協力関係にあったはずだ。


 それがなぜ、こうして改造する事になったのか。


 なぜストーリーが変わってしまったのかを、知りたかった。


「まあ確かに、ここの盗賊達とは協力関係にありましたが、少し事情が変わりましてね」


 それだ、その変わった事情ってのを知りたいんだよ。


「事情、だと?」


 俺は慎重に相手の言葉を待つ。


「ええ、なぜかはわかりませんが、邪神様の力が、この盗賊のアジトに向かって放たれたのです。そこで我々は、以前より練られていた計画を実行に移したのですよ。すなわち……」


 邪神の使徒は、盗賊の親分が入ったカプセルに手をそえた。


「人間をモンスターに改造する。これまでは難しい事でしたが、なぜか放たれた邪神様の力があれば、それも可能だと我々は確信したのです。どうです? 素晴らしい生物でしょう? これはまさに、最強の生物が生まれますよ?」


 知っている。

 そいつはライオルオーガと名づけられる事も、冒険力が5万を超える事も。


 しかし聞いてみるとさらにわからなくなった。


 なんだ? 邪神の力がこの盗賊のアジトに向かって放たれた?


 なぜか、という事は敵にもその理由はわかっていないのだろう。


 結局そこがわからなければ意味が無い。いったい邪神に何が起きているんだ?



「さて、おしゃべりはここまでです。ここまで知った以上、あなた方は全員、死んでもらいますからね」


 邪神の使徒は、どこからか槍を取り出した。


「な、なによ! あなたが勝手にしゃべったんじゃない!」


 魔法使いが叫ぶ。

 先程こいつの殺気を感じたからか、及び腰だった。それでも文句を言えるのは、さすがといった所か。


「すみませんねえ、誰かに自慢したかったものですから。でも誰かに話すわけにはいきませんし……それなら、これから殺す予定のあなた達にならいいかなと」


 覆面でわからないが、おそらく敵は今、笑っている。


「ちなみに、私の冒険力は、6,800です。私に勝てる人は、この中にいますか?」


「ろ、6,800だと!?」


 驚いたのは戦士だった。


 今の俺の冒険力は654。ユミーリアが1,600で、男勇者が2,170だ。


 戦士達が男勇者より強いというのはまず無いだろう。

 

 この中で、敵より冒険力が高い者は、いない。


「どうやら、ようやく状況を理解した様ですね。そうです。あなた達は、ここで死ぬんです」



 邪神の使徒が素早く動いたかと思うと、その槍で戦士を突き刺した。


「ぐはっ!」


 戦士が口から血を吐いた。


「せ、セン!?」


 男勇者が叫ぶ。



 戦闘が始まった。


「き、キサマあああああ!!」


 男勇者が剣を抜き、邪神の使徒に切りかかる。


 だが、その剣を邪神の使徒は、槍で軽くいなしていく。


「どうしました? あの時、ゴブリンキングを倒した時の力でなければ、私は倒せませんよ?」


「アイスボール!」


 魔法使いが敵に対して氷の玉を撃ち出した。


 だが、邪神の使徒は氷の玉を、軽く槍でなぎ払った。


「う、うそ!?」


 見ると、僧侶は戦士を回復させていた。


 コルットとユミーリアも、邪神の使徒に向かって駆け出している。


 邪神の使徒と、男勇者、コルット、ユミーリアの3対1の戦いになる。


 だが、その状況でも相手は槍で攻撃をいなし、的確に攻撃を放っている。


 ユミーリア達は敵を囲んでいるのにもかかわらず、防戦一方だった。


「くうっ!」

「ユミーリアさん! この人、強いです! 気をつけてください!」


 ユミーリアが何とか敵の攻撃を受け流し、コルットが叫ぶ。



 俺は、動けなかった。


 あらためて見ると、戦いの次元が違う。


 アニメやゲームではよく見る戦闘シーンだが、実際に見ると迫力が違う。

 そして俺は、そんな戦闘に入っていける度胸が無かった。


「リクト殿! 何をしているでござる! 拙者達も加勢するでござるよ!」


 ランラン丸が言う事はわかる。


 だが俺は……


「り、リクト殿……」



 足が、震えていた。



 これまで俺は、人と人の戦いをちゃんと見た事が無かった。


 いつも大型のモンスターが暴れて、それを倒すというだけだった。


 これ程早い戦闘は、見慣れていなかった。


 今さら死ぬのが怖いのか?


 ……多分、今までがファンタジーだったからだ。

 敵が大きすぎて、モンスターだったから、だから……リアルに感じていなかったのかもしれない。


 俺は今、初めて、本気で、死ぬのが怖いと思っている……?


 わからない、わからないが足が震えて動かない。



「あぐっ!」


 その時、ユミーリアの肩が、敵の槍で斬り裂かれた。




 それを見た瞬間、それまで考えていた事が、どうでも良くなった。



「て、てめえ! 何してやがる!!」


 キレた。

 わかりやすくキレた。自分でもわかるくらいに。


 俺は邪神の使徒に斬りかかった。


「フンッ!」


 だが、邪神の使徒はそんな俺の剣を軽く弾き飛ばした。


「ぐおっ!?」


 俺は簡単に弾き飛ばされ、しりもちをついた。


「雑魚は引っ込んでいてもらいましょうか? 私は今、この三人と戦っているんですよ」


 そう言って、敵は俺から視線を外した。



「こ、この野郎!」


 俺は立ち上がる。


 だが、弾き飛ばされて少し冷静になった。


 ダメだ、今の俺じゃ何をやっても勝てない。というかついていけない。

 だたキレるだけじゃダメだ。それではユミーリアを傷つけた、あいつをブッ飛ばせない!


 ならどうする?

 何か手は無いか?


「……ある、手はある!」


 俺は自分の手の中にある、日本刀……ランラン丸を見る。


「ランラン丸」

「なんでござるか? リクト殿」


 ランラン丸が、俺に応える。


「力を貸してくれ。俺は……ユミーリアを傷つけたあいつを、絶対に許せない!」


 俺はランラン丸を強くにぎった。


 ふと、ランラン丸が笑う。


「フフ、いいでござるよ、その闘志! それでこそ拙者の主でござる! 拙者もあいつは……ユミーリア殿を傷つけ、人をモンスターにする様なやつは、許せないでござるよ!」


 俺達は、俺達の心がひとつになった事を感じた。



 その時、俺の心に、ひとつの言葉が刻まれた。


 ランラン丸にも言葉が刻まれたのがわかる。


 そしてそれが、何を意味するのかも。


「ランラン丸」

「うむ、感じたでござるよ」


 俺は姿勢をただし、ランラン丸を構える。


「覚醒融合だ!」


 そう、以前はランラン丸が勝手に怒って暴発した、ランラン丸の覚醒……覚醒融合。


 それが今、正しい、本来の形で成されようとしている。


「ランラン丸、今、俺が感じている言葉を、言えばいいんだな」

「うむ、拙者が感じている言葉をつむげば、おそらく……」


「やるぞ!」

「応でござる!」


 俺達は叫ぶ、ランラン丸が覚醒し、俺達が融合する為の言葉を。



「合(ごう)!」

「結(けつ)!」



 俺の尻が、激しく光り輝く。


「な、なんです!?」


 邪神の使徒が、突然の光に驚きを隠せなかった。


「これは!」

「リクト!?」

「おにーちゃん!?」


 三人も手を止めて、俺の方を見る。



 俺の髪に、紫色のメッシュが入り、瞳は金色に、服装は黒い着物に変わる。


「な、なんだ? 何が起こったのです?」


 邪神の使徒は、突然現れた俺の姿に驚いていた。



「ユミーリアを傷つけた、お前だけは許さない」


 俺とランラン丸の声が、重なっている。


 身体は俺の思い通りに、いや、《俺達》の思い通りに動く様だった。


 俺は姿勢を一度低く構え、一気に邪神の使徒に距離を詰める。


「なにっ!?」


 邪神の使徒が驚いた瞬間、俺は邪神の使徒の懐に入り込み、敵を横なぎに斬り裂いた。


「ぐああっ!!」


 敵はそのまま、斬られた勢いで吹き飛んだ。


「な、なんですか!? なぜこの私がこんな! あ、アナタはいったい!?」


 邪神の使徒の言葉を無視して、俺は刀を上に振り上げる。


「こいつで終わりだ!」


 俺の刀が、紫色に光る。




「奥義! 爛々斬結衝(らんらんざんけつしょう)!」




 刀が紫色に激しく光り、振り下ろすと、その紫色の光は閃光となって、邪神の使徒を撃ち抜いた。


「ぐあああああ!!!」


 邪神の使徒は激しい閃光に包まれ、その場に倒れた。



「大丈夫か、ユミーリア」


 俺は敵の方を向いたまま、ユミーリアに手をかざし、回復魔法を唱える。


「ゴッドヒール!」


 俺の尻が激しく光り、ユミーリアの傷を癒していく。




 その時、敵である邪神の使徒は見た。


 うすれゆく意識の中で、自分を倒した者の姿を。


 確か神様というのは、後光がさすと聞いた事がある。

 神様は、後ろに光を背負うのだと。


 目の前の男は、まさにそれだった。


 後光が見える。


 なんと強い、まばゆい光。



 後にこの邪神の使徒は、こう語る。


 自分は神を見たのだと。



 それはまさに、神の尻を持つ男が、生まれた瞬間だった。



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