第162話 神の尻の勝利

 ついに邪神を追い詰めた。

 邪神はそれぞれの世界の邪神に姿を変えたが、俺達はそれを見事に打ち倒した。


 そして今、邪神は一番最初に姿、クエストオブファンタジーの邪神の姿に戻ったのだ。


「く、クソオオ!」


 邪神からあふれる黒いオーラがあきらかに弱っている。


「いくぞユミーリア!」

「うん!」


 俺とユミーリアは邪神に、渾身の一撃を叩き込む。


「ぐうっ! そう簡単にやられてたまるかあああ!」


 邪神が黒いオーラをまとわせた腕で、俺達の剣を弾く。


「往生際が悪いぜ! 素直に倒されろ!」

「黙れ! 貴様こそ、我に素直に取り込まれていれば良いものを!」

「そんな事、私がさせないもん!」


 俺にせまる腕を、ユミーリアが斬り落とす。


「ぐうあ! おのれ勇者め! どこまでも我の邪魔をするか!」

「そっちこそ、これ以上私達の邪魔をしないで! あなたを倒して、私達はリクトと結婚するんだから!」


 そう言って邪神の腕をまたひとつ斬り落とすユミーリア。


「グアアア! く、勇者ぁあ! なぜだ、なぜ貴様はここまで強くなるのだ!」


「リクトのおかげ。リクトが私を強くしてくれたの。リクトが居たから、リクトのそばに居たいから、リクトを守りたいから、リクトと一緒に居たいから! だから私は、強くなるの!」


 ユミーリアの力は圧倒的だった。

 いや、ここにきてさらに力を増している気がする。


 それは言うならば、愛の力だ。

 うん、言ってて恥ずかしい。けど、うれしい。


「私達はみんな、リクトのおかげで強くなれた! だからあなたになんて負けない、絶対に負けないもん!」


 ユミーリアの剣が、邪神の腕を、羽を、尻尾を斬り裂いていく。


「よし、そろそろ決めるぞ! ユミーリア!」

「任せてリクト!」


 俺達二人は一度邪神から距離を取る。


 そして、二人揃って剣を天にかかげる。


 剣に気を集中させ、俺の剣にはピンク色の気が、ユミーリアの剣には黄金の気が集まっていく。


「いくぞ邪神! これこそ勇者の奥義!」

「私とリクトの、必殺技!」


 俺達は二人揃って、剣を振り下ろし、邪神に向かって気を放つ。


「シリブレード!」

「ブレイブソード!」


 そして二つの気が、混じり合う。


「合体技!」

「ブレイブシリソードだよ!」


 俺の2つの丸いピンク色の気と、ユミーリアの黄金の剣が合体し、邪神に突き刺さる。


「ガアアアア!」


 邪神は大爆発を起こし、周囲に爆風が吹き荒れる。



 さすがの邪神もこれで終わりだろう。今のは完全に勝利ムードだった。

 俺はランラン丸を、鞘におさめる。


「ふう」


 チンッと音を鳴らして、俺は一息ついた。


 終わった。

 ようやく邪神を倒したのだ。


「リクト!」


 男勇者であるユウがこちらに駆けてくる。


「やったね、さすがはリクトだ」

「俺だけで倒したんじゃないさ。みんなのおかげだ」


 俺はそう言って、ユミーリアを、そしてみんなを見る。


 エリシリアが胸を張り、マキが頭を下げ、コルットとプリムがVサインを作り、アーナが自身を指差した。


「やったでござるなリクト殿」


 ランラン丸のうれしそうな声が聞こえる。


「えへへ、やったねリクト」


 そして隣のユミーリアが、勝利の女神の様に、美しく微笑んだ。



「それでもすごいよリクトは。僕なんか、全然役に立てなかった」


 ユウは自分の勇者の剣を見ながらそう呟いた。


 確かに、結局ユウは俺達のインフレについてこれなかったな。

 以前よりは間違いなく強くなっているし、ゲーム本編から見ればメチャクチャパワーアップしている。


 だが、それでも俺達の強さにはついてこれなかったのだ。


 まあ元々、ユウは保険で連れてきた様なもんだからな。


 邪神は勇者でしか倒せないんじゃないかという不安があった。だからユミーリアだけでなく、ユウにもついてきてもらったのだ。


 しかし、俺達はこうして邪神を倒す事ができた。なんだか本来の勇者であるユウには悪い気がする。



 そう思っていた。



「……ぐふっ」

「え?」


 ユミーリアが俺を見る。


 俺は口から血を吐いた。


 なぜか?

 俺は下を見る。



 俺の腹から、黒い腕が出ていた。


 いや、それは正確ではない。

 正確には俺の後ろの方から黒い腕が伸びていて、俺の身体を腕が、貫いていたのだ。


 あれ? これってやばくないか?


「り」

「リクトーーー!」


 ユウとユミーリアが悲鳴をあげる。


 何が起きたんだ?


 俺は黒い腕が伸びている方……俺の後方、邪神が居た場所を見る。



「ま、まだだ! まだ終わらんぞ!」


 そこには、ボロボロになった邪神が居た。


「こうなったら、貴様を意地でも取り込んでくれるわあああ!」


 邪神の身体から黒いオーラが出て、腕を伝って俺の身体を包み込む。


「ぐあああっ!」


 俺の身体から、力が抜けていく。

 どうやらこの黒い腕から俺の力を吸収しているみたいだ。


「ぐっ!」


 俺は黒い腕を掴むが、ビクともしない。


「たあああ!」


 ユミーリアが俺の背中から伸びた腕を斬る。

 斬られた腕は消滅して、俺の身体に穴を残した。


 ヤバイ。力が入らないだけじゃなく、メチャクチャ痛い。このままじゃ死ぬ。


「ご、ゴッドヒール!」


 俺は急いで回復魔法を唱える。


 俺の尻がピンク色に光……らない。


「……あ、あれ?」


 何も起こらない。


 俺の身体にあいた穴から、どんどん血が流れていく。


「がふっ!」


 俺は再び血を吐いた。


「リクト!」


 ユミーリアが、みんなが俺に駆け寄ってくる。


 なぜだ? なぜ回復魔法が発動しないんだ?


「クカカ、クカカカカ! きた、ついにきた! もらったぞ、貴様の力! 素晴らしい! やはり素晴らしい力だ! これで我は再び戦える! この力を持って勇者を殺し、この世界を破壊しつくしてくれるわ!」


 後方で、邪神の力が増していた。

 見ると完全に回復しており、以前よりパワーが増している。


「よくも……よくもリクトを!」


 ユウの身体から金色のオーラが爆発した。


「うああああ!」


 ユウが勇者の剣を振りかざして、邪神に向かう。


「フン! 今さら貴様ごときが……なに!?」


 ユウの剣が邪神の腕を斬り裂いた。


「ば、馬鹿な! 貴様のどこにそんな力が! 貴様はあの女勇者よりもはるかに弱かったはず!」


「黙れ! 僕はお前を許さない! 妹の大事なパートナーを、僕の将来の弟を傷つけたお前を、僕は許さないぞ!」


 ユウの身体からあふれるオーラが、邪神を圧倒していた。


 さすがは勇者だ。ここにきて完全に覚醒したのか。


「ぐう! だが、ヤツの力を吸収した我なら、お前にも勝てる!」

「黙れ!」


 ユウの剣が邪神の羽を斬り落とした。


 だが、腕と羽を斬り落とされたというのに、邪神はニヤリと笑っていた。


「何がおかしい!」

「クカカカカ、見るがいい、そして絶望するがいい! ゴッドヒール!」


 なんと、邪神がゴッドヒールを唱えた。

 腕と羽が元通りになり、傷が回復していく。


「クカカカ! 今まで貴様らを助けてきた力が敵になる気分はどうだ?」


 くそ、ラスボスが完全回復するとか、反則にもほどがあるだろう。このままじゃユウは!


「なめるな」


 俺の心配をよそに、ユウは再び邪神の身体を斬り裂いた。


「ぐっ!」

「お前が回復するなら、僕は何度でもお前を斬る!」


「そうよ!」


 魔法使いが邪神に向かって炎の魔法を放つ。


「その通りよユウ! 今さら回復がなによ!」

「そうだ、俺達で邪神を倒すぞ、ユウ!」

「そうです、決してあきらめてはいけません!」


 魔法使いが、戦士が、僧侶がユウに加勢する。


 三人共、ユウと同じ金色のオーラをまとっていた。

 どうやらユウの覚醒にあわせて、パワーアップしている様だ。さすがは選ばれし勇者のパーティだな。


「ぐうっ! おのれ!」

「覚悟しろ邪神! お前を倒すのは、この僕だ!」


 勇者と邪神の、真の戦いが始まった。


 はは、いいなこれ。メチャクチャ燃える展開じゃないか。俺がいつも、ゲームで見てきた光景だ。



「リクト! リクト!」


 ユミーリアの声が聞こえる。


 気がつけば俺は倒れていた。身体に力が入らない。

 邪神の言う事が正しいのなら、俺は力を持っていかれたのか。


 ゴッドヒールも発動しないし……これはいよいよ、駄目かもしれん。


 だけど、心配はしていない。

 あの調子なら、ユウは邪神を倒すだろう。


 やはり邪神は勇者が倒すものだった。

 俺は勇者ではない。俺の役目は、勇者の覚醒をうながす事だったのか。


 ふと目を開けると、ユミーリアの泣き顔が見える。


 あーあ、そんなに泣くなよユミーリア。

 俺は勇者じゃない。もともとこの世界に存在しない人間なんだ。


 だから、今さら俺が居なくなった所で、世界に影響は無い。


 俺は……ここまでだったんだ。

 力を失った今、俺の役目はなくなったんだ。


 思えばこの世界にきてから、とても楽しかった。

 憧れのユミーリアに出会って、モンスターと戦って、冒険者やって。


 コルットに出会って、エリシリアに出会って、マキに出会って、プリムに出会って、ついでにアーナも仲間になって。

 俺についてきてくれたランラン丸。お前は最高の相棒だった。


 魔王と戦って、帝国と戦って、そしてついに邪神と戦って……大変だったけど、とても楽しかった。


 そして最後に、俺はユミーリアのひざの上で死ぬ。

 悪くない。むしろ最高の死に場所だ。


 出来ればこのままみんなと一緒に暮らしたかったけど、力を失った俺は用済みだろう。力が無い俺は、みんなの足手まといになるだけだ。


「すまんユミーリア、俺は邪神に力を取られてしまったみたいだ。俺はもう、魔法も使えない、ただの一般人だ。この傷も治せそうにないし、俺は……ここまでみたいだ」


 ユミーリアから大量の涙があふれる。


「やだ、いやだよリクト」


 ユミーリアの涙が止まらない。最後くらいは笑顔で別れたいものだが、そうもいかなさそうだ。


「泣くなよユミーリア。力を失った俺には、もう価値はない。ただの人間になってしまったんだ。みんなの邪魔になるだけなんだ。このままユウが邪神を倒すだろうし、俺はもう用済みだ。俺の事は、忘れてくれ」


 そう言って目を閉じる。


 しかし、そこでバチンと頬を叩かれて、目が覚めた。


 目を開けると、そこにはエリシリアが居た。


「この、馬鹿者が! 馬鹿な事を言うな! 価値がないだと? 私はお前の力に惚れたつもりはないぞ! 力が無くとも、私はお前が……リクトが好きだ!」


 エリシリアが俺の手を取り、強くにぎる。


「私もリクト様に仕えると決めたのは、リクト様の力だけが理由ではありません。あなたが優しい人だから、楽しい人だから、私はリクト様に仕えると決めたのです」


 マキが反対の手を取る。


「お兄様、私とデートしてくれた事、覚えていますか? 私はあの時の優しいお兄様を見て、この人のお嫁さんになって良かったって思ったんです。用済みだなんて言わないでください!」


 プリムが泣きながら俺にすがりついてくる。


「リクトよ、わしらを馬鹿にするでない。わしらはお前の人柄に惚れてついてきておるのじゃ。力がなくなったからなんじゃ、そんな事を言えば、わしなぞ居る価値もないという事になるではないか」


 アーナも泣いていた。こいつの泣き顔を見るのは珍しいな。


「おにーちゃん、おにーちゃんの力は、強さは、おにーちゃんががんばって修行したから手に入れたものだよ。なにもなくしてないよ? とられてないよ? おにーちゃんは強いって、わたし知ってるもん!」


 コルットが力強い目で俺を見る。


 そう、なのか?

 俺は全ての力を持っていかれたと思っているが、そうじゃないのか?


 どうなんだろう? 俺がこの世界で修行して得た力。それも全部無かった事になったのか?


 俺の力は全て、神様からもらった借り物の力だと、どこかで思っていた。


 だけど、そうだ、コルットの言う通りだ。俺がこの世界に来て修行して得た力は……借り物じゃないはずだ。


「くっ!」


 俺は力を込めてみるが、貫かれた胸から血が噴き出すだけだった。


「リクト!」


 俺にひざまくらをしているユミーリアの涙が、俺の顔に落ちる。


「リクト殿、心配いらないでござるよ」


 ランラン丸の声が聞こえる。


「たとえ全ての力を失ったとしても、リクト殿には拙者がいるでござる。また最初から強くなればいいでござるよ。あの弱っちかったリクト殿が、ここまでこれたんでござるから。大丈夫でござる。だから、しっかりするでござるよ!」


 ……そうか、そういえば最初の頃の俺は、メチャクチャ弱かったっけ。


 そうだよな。今でこそ、こうしてまともに戦えてるけど、最初は最弱モンスターのケモリンにすら苦戦してたもんな。


「リクト……みんなリクトの事、大好きなんだよ。私も、リクトの事が好き。リクトが強いからじゃない、私はね、私と一緒に冒険してくれるリクトが好きになったの。だから……死なないで、私をひとりにしないで」



 ユミーリアはそう言って、俺にキスをした。



 ユミーリアのキスは優しくて、やわらかくて、気持ちよくて。

 俺がここに居てもいいんだって、教えてくれる。


 元の世界で聞いた事がある、人は自分の存在を確かめる為に、誰かに認めてもらいたくて、恋をするんだって。


 自分がここに居てもいいんだって、誰かと一緒に居たいんだって、人との繋がりを得たいから、誰かと繋がっていたいから、愛し合う。


 俺にそんなつもりはなかった。ただみんなの事が好きだったから、結婚するって決めたんだ。


 だけど、そうやって考えてみると、みんなを好きになって、愛し合えて良かったと思う。


 みんなが俺の事を好きだって言ってくれるから、だから俺は、この世界に居てもいいんだって思う。この世界に居たいって思う。


 だから俺は、ここで死にたくない。

 生きて、みんなと一緒に、もっと一緒に居たい!



 俺の決意に応える様に、俺の尻が光り始める。


「リクト?」


 ユミーリアが不思議そうな顔をする。


「ありがとうユミーリア、コルット、エリシリア、マキ、プリム、アーナ、ランラン丸……俺も、みんなの事が好きだ。だから、こんな所で死んでたまるか!」


 俺の尻の光が、どんどん強さを増していく。



「リクト!」


 ユウのうれしそうな声が聞こえる。


 俺の胸にあいた穴がふさがって、傷が消えていく。

 ピンク色の光は周囲を照らし、どんどんその輝きを増していく。


 その光に、邪神も気付く。


「ば、馬鹿な! なぜだ、貴様の力は全て奪い取ったはず! なぜ、なぜまだ尻が光るんだ!」


 邪神がうろたえていた。

 俺はスッと立ち上がって、邪神を見る。


「き、貴様はなんなんだ? なんだその尻は? なぜまだ光る! どうなっているんだ貴様の尻は! 貴様の、貴様の尻はなんなんだあああ!」


 激しく叫ぶ邪神。


 俺はそんな邪神を指差して、こたえる。


「俺は素晴らしき尻魔道士。そして神様も認める、神の尻を持つ男だ。お前がいくら俺の力を奪おうと、この尻は、俺の尻だ! 俺の尻は、誰にも奪う事はできない!」


 俺は邪神に向かって駆け出す。


「ちい! 何が神の尻だ! そんな尻なんぞに、我が負けてたまるかああ!」


 邪神の身体から黒いオーラがあふれ出す。


「ユミーリア、リクトを援護するぞ!」

「わかったわ兄さん!」


 勇者兄妹が邪神の左右に移動する。


「ブレイブ!」

「ソード!」


 勇者達の黄金の剣が、左右から邪神に突き刺さり、交差する。


「ガアアアア! き、貴様ら! 邪魔を、邪魔をするなあああ!」


 俺はその間に、空へとジャンプする。


「し、しまったあああ!」


 邪神が空を、俺を見る。



「いけ! リクト!」

「やっちゃえおにーちゃん!」

「決めてください、リクト様!」

「お兄様! そのまま一気です!」

「やるのじゃリクト!」


「リクト殿! その尻を、思いっきりブチかましてやるでござる!」


「信じてるよ、だからお願い! リクト!」


「うおおおおお! 邪神、これで最後だあああ!」


 俺は邪神に向かって、渾身のヒップアタックを放つ。



「ゴッド! ヒップ! アタアアアック!」



「グアアアアアア!」


 俺の尻が、ピンク色の光が、邪神を押しつぶす。


「馬鹿、な……この我が、こんな、こんな尻で……尻なんぞにいいい!」


 邪神は圧縮され、そして弾け飛んだ。



 辺りが静かになる。


 俺達に、ピンク色の粒子が降り注いでいた。


 身体が癒されていく。


「リクト」


 ユミーリアがこちらにやってくる。


「……ゴッドヒール」


 俺がそう唱えると、俺の尻が光って、みんなの傷が回復した。


「うん、元に戻ったみたいだ」

「やったね、リクト」

「ああ」



 俺はみんなを見て、右手をあげた。



「俺達の、勝ちだ!」



 邪神の気配は、完全になくなっていた。


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