第41話 ドラゴンよりも怖い者

 遺跡調査……というより、遺跡破壊の次の日。


 俺達はCランク昇格の為の最後の依頼、フレアイーグルの討伐依頼を受ける事にした。


 ちなみに、日課となったイノシカチョウのレア肉の報酬については、今後は全額パーティ資金にする事にした。


 ユミーリアとコルットはすでに使い切れないほどの資金を持っており、俺に限っては死んだら所持金が半額になるので勿体無いからだ。


 パーティ資金にしておけば死んでも減らないのは確認済みだ。


 というわけで、今日の報酬でパーティ資金は、45万2320P(ピール)になった。

 目標は100万Pで家を買う事だ。余裕もほしいから100万以上は貯めてないとな。


 さて、金の話はこれくらいにして、フレアイーグルの討伐依頼だ。


 街の北西にある高台がフレアイーグルの生息地になっている。

 そこに行って、フレアイーグル1体を討伐してくるのが、今回の目的だ。


 フレアイーグルの冒険力は2000。ぶっちゃけ俺ひとりでも勝てる。

 重力修行のおかげだ。


 とはいえ、ゲームのストーリーだとなぜかショシンリュウが出てくる。

 理由は邪神の使徒が生息地を荒らしたから、だったかな?


 ショシンリュウの冒険力は4000。


 俺の今の冒険力が5200だから、これも俺ひとりでなんとかなるレベルだ。


 問題は、それ以外のモンスターが出てきた時だ。


 どうもこれまでの事から、ゲームのストーリーより難易度が上がっている気がする。


 いったいなぜなのか。あの神様のせいなのか。それとも俺というイレギュラーな存在のせいかのか。


 考えてもわからないが、とにかく注意していった方がいい。



 俺達はギルドで討伐依頼を受けて、フレアイーグルの生息地へ向かっていた。



「♪~」


 コルットはご機嫌だった。


 というのも、例のなんでも言う事を聞くというやつのせいだ。


 俺は今、コルットを抱っこしている。


 コルットのお願いは、今日は移動の際は俺に抱っこしてほしいというものだった。


 なんとも可愛いお願いに、俺の顔はユルユルになっていた。


 コルットは軽いし、俺も重力修行のおかげで少しは鍛えられているから、抱っこするくらいなんともない。


 コルットも可愛いが、横にユミーリアが歩いているというこの光景。


 まるで、子供と夫婦の様だ。


 思わず笑みが浮かんでしまう。


「えへへー」


 なぜかユミーリアもご機嫌だった。


 もしかして俺と同じ様な事を考えているのかもと思うのは、さすがに調子が良すぎるだろうか。


 

 とにかく、平和な道のりだった。



 そして、俺達はフレアイーグルの生息地に着いた。


 俺はコルットを降ろして、ランラン丸を構えた。


「コルット、付近に何か気配は感じるか?」


 コルットは周りの気配や罠なんかを見分けるのが得意な種族だ。


「今の所は、何もないかな?」


 俺はコルットに確認しながら、周囲を警戒する。



 そして、それは突然やってきた。


 上空がいきなり雲に覆われ、雷が鳴り始めた。


「な、なんだ!?」


 俺は突然の天候の変化に驚いた。


 そして何より驚いたのは、その雲の切れ間から、何か黒い物体が現れた事だ。


「なに、あれ?」


 ユミーリアも驚いている。


「リクト殿、急いで逃げるでござるよ!」


 俺の持つ刀、ランラン丸が突然しゃべる始めた。


「どういう事だ?」

「あれは……マズイでござるよ! いいから急いで逃げるでござる!」


 その瞬間、雷が大きく鳴った。


 俺達は思わず、耳をふさぐ。



「ゴアアアアアアアア!!」



 雷が鳴り終わったと思ったら、今度は大きな鳴き声が聞こえてきた。



「リクト、こ、このモンスターって!」


「……ああ」


 予想通り、俺達の前に現れたのは、フレアイーグルでもショシンリュウでもなかった。


 それは、ストーリーの終盤に出てくるモンスター。


 エンカウントすれば逃げた方がいいと、攻略本に書かれているやっかいなモンスター。


 俺は念の為、相手の名前と強さを確認する。


 俺の尻が光って、光は文字となり、俺の前に現れる。



《オメガドラゴン 冒険力:8万4000》



 オイオイ、マジかよ。


 俺の予想通り、それはオメガドラゴンだった。


 真っ黒な竜。

 所々に改造された為か、機械の様な部分がある。


 確か、ブラックドラゴンを改造して生まれたのが、オメガドラゴンだったか。


 その強力すぎる力のせいで、制御できなかったと言われるモンスターだ。


「いくらなんでも、出てくるのが早すぎるんじゃないか?」


 俺は大量の汗をかいていた。


 周囲は暗雲のせいで真っ暗だし、雷も鳴り続けている。


 全て、こいつのせいだ。


 ちょっと演出過剰なんじゃないかとも思うが、こいつの強さを思えば、これくらいの異常気象は起きても不思議じゃない。



 逃げるしかない。


 だが、今の俺達は逃げる事すらできるのか、わからない。


「逃げるでござるよ! アレは、今の拙者達が勝てる相手ではないでござる!」


 めずらしくランラン丸が真剣モードだ。


 それほどの敵、という事か。



「リクト」


 ユミーリアが、真剣なまなざしで、こちらを見つめていた。


「お願いリクト、私に……力をちょうだい」


 力? 何の事だ?


「私、なんとなく思い出したの。あの日、ゴブリンクイーンを倒した時、リクトが私に何かして、それで私の力が強くなって、ゴブリンクイーンを倒したんだって」


 いや、できれば思い出さないでほしいんだが。


 俺がした事は、その……キスだ。


 《覚醒のくちづけ》というやつらしく、俺がキスをすると、ユミーリアの勇者としての力が覚醒する。


「お願いリクト! このままじゃ、逃げる事もできないと思うの! だから、私に力をちょうだい!」


 ユミーリアは真剣だった。


 それほど、敵が強大な事を理解しているという事だ。



 俺は覚悟を決めた。


 ここでためらえば、どうせまた死んでしまうのだろう。


 なら、今回くらいは最初から全力でやってやる。


「わかった。ユミーリア、これからその覚醒の儀式を行うが、動揺せず、受け入れてくれ」

「うん、わかったよリクト!」


 俺はユミーリアの肩に手を置いた。


「ふえっ? ふえええええ!?」


 いきなり動揺していた。大丈夫かよ、これ。


「目を閉じてくれ」

「ううっ……う、うん」


 ユミーリアは真っ赤になりながら、目を閉じる。



 俺はそっと、ユミーリアにくちづけをした。


 俺の尻が激しく光、ユミーリアが光に包まれる。


「これって……」


 ユミーリアの全身に、力がみなぎっていた。


「いける、いけるよリクト!」


 ユミーリアがその力を解放する。


 以前とは比べ物にならない程の、すさまじいパワーだ。



「おにーちゃん」


 コルットが俺の服を引っ張っていた。


「どうした、コルット?」

「おにーちゃん、お願い変更。私にもチューして」


 ……え?


「い、いや、コルット、今はそれどころじゃ」

「わたしも、パワーアップしたいの! わたしも一緒に戦いたいの!」


 どうやらコルットは、俺がくちづけをすると誰でもパワーアップできると勘違いしているらしい。


「先にいってるね、リクト!」


 ユミーリアはオメガドラゴンに向かっていった。


「くっ!」


 いくら覚醒したといっても、ユミーリアひとりでは危険だ。

 早くコルットを説得して援護しなければ。


 俺はかがんで、コルットに目線を合わせる。


「コルット、聞いてくれ、あれはユミーリアだから覚醒するわけで、誰でもパワーアップできるわけじゃないんだ!」



 そう言った瞬間、コルットは俺のくちびるを奪った。



「……!?」


 再び俺の尻が光り輝き、コルットが光に包まれる。



《覚醒のくちづけ》



 俺の目の前に文字が出る。


 オイオイ、ユミーリアだけじゃないのかよ。

 コルットまで覚醒するって、どういう事だ?


 コルットを包んでいた光はやがてコルットの身体に吸収されていく。


 そしてコルットの髪の色が、栗色から金色に変化した。


「すごいよおにーちゃん、力があふれてくる!」


 強い。


 そう確信できるほど、コルットにはパワーがあふれていた。


「これなら大丈夫! いってくるね、おにーちゃん!」


 そう言ってコルットはオメガドラゴンに向かって駆け出した。


 俺は二人を、ジッと見つめる。


 俺の尻が光り、光は文字となって俺の前に現れる。


《ユミーリア(覚醒) 冒険力:6万4000》

《コルット(覚醒) 冒険力:5万2000》


 二人ともすげえ!!


 この強さなら、なんとか倒せるかもしれない。


「ええい! ランラン丸、俺達もいくぞ! 俺達だって、強くなっているはずだ!」


「拙者としては逃げてほしいんでござるが、仕方ないでござるな。こうなったらやってやるでござる」


 俺はランラン丸を正面に構え、息を整える。


「いくぞランラン丸! 融合だ!」

「オウでござる!」


 俺とランラン丸は、それぞれキーワードを叫ぶ。



「合(ごう)!」

「結(けつ)!」




 俺の尻が光り輝き、俺とランラン丸は、ひとつになる。


 俺の髪に紫色のメッシュが入り、瞳は金色に、服は黒い着物になる。


「いくぞおおおお!!」


 俺はランラン丸を抜刀し、オメガドラゴンへと向かう。



 ユミーリアが炎の剣で斬り裂き、コルットがラッシュを叩き込む。


「ゴアアアアア!?」


 そこに俺が、ランラン丸で斬りつける。


 しかし、さすがにかたく、傷つける事はできなかった。


「ゴアアアアア!!」


 オメガドラゴンが激しく暴れだす。


「おにーちゃん、ユミーリアさん! 頭に決めます!」


 俺とユミーリアはコルットのその言葉を聞いて、それぞれ行動する。



「炎の剣よ!」


 ユミーリアはそう叫ぶと、炎の剣から激しい炎がほとばしる。


 炎はオメガドラゴンの周囲をかこんだ。


「奥義! 爛々斬結衝(らんらんざんけつしょう)!」


 俺の刀が紫色の光を発し、刀を振り下ろすと、閃光がオメガドラゴンへと向かう。


 閃光は、オメガドラゴンの足に直撃した。


 傷ひとつついていなかったが、それでもひるませる事はできたみたいだ。


「ゴアアアアア!?」


 そして、周囲と足に気をとられている内に、コルットがオメガドラゴンの顔めがけて、飛び上がっていた。


「竜滅拳(りゅうめつけん)!!」


 コルットの渾身の一撃が、オメガドラゴンの顔にヒットした。


 コルットの一撃を受けて、オメガドラゴンの顔がゆがんだ。



 オメガドラゴンは足と顔に攻撃を受けた事で、大きな振動と共に、その身体を横たえた。



「ど、どうだ?」


 俺達は俺達の全力を叩き込んだ。


 これでダメなら、全力で逃げるしかない。



「あっはっは! やるじゃない! さすがは勇者ね、ユミーリア!」



 俺が警戒していると、声が聞こえてきた。


 女性の声だった。


 しかしその声が、どこから聞こえてくるのかわからなかった。



 いや、違う。


 そこから聞こえてくるはずがないと思っていたのだ。


 声は、オメガドラゴンから聞こえてきた。


 よく見ると、オメガドラゴンの背に、人が立っていた。


「え? うそ?」


 ユミーリアが一番早くに反応した。


 どうやら知っている顔だったらしい。


「フィリス、なの?」


 フィリス……?


 フィリスだって!?



 俺は驚いた。


 フィリスといえば、クエファンの3回目のリメイクで追加されたキャラクターだ。


 3回目のリメイクで、勇者の幼馴染というのが追加された。


 その幼馴染は、勇者にコンプレックスを持っていて、何かと勇者に絡んできては、冒険の邪魔をしてくるのだ。


 言ってしまえばお邪魔キャラ、にぎやかしキャラだった。

 勇者とその幼馴染、その力の違いを感じさせるイベントだった。


 そのフィリスが、なぜここにいるんだ?

 確か一番最初の登場は、もっと先のイベントだったはずだ。


「久しぶりねーユミーリア。元気だった? って、元気すぎるわよね。こいつ相手にここまで戦えるんだもん」


 フィリスと呼ばれた、短い黒髪の少女はケラケラと笑っていた。


 オメガドラゴンに乗りながら。


「フィリス、どうしてこんな所に?」


 ユミーリアも混乱している様だった。


 無理もない。後のイベントで現れると知っている俺も驚いているんだ。


 それすら知らないユミーリアからしたら、なぜ故郷の幼馴染が突然ここにいるのか、不思議でしょうがないだろう。


「ふふふ、私もね、あなたみたいに強くなりたかったのよ。だから、邪神様に頼んで、力をもらったの」


 フィリスがやがて邪神の力によって、闇落ちして暗黒騎士となるのは、本来のストーリー通りだ。


 だが、最初に出会った時はそんな事はないはずだった。


 なのに今のフィリスは、すでに邪神の力を取り入れているという。


 どういう事だ? なぜここまでストーリーが狂っているんだ?


「あれはまさに、運命の出会いだったわ。あの方は私に、力をくれた」


 あの方? あの方ってなんだ?


「見て、ユミーリア! 私、もうあなたに負けないわよ!!」


 突然、フィリスの身体が光り始めた。


 するとオメガドラゴンが解け始め、フィリスへと吸収されていく。


「ゴアアアアアアアアアア!?」


 オメガドラゴンが激しくのたうちまわる。



「ふぃ、フィリス!? なにをしているの!?」


 突然の事に叫ぶユミーリア。


 だが、フィリスの吸収は止まらない。


「あはははは! アハハハハハ! すごいわ! すごいパワーよ! 力がみなぎってくるわ!!」


 目の前の光景に、俺も理解が追いついていなかった。



 やがてオメガドラゴンは、フィリスに完全に吸収され、その姿は消えてしまった。


「アアアアアアアアアア!!」


 フィリスが苦しそうに叫びだす。


 するとフィリスの身体の一部が黒いウロコにおおわれ、黒いつばさが生えた。

 両手両足の爪も伸びている。


「ハアアアアア……いいわ、最高の気分よ。ユミーリア」


 その目はオメガドラゴンと同じ、金色になっていた。


 オメガドラゴンを吸収した?


 なんだ、何が起こっているんだ?


 こんな事、ゲームではなかった。ありえない光景だった。


「アハハハ! ほうら! 見て! ユミーリア!」


 フィリスは手を前に突き出すと、黒い衝撃波をユミーリアに向かって放った。


「きゃあっ!!」


 ユミーリアが吹き飛ばされる。


「ユミーリア!!」


「あらなに? ちょっと弱すぎない? さっきの勢いはどこにいったのかしら?」


 ケラケラと笑うフィリス。


 あのユミーリアがこうも簡単に吹き飛ばされるなんて。


 俺はフィリスをにらみつける。


「あら? なによあなた。私とユミーリアの間に入ろうっていうの? そういうの、よくないわよ。愛し合う二人の間に入るなんて、ね?」


 ……は?


「誰と誰が愛し合っているって?」


「私とユミーリアよ。私たちは、幼い頃からずーーーーーっと一緒だったの。それなのにユミーリアったら、勇者になるなんて突然言って村を出て行って。私、とっても淋しかったんだから」


 ヤバイ。完全にやんでる。行き過ぎた愛が暴走していらっしゃる。


「……そういえば、あなたさっき、ユミーリアに何かしていたわよね? 何をしていたの? まさか、私のユミーリアに手を出していないわよね? 出してないわよね? ナイワヨネ? ヨネ?」


 うわああ、ヤバイよ、壊れてるよこの子。


「アナタ、何か危険な気配がするわ。ここで殺しても、いいわよね? うん、殺すわ」


 俺は背中に汗をビッショリとかいていた。


 さっきのオメガドラゴンより、ヤバイ気がするよこの子。主にヤンデレ的な意味で。


「死んで。シンデシンデシンデシンデシンデ!!!」


 フィリスが羽を広げ、こちらにせまってくる。



 しかし、その進行を、ユミーリアが剣で止めた。


「ユミーリア?」

「リクトを、傷つけさせはしない! リクトを傷つけたら、許さないんだから!」


 ユミーリアは剣でフィリスを弾き飛ばす。


「邪魔しないでユミーリア、そいつを今すぐころ……アガアアアア!!」


 突然、フィリスが苦しみ始めた。


「ガアアアアアア! な、なに? まだ、制御できないというの? まったく、いまいましい!」


 フィリスは羽を広げ、空へと舞い上がった。


「グウウウウ! き、今日の所はこの辺でカンベンしてあげるわ。でも忘れないで、ユミーリア。私はあなたを殺して、勇者になってみせる。そしてあなたを、私の物にしてみせるから!」


 フィリスはそのまま、空へと去っていった。


「アハハハハ! アイシテイルワヨ! ユミーリア!!」


 ユミーリアへの、のろいの言葉を残して。



 なんとか危機は去った。



 俺達は力が抜けて、その場に座り込んだ。



 そしてその後、お互いの無事を確認するかの様に、抱きしめ合った。



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