第89話 船を出せ、大海原へ!

 俺のズボンという尊い犠牲はあったが、俺達はササゲ火山の伝説の勇者の装備のひとつである、勇者のよろいを手に入れた。


 俺は尻の部分に穴があいたズボンを捨て、新しいズボンにはきかえる。


 その時、ズボンに入っていた魔石に気づいた。

 オウガの魔石だ。


「そうだ、六魔将軍が現れたからすっかり忘れてた。ちゃんと火山に投げ入れてやらないとな」


 俺はオウガの魔石をにぎりしめる。



 部屋を出て下に降りると、みんなが俺に注目した。


「リクト……あれ? ズボンかえた?」


 最初にユミーリアが気がついた。


「ほんとだな、どうしたんだ?」


 続いてエリシリアも気がつく。


 コルットとマキも気づいていたみたいで……なんでみんな一瞬でわかるんだよ。


 俺はちょっと恥ずかしくなった。


「え? まさかリクト殿、漏ら」

「尻から炎が出た時にズボンが燃えちまったんだよ!」


 ランラン丸が誤解を招きそうな事を言いそうになったので、俺は素直に白状した。


「ああなるほど、そういう事でしたか。気づかずに申し訳ありませんでした」


 マキが頭を下げてくる。


 だが俺は、一瞬マキがププッと笑ったのを見逃さなかった。

 絶対気づいていただろスーパーメイド!


 俺は無理矢理、話題を変える事にした。


「えっと、なんだ、ひとまずおめでとうユミーリア! 伝説の勇者の装備だぞ!」


 ランラン丸とマキがニヤニヤ見てくるが気にしない。


 俺の言葉に、ユミーリアがくるりとまわる。


 純白の勇者のよろい。今まで身につけていた赤いマントもしっかり装着されている。


「えへへ、なんだかちょっと照れるかも」


 ユミーリアの顔がほんのり赤くなる。何この勇者超絶可愛い。


 俺はユミーリアに見とれていた。


 俺に見られて恥ずかしいのか、ユミーリアの顔がさらに赤くなる。


 ユミーリアを見すぎた事に気付いた俺は、コホンとわざとらしく咳き込んだ。


「えっと、とにかくこれでひとつめだな。あとは……剣とかぶと、それと盾だっけ?」


 俺はマキを見る。


「はい。残る伝説の勇者の装備はその3つです。六魔将軍も現れましたし、急いだ方が良いでしょう」


 マキの言葉に、みんながうなずく。



 とはいえ、俺はまだ火山に用事があった。


「ごめん、急ぎの所悪いんだが、実は少し個人的な用事があってさ」


 俺は頭をかきながらそう告げる。


「ちょっともう一回火山に行ってくるから、みんなマイホームで待っててくれ」


 俺はそう言って、マイホームを出ようとする。


「おにーちゃん、わたしもいくー!」


 コルットが俺についてきた。


 俺の用事はオウガの事だ。親父さんの娘である、コルットには見届けて欲しいな。


「わかった、一緒に来てくれ」

「うん!」


 そうして二人でマイホームを出ようとしたところで、ユミーリアもエリシリアもマキも「ならば私も」と、ついてくると言い出した。


 ランラン丸は俺が外に出れば自動的についてくる事になるので、結局はみんなで行く事になった。



 俺達は揃って、マイホームを出る。


 そこは、先ほどまで居たササゲ火山の頂上、その中心だ。


 マキがかけてくれた暑さを防ぐ魔法がまだ効いているのか、そこまで暑くはない。


 俺はオウガの魔石を握りしめる。


「おにーちゃん、それ」


 コルットが俺の持つ魔石に気づく。


「おとーさんの、お友達だよね?」


 友達。


 コルットの親父さん、リュウガとオウガはライバルだった。


 それは恐らく、強敵と書いて友と読む仲だったのだろう。


 俺にとってのオウガが、そうだったように。


「ああ、そうだ。こいつは親父さんと……俺の、強敵(とも)だ」


 俺はオウガの魔石を見る。


 普通のモンスターの魔石とそう変わらない。


 だが、これがオウガだと思うと、なんだか複雑な気分になる。


「コルットの親父さんに頼まれてさ。こいつを……この火山に投げ入れてきてくれってな」


「魔石を、ですか? 先ほどから友と仰っておられますが、その魔石はいったい……」


 事情を知らないマキが聞いてくる。


「こいつは、邪神の力を取り込んでモンスターになってしまった、馬鹿なヤツなんだ。モンスターになっちまったもんだから、死んだら魔石になってしまったんだ」


 俺の言葉に、マキの表情がゆらぐ。


 人がモンスターになる。すでにその事が尋常ではない。色々と察してしまったのだろう。


「すみません、安易に聞いて良い事ではありませんでした」

「いや、そんな事はない。邪神が居る限り、これからも同じ様な事が起きるかもしれないんだ」


 恐らく、ユミーリアの幼馴染であるフィリスやゼノスも、モンスターになっている可能性が高い。


 ユミーリアもそれは察しているのだろう。少し表情が暗い。


「この火山は、魔石になってしまったこいつが好きだった人が……死んだ場所なんだ。だから、俺も親父さんも、こいつは敵だったけど、せめてここに投げ入れてやりたくてさ」


 俺はそう語りながら、火口に向かって、魔石を投げる。


「よっと!」


 魔石は弧を描き、火口へと落ちていく。

 そして、マグマに飲み込まれていった。


「二度と戻ってくるんじゃないぞー!」


 俺は親父さんに言われた通りに、魔石に向かって叫んだ。


「ぞー!」


 コルットも一緒になって叫んだ。


 俺は魔石がマグマに完全に沈んだ事を確認して、マイホームを出す。



 マイホームに戻り、俺はオウガとソフィアの事をみんなに話した。


 みんな複雑な表情で話を聞いていた。


「ササゲ村で、そんな事があったのか」


 エリシリアがつぶやく。

 ユミーリアは涙を浮かべていた。


 俺達は火山のふもとに戻り、ササゲ村に行ってみる事にした。



 ササゲ村は、オウガによって滅ぼされたままだった。


 建物は全て破壊され、人ひとり居ない。


「俺はオウガを倒した時、考えたんだ。もしユミーリアが、コルットが、エリシリアが、マキが、ソフィアと同じ様に誰かに殺されたら……俺もオウガと同じ様になるんじゃないかって」


 村を見ながらみんなに語る。


「そしたらさ、俺の師匠であるコルットの親父さんが、そんな事を考える暇があったらみんなを守る為に強くなれって言ってさ。ああそうかって思ったんだけど、それでも……俺はオウガが全部間違っていたとは思えないんだ」


 俺の言葉を聞いて、マキが答えた。


「リクト様。強い力というのは周囲に強い影響を与えます。良くも悪くも、です。オウガという方は、強い力を持っていたのでしょう。だから、この様な結果を生んでしまいました」


 マキが俺に向かって、頭を下げる。


「リクト様が感じたその気持ち、そしてオウガという方が感じた衝動、それらは全て、人として当たり前の感情なのです。それによる結果は強さによるもの。強き力を持つ者は、それ相応の結果を生んでしまうのです」


 マキが言う事は、なんとなくわかる。


 マキはつまり、感情が悪いわけではない、その結果が問題だと言いたいのだろう。


「リクト様は……同じ結果にはならないと、私は思います」


 マキがこちらを見てくる。


「そうだな、リクトはこんな事はしない。私もそう思う」


 エリシリアも、なぜか自信満々にうなずいていた。


「そうだよ! リクトにはこんな酷い事は出来ないもん。だから、大丈夫だよ」


 ユミーリアが俺の手を取る。



 コルットは……しばらく考えた後、パッと笑って俺に話しかけてきた。


「おにーちゃん、だいじょうぶ! もしおにーちゃんが悪い事をしたら……わたしがとめてあげる」


 コルットの発言にドキッとした。


 俺は改めてコルットを見る。


 コルットの目は、澄んでいて、とても綺麗だった。


「は、はは。そっか。コルットが止めてくれるか。それなら大丈夫だな」

「うん!」


 なんだか、胸のつかえがスッキリと取れた気がした。


 俺はコルットを抱きかかえる。


「ありがとう、コルット……みんなも、ありがとう」


 俺がそう言うと、ユミーリアがはにかみ、エリシリアが笑う。


「私の方こそ、リクト様の大事な人の中に、私を入れて頂いて、ありがとうございます。私は……幸せ者です」


 マキがニッコリと笑う。


 それは何のたくらみも無い、いつもの様に妖艶でもない、とても綺麗な笑顔だった。


 俺達はマイホームに戻り、キョテンの街に、俺達の家に帰る事にした。



 マイホームに入ると、ランラン丸がいじけだした。


「どうせ、拙者は大事な人の中に入ってないでござるよー、ふーんだ、ふーんだ」


 そういえば、ランラン丸の名前をあげるのを忘れていた。


「ち、違うんだって! お前は守るべき対象というよりは、一緒に戦う相棒なわけでだな?」

「ふーんだ、別にいいでござるよー。拙者はどうせただの刀でござるー」


 その後、寝る寸前までランラン丸の機嫌は直らなかった。



 翌日、俺達はマキが作った朝食を食べながら、次の目的地について話し合う。


「リクト、次はどこへ向かうんだ?」


 エリシリアの言葉に、俺は考える。


 残る伝説の勇者の装備は3つ。

 ウミキタ王国の北にあるヒエコッチ島、帝国領の上空を飛んでいる空の島、デンガーナ王国のさらに西の海の底。


 空に行く方法はまだわかっていない。

 海の底に行く方法もだ。そもそも西にはまだ行った事がない。


 そう考えると、まずはウミキタ王国の北にある、ヒエコッチ島が先だろう。


「ヒエコッチ島だな。というか他の2つは行く方法がわからん」


 俺の答えに、エリシリアとマキがうなずいた。


「確かにな。私もそう思う」

「ええ、他の2箇所はもう少し情報を集めてからの方が良いでしょう。まずはウミキタ王国の北、ヒエコッチ島へ参りましょう」


 方針は決まった。

 あとは、ヒエコッチ島へ行く方法だ。


「島というからには、海を渡っていくんだよな。船とかどうするんだ?」


 俺の疑問にはマキが答えてくれる。


「お父様に頼みましょう。可愛い娘の為なら、船のひとつくらい出してくれるでしょう」


 そう言ってニッコリ笑う。

 その笑顔は、先日見た純粋な笑顔ではなく、何か含みのある笑いに見えた。



 俺達はマイホームの機能で、ウミキタ王国の城に向かった。


「むおっ!?」


 いきなり謁見の間に現れた俺達を見て、玉座に座っていた王様が驚いていた。


「おお、マキにシリトか! いきなり現れるのはカンベンしてくれ、驚いてしまったじゃないか」

「申し訳ありませんお父様。お父様を驚かせたくてリクト様にここに出る様にお願い致しました」


 マキが王様に向かって頭を下げる。


 謁見の間に出てくれって言ったのはこの為だったのか。


「それでどうした? 何か用があってきたんだろう?」

「はい、実は……」


 マキは伝説の勇者の装備がヒエコッチ島にある事、ヒエコッチ島に行く為に船を貸して欲しい事を話した。


「なるほどな。そういう事であればすぐに船を用意させよう。港で待っておれ」


 王様がすぐに兵士を呼び出して、準備を始めてくれた。



 俺達は言われたとおり、ウミキタ王国の港に歩いて向かった。



「おお! あのピンク色の姿は!」

「シリト様じゃ! シリト様が歩いておられるぞ!」

「ああ、ありがたやありがたや!」

「シリト様ー! 尻を光らせてくれー!」

「あれ、天使のケツの人じゃね?」

「シリトー! 尻が光って無いぞー!」

「フッ、相変わらず良い尻だ」

「ママー」

「しっ! よく見ておきなさい。あれがこの国の救世主、桃尻神(ももしりしん)、シリト様よ」



 街を歩く度に声をかけられたり、ジロジロ見られた。


「素晴らしい人気っぷりですね、リクト様。私やエリシリア様、伝説の勇者の装備を着ているユミーリア様やリュウガ様の娘であるコルット様より、完全に目立っています」


 マキがほめてくれるが全然うれしくない。


 俺はコルットを抱きかかえ、早足で港に向かった。



「おお! 立派な船じゃないか!」


 港に着くと、すぐに船に案内された。


 そこには、小ぶりだが立派な船があった。


「以前から国王様が、マキ様の為に用意されていた船です。名をピーチケッツ号と言います」


 おいちょっと待て。

 その名前、絶対最近つけただろう!


「却下だ、その名前は却下だ!」

「え? とてもステキな名前だと思いますが?」


 マキが意外そうな顔をしていた。


「私も良いと思うよ」

「私もだ。なんだか響きが可愛くて気に入った」

「わーい、ピーチケッツ号、よろしくねー」


 ユミーリアもエリシリアもコルットも気に入っていた。


 残りのひとり、ランラン丸は……


「ブフー! ぴ、ピーチケッツ、ぴーち、ケツ、プフフフ! アーハハッハッハ!」


 大爆笑していた。


 俺はランラン丸をその場にそっと捨てて、船に乗る事にした。


「わーん! リクト殿ー! 置いていかないででござるー!」


 ランラン丸の叫びがこだまするが、その声は俺にしか聞こえなかった。



 船が出港する。


 船長は俺だ。キャプテンリクトだ。


「いくぞヤロー共! ヨーソロー!」


 俺はヨーソローの意味もわからず、とりあえず叫んでみる。


「リクト、お前以外はみんな女性だ。ヤロー共はどうかと思うぞ」


 エリシリアが冷静に突っ込んでくる。


「よーそろー?」


 ユミーリアは俺が叫んだ意味がわからないみたいで、頭にハテナマークを浮かべていた。


「よーそろー!」


 コルットはうれしそうに俺のマネをする。


 マキはというと、船を操縦している。


「船の操縦はメイドのたしなみですから」


 さすがはスーパーメイドだ、船の操縦も出来るんだな。メイドのたしなみなのかどうかはわからないが。



 船が帆を張って、大海原を進む。


 潮風が気持ち良い。


「リークートーどーのー! そろそろ許してほしいでござるー」


 船の先端にくくりつけたランラン丸が何か叫んでいた。


「しおかぜがー! さびるでござるー! リクト殿ー!」


 聞こえないフリをしようかとも思ったが、うるさいのでカンベンしてやる事にした。


 ランラン丸を回収し、海を眺める。


「綺麗だね」


 ユミーリアが3つのテールを風になびかせて海を見ていた。


 ユミーリアの方が綺麗さ。と言いかけて口をつぐむ。

 さすがに恥ずかしくて言えない。


「コルット、はしゃぎすぎて海に落ちない様に気をつけるんだぞ」

「はーい」


 エリシリアがコルットに注意していた。


 コルットは気にせず、船の中を走り回っている。


「ヒエコッチ島まではおよそ1時間程と思われます。みなさまはご自由におくつろぎください」


 マキが船を操縦しながら俺達にそう告げた。


 1時間か。

 のんびり船旅ってのもいいもんだな。


 俺はしおかぜを感じながら、目を閉じる。



 そうして、しおかぜや波を楽しんでいると……ユミーリアとエリシリアが苦しそうにしていた。


「うう……」

「な、なんだこれは……気持ち悪い」


 どうやら、二人は船酔いしたみたいだ。


「二人とも、船に乗った事は?」

「ない」

「初めてだよー」


 うん、初めて船に乗ったなら無理もないか。


 俺はマイホームを出して、二人を中で休ませる事にした。


「ごめん」

「すまない」


 二人は申し訳なさそうにマイホームに入っていった。


「コルットは大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶー!」


 コルットは相変わらず、元気に海を眺めていた。


「む? リクト様、前方から何か来ます」


 その時、マキが何かに気づいた。


 俺は船の先端に向かう。


「な、なんだ?」


 その時、前方の海が盛り上がった。


 そしてそこから出てきたのは……


「うげ!」

「な、なんと」

「わー!」


 俺とマキは驚愕し、コルットはうれしそうによろこんでいた。


「おいおい、嘘だろう? こんなの、どうやって戦えっていうんだよ?」




 俺達の前方に現れたのは……見上げる程の、巨大なタコだった。



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