第12話 尻戻り(死に戻り)

「おお、素晴らしき尻魔道士よ! 死んでしまうとは ふがいない」


 俺は真っ白な空間に居た。


 確か俺は、巨大なゴブリンに……ゴブリンクイーンに攻撃されて……



「おや、無視かい? 酷いねえまったく」


 俺はその男の言葉に反応し、声の方を向いた。


 目の前に居るのは、男勇者にそっくりのイケメンだった。なぜか背中に羽が生えている。


「お前は、ユウか? それとも……」


 俺が反応した事に満足したのか、イケメンはニッコリと微笑んだ。


「私は勇者ではないよ。私は神……君をこの世界に送り込んだ神といえば、わかるかな?」


 ……なんだと?


「という事はお前が、電車の中で俺の尻を撫でまくったあげく、たいして説明もしないままクエファンの世界に俺を飛ばした神様か!?」


「イグザクトリー!」


 神と名乗るイケメンが人差し指を立てた。


「お前、女じゃなかったのか? っていうか、なんで男勇者と同じ顔なんだよ?」


「私に性別は無いよ。この姿も、君がもっともイケメンだと思う顔に、見える様にしただけなんだけどねえ」


 なんだそりゃ? 確かに男勇者はイケメンだし、俺が好きなゲームの勇者だ。イケメンだとは思っていたが……


「それとも、女性の姿の方が良かったかい? それなら君がもっとも美しいと思う女性の姿になるが……」

「いや、今のままでいい」


 俺が最も美しいと思う人、それはユミーリアだ。

 こいつにユミーリアの姿をされるのは、なんかムカツク。


「まあいい、それよりここはどこなんだ? 俺は……どうなった?」

「ふむ、それではもう一度、最初からやり直そう」


 コホン、と神様は咳払いした。


「おお、素晴らしき尻魔道士よ! 死んでしまうとは ふがいない」


 最初ってそれかよ!?


「というかだ、その言葉通りだと、俺は……死んだのか?」


 俺が最後に見た光景は、ゴブリンクイーンが巨大な棍棒を俺に向かって振り下ろした光景だ。


 確かにあれは、死んでもおかしくない。


「うむ、その通りだ素晴らしき尻魔道士よ。お前は死んだ。アッサリとな」


 ニッコリ笑う神様。


「なんだよ、何がそんなにうれしいんだよ?」


「いやいや、君がゲームの世界を堪能してくれている様でうれしいんだよ。私も無茶をして君を送ったかいがあるというものだ」


 堪能してるってなんだよ、こっちは死んだってのに!


「なぁに、こうして死んでしまうのもゲームの醍醐味のひとつってやつさ。もっとも、生き返るのにはそれなりのペナルティを受けてもらうけどね」

「ちょっと待て!」


 今なんて言った? 生き返るのにペナルティ?


「俺は、生き返れるのか?」


「ああ、生き返れるとも。そういう存在にしておいたからね。まさに死に戻り! いや、君の場合は、尻戻りと言ったところか!」


 うまくねえよ! なんでも尻にするんじゃない!



「あ、そうだ! それよりユミーリアは? ユミーリアはどうなったんだ?」


 俺が死んで、ユミーリアはどうなったのか。あの後何が起こったのか気になった。


「さあ? 私がこれから行うのは、あくまで君を生き返らせるだけ……時間を戻すだけだから、君が死んだ後の事は知らないよ」


「そ、そうなのか?」


 俺の言葉に、神様は大げさな身振りで答える。


「そう、時間を戻す。だから君が死んだ後の世界が生まれたり、もしもあのまま世界が続いたらという、パラレルワールドがいくつもできたりといった事はない。だから気にせず、気軽に死にたまえ」


 いやいや、気軽に死んでたまるか!



 しかし、なんとも都合が良い話だった。

 ここまで都合が良いと、逆に不安になってくる。


 そうだ、こいつは言った、ペナルティがあると。


「いったい、どんなペナルティなんだ?」


 俺は神様に聞いてみる。ロクなもんじゃない気がする。


「そうだね、ペナルティは全部で4つだ。

 1、死んだ場合はその日の一番最初に君が目覚めた時間に戻る。

 2、君以外は死ぬ前の事を覚えていない。

 3、所持金が半分になる。君以外はそれが元々の金額だと思い、減ったと認識できない。

 4、生き返る前に3分間、私に尻を撫でられる」


「オイチョットマテヨ!」


 なんだ、その、最後のはなんだ!?


「おや、何か気になる事でも?」

「気になりすぎるわ! なんだよ最後のは!?」


 なんだよ! 尻を3分間、撫でられるって!?


「ああこれかい? これは仕方のない事なのさ。私の力で君を生き返らせるわけだから、当然君に触れて、力を注ぎ込まないといけないんだ」


「だからって、なんでその……尻なんだよ!?」


 俺の言葉に、神様は大きく手を広げて、壮大に答えた。


「それはもちろん! 君の尻が素晴らしいからさ! その形! その感触! まさにマーベラス!」


 うん、聞かなきゃ良かった。


「それとも……前の方がいいかい?」

「ぜひお尻でお願いします!」


 冗談じゃない、前を撫でられてたまるか! それだったら尻の方がマシだ!


「ふむ、それではこの条件でOKだね? それでは、これから生き返りの儀式を始めよう」


 そう言うと、俺の身体が動かなくなった。


「な、なんだ? 動かない……!」

「ジッとしていたまえ。すぐに終わるからね?」


 神様は近づいてきて、俺の尻を撫で始めた。


「いぃいいやあああ! 気持ち悪いいいい!!」


 神様は俺の尻を撫でながら、はあはあ言っている。


「はあ、はあ、いいからジッとしていたまえ。今の間に、生き返った後の対策でも、考えているんだね」


 そう言われてハッとする。


 そうだ、このまま生き返っても同じ事の繰り返しになるんじゃないか?

 そもそも、あのゴブリンクイーンはなんだ? なんでキングじゃなくてクイーンなんだ?


「なあ?」

「当社はゲームの攻略については、一切お答え致しかねます」


 なんだよそれ、どこの攻略本の問い合わせ先だよちくしょう!


 神様は俺の尻を撫で続けた。


 せめてユミーリアの姿なら……むかつくな、こいつがユミーリアの姿になるなんて、許せん。



 結局俺は、何も聞き出せないまま、3分間、尻を撫でられ続けた。


「はあ、はあ、素晴らしい尻でした。さすが私が目をつけただけの事はある!」


 神様は超興奮していた。男勇者の顔だから、なおさら気持ち悪い。



「それでは素晴らしき尻魔道士よ、そなたに もう一度、機会を与えよう!」


 俺の目の前が光り輝き、真っ白になった。



「……はっ!?」


 気付くと俺は、宿屋のベッドに寝ていた。


「夢……だったのか?」


 俺はベッドのそばに置いてあったランラン丸を手に取る。


「ランラン丸」

「んー? おお、おはようでござる、リクト殿」


 ランラン丸は無事の様だった。


「ランラン丸、答えてくれ、俺達は今日……何をする予定だ?」


 もしあの神様の言う通りなら、俺達は今日、ユミーリアの昇格試験を受けるはずだ。


 だが、もし……俺が死にかけて、ここに運ばれてきたのだったとしたら……


「寝ぼけているでござるか? 今日はユミーリア殿の昇格試験を手伝うのでござろう?」


「……ああ、そうだな、しっかりと確認しておきたかったんだ」


 やっぱり、あの神様の言う通り、俺は死んで、死んだ日の朝に戻ったみたいだ。


 そういえば所持金は……そうだ、元々0だった。半分になっても0か。



 俺は身支度を済ませ、朝ごはんを食べてギルドに向かう。



 ユミーリアは無事だった。いつもの元気なユミーリアだった。


 俺はユミーリアにあいさつを済ませ、ギルドで昇格試験の受付をする。


 死ぬ前に説明された通りの説明を、もう一度ラブ姉から受ける。



 そして俺達は再び、シンリンの森へ向かう。


 道中、ケモリンやタックルドッグを倒す。これも同じだった。


「ねえ、リクト? なんだか、調子悪い?」


 ユミーリアが話しかけてきた。


「え? いや、そんな事ないけど?」

「……ごめん。なんだかリクト、ずっと黙ったままだったから」


 しまった、ずっと考え込んでしまっていた様だ。


 あの神様の言う通りなら、俺以外は……ユミーリアとランラン丸は全滅した事を覚えていないだろう。


 ならどうする?

 俺だけがあのゴブリンクイーンを警戒していて、なんとかなるもんなのか?


 ……無理だな、相手の冒険力は3800だ。ユミーリアでも勝てないだろう。


 どうする? ここは正直に話してみるか?



「……ユミーリア」

「なに?」


 俺は決心する。変人扱いされても構わない。ちゃんとユミーリアに話しておこう。


「これから言う事、信じられないかもしれないが聞いて欲しい」

「……わかった、リクトの言う事なら私、信じるよ」


 ありがたい。

 どうしてユミーリアがここまで俺の事を信じてくれるのかはわからないが、今はとにかくありがたい。


「これから俺達は、シンリンの森に入る。そこで、ゴブリンを3匹、ユミーリアが倒す」


 俺は死ぬ前の事を思い出していた。


「その瞬間、俺達が油断している所に、ゴブリンクイーンが現れる」

「ゴブリンクイーン?」


 ユミーリアがキョトンとしている。

 無理もない、俺も聞いた事がない名前のモンスターだ。


「ちなみに、冒険力は3800だ」

「さ!? そ、それって……私達じゃ、絶対に敵わないよ?」


 そうだ、ユミーリアの冒険力は1020、俺の冒険力は140。勝てるわけがない。


「この事を話して、誰か協力してくれると思うか?」


 ユミーリアは俺の言葉を受けて、考えていた。


「多分……兄さんは協力してくれるかもしれないけど、難しいと思う。そもそも兄さんが協力してくれても倒せる相手じゃないし、必ず現れるっていう証拠でもなければ、ギルドも動いてくれないと思う」


 なんともマジメな答えが返ってきた。だが、その通りだろう。


 見た事も聞いた事もないモンスター、そんな話をしても、普通は信じてもらえないだろう。


 男勇者達のゴブリンキングが現れた話だって、あの怪我を見たからみんな信じただけだ。むしろいまだに信じていない奴もいるらしい。


「つまり、俺達で何とかするしかないって事か」

「……うん、もしくは逃げるしかないと思う」


 逃げるか、そうだな。

 ゴブリンクイーンが現れたら、すぐにマイルームに逃げるか?


 そうだな、別に無理に倒す必要もないだろう。


「よし、それでいこう。ユミーリア、ゴブリンを3匹倒して、ゴブリンクイーンが現れたら、俺が扉を出すから信じてそこに飛び込んでくれ」


「え? 扉? ……うん、わかった。リクトがそう言うなら、信じる」


 ほんとにユミーリアは天使だな。こんな話を信じてくれるなんて。



 俺達は打ち合わせをしながら、シンリンの森へ向かった。



「で、本当に現れるのでござるか? そのクイーンは?」


 森に入った所で、ランラン丸が話しかけてきた。


「ああ、言っても信じてもらえないかもしれないが、俺は一度死んで、生き返ってここにいる」

「ふえっ!? ま、まことでござるか!?」


 ランラン丸が驚いている。

 こいつも俺の言う事を信じてくれるんだな。ちょっとうれしい。


「ああ、ペナルティのせいで、俺以外は覚えていないみたいだけど」


 ちなみに、神様に会った事は黙っておく事にした。話しても無駄だし、神様だなんて言うと、他の話も信じてもらえなくなるかもしれないからな。


「そ、そうでござったか……それで? どの様な事があったのでござる?」


「……急にユミーリアの背後にゴブリンクイーンが現れて、ユミーリアが吹き飛ばされた。俺は動けずにいて、そのまま……巨大な棍棒で叩き潰された、と思う」


 最後の方はよく覚えていなかった。


「なんとも、悲惨な話でござるな」

「ああ、なんとしても、今回は生き残らないとな!」


 もう尻を撫でられるのはゴメンだ! 絶対に死んでたまるか!



 そして、ユミーリアが3匹目のゴブリンを倒した。


「くるぞ! ユミーリア、こっちにこい!」

「うん!」


 ユミーリアが俺に駆け寄ってくる。


 その後ろには、ゴブリンクイーンが居た。


「ほ、本当に現れたでござる!?」


 ランラン丸が驚愕している。


「なにこいつ……こんなやつがいるなんて……」


 ユミーリアも驚いていた。


「とにかく、マイルームを開くぞ! 出ろ! マイルーム!」


 俺はマイルームを呼び出す……だが、マイルームは現れなかった。


「え? なんで?」


 俺の前に説明文が現れる。



《マイルーム 戦闘中は呼び出せない》



「マジかよちくしょおおおおおお!!」


 突然叫びだした俺に、ユミーリアは困惑していた。



 そんな俺を、ゴブリンクイーンの巨大な棍棒が襲う。


「リクト!!」



 最後に聞こえたのは、ユミーリアの俺を呼ぶ声だった。




「おお、素晴らしき尻魔道士よ! 死んでしまうとは ふがいない」

「どうしろっていうんだよおおおおお!!」


 俺は再び、白い空間に居た。また死んでしまったらしい。


「やれやれ、たった2回死んだだけでもうギブアップですか? 最近の若者ときたら……」

「俺は元の世界では30歳だよちくしょう!!」


 まさかマイルームが使えないとは思わなかった。


 こうなると、俺達だけでは攻略は不可能じゃないか?

 しかし、ユミーリアの話では、俺達以外には男勇者くらいしか、協力してくれなさそうだ。


 勇者に協力を頼むか? もう一度、覚醒する事を願って……


「やれやれ、しょうがないですね。ちょっとだけヒントをあげましょう」

「なに!?」


 俺は神様の言葉に食いついた。


「ズバリ! 攻略の鍵は、ユミーリアの、勇者の覚醒です! ちなみに、男勇者はこれ以上、ゴブリン戦では覚醒しません」

「ユミーリア? 勇者の覚醒? それって……」

「残念! 今回はこれ以上はお答えできません」


 そう言って、神様は動けない俺の尻を撫で始める。


「あ……や、やめ! ああああああ!!」


 結局俺はそれ以上の情報は聞けず、また3分間尻を撫でられ、宿屋に戻された。



「勇者の覚醒……」



 俺は神様の言葉を思い出しながら、3度目の朝を迎えた。



 妙に残っている、尻を撫でられた感覚が、気持ち悪かった。


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