第11話 尻魔道士、死す!

「おはよう、リクト!」

「おはよう、ユミーリア」


 俺達はギルドの前で、見つめあう。


 俺は今日は、皮のよろいを着て、ランラン丸を装備している。


 ユミーリアは、赤いマントに青い丈夫な服……いつもの格好と変わらない様に見える。


「ユミーリアは、その装備で大丈夫なのか?」

「ああこれ? ほら、下にチェーンメイルを着込んでるの」


 そう言って、ユミーリアは服を上に持ち上げ……


「ぶふうううううううううう!?」

「わっ! どうしたの、リクト?」


 どうしたのじゃないよ! 確かに鎖みたいなのが見えなかったけど!


「お、女の子がそういう事するのはどうかと……」

「え? ……ふ、ふえええええ!?」


 先程までのりりしい顔は消え、途端に真っ赤になってふにゃふにゃになるユミーリア。

 とっさに腕を交差し、身体を隠して後ろを向く。


 可愛い。ユミーリア今日も超絶可愛い。


「おお、眼福眼福……じゃなくてリクト殿、こんな事してる場合じゃないでござろう? 早く昇格試験とやらを受けるでござるよ」


 ランラン丸がつっこんでくる。

 わ、わかってるよ。


 しかし、今のユミーリアの行動は……しばらく忘れられそうに無い。


「と、とりあえず、中に入ろうか」

「う、うん」


 俺とユミーリアは、お互い顔を真っ赤にして、ギルドに入った。



「おはようございます、ユミーリアさん、リクトさん」


 ラブ姉が今日も笑顔と弾むラブルンで迎えてくれる。


「今日はユミーリアさんの昇格試験ですね、二人とも、準備はいいですか?」


 ラブ姉に言われて、俺達はお互いを見て、うなずく。



 俺とユミーリアは、ギルドでFランクからEランクへの昇格試験を受ける。


 試験内容はゴブリン3匹の討伐。場所はいつも行く平原の奥にある、シンリンの森だ。


 シンリンの森の入り口に、ゴブリン達がよく現れる。そこで3匹討伐すればいいだけだ。


「とはいえ、前回ユウさんが試験を受けた時には、ゴブリンキングという想定外のモンスターが現れました。滅多にある事ではありませんが、二人とも、気をつけてくださいね」


 俺達はラブ姉に心配されながらも、依頼を受けて、ギルドの外に出た。


「しっかりやれよ、シリト!」

「だから俺はリクトだって言ってるだろう!」


 いつものヒゲのおっさんが出口で見送ってくれた。

 いい奴なんだよな、人の名前を間違え続ける事以外は。



「それじゃあいきましょうか、リクト!」


 ユミーリアの顔が、凛とした顔に戻っていた。


「ああ、よろしく頼むぜ、ユミーリア!」


 俺はユミーリアと歩き出す。


 目指すは、シンリンの森だ。



 俺達はキョテンの街を出る。


 歩いていると、自然にユミーリアの手に目線がいった。


 ユミーリアは、指貫グローブをはめている。ちょっとカッコイイ。俺も後で買おう。


 ユミーリアを後ろから見てみると、金色のトリプルテールがゆれている。

 俺はポニーテールやツインテールがゆれるのを見るのが好きだ。それが3つもあるんだから、トリプルテールは幸せ3倍だ。


 ついニヤけてしまいそうになるのをおさえて、今度はユミーリアの装備を見る。


 ユミーリアの装備は、鉄の剣、こうらの盾、丈夫なくつ、赤いマントといった所か?


 丈夫な服の下には、チェーンメイルを着込んでいた。

 ……ちょっと思い出して、前かがみになる。


「リクト殿ー、スケベは大概にしないと、ユミーリア殿に気付かれるでござるよ?」

「わ、わかってるよ!」


 ランラン丸がうるさい。

 ランラン丸の言葉は、俺にしか聞こえない。ユミーリアに聞こえていなくて助かった。



 そうして平原を歩いていると、ケモリンが2匹、現れた。


「任せて!」


 ユミーリアがケモリン達を一掃する。早い、強い。


 俺はユミーリアをジッと見つめてみた。



 俺の尻がほんのり光り、ユミーリアの情報が見える。


《ユミーリア レベル7 冒険力1020》


 ほう、人間相手だとレベルも見れるのか。


 っていうかユミーリア冒険力高っ!


 俺なんて、ようやくレベル3で、冒険力は140なのに……



「リクト、どうしてお尻が光ってるの?」


 ケモリンを倒したユミーリアが近づいてきて、俺の尻を見ていた。


「こ、これか? これはな……内緒だ」

「えー、なにそれ?」


 上目づかいで、唇をとがらせるユミーリア。なんだこれ、いちいち可愛い。超あざとい。


「まあまあ、これくらいの光ならモンスターも寄ってこないみたいだし、先を急ごう」


 相手の冒険力を見る魔法は、ゴッドヒールを使った時ほど、尻は光らないみたいだ。助かった。


 ユミーリアには、いつか冒険力を勝手に見た事を謝ろう。

 今はとにかく討伐試験だ。俺の能力を説明する時ではない。


 というか、尻が光る理由の説明なんて、あんまりしたくなかった。



 そして少し進んだ所で、今度は違うモンスターが現れた。


 小型の犬の様なモンスターだ。全身の色が緑なのでちょっと気持ち悪い。


 俺は再び、冒険力を見る力を使う。

 さっき確認したが、MPは消費されないみたいなので、使う事にためらいはなかった。


《タックルドッグ 冒険力70》


 ケモリンの冒険力が50だから、ケモリンよりは強いか。

 それでも、俺達の敵じゃない。


 なんて思ってると、ケモリンまで現れた。


「私がタックルドッグを倒すから、リクトはケモリンをお願い!」

「お、おう! わかった!」


 強い方を女の子に任せる俺。カッコ悪いなあ……


 せめてケモリンはサクッと倒そう!



 俺はランラン丸を鞘から抜き、ケモリンに向かって振り下ろした。


「どおりゃああ!」


 アッサリとケモリンは消滅した。


 ユミーリアの方も、タックルドッグを倒し終わったみたいだ。


 俺達は魔石を回収して先を急いだ。



 うん、いいな。冒険してるな俺。


 平原を歩き、仲間と共に、道中現れるモンスターを倒し、目的地へと進む。

 天気も良いし、最高の冒険日和だ!


 これで平和にゴブリン討伐が終われば最高なんだけどな……




 しばらく進むと、シンリンの森が見えてきた。


「ここが、シンリンの森……」


 森の奥は見えなかった。木々が生い茂っている。


 俺は意を決して、森に一歩踏み込む。



 空気が違っていた。

 平原とはまったく違う空気が漂っていた。澄みわたっている様な、重たい様な、そんな空気だった。


 緑の香りがキツイ。それに木が日の光をさえぎっていて、ほんのりと暗い。


 平原と違って木が邪魔でまわりが見渡せないから、どこからモンスターが出てくるかわからない。


 俺は自然と汗をかいていた。

 これ程の深い、人の手が入っていない森は初めてだ。


 俺は警戒を強めた。



 すると、右の方で草が動く音がした。


「リクト」


 ユミーリアがこちらをチラ見してくる。


 俺はそんなユミーリアにうなずき返す。


 いよいよ出てくるか……ゴブリンめ!


 俺はランラン丸を鞘から抜いて構えた。



「ギャギャー!」


 草からモンスターが飛び出した。


 身長は俺よりかなり下か? 顔を見なければ小学生かと思う位だ。


 だがその顔は、人間の顔ではなかった。口はさけていて、目はギラギラしており、鼻はとがっている。


 ボロボロの布の様なものをまとい、手には木の棒を持っていた。



 俺は相手を見る。すると俺の尻がほんのり光った。


《ゴブリン 冒険力220》



 あ、ヤバイ。ゴブリン俺より強い。


 俺はランラン丸を持つ手に力を入れる。

 緊張のせいか、汗が出てきて、のどがかわく。


 するとゴブリンがこちらに襲い掛かってきた!


 俺はランラン丸を前に突き出すのが精一杯だった。



「はっ!」


 そんなゴブリンを、ユミーリアの剣が切り裂いた。


 ゴブリンは一瞬で消滅した。


「まず1匹ね」


 ユミーリアがニッコリ笑う。



 やべえ、ユミーリア、マジ強い。


 これ、やっぱり俺いらなかったんじゃない?



 そう思いつつ、俺はユミーリアの後についていった。



 残りの2匹も瞬殺だった。


 俺の緊張は何だったんだ?


「やったね! これで討伐成功だよ!」

「ああ、おめでとう、ユミーリア!」


 ゴブリン討伐はアッサリと終わった。


 冒険力220のゴブリンは、冒険力1020のユミーリアの敵ではなかった。



「はっはっは、いいとこ無しでござったな、リクト殿」


 ランラン丸が茶化してくる。


「そもそも、ゴブリンが襲ってきた時に目を閉じるとか、ちょっと問題外でござったよ。もっと修行が必要でござるなーリクト殿」


 ちくしょう、見てたのか。というか、目を閉じてたとかわかるのかよお前。


「まあ、ユミーリア殿にとっては、楽勝な試験だった様でござるがな」


 俺はランラン丸の言葉にうなずく。


 そもそも、最下級ランクの昇格試験だしな。

 俺ひとりだったら、1匹でも苦戦したと思うけど、ユミーリアにとっては楽勝な試験だった。



 俺達は討伐試験が達成できて、気が抜けていた。



 だから、気付いた時には、遅かった。



 気がつくと、ユミーリアの後ろに、大きな影が立っていた。


「ユミ……!」


 俺が叫ぶ前に、ユミーリアが大きな棍棒に、吹き飛ばされた。


「……っ!?」


 俺は突然の事に、声が出なかった。


 ユミーリアは倒れて、立ち上がってこない。



 わかっていたはずだった。予想していたはずだった。なのに油断していた。

 ゴブリンを倒した後、そいつが出てくる可能性を、一時忘れていた。



 俺はユミーリアを吹き飛ばした相手を見る。



 大きかった。

 でかかった。


 そいつは、俺を上から見下ろしていた。



 自然と、俺の尻がほんのり光る。



《ゴブリンクイーン 冒険力3800》



 無理だ、クイーン? キングじゃないのか? と思った瞬間。



 俺の視界は、そいつの振り下ろした巨大な棍棒で、埋めつくされた。





「おお、素晴らしき尻魔道士よ! 死んでしまうとは ふがいない」



 気がつけば、男勇者にそっくりのイケメンが俺の前に立っていた。


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