第85話 はじめての危機

 伝説の勇者の装備。

 その場所はマキですら知らなかった。


 しかしその場所は、俺のマイホームの機能によって、あっさりと判明した。


「マップに4つの点……これが伝説の勇者の装備がある場所なのですね?」


 マキがこちらに確認してくる。


 マイホームには人や物の位置を表示する機能がある。

 この世界に来たばかりの時は薬草の場所を調べる事に使っていた便利な機能だ。


「ひとつはウミキタ王国の北にある、島か?」


 エリシリアがマップを見つめる。


 点のひとつは確かに、ウミキタ王国の北にある島を指していた。


「ここは、ヒエコッチ島ですね。島全体が氷に覆われていて、永久氷壁(えいきゅうひょうへき)と呼ばれる一年中溶けない巨大な氷の柱があると言われています」


 マキが解説してくれる。


「言われているって事は、マキは見た事ないのか?」


 俺の問いに、マキがうなずく。


「はい。島全体が氷に覆われている上、島の近くには大きな氷の塊がただよっていて、炎の剣でも無い限り、船で近づく事は難しいでしょう」


 ん? 炎の剣?


「炎の剣があれば、氷を溶かす事も可能ですが……あまり市場に出回るものではないと聞いています」


 そう言われて、俺はユミーリアを見る。


 ユミーリアは自分を指差し、しばし考える。


 そして、俺の視線の意味に気付いたのか、ポンッと手を叩き、炎の剣を抜いて掲げた。


「私の剣、炎の剣だった!」


 マキがユミーリアに振り向いて驚いていた。


「まさか……いえ、さすがは勇者という事なのでしょうか、運命に愛されているとしか思えません」


 ユミーリアがドヤ顔になっていた。超可愛い。



「うむ、ヒエコッチ島は何とかなりそうだな。次は……パッショニアの近くか? ここは確か、火山があったか」


 エリシリアが次の点を指す。


「はい。そこは以前、ササゲ村という村が近くにありましたが、何者かに滅ぼされた為、今は無人となっています。その火山は、近くにあるササゲ火山ですね」


 村に、火山……か。

 恐らくそこは、ソフィアの故郷だろう。滅ぼしたのは……オウガだ。


「リクト」


 俺の表情を見て、ユミーリアが俺の手を取る。

 心配そうな顔で俺を見ていた。


「大丈夫だ」


 俺はユミーリアの手をにぎり返す。


 ちょっとオウガの事を思い出しただけだ。

 いつまでも気にしていてもしょうがない。


「ササゲ火山も難所です。周囲はとても近づけない程の暑さだと言われています。私は実際には近づいた事はなく、話に聞いただけですが……」


 マキが再び解説してくれる。


「しかし、手はあります」

「聞かせてくれ」


 マキの言葉を、エリシリアがうながす。


「私の魔法です。カイテキスという魔法で、周囲を適温にしてくれます。この魔法さえあれば、寒い場所も暑い場所も大丈夫でしょう」


 そういえばそんな魔法があったな。

 ゲームでは、敵の吹雪攻撃なんかを軽減する魔法だった。改めて考えると、便利な魔法だな。


「それは良い魔法だ。さすはマキ様。では、次の点だな」


 エリシリアが再びマップに目を向ける。



「次は……どこだこれは? 帝国領のどこかというのはわかるが、この辺りには何もなさそうだぞ?」


 マップには、街の絵も森の絵も、山の絵すらない。何も無い平原、という事だ。


「地面の中にでも埋まってるのか?」

「だとしたら、手に入れるのは難しいな。帝国に見つからない様にするのは大変だぞ?」


 そうだよな、敵国の真っ只中で地面を掘っている暇なんて……ん?


「エリシリア、その点……動いてないか?」

「なに?」


 みんながマップの点に注目する。


「確かに、少しずつだが動いているな」

「どういう事でしょうか?」


 俺はなんとなく、マップの点に手を触れてみた。


 すると目の前に映像が現れる。


「うおっ!?」


 映像には、空飛ぶ島が映っていた。


「こ、これは」

「リクト、どういう事なんだ?」


 どういう事も何も、多分、この移動している点は、この空飛ぶ島なんだろう。


「空に浮かぶ島に、伝説の勇者の装備がある、という事ですね?」


 マキが俺の思考を察してくれる。


 さすがにみんな、言葉が無かった。

 まさか空に島が浮いているとは……


「ねえリクト、この島もそうだけど、こっちもおかしくない?」


 ユミーリアが4つ目の、最後の点を指差す。


 そこは……海だった。

 島なんて無い。


「まさか、海の底、とか?」


 俺の言葉に、誰も何も言わなかった。



「ひとつは氷の島、ひとつは火山、ひとつは空に浮かぶ島に、ひとつは海の底か……どれも一筋縄ではいかないな」


 エリシリアが深いため息をついた。


「うーん……ひとまず空と海は置いておいて、氷の島と火山を目指そう。考えるのは、そのふたつを手に入れてからでも遅くないんじゃないかな」


 俺の提案に、みんながうなずいた。



「……リクト」


 しばらく黙っていたユウが突然発言した。


「なんだ、ユウ?」

「ひとつ……頼みがあるんだ」


 ユウが俺を見つめてくる。


「一緒に行きたいっていうなら、別に止めはしないけど?」


 将来のお兄様だからな。それくらいはサービスしてもいいだろう。


 しかし、ユウは首を横にふった。


「逆だよ、僕は僕のパーティで、伝説の勇者の装備を目指そうと思うんだ」


 ユウの言葉に、魔法使い、戦士、僧侶が驚いていた。


「今の僕は、僕達は、君達のパーティとはずいぶん差がついてしまった。このまま君達についていって甘えていたんじゃ、いつまで経っても追いつけない気がするんだ」


 ユウがうつむくと、魔法使い、戦士、僧侶もうつむき始める。


 確かに、今のユウは勇者として覚醒しても、俺の冒険力より下だった。ハッキリ言ってこれからの戦いについてこれそうもない。


「場所はわかったんだ、あとは自分達で何とかしてみようと思う」


 ユウが強い意志を秘めた目で俺を見てくる。


 ユウは勇者だ。その気になれば、俺なんて軽く超えてしまうだろう。

 これからの戦いには、勇者の力が必要だ。


「わかった。必ず強くなって俺達を助けてくれ」


 俺の言葉に、ユウが噴き出した。


「あっはは、リクトにそう言われると、頑張らないわけにはいかないね」


 気がつけば、ユウの瞳に、迷いはなかった。


「でもユウ、カッコつけるのはいいけど、ユミーリアが先に勇者の装備を持っていてしまったら、ユウの分は無いんじゃないのか?」


「え?」


 ユウが固まった。


「ど、どうしよう!?」


 そして突然うろたえ始める。


「問題ありません。伝説の勇者の装備は選ばれし者に力を与える概念だと言われています。ひとりの勇者に授けたからといって、消えてしまうものではないと言われています」


 マキの言葉に、ユウがホッとする。それはなんとも、都合が良い物だな。


「そうでなければ、歴代の勇者達が持ち逃げしてしまって大変な事になるはずですから」


 仮にも勇者なんだから、それはないんじゃないかな? なんとも夢の無い話だった。


「とりあえず、早い者勝ちとかじゃなくて良かったな」

「しかしリクト様、いつ六魔将軍がこちらの世界に現れるかわからない以上、私達は急がなければなりません」


 マキの言葉に、俺とユミーリア、エリシリアがうなずく。



 俺達の話を聞いていたギルド長、アリアさんが椅子から立ち上がる。


「決まりだね。正直まだ信じられない事も多いが、あんた達の事は疑ってもしょうがないと今までの経験でわかってるからね。ギルドとしても何か出来る事があったら協力してやるから、遠慮なく言いな」


 ギルド長はとても頼もしかった。

 続いて軍団長、ゴッフさんが立ち上がる。


「みんな、わかっていると思うが、この話はこのメンバー以外には秘密にするんだ。魔界や魔王なんて話が広がったらどんな混乱が起きるかわからない。国王には私の方から折を見て話しておこう」


 俺達はみんなでうなずいた。



 こうして、これからの方針が決まった。


 俺達のパーティはまず火山へと向かう事にした。


 ユウのパーティは修行をしながら、空飛ぶ島と海底について調査するそうだ。


 ギルド長や軍団長も、空飛ぶ島について調べてくれるらしい。


 俺達は方針を決めた後、マイホームを出て、ギルドの前でわかれた。



 わかれた後、俺達はまず、コルットを実家である宿屋に送る。


 コルットはまだ小さい。

 まだ両親か、誰かと一緒に寝ないと、起きた時誰も居ないと泣いてしまうのだ。


 コルットをコルットのお母さんに預けた後は、俺は親父さんとの修行に入る。


 ユミーリア達は引き続き、マキにマイホームを案内する事になった。



「どうだった、王様から何かいいものはもらえたのか?」


 俺の型稽古を見ながら、親父さんが聞いてくる。


「いいものというか、ちょっと困るものというか」


 俺はウミキタ王国の王様に、お姫様兼メイドさんをもらった事を話した。


「ハッハッハ! 相変わらずだなあの野郎も。しかしみんなの言う通りだ。Sランクの英雄になったお前さんは、これから嫁の押し売りが増えるぞ?」


 正直、めんどくさい話だった。

 彼女いない暦イコール年齢のままならともかく、今の俺にはユミーリア達が居る。


 いや、ユミーリア達とは付き合ってないんだけどさ。って誰に言い訳してるんだよ俺は。


 とにかく、お互い好きでもないのに押し売りとかは……嫌だな。


「それで? 明日からどうするんだ?」


 俺は親父さんに、魔界や魔王の事を話すべきか考えた。


 考えた末……ある程度ごまかす事にした。


「どうも新しい敵が現れそうなんで、伝説の勇者の装備を探す事になったよ」


「ほう? 新しい敵か……それに、伝説の装備ねえ? 勇者って事は、ユミーリアちゃんの装備か?」

「……ああ」


 どうやら、俺もパワーアップするらしいけどな。

 あの神様が何をどう仕込んでいるのか、考えると不安しかない。


「それで、明日からパッショニアの近くにある、火山に向かうんだ。ササゲ火山、だったかな」


 俺はその名を告げて、親父さんの反応を見る。


 案の定、親父さんは複雑な表情をしていた。


「リクト、そこは……」

「ソフィアの故郷、ソフィアが死んだ場所、だろ?」


 俺の言葉に、親父さんが目を閉じる。


「おめえ、どこでそういう事を知ってくるんだ?」

「……そういう能力があるんだよ」


 実際には、ゲームで知っただけなんだけどな。


「ソフィアって人が村の掟で、世界の平和の為に火山に身を投げる事になって、怒り狂ったオウガが村を全滅させたって事は知ってる」

「……」


 そして、親父さんもその場に居て、ソフィアが残したこの世界で、幸せに生きるって誓った事も。


「リクト、頼みがある」


 親父さんはズボンのポケットから、魔石を取り出した。


「それは」

「オウガの魔石だ」


 オウガは邪神の力を取り入れすぎた事により、見た目はほとんど変わらなかったが、最後はモンスターと化していた。

 その為、死んだら死体は残らず、モンスターと同じ様に魔石だけが残った。


 これはその、オウガの魔石だ。


「こいつを……ソフィアと一緒の所に、持っていってやってくれ」


 俺は親父さんから、オウガの魔石を受け取る。


 確かに、せめてソフィアと同じ場所に持っていってやった方がいいだろう。


 あいつは敵だったし、殺されもしたが、俺にとっては、強敵と書いて友とよんでも良かった。


「わかった。ソフィアが身を投げた火山に、投げ入れてくるよ」

「ああ。思いっきり投げ入れてやれ。二度と帰ってくるなってな」


 俺達は笑いあう。



 修行を終えた俺は、マイホームに戻って、シャワーを浴びる。


 さらに湯船にお湯が張られていたので、ゆっくりつかる。


 色々あって疲れたからか、とても気持ちいい。



「リクト様、お湯加減はいかがですか?」


「ああ、すっごい良いぞー……ってなにぃ!?」


 なんと、風呂の扉をあけて誰かが入ってきた。


 それは……タオルを巻いた、マキだった。


「ママママママ、マキさん!? なんでゅ!?」

「お背中をお流ししようと思いまして」


 そう言って風呂の中に入ってくるマキ。


「いやいやいや! 駄目だって! まだ早いから!」

「まだ、ですか? では、いつならよろしいのでしょうか?」


 クスッと笑って上目づかいでこちらを見てくる。


 だ、駄目だ! なんていやらしいんだ!

 これがエロゲー出身キャラの力だというのか!?


 せまりくるマキ。

 動けない俺。


 心臓がはじけ飛びそうだった。



 その時、外でドタドタと足音が聞こえた。


「マキ様! まさかここに!?」


 エリシリアが風呂のドアを開けた。


「ってリクト!? ち、違うんだ! これはその、って! マキ様! どこに行ったかと思ったらやはりここでしたか!?」

「まあエリシリア様。私の事はマキと呼び捨てに、敬語は不要だと申し上げたではありませんか」


 エリシリアにとって、マキは一応ウミキタ王国のお姫様だからな。

 一応敬語と様づけはしていたみたいだ。


「そんな事を言っている場合ですか! 殿方の湯浴み中に侵入するとは何事ですか!?」


 エリシリアが顔を真っ赤にして怒っていた。


「いえ、以前エリシリア様達も、水着でリクト様と一緒にお風呂に入ったと聞きまして」


 それは以前、ロイヤルナイツのみんなと一緒にお風呂に入った時の事か。

 誰だよ、その話をしたのは!?


「ですので……ほら」


 そう言って、マキがタオルを外す。


「ふおっ!?」

「な! 見るなリクト!」


 タオルが舞い、あらわになるマキの肌。


 エリシリアが慌てるが、マキはタオルの下に、真っ白な水着を着ていた。


「うふふ、これで私も、みなさんと同じ、ですね」


 マキがニッコリと笑う。

 エリシリアは相変わらず顔を真っ赤にしている。


「ととと、とにかく駄目です! さあ、早く出ますよ!」

「エリシリア様が私に対して、敬語をやめてくださるのなら、出ます」


 マキの言葉に、エリシリアが頭をかく。


「ああもう! わかった! マキ! 早く出るぞ!」


 エリシリアはそのまま、マキを引っ張っていった。


「クスクス。はい、わかりましたエリシリア様。リクト様、また後で」


 何がまた後でなのかはわからないが助かった。


 俺は女性の前では、湯船から出られない状態になっていた。



 しばらくして風呂から出ると、マキがソファの上で正座させられていた。


「いいですか? 今後はあの様なハレンチな事は……」

「エリシリア様、け・い・ご」

「くっ!」


 なんだか、どっちが上だかわからない状態だった。


「ええい、マキ! いいか、今後はああいう事は禁止だ!」

「はい、わかりました。リクト様がお風呂に入っている時に、水着を着て中に入るのは控えます」

「うむ、そうしてくれ」


 うわー。

 それって、水着を着ていなければいいって事じゃないか。

 しかも控えるって、やめるとは言ってないぞ?


 エリシリアは完全に手玉に取られていた。


 そうとは気づかず、エリシリアはマキに女性の裸の大切さについて語っている。


 そんなエリシリアが、ちょっと愛おしい。

 ああいう素直で真面目で真っ直ぐな所が良いんだよなぁ。


 逆にエリシリアの説教を受けながらも、こちらに微笑みかけてくるマキは、ちょっと怖かった。



 俺は自分の部屋に行く為に、2階に上がる。

 予想通り、マキの部屋が出来ていた。


 俺の中で、マキは正式なパーティメンバーになっていた。


 まあ、こうなった以上、マキは一時的なパーティメンバーとは言えないよな。


 とはいえ、マキはユミーリア達とは違う。

 どうにもその……色気があるというか、油断するとすぐに骨抜きにされそうになってしまう。


 それはそれで嫌いじゃないんだが、今はマズイ。


 邪神を倒して、ストーリーをクリアして、世界が平和になってからならいいかもしれないが、今は肉欲に溺れる事は出来ない。


 そもそも、マキがどこまで本気なのかもわからない。

 俺の魔力と相性が良いとは言っていたが、どこまで本気なんだろう。


 今の俺は、プリンセスメイドのゲームの主人公では無い。


 いまいち掴めない。俺にとってマキは、そんな感じだった。



 夜、ベッドで眠っていると、何かがゴソゴソしているので、目が覚めた。


「あら、起こしてしまいましたか? リクト様」


 なんと、マキがベッドに潜り込んでいた。

 俺は思わず叫びそうになる。


「しー。エリシリア様に気づかれたら、また怒られてしまいます」


 マキが唇の前に、人差し指を立てる。


「ま、マキ、どういうつもりなんだよ?」


 俺は混乱していた。

 エロゲーではよくあるシチュエーションだが、実際にこんな場面に遭遇するのは初めてだ。


 マキ、マジ暖かい。やわらかい。いい匂い。


 どんどん俺の理性が溶けていく。


「魔力を……頂きに参りました。リクト様」


 魔力? 魔力ってアレか? 魔力か!?


「待て待て! 確か魔力のやり取りは、密着するだけでいいんだろう? 何もベッドに忍び込まなくてもいいじゃないか!」


 俺の言葉を聞いて、マキは自分の唇をペロリと舐める。


「あら、リクト様ったら……私の事、物語で知っているんですよね? 物語の私は、密着するだけだったんですか?」


 いいえ。エッチな事してました。


「密着する面積が多い方が、肌と肌で密着する方が、よりよく魔力のやりとりが出来るんです。ご存知ですよね? そして……」


 マキのやわらかな二つの果実が、俺の胸の上で形を変える。


「ふおおおお!?」


 エリシリア程大きくはないが、マキは出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる、素晴らしいボディの持ち主だ。


 そんな美少女が、俺のベッドに潜り込んできている。


「さあ、リクト様。いえ……ご主人様」


 マキの唇が、俺にせまってくる。



 俺は今、人生で初めての貞操の危機に陥っていた。


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