第81話 オウガ、最後の戦い
雨が降っていた。
分厚い雲に覆われて、星ひとつ見えない夜だった。
街の外灯や近隣の家の中から漏れる明かりだけが、夜の街を照らしていた。
確か電気ではなく、魔力で明かりが点いているのだと聞いた事がある。
街の中、宿の裏庭で、俺達は雨に濡れながら、向かい合っていた。
オウガの殺気と気配を感じ取った俺は、ひとりでここに来た。
「よくきたな、リクトよ」
オウガがうれしそうに笑っていた。
オウガは……俺との決着をつけにきたのだろう。
「オウガ、お前ひとりか?」
俺は念の為、周囲に気を配っていた。
オウガは邪神の使徒だ。仲間が潜んでいてもおかしくない。
だが、そんな俺の様子をオウガは鼻で笑った。
「フン! もはや俺に仲間など居ない。度重なる任務の失敗に加え、今回のウミキタ王国の襲撃も失敗に終わった。ジャミリーを失い、スカウトしたゴンは失踪。帝国軍は壊滅して、ゼノスも負傷した」
ジャミリーは力を得る為に邪神の力を取り入れすぎたせいで、モンスターと化し、モンスターとして死んでいった。
ムエタイ使いのゴンは自分の娘、キツネ耳少女のネギッツを追いかけていったが、その後どうなったかはわからない。どうやら消息不明の様だ。
帝国軍は、俺の桃尻メテオで壊滅させた。その後生き残った部隊は撤退したと聞いている。
ゼノスも俺の新しい技、爛々二重斬(らんらんにじゅうざん)で倒した。
フィリスに回収されてしまったが、俺の様に回復魔法が出来る仲間が居なければ、早々復活は出来ないはずだ。
今回の戦いは、俺達の完全勝利だった。
唯一の誤算は……オウガが生きていた事だ。
てっきり俺の桃尻メテオで帝国軍と一緒に倒したと思っていた。
だが、オウガはこうして生き残り、俺の前に現れた。
「俺も今回は死ぬかと思ったぞ? だが、こうして生き残った。……生き残ってしまった」
オウガはその目を閉じる。
「もはや俺に居場所は無い。帰る場所もなければ行くアテもない。だが……それでも俺は、この世界が許せない!」
オウガが目を開き、身体についた雨を弾き飛ばした。
その目は、いまだに憎悪に満ちていた。
「この世界が、ソフィアを殺したからか?」
「……リュウガに話を聞いたのか?」
リュウガからは話を聞いたわけじゃない。
俺が知っているのは、ゲームの設定だ。
ソフィア。
ゲーム、ストレートファイターに出てきたキャラクターで、初代のヒロイン的扱いだった。
「この世界の平穏の為に、巫女であるソフィアはいけにえに捧げられた。ソフィアが死んだ事によって平和になると思い込んでいた連中が居た。ソフィアの村の風習だったっけ? あんたは、ソフィアを殺したそいつらを、皆殺しにしたんだろう?」
これは全て、ストレートファイター2の冒頭で語られるストーリーだ。
初代のヒロインが死んで、ライバルだったリュウガとオウガがそれぞれ別の道を歩む事になったのは、当時、ファンの間でも衝撃的だった。
リュウガは戦いを止めて、家庭を持った。
オウガは世界を恨み、修羅と化した。ソフィアの故郷の村人も全員殺したって、話の中で語られていた。
「当然だ。何が世界の平和だ。そんなものの為にソフィアを殺した連中を、俺は許さない。そして……ソフィアが死んだというのに、争いが絶えず、いまだ存在し続けるこの世界を、俺は許さない」
確かに、世界は平和とは言いがたい。
邪神の使徒なんて連中がはびこり、帝国は世界に宣戦布告をした。
「ソフィアは、何の為に死んだのか? ……何度考えても、答えは出なかった」
そりゃあ出ないだろう。
いや、出てもそれが答えとは認めたくないだろう。
言い方は悪いが、ソフィアが死んだ事は、無駄だった。無駄死にだったんだ。
人がひとり死んだくらいで、世界は平和にはならない。
それはこのゲームの世界でも同じだった。
「邪神が復活すれば、世界は闇におおわれる。そう聞いた俺は邪神に魂を売った。そして更なる力を得る為、邪神の力を取り入れたのだ。いずれこの身体が、モンスターになる事がわかっていてもな」
己の限界を超えて邪神の力を取り入れたジャミリーは、モンスターと化した。
おそらくオウガの身体も、すでにモンスターと化しているのだろう。
「それにしても、貴様は不思議な男だ。貴様はまるで見てきたかの様に、ソフィアの事を語る。これまでの我らの作戦も、一度見たかの様な先まわりと対処をしていた」
まあ、ソフィアの事はゲームで見て知っていたし、これまでの邪神の使徒の作戦は、死に戻りで何度も経験して、乗り越えてきたからな。
見てきた、というオウガの言う事は、あながち間違いじゃない。
「いったい貴様はどこまで見通せるのか……もしかしたら、全てを知っているのかもしれんな」
まるで俺の事を見定める様に、オウガが俺をまっすぐ見つめてくる。
「全てを知る者よ。貴様はこの世界で、何を望む? これから何を成す?」
俺が、この世界で望む事。この世界でやりたい事、か。
そんなものは最初から決まっている。
「俺は、俺の好きな人と、平和に楽しく、幸せに生きる」
俺の答えを聞いて、オウガがうっすらと笑う。まるで俺の答えをあらかじめ予想していて、それが当たったのがうれしかったかの様に。
「そうか……全てを知る貴様の答えは、リュウガと同じか」
リュウガはソフィアが残したこの世界で、幸せになろうとした。それがソフィアに対する償いだと信じて。
リュウガはきっと今、幸せだ。幸せの塊みたいなコルットを見ていればわかる。
きっとオウガも、コルットを見て、それは感じたはずだ。
「そうだ。だから俺は、あの人を……リュウガを師匠と呼ぶんだ」
リュウガは、コルットの親父さんは、戦いだけの師匠じゃない。
この世界で幸せな家庭を持つ、俺の人生の師匠でもあると、俺は思っている。
「なるほどな、師匠、か……だが、貴様が、リュウガが正しいとしても、それでも俺はもう止まれん。止まるわけにはいかんのだ」
オウガがゆっくりと構えをとる。
俺もそれにあわせて、リュウガに習った構えをとる。
「これ以上の言葉は、不要だな」
「ああ」
オウガが笑い、俺も笑い返す。
シンと静まり返る中、雨の音だけが響く。
俺達はお互い、相手の出方を見る。
お互い、一歩も動かない。
時間にして、ほんの数秒だったと思う。
だがその時間は、永遠の長さに感じた。
その時、雷が鳴った。
「うおおおおお!」
「があああああ!」
俺達は咆哮をあげながら、お互いに向かって走り出す。
俺はオウガを殴り、オウガが俺を殴る。
殴って、殴って、殴って、殴る。
痛い、ものすごく痛い。
だけど、ここで倒れるわけには、負けるわけにはいかない。
オウガは俺が、リュウガの弟子である俺が倒さなければならない気がする。
この戦いは負けられない。この戦いだけは、死んでやり直すなんてきっと俺には出来ない。きっと二度目は、勝てる気がしなくなる。
だから痛くても、俺はオウガを殴る。
死ぬ気で手を伸ばす。
俺達は殴りあう。
殴り合って、殴って、殴られて、殴る。
互いの顔を、腹を、腕を、殴る。
そしてついに、俺の拳がオウガのアゴを打ち抜き、オウガが倒れる。
俺はオウガを殴った手を前に出したまま、肩で息をしながら、しばらくの間、固まっていた。
「……殺せ」
大地に仰向けに倒れたオウガが、一言つぶやいた。
殴り合いは、俺の勝ちだ。
終わったのか?
これでよかったのだろうか?
俺はこれから、このオウガに、とどめをさすのか?
……違う、これは俺の望む決着じゃない。
「ゴッドヒール」
俺の尻からあふれたピンク色の光が、俺と……オウガを癒す。
「貴様、何のつもりだ?」
回復したオウガが起き上がる。
俺は一度、オウガから距離を取る。
そして一息ついて、オウガをにらみつけ、構えをとった。
「オウガ! 覇王凛影弾(はおうりんえいだん)でこい!」
「なんだと?」
覇王凛影弾。
オーガ軍団侵攻の際に、何度も俺の命を奪った技だ。
己の命と引き換えに撃つ技。
撃てば死ぬという自爆技だ。
「何度も俺を殺した、お前の命をかけた技を打ち破って、俺はお前を超えてみせる!」
俺の言葉に、オウガは黙っていた。
しばらく間があった後、オウガがニヤリと笑った。
「何度も殺した、か……やはり貴様は……いや、これ以上語るのは無粋か」
オウガが力強く一歩踏み込む。
そして、必殺技の構えをとった。
「いいだろう! 俺の命を、全てを込めたこの技、破れるものなら破ってみるがいい! 貴様が死ねば俺の勝ち! 貴様が生き残れば貴様の勝ちだ!」
オウガの全身から、黒い闘気があふれ出す。
それと同時に、全身から血も噴き出していた。
「ぐおおお! いくぞ! 覚悟はいいか!?」
俺もそれにあわせて、構えをとる。
「ああ、こい!」
俺も全身に力を入れ、ピンク色の闘気を解き放つ。
「くらえ! 覇王凛影弾!!」
轟音と共に、巨大な黒い闘気の塊がせまってくる。
対する俺は……全力で桃尻波(ももしりは)を放つ気でいた。
その時、背中に気配を感じた。
当然だが、後ろには誰も居ない。
だが、確かに感じる……リュウガと、コルットの気を!
今なら出来る! 撃てる気がする!
「コルット、親父さん! 俺に力を貸してくれ!」
俺は腰を落とし、両手を右腰に構える。
両手に気を集め……全力で前に、解き放つ!
「撃動波(げきどうは)!!」
俺の両手から、ピンク色の波動が放たれる。
「なにっ!? そ、その技は! リュウガの!?」
オウガが俺の技を見て、驚愕していた。
ピンク色の波動は、黒い闘気を押し返していく。
「こ、こんな! こんな技で、俺の全てを込めた覇王凛影弾が! 負けるものか!」
オウガが力を込め、俺のピンク色の波動を押し返す。
「ふははは! そうだ、この程度の技でこの俺が……なに!?」
その時、オウガが目を見開いた。
「リュウガ!? いや、リュウガの娘!? いや! ……貴様は!?」
オウガの気がゆるんだ瞬間、俺は全ての力を込めて、全力で叫んだ。
「はああああああ!!」
「ぐ! ぐああああ!!」
ピンク色の波動は、黒い闘気を打ち破り、オウガを飲み込んだ。
「はぁ、はぁ!」
俺は力を使い果たし、ヒザをついた。
オウガは、仰向けに倒れていた。
よく見ると、オウガの身体が足元から崩れていっている。
「これまでか……今の技、お前の後ろにリュウガとリュウガの娘が見えた……俺の、完敗だ」
俺にも、親父さんとコルットが力を貸してくれた様に感じた。
どうやらオウガにも、それが感じ取れたみたいだ。
「最後にリュウガの技で、お前達に敗れるか……」
すでにオウガの足は、崩れてなくなっていた。
オウガの身体は、どんどん黒いチリとなっていく。
「貴様の勝ちだ、リクト。貴様は俺を、見事乗り越えたのだ」
降りしきる雨が、オウガのチリとなった身体を流していく。
もはや俺の回復魔法でも助からないだろう。
戦いは、終わったんだ。
その時、俺の後ろから、ひとりの男が現れた。
「親父さん?」
「リュウガ」
コルットの親父さん、リュウガだった。
親父さんはオウガの元まで歩いていく。
「俺を笑いにきたのか? リュウガ」
「そうだな、ほんと、お前ってヤツは……まったく」
親父さんは崩れていくオウガの身体を、抱きかかえる。
「バカなヤツだよお前は。こんな最後しか、選べなかったのか?」
「そうだ、これが俺の選んだ道だ」
二人がジッとお互いを見つめていた。
「俺は、ソフィアを救えなかった」
「俺もだ、俺もソフィアを救えなかった」
「だから俺は、ソフィアの居ないこの世界を、憎んだ」
「だから俺は、ソフィアの残したこの世界で、幸せになろうとした」
「俺は……死に場所を求めた」
「俺は……生きていく場所を得た」
それは、二人の男の、異なる人生だった。
キッカケは同じだった。
しかし二人は違う道を歩んだ。
「最後がリュウガの腕の中とはな……まあ、悪くはない、か」
オウガの身体は、胸の部分まで崩れていた。
どんどん黒いチリと化していく。
そしてチリとなった身体は、雨に流されていく。
親父さんはオウガの手を取った。
その瞬間、俺の尻が光った。
ピンク色の光は、オウガと親父さんを包み込む。
「なんだ?」
「これは……」
それはどういう効果だったのか、それとも幻なのか。
親父さんの姿が、俺も知る、ソフィアの姿になっていた。
「ソフィア? ……ソフィア! ソフィアなのか!?」
オウガが叫ぶ。
突然ソフィアの姿になった親父さんは困惑している様だった。
「ああ、ソフィア! 俺は……俺は! お前を!」
オウガは左手を上げ、ソフィアに触れようとする。
だが、その手は黒いチリとなり、崩れ落ちた。
オウガの残り時間が無いと見ると、ソフィアは目を閉じ、そして……オウガに笑いかけた。
「おやすみなさい、オウガ」
オウガはその言葉を聞いて、これまで見せた事の無い、子供が泣きじゃくる様な顔を見せた。
顔を濡らしているのは、雨なのか、それとも涙なのか……わからない。
だがすぐさま、全ての感情をグッとこらえ、ソフィアに笑いかけた。
「ああ……おやすみ、ソフィア」
その言葉を最後に、オウガは崩れ落ちた。
最後の顔は、やすらかだった。
親父さんはいつの間にか元の姿に戻り、その手には……モンスターとなったオウガの、魔石がにぎられていた。
オウガはこれまで修羅となり、邪神の使徒として、許されない事をしてきた。
死んだからといって、全てが許されるわけではない。
だけどそれでも、願わくば、オウガがソフィアの元にいけたらと……俺は願った。
「……すまなかったな、リクト。結局お前に、全部任せてしまった」
親父さんが立ち上がり、俺に頭を下げてくる。
「親父さん……俺、思うんだ。もし俺が、ユミーリアやエリシリアが……殺されたら、オウガみたいになるのかな?」
コルットの名前は出せなかった。親父さんの前で、出したくなかった。
だがそれでも、親父さんに俺の言いたい事は伝わったみたいだ。
「わからねえな。俺も、家族が殺されたら、どうするか……わからねえ」
親父さんが俺に近づいて来る。
雨が降り、真っ暗な中、その表情はよく見えない。
親父さんが、俺の肩に手を置いた。
「だから俺は、俺達は、大切なものを全力で守るんだ。その為に、強くなるんだ」
親父さんの言う事はわかる。
だけど、俺とオウガは、どう違ったのだろう?
オウガは、やり方はどうあれ、愛する者の為に生きて、死んだのだ。
俺もいずれ、オウガの様になるのではないか。そんな風に思ってしまう。
「リクト、それでも納得できねえなら、中に戻ってみな? そこに答えがある」
親父さんはそう言って、先に宿の中に戻っていった。
俺も、あとに続いて宿の中に入る。
「リクト!」
「リクト!」
「おにーちゃん!」
宿に入ると、三人が飛びついてきた。
エリシリアは涙を浮かべ、ユミーリアは泣いている。
「……三人共、俺、雨でビショビショだぞ? 濡れるぞ?」
俺は突然の事に、どういう反応をしていいかわからず、どうでもいい事を言ってしまう。
「馬鹿者! そんな事を気にしている場合か! 無茶ばかりして! この! この! 馬鹿者……!」
エリシリアが俺を叩いてくる。だがその力は弱々しく、全然痛くない。
「良かった……私、リクトが死んじゃうかもって……私、怖くて……私!」
ユミーリアは俺の服を掴んで、泣いていた。
どうやらみんな、俺達の戦いを見ていたみたいだ。
俺は、泣いている二人の頭を撫でる。
そして、最初に二人と一緒に突撃してきたコルットはというと。
「カッコよかったよ! おにーちゃん、やったね!」
コルットは無邪気に、俺の勝利をよろこんでくれていた。
そして再び、俺の胸に飛び込んでくる。
「えへへ」
俺は三人に、抱きつかれていた。
……あったかい。
親父さんの言った事が、なんとなくわかってきた。
そうだ。失ったらって考えるんじゃなく、失わない為に、強くなるんだ。
このぬくもりを、ずっと、離さない様に。
気がつくと、雨の音が止んでいた。
雨に濡れて冷たくなった俺の身体は、みんなのおかげで、とても暖かかった。
こうして、俺とオウガの、リュウガとオウガの戦いは、幕を閉じた。
「さて、それじゃあいくぞ!」
俺、ユミーリア、コルット、エリシリア、ヒゲのおっさん、そして男勇者一行はギルドの前に集まっていた。
今日は再びウミキタ王国に行く事になっていた。
先日の帝国軍と邪神の使徒が攻めてきた事件に関する報酬を受け取りに行くのだ。
ついでに色々と式典も開かれるらしい。
報酬は当日までのお楽しみ、と言われている。
果たしてどんなものがもらえるのか。
俺はワクワクしながら、ウミキタ王国へと向かった。
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