第145話 動き始める世界
俺は今日もサクッとイノシカチョウのレア肉を調達し、ギルドへと納品に向かった。
そしてそこで、重要人物を発見した。
ギルドの入口に居る人物を確認し、物陰に身を隠す。
俺が警戒しているのは、ギルドの入口に立つ、人の良さそうな商人だ。
彼は本来、ただのモブキャラだ。
だが、ゲームにおいては重要な人物だった。
彼に話しかけると、「いやぁ勇者さんのウワサを聞いてやってきましたが、ここは良い街ですね」なんてセリフを言う。
そしてその瞬間、邪神が復活して、この街にある大きな樹、霊聖樹(れいせいじゅ)が暴走を始めてしまう。
いわば彼に話しかける事が最終イベントの開始フラグになっているのだ。
逆に言えば、あの商人に話しかけなければ、イベントは起こらず、他のイベントをこなしたりレベルを上げたりできる。
しかしあの商人に話しかけてしまえば、最後のイベントが開始され、他のイベントは実行不可になってしまうのだ。
「どうしたでござるリクト殿? 先ほどからあの御仁を見ているでござるが……ま、まさか!」
ランラン丸が何かに気付く。
さすがここまで一緒にやってきた相棒だ、彼がイベントフラグになっている事に気付いたか。
「リクト殿、もしかしてああいう人が好みなのでござるか?」
俺は無言で、ランラン丸をケツにしまう。
「ま! 待って! 冗談、冗談でござるから! あ、駄目! 先っぽが入って……いやあああ!」
俺はランラン丸を中途半端に尻に収納した形で、改めて商人を見る。
「り、リクト殿! お願いだから抜いて! 先っぽだけ、先っぽだけ入ったままでござる! なんか先っぽだけ暖かくて変な感じだから! お願いだから抜いてえええ!」
ランラン丸がうるさい。
ひとまずあの商人は保留だ。
ゲーム通りなら、話しかけさえしなければ大丈夫なはずだ。
俺がマイホームへ帰ろうとしたその時、前からユウが歩いてきた。
まずいな、もしかしたら俺ではなく、本来のゲームの主人公である勇者のユウやユミーリアがあの商人に話しかけると、イベントが始まってしまうかもしれない。
「おい、ユウ!」
「あ、リクト、どうしたんだい?」
ユウがこちらに駆けてくる。
後ろにはいつも通り、ユウの仲間達が居た。
「ユウ、頼みがあるんだ」
俺の言葉を聞いて、ユウの瞳が輝いた。
「リクトの頼みだって? わかった、なんでも言ってくれ!」
こいつ、大丈夫か? なんでもとか気軽に言うもんじゃないぞ。
「ま、まあいいか。ユウ、今日からしばらくの間、ギルドには近づかないで欲しいんだ」
ユウだけでなく、後ろに居た魔法使い達も驚いていた。
「どういう事だい?」
……まあ、話さないわけにはいかないか。
「理由を説明するから、マイホームへついてきてくれないか? ユミーリア達にも一緒に話しておきたいんだ」
俺は尻を光らせて、マイホームを出す。
扉をあけて、ユウ達を招待した。
「おや、どうしたリクト? ギルドへ行ったのではないのか?」
アーナがソファに寝転びながら迎えてくれた。
「ただいま、ちょっと困った事になってさ」
「困った事になってるのは、どう見てもランラン丸の方だと思うがのぉ」
そう言われてみると、マイホームに入ったらいつもソファにダイブするランラン丸の姿が見えない。
どこに行ったんだ?
「り、リクト、それ……」
ユウが俺の尻を指差す。
そこには、光る俺の尻に顔を突っ込んだランラン丸が居た。
「……何やってるんだよお前」
俺はランラン丸を引っこ抜く。
「ぷはっ! 何やってるんだじゃないでござるよ! 先っぽが入ったままの状態だったからこうなったのでござるよ! ひどい、ひどすぎるでござる! 拙者もう、お嫁にいけないでござるよおおお」
ランラン丸が泣き崩れた。
メンドクサイやつだな。
「お前は俺のものだ、どこにも嫁にやるつもりはない」
言ってみて恥ずかしかった。言うんじゃなかった。
「そそそ、そんな言葉に騙されないでござるよ!」
そう言いながらランラン丸の顔は真っ赤だった。こいつ、こんな表情をする事もあるんだな。
「えっと、それでリクト、そろそろ話を聞かせてほしいかなーなんて思うんだけど」
ユウが遠慮がちに話しかけてきた。
しまった、こいつらも居たんだった。
魔法使いがこちらをニヤニヤしながら見ている。
「えっと……あ、アーナ、ユミーリア達は重力室か?」
「そうじゃの。みんなマジメに修行をしておるよ。マキだけはどこかに出かけておる」
うーん、またシリト教絡みだろうか。
あの大武闘会の後、俺の尻の光はなんとかおさまって、尻からまんじゅうも出なくなったが、あれから尻まんじゅうが聖なる食べ物として大ブームになってるらしいんだよな。
まあ確かに、おいしいんだけどな、あのまんじゅう。
しかしマキがどこに居るかわからないのは、どうしたものか。
「お呼びですかリクト様」
そんな風に考えていると、マキが戻ってきた。
「……俺、呼んだっけ?」
「いえ、ですがリクト様が私を必要としている気がして戻ってまいりました」
さすがはスーパーメイドだ。ここまでくると怖いくらいだな。
「マキ、みんなに話があるんだ、呼んできてくれるか?」
「かしこまりました」
マキが地下におりていく。
俺達はその間にテーブル席につく。
「あれ、兄さん?」
ユミーリア達がやってきた。
みんなそれぞれ席についた。
「リクトが僕達も含めて話があるっていうから来たんだけど、ユミーリアも知らないのかい?」
ユミーリアが俺を見る。
「ああ、これから話す事は誰にも言っていなかった事だ、心して聞いてくれ」
俺はみんなが席についた事を確認して、話を始める。
「もうすぐ、邪神が復活する」
ユウがガタッと立ち上がる。それを魔法使いが服を引っ張って止めた。
「もちろん今すぐじゃない。だけど、今すぐにする方法がある」
「今すぐにする方法、だと?」
エリシリアがこちらを見る。
「以前話した通り、俺はみんなの物語を知っている。そしてこれはユウとユミーリアの物語なんだが……」
俺は、今ギルドの前に居る商人に話しかけると、邪神が復活する流れを説明した。
「なるほど、その商人に話しかける事が物語が動き出すキッカケになるというわけですね」
マキが納得し、思案していた。
「だから僕にギルドに近づくなって言ったんだね?」
「ああそうだ、俺か、ユミーリアか、ユウか。もしかしたら俺達の誰かがあの商人に話しかけた瞬間、邪神が復活するかもしれない」
俺達はみんな勇者のパーティだ。勇者だけでなく、俺達の誰でも可能性はある。
「邪神が復活すると、どうなるんです?」
プリムが手をあげる。
「霊聖樹が暴走して、街中の地中から幹が飛び出してきて、モンスターが街に入り込んできて、霊聖樹があった場所には最終ダンジョンが現れる」
「れ、霊聖樹が暴走だと? どういう事だ?」
エリシリアが汗をかいている。
そういえば、説明した事なかったっけ?
「いや、実は霊聖樹の下に邪神が封印されててさ、だから邪神が復活すると、封印していた霊聖樹が暴走しちゃうらしいんだよ」
俺がそう言うと、なぜかシンと静まり返った。
「リクト」
エリシリアが立ち上がる。
そして、俺のほっぺを引っ張った。
「い、いひゃい、な、なにをひゅる」
「そんな大事な事をなぜ今まで黙っていたんだ!」
超怒られた。
「いや、みんなが不安にならないようにって」
「馬鹿者! 先に言っていれば色々と対策が出来ただろう! こんなギリギリになって言ってどうする!」
俺のほっぺがさらに縦に、横にグイグイ引っ張られる。
「まったく……マキ、プリム、急いで対策を立てるぞ。このままではこの街が滅びてしまう」
エリシリアの言葉に、マキとプリムがうなずいた。
「私はギルドの方にまいります。エリシリア様はお城へ、プリム様は各国への通達をお願いします」
マキがそれぞれ指示を出す。
「わかった」
「わかりました」
「リクト様はプリム様についていってください。各国へ行くのであればマイホームを使用するのが早いでしょう」
「あ、ああ」
エリシリアとプリムが素早く準備を始める。
「私達は?」
「ユミーリア様達はここで待機していてください。エリシリア様も極力ギルドには近づかない様にお願いします。それと、リクト様」
マキが再びこちらを見る。
「その商人は、消してしまっても構わないのでしょうか?」
おいおい、なんという過激派だ。
「い、いや、それはマズイ。邪神の復活は避けられないんだ。あの商人が居なくなったら、次は誰がトリガーになるかわからなくなる。それよりはあそこに立ったままで居てもらった方がいいだろう」
「かしこまりました」
マキはそう言うと、マイホームを出て行った。
マキの事だ、うまくやってくれるだろう。
「私もすぐに城に向かうがリクト、地中から現れる霊聖樹の幹がどの辺りに出てくるか、具体的にわかるか?」
どうだろう? この街はゲームとは微妙に違っているからな。それにゲームではそこら中に幹が生えてきていた気がする。
「す、すまん、街中に出てくるとしかわからない。具体的には描写されていなかった」
「そうか、わかった」
エリシリアはそう言ってマイホームを出て行った。
「リクト、あんた後でちゃんとマキさんとエリシリアさんに謝って、サービスしなさいよ?」
魔法使いがジト目で見てくる。
「い、言われなくても、わかってるさ」
なんだかみんなのあのあせり様をみると、申し訳なくなってくる。
もっと早く言っておくべきだったか、しまったな。
「お兄様、それでは早速、各国へ向かいましょう。まずはデンガーナへお願いします」
「あ、ああ」
俺はプリムを連れて、デンガーナへと向かう。
「あら、いらっしゃい」
デンガーナ王国の城の広間に出ると、デンガーナの王様がなぜか、わしじゃよのポーズを決めていた。
「お父様、それは?」
「うふふ、私よ! の練習よ」
わしじゃよのアレンジ、私よだった。何をやってるんだこの王様は。
「それよりも二人とも突然ね、どうしたの?」
「実は……」
プリムが王様に説明を始める。
「大変じゃない。そこまでいくと他の国にも影響が出るかもしれないわね。わかったわ、この国の事は任せてちょうだい。リクトちゃんとプリムは他の国をまわってね」
俺達はうなずいてマイホームへ戻る。
「あ、ちょっと待って」
そんな俺達を、王様が呼び止めた。
「今の話だと、うまくやれば別に今日明日、邪神がよみがえるわけじゃないのよね?」
「あ、はい、そうです」
俺達があの商人に話しかけなければ、もしかしたら一生邪神が復活する事はないかもしれない。
……まあ、さすがにそれは無理か?
「だったら、各国をまわったら、一度この国に戻ってきてちょうだい」
「ここに? どうしてですお父様?」
プリムが父親であるデンガーナ王の提案に首をかしげる。
「戻ったら話してあげる。今は先にみんなにこの事を知らせてあげて」
俺達は再びうなずいて、今度はウミキタ王国へ向かった。
「なん……だと?」
ウミキタ王が俺達の知らせを聞いて固まった。
「れ、霊聖樹が暴走した後はどうなる? まさか霊聖樹が消えるなんて事はないだろうな?」
「いえ、消えます」
ウミキタ王はそれを聞いて、天をあおぐ。
「シリト、知っているか? この国をはじめ各国がなぜモンスターに狙われないかを」
「え? いえ」
そういえば、霊聖樹があるキョテンの街はともかく、他の国はどうしてるんだ?
「答えは簡単だ、霊聖樹の一部を切り取って各国に置いてあるからだ。そのおかげで各国、各街はモンスターから襲われないんだ。だが、霊聖樹がなくなるとなると、これが効果を発揮しなくなるかもしれん」
霊聖樹の一部か、そうかその手があったのか。
しかし、確かに王様の言う通り、霊聖樹がなくなればその一部の効果も消えるかもしれない。
「デンガーナ王はなんと言っていた?」
「父は、任せろと」
プリムがそう答える。
「そうか、娘の前でカッコつけやがって、どうするってんだよこれ」
ウミキタ王が頭を抱えた。
「とにかくわかった。こちらもなんとか対策を立てよう。最悪また各国集まって会議だなこりゃあ。その時は頼むぞシリト」
さすがにこれはノーとは言えないな。
「わかりました、よろしくお願いします」
この国はマキの故郷であり、ネギッツやゴンも住んでいる。失うわけにはいかない。
「お前に言われなくてもわかってるさ、そっちこそしっかりやれよ」
俺達は頭を下げて、ウミキタ王国を去った。
「想像以上に重たいですね」
マイホームに戻ったプリムがため息をつく。
「そうだな、この様子じゃ、カマセーヌさんは倒れてしまうかもしれないな」
俺のその言葉を聞いて、アーナが立ち上がった。
「ふむ、ならば次のパッショニアにはわしがついていってやろう」
俺はアーナとプリムと一緒に、パッショニアに向かった。
「……なんて事ですの」
カマセーヌさんは直立不動のまま、白目をむいて後ろに倒れた。
「カマセーヌううう!」
アーナのわざとらしい叫び声が、パッショニアに響いた。
カマセーヌさんの事はアーナに任せて、俺達は帝国に向かった。
「おおザイン! いや、シリトだったか?」
そこに居たのは王様と、将軍だった。
「リクトです」
「お前はいくつ名を持っているんだ」
ひとつだっつーの。
まあ、最初に偽名を使ったのは俺だけどさ。
「それで、急にどうした?」
俺達は邪神の事を話した。
「邪神、か」
「我が王に取り付いた者が、確か邪神に力をもらったと言っていたな。その邪神がついに現れるのか」
王様と将軍が二人でうなっていた。
「邪神も問題だが、霊聖樹が暴走して、消えるかもしれないという方が問題だな」
「まったくですな、これは防衛を強化しなければなりません」
やっぱりこの国も霊聖樹の力を借りていたのか。
そう考えると、未来にあったあのナントカっていう、モンスターを防ぐクリスタルみたいな石を探した方がいいのかもしれないな。
しかしどこにあるんだあれ? ちゃんと親父に聞いておけば良かったな。
「とにかく、よく知らせてくれた。こちらの動きはまた追って伝えよう」
俺達は王様のその言葉を聞いて、マイホームへと戻った。
そして言われた通り、デンガーナへと戻る。
「あら、早かったわね、もういいの?」
よくはない。
だが、ひとまず主要各国には伝える事はできた。
「セントヒリアの状況がわかりませんが、そちらはエリお姉様に任せているので問題ないと思います。それでお父様、話というのはなんです?」
プリムのその質問を受けて、デンガーナ王がムフフと笑う。
「あなた達、これまでバタバタしてて、ろくにデートとかしてないでしょう? 私が許すわ、これからこの国で、デートでもしてきなさい」
……いきなり何を言ってるんだこの王様は?
「お父様、今はそんな状況では」
「こんな状況だからこそよ。エリシリアちゃんやマキちゃんにも任せているんでしょう? だったら大丈夫よ。これは命令よ、二人は今日、これから夜までデートでもしてきなさい、いいわね!」
デンガーナ王が手を鳴らすと、どこからともなく現れた女性達がプリムを取り囲む。
「ちょ、ちょっとお父様! 今はそんな状況ではって、はなして下さいー!」
女性達はいきおいのままプリムをどこかへ連れ去っていった。
俺は王様を見る。
「リクトちゃん、これから邪神とのキビシイ戦いが始まるんでしょう? その前に、あの子に楽しい思い出を作ってあげてほしいの。いざという時、思い出してがんばれる様にね、頼んだわよ」
ああそういう事か。
なんだかんだでこの人もちゃんと父親なんだな。
「わかりました、がんばります」
「ええ、がんばってちょうだい」
俺は笑顔で見送られた。
そうして城の入口で待っていると、いつもとは違った可愛いワンピースに身を包んだプリムが出てきた。
「お、お兄様、どうでしょうか?」
可愛い。ハッキリ言って可愛い。
「可愛い」
思わず口にも出てしまった。
プリムが顔を真っ赤にしてうつむいた。
「そ、それではお兄様、よ、よろしくお願いします」
「あ、ああ」
邪神が復活するかもしれないという状況にもかかわらず、俺はプリムとデートする事になった。
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