第19話 分岐点

 ユミーリアから話があると連れ出され、俺達は、街の中央広場まできていた。


 たくさんの人が行き交う中、俺達は無言で歩き続ける。



 ユミーリアの話とは、なんだろう?

 やっぱり、キスの事を思い出したんだろうか?


 もしかしてこのまま、人通りの少ない場所に連れて行かれて……ボコボコにされてしまうとか?


 普段のユミーリアからは考えられないが、知らない間に唇を奪われたとなれば、どうだろう?


 俺は今、殺される前の、死刑囚の気分だった。

 死刑囚になった事ないけど。



 やがて人通りの少ない路地に入ると、先を歩いていたユミーリアが立ち止まり、振り返った。


 金色のなびくトリプルテールが、綺麗だった。



「あのねリクト、この間はありがとう。リクトのおかげで私、ちゃんとEランクになれたよ」


 この間というのは、Eランクへの昇格試験、ゴブリンクイーンを倒した時の事だろう。


「え? 俺、ボコボコにされるんじゃないの?」

「なんで? 私、リクトにそんな事しないよ?」


 なんだ、違ったのか。


 俺はちょっとホッとした。どうやら俺の考えすぎだったみたいだ。


「あー、いや。というか、俺は何もしてないよ。ゴブリンも、ゴブリンクイーンも、ユミーリアが倒したんだ」


「私は……何も覚えていないの。でも、なんとなくだけど、わかるの。リクトが助けてくれたんだって。リクトが……何か、してくれたんだって」


 それは、俺が、勇者の力を覚醒させる為、ユミーリアに……キスをした事だろうか?


「全然覚えてないんだけど、それでもリクトが、気絶した私をギルドまで運んでくれたんでしょう?」

「それくらいは、当然するさ」


 さすがに気絶したユミーリアを放っておくなんて事はできない。俺は当たり前の事をしただけだ。


「なんとなく、リクトのぬくもりは、覚えてるの。それに何か、とても大切な事があったんだって、思うの」


 ユミーリアがこちらを見つめてくる。


「ねえリクト、あの時何があったの? 教えてくれる?」


 俺はつい、ユミーリアから目をそらす。



 キス、しちゃいました。とは言いづらい。


 ユミーリアの純粋な目を見たら、とてもじゃないが言える事ではない。


「何か、言いづらい様な事があったの?」


 はい、とても言いづらいです。



「……ごめんねリクト。リクトを責めたいわけじゃないの。どちらかというと、今日はその、お礼を言いたかったの」

「お礼?」


 ユミーリアが姿勢を正した。


「リクト、私の昇格試験に付き合ってくれてありがとう。私を連れて帰ってくれてありがとう。それでその……これは、感謝のしるしというか、お礼というかお詫びというか……受け取ってもらえないかな?」


 そう言って、ユミーリアは袋を差し出した。


「え? いやいや! お礼を言われるほどの事はしてないし! そんな……」


「ううん、私はうれしかったの。私がリクトとパーティを組みたいってワガママ言ったせいで、リクトを巻き込んで、危険な目にあわせてしまったのに、リクトは私を責めないし、助けられて……だからそのお詫びと、一時的とはいえ、パーティを組んでくれたお礼って事で……駄目かな?」


 ユミーリアが上目づかいでこちらを見てくる。


 俺はこの、ユミーリアの上目づかいに弱い。


 なのでつい、袋を受け取ってしまう。


「ありがとう、リクト」


 笑顔になるユミーリア。


 可愛い。超絶可愛い。


「あけてみて、リクト」


 俺は言われて、袋をあける。


 中には……シンプルな銀の腕輪が入っていた。中心には赤い宝石が埋め込まれている。


「これは?」

「魔防の腕輪。魔力を通すと、赤い宝石から魔力の盾が現れるの」


 そうかこれが……って待て!

 魔防の腕輪って、中盤になってようやく買える防具だぞ?


 確か値段は……6000P(ピール)だったはずだ。


「いやいやいや! こんな高価なもの、受け取れないって!」

「ほとんどはゴブリンクイーンの討伐報酬からだから、気にしないで」


 嘘だろオイ、確かゴブリンキングの討伐報酬は5000Pだったぞ? 足りてないじゃないか。


「リクトの剣って、見てたけど盾が持ちづらそうだよね? だから魔力で出し入れできるその盾なら、いいかなって」


 確かに、日本刀のスタイルじゃ盾は持ちづらいが……


「お願いリクト、受け取ってほしいの」



「……どうして、そこまで俺に……」



 俺はつい、声に出してしまった。


「初めて会った時、リクトを押し倒しちゃって、私……とてもドキドキしたの。心臓をつかまれた様な、そんな感覚だった」


 そりゃあ、胸をもんでしまったからな。


「それにリクト、なんだかいい匂いがして……それからずっと気になってたの」


 え? もしかしてユミーリア、匂いフェチだったのか? ていうか俺、そんな匂いするのか?


「冒険力が低いのに、ソロでがんばってるリクトを見て、私もがんばらなきゃって思って……そんな時、兄さんがDランクに昇格したって聞いて、私ももっとがんばらなきゃって思ったの」


 ユミーリアは語りながら、空を見上げていた。


「でも、本当はひとりで不安だった。そんな時、リクトが一緒に昇格試験を受けてくれるって聞いて、私とってもうれしかったの。だから……お礼を言いたかったの」


 俺はユミーリアの言葉を聞いて、何も言えずにいた。



 ユミーリアがそんな風に思ってくれているとは、気付かなかった。


 むしろ俺は、ユミーリアから逃げていた。


 低い冒険力、勇者ではない職業。

 これではメインストーリー攻略どころか、邪魔になってしまうだろうと決めつけて。


 勇者に任せておけばいいと、今思えば、逃げていたんだ。



「……ユミーリア、ひとつ聞きたい」

「なに?」


「これからも、誰かとパーティを組む気はないのか?」


 俺の言葉を受けて、ユミーリアは少し考える。


「……うん、そうだね。リクトと誰か、ならいいけど。一番最初に組むのは、やっぱり、リクトがいい」


 そう言って笑うユミーリアは、とても綺麗だった。



 ここまで言われて、俺はまだ逃げるのか?


 すでにメインストーリーは動き出している。


 男勇者は俺の知っている通りのストーリーを歩んでいる。


 だが、ユミーリアは違った。

 本来存在しないはずのゴブリンクイーンなんてモンスターが現れたり、霊聖樹に異変が起きたり……


 考えてみれば、ユミーリアの存在自体が、俺と同じく、イレギュラーなんだよな。


 男勇者がいるのに、妹として存在する女勇者。ゲームでは実現しなかった状態だ。


 そしてすでに、本来Dランクにあがるはずが、ユミーリアは俺と一緒にEランク止まりになっている。この時点で、ゲームのストーリーからは外れてしまっているだろう。



 俺はこのまま、ユミーリアを放っておくのか?


 この先何が起きるかわからないユミーリアを?


 このままでいいのか?



 これはきっと、分岐点。


 大きな分岐点だ。


 ここでの選択肢が、きっとこの後の展開を大きく変えてしまうだろう。



 選択肢は単純だ。



《ユミーリアとパーティを組みますか? はい/いいえ》



 はいを選べば、俺はもう逃げられない。

 どんな事が起きるかもわからない、未知のイベントに巻き込まれていくだろう。


 いいえを選べば、俺は傍観者でいられる。

 たまにアドバイスを出して助けるくらいでいいだろう。

 ソロで限界を感じれば、ユミーリアも誰かとパーティを組むかもしれない。



 俺はこのゲームの世界で、楽しく生きていこうと決めた。


 今でも十分楽しい。

 ギルドで依頼を受けたり、モンスターと戦ったり、レベルを上げたり、お金を稼いだり、装備を買ったり……


 今日も、レアドロップが出たりして、とても楽しかった。


 俺は十分、この世界を楽しんでいる。



 だが、それだけでいいのだろうか?


 あの神様は、特に俺に何かをしろとは言わなかった。


 別にここで、いいえを選んでもおそらく何も言わないだろう。


 だが……それで本当にいいのか?



 俺は目を閉じて、考える。




 そして……決めた。


 俺はユミーリアの目を見る。

 そして、答える。



 俺の、答えは……




《ユミーリアとパーティを組みますか?》 


 はい

 いいえ

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