第142話 それいけ光の尻

「さて、いきおいよく言ってのけたはいいけど、どうするかな」


 俺とコルットは、ユミーリアの両親と対峙していた。


 ユミーリアの両親は勇者だ。


 しかも、死んだと思われていただけで地下王国を救っていた、現役の勇者だ。


 戸惑って油断していたとはいえ、ユミーリアも倒している。


「ねえ、おにーちゃん」


 コルットが俺に話しかけてきた。


「どうした?」

「あのおねーさん、ユミおねーちゃんのお母さんなんだよね?」


 コルットがユミーリアのお母さんを指差した。


「そうよ。お ね え さ んはユミーリアのお母さんよー」


 コルットの声が聞こえたのか、ユミーリアのお母さんはお姉さんという単語をやたら主張しながらこちらに手を振った。


「わたし、たたかってみたい!」


 コルットが拳を強くにぎる。


 うん、まあこれはあくまで試合だし、たまにはコルットも暴れたいだろうから別にいいか。


「わかった、全力でやってこい!」

「うん!」


 コルットの全力か、いったいどれくらい強くなっているんだろう。


 修行中にユミーリアと組み手しているのはよく見ているが、ガチの全力で戦うコルットはここしばらく見ていない。

 未来の世界で制空圏を見せたくらいか? あれも全力だったとは言えないだろうしな。


「あら、お姉さんの相手は、お嬢ちゃんがしてくれるの?」

「うん! 全力でいくよー!」


 コルットが元気よく手をあげて、気を解放する。


「はあっ!」


 コルットが気合いを入れると、全身から青い闘気があふれ、周囲に暴風を巻き起こす。


「うおっ!」


 隣に居た俺は思わず吹き飛ばされそうになる所を、なんとかこらえる。


 圧倒的なその闘気は、大地をゆらした。


「はああああああ!」


 コルットはどんどん気を高めていく。


 俺にはわかる。これはマジでやばい。


 会場に居る人々がうろたえている。


 そして、その中で一番困惑している人が居た。


「……え?」


 ユミーリアのお母さんだ。


 コルットのガチの闘気を見て、大量の汗を流している。


「うそ、え? なにこれ? 冗談でしょ?」


 どうやらコルットの力は、完全に予想外だったみたいだ。


 俺もコルットがここまで強くなっているとは思わなかった。


 もう全部コルットひとりでいいんじゃないかなって感じだ。


「ちょ、ちょっとリクト君! どういう事? コルットちゃんだっけ? これ、あなたより強いんじゃないの?」


 ユミーリアのお母さんが涙目でこちらに話しかけてくる。


「知らなかったんですか? 俺、パーティの中じゃ弱い方なんですよ? ユミーリアとエリシリアとコルットは、俺より断然強いです」


「う、うそ……だって、魔王も皇帝も、あなたが倒してたじゃない?」


 お母さんの顔が絶望に染まる。


 どこからか見てたのか。まあ、魔王も皇帝も、たまたま俺と相性が良かっただけだ。


 本来の強さは、ユミーリア達の方がはるかに上だ。


 そうこうしている内に、コルットが気の解放を終える。


「ふう、それじゃあ、いくよ!」


 暴風と大地のゆれがおさまった。


 コルットの全身に、青い闘気がまとわりついている。


 強い。


 一目でわかる圧倒的な、圧縮された気。


 これはお母さん、死んだな。


「ちょ、ちょっと待って、やっぱり私はリクト君と戦おうかなーって、ね? あなた」


 お母さんが涙目でお父さんを見る。


「い、いや、ここは男親として私がリクト君とだな」

「待って! お願いだからかわって! 私死んじゃう!」

「私もまだ死にたくないんだが」


 夫婦がお互いにコルットの相手を押し付けあっていた。


「だ、大丈夫だ、これは試合だ。死ぬ事はないだろう」

「ほんとに? 死んだら責任とってくれる?」

「ああもちろんだ。愛しているよネックス」

「……トーラ」


 そしてなぜかキスをする二人。


 見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


 チラっとユミーリアを見れば、真っ赤な顔をして手で顔をおおってい……いや、指の隙間からガン見していた。


「よし、それじゃあコルットちゃん、いくわよ!」


 ユミーリアのお母さんは気合いが入ったのか、張り切ってコルットに立ち向かう。


「それではリクト君、我々も始めようか」


 そしてお父さんも、俺に剣を向けてくる。


「ふむ、なんだかよくわかりませんが、両者、準備はいいですね? それでは、はじめ!」


 ライシュバルトが声たからかに叫び、手を振り下ろす。


「はあああ!」


 お父さんが剣をこちらに向けて振り下ろしてくる。


 俺はランラン丸を抜いて、お父さんの剣を弾く。


 お父さんは返す刃でこちらに攻撃を仕掛けてくるので、俺もそれに合わせてランラン丸を振り、お互い剣を打ち合った。


「やるな、正直ここまでとは思わなかった! 私はこれでも勇者の夫として強くなってきたんだが、君も相当、修練を積んでいるようだ!」


「そりゃ、俺だって勇者の夫ですからね!」


「はっはっは! そういえばそうか! だが、それを認めるのはこれからだ!」


 お父さんは一瞬、剣から手をはなす。


 俺はそれを見逃さず、お父さんの剣を空へと弾いた。


 隙ができる。


 その隙に、俺はランラン丸を叩き込む。


「がふっ!」


 だが、それは罠だった。


 俺の顔に、何か液体がふりかかった。


「な、なんだ?」

「ぐうっ! み、見せてもらうよ、君の力の、正体を……」


 お父さんの手には、例の力を解放する液体が入ったビンがにぎられていた。


 という事は、今俺にかかったのは、力を解放する液体か。


 俺は一歩身を引く。


「うっ! ぐ、ぐあ!」

「リクト殿!」


 俺は顔を手でおさえる。


 身体中が熱い。


 身体の中で血が沸騰しているみたいだ。


「ぐあああああ!」

「おにーちゃん!?」


 コルットがこちらに駆けてくる。


「く、くるな、コルット」


 俺は手でそれを制する。


 まさか、本当に俺は、邪神になってしまうのか?


「ぐああああ!」

「リクト殿! しっかりするでござる! リクト殿ー!」


 俺の身体から、ピンク色の光があふれ、空へと解き放たれる。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。それとも邪神が出てくるか……」


 ユミーリアのお父さんの声が聞こえる。


 俺は、どうなるんだ? 邪神になってしまうのか?



 静かになる。


 どうなったんだ?


 視界が晴れてくる。


 光がおさまっていく。


 気付けば俺の身体は……


「……な、なんともない?」


 いつも通りだった。


 特に何か変化した様にも見えない。


「……」


 お父さんが俺を見ていた。


 コルットも俺をジッと見ている。


「な、なんだ、なんともないじゃないか、はは」


 俺は起き上がって自分自身を見る。


 それにしても、妙に周囲が明るい気がする。


 いったいなんだ? 何が光って……



 そこで、俺は停止した。


 俺の尻が、大きくなっていた。



 いや、実際に尻が大きくなっているわけではない。


 俺の尻の形をしたピンク色の気が俺の尻から出て、そこで固定化している。


 まぶしい。


 とてもまぶしかった。


 俺が消えろと念じても、消える気配がない。


 ちょっと腰を振ってみると、プルンプルンと尻が、いや尻の形をした気がゆれた。


 すると気の中から、何かが出てくる。


「?」


 コルットがそれを拾って、空へとかかげる。



「おしりまんじゅうだー!」



 そう、俺の尻から出てきたのは、尻まんじゅうだった。


 なぜ? なぜ俺の尻から尻まんじゅうが出てくるんだ?


 コルットがためらいなく拾った尻まんじゅうを食べる。


「お、おいコルット、なんでも口に入れるんじゃありませんよ?」


 俺は混乱して何を言っているのかわからなかった。


「おにーちゃん」


 コルットがこちらを見る。



「おいしー!」


 コルットが満面の笑みでよろこんでいた。


 コルットは落ちていた尻まんじゅうを食べる。


「おいしー!」


 再びコルットの笑顔の花が咲く。


「こ、コルット、落ちているものを食べるんじゃない!」

「でもおにーちゃん、このおしりまんじゅう、すっごくおいしーよ!」


 俺も気になって、ひとつ拾って食べてみる。


「んおっ!」


 確かに、ものすごくおいしかった。


 口の中で皮がとろけていき、中から出てくる甘いあんこが口いっぱいに広がる。


 しかしなぜ俺の尻から尻まんじゅうが出てくるんだ?



 その時、あるフレーズが俺の頭をかけめぐった。


「ぼ、僕のお尻を食べなよ?」


 それは、俺の世界の国民的キャラクターのセリフだった。もちろん、尻の部分は違うけど。



 会場中がシンと静まり返っていた。



 やがてユミーリアのお父さんが俺に近づいてくる。


「私にもひとつもらえるかな?」


 そう言って俺に手を出す。


 俺はもう一度、腰を振って尻をゆらす。


 するとピンク色の尻から、3つのまんじゅうが出てきた。


「ふむ、なんとも珍妙な光景だね……あぐ」


 お父さんが尻まんじゅうを食べる。


「なるほど、これはうまい」


 そして、なぜか涙を流した。


「これが君の答えか、実に素晴らしい。みんなを笑顔にする力だ……私達の負けだよ、リクト君」


 お父さんがそう告げた。


 それを聞いて、ライシュバルトが口をモグモグさせながら、高らかに宣言する。


「勝者! シリトアンドコルット! ていうかこれマジでおいしいですね」


 どうやら勝手に尻まんじゅうを拾って食べていた様だ。


「あれ? そういえばユミーリアのお母さんは?」

「あそこー」


 コルットが会場の端の方の壁を指差した。


 そこには、壁に埋まって下半身を突き出したまま、ピクピクと動く、ユミーリアのお母さんの姿があった。


 俺達は急いでお母さんを救出して、控え室に運んだ。



「コルットちゃん怖い、コルットちゃん怖い」


 救出されたお母さんは、控え室の端っこでひざを抱えてガタガタとふるえていた。


「ごめんなさい」


 コルットが申し訳なさそうに謝る。


 そんなコルットを見て、お母さんは自分の顔をバシッと叩いた。


「だ、大丈夫よコルットちゃん、お姉さん丈夫だから、勇者だから、大丈夫!」


 そう言ってニッコリと笑いかける。


 コルットはまだ心配そうにしていたが、お母さんの方からコルットに近づき、コルットを抱きかかえた。


「ほーら、大丈夫でしょ? コルットちゃん、強いね、お姉さんビックリしちゃった」

「……えへへー」


 お母さんの元気な姿を見て、コルットもホッとしたようだった。



「それにしても何? 結局お尻が光って、そこからお尻まんじゅうが出てきただけ? どうなってるのよ」


 お母さんが俺の尻を見る。


 それは俺の方が聞きたい。


 俺の尻、まだ光ったままなんだけど?


「あの、俺のこの尻、いつになったら光がおさまるんでしょうか?」

「さ、さあ?」


 お父さんも俺の尻から目をそらす。


 さあって、そんな無責任な。


「と、とにかく、私は君を認めるよ。ユミーリアの事、よろしく頼む」


 お父さんが俺の手をにぎる。


 これは、全力でごまかす気だな。


「そ、そうねー。私も認めるわよー。がんばってねリクト君」


 お母さんも俺の尻をチラチラ見ながら、苦笑する。


 なんとも嫌な認められ方だった。



「お父さん、お母さん」


 後ろを振り返ると、ユミーリアが立っていた。


 だが、なんだか怒っている様で、怖い。


「リクトに、何をしたの?」


 ユミーリアの気迫に、両親ズが一歩下がる。


「え、えっと、リクト君の資質を見極めようとしてだな」

「リクト、あの時ものすごく苦しんでたよね?」


 言い訳するお父さんを、ユミーリアがジロリとにらむ。


「ゆ、ユミーリア、あのね、お父さんもお母さんも、リクト君の事を認めようと思って、仕方なく、なのよ?」

「認める? リクトは世界を救ったんだよ? それじゃ駄目だったの?」


 今度はお母さんをジロリとにらむユミーリア。


「なんとなくだけどわかるよ、あれ、ものすごく危険な事だったよね?」


 まあ、危険といえば危険か。

 もしあそこで俺が邪神に変化していたら、今頃どうなっていただろう。


「そ、そんな事ないわよー。ね? あなた」

「そ、そうだぞ、失敗したら死ぬだなんて迷信だ。これまで死んだ勇者はいなかったって話だしな」


 ……おいちょっと待った、今なんて言った?


「あの、もしかしてそのクスリ、死ぬ可能性があったんですか?」


 俺はジロリとユミーリアの両親を見る。


「た、ただのおどしよー。これまで死んだ人はいなかったって聞いてるし」

「そうだぞ、未熟な者が使えば死ぬとは言われていたらしいが、死んだ者はいないってお父さんが言ってたしな」


 お父さんのお父さんって事は、ユミーリアのじいさんか。


 勇者に伝わる秘伝のクスリって話だから、じいさんも知ってて当然だよな。


「ユミーリアは何か知ってるか?」

「ううん、私は知らないよ……というかお父さん、そんな危ないものを、リクトに使ったの?」


 ユミーリアの気が、どんどん膨れ上がっていく。


 控え室が地震の様にゆれていた。


 これは駄目だ、ユミーリアのやつ、本気で怒ってる。


「いくらお父さんとお母さんでも許さないから」


 お父さんとお母さんがユミーリアを見て、お互い寄り添ってガタガタふるえていた。


 俺とコルットがそっと部屋を出た後、控え室で夫婦の悲鳴が響きわたった。



 その後も試合は続いたが、俺とコルットにとってはどれも楽勝な試合だった。


 ただひとつ、問題があった。


「もぐもぐ」


 コルットがおいしそうに尻まんじゅうを食べている。


 そう、俺の尻は相変わらず光ったままで、動く度に尻まんじゅうが生産されているのだ。


 生産された尻まんじゅうは回収され、観客に配られる。


 おかげで観客からは、「ヒュー! いいぞシリト! もっと尻をふれ!」なんて言われる始末だ。


 どこのお楽しみ劇場だよちくしょう。

 俺はいやらしい踊り子か!


 いい加減なんとかならないのか聞いてみるが、ユミーリアの両親もサッパリわからないとのことだった。


 その度にユミーリアが両親をにらみ、二人はガタガタとふるえていた。



 結局決勝戦になっても、俺の尻は光ったままだった。


「それでは、決勝戦を始めます! シリトアンドコルット 対 ダークフレイムマスターズ!」


 何がダークでフレイムで、何をマスターしたのかわからない二人組が舞台に上がってくる。


 キツネ耳の少女ネギッツと、その親父のゴンだ。


「ついにこの時がきたわね、コルット! 今日こそ決着をつけるわよ!」

「うん! わたし、がんばるよー!」


 コルットとネギッツがにらみ合う。


「もはや俺達に帰る場所は無い。リュウガの弟子であるお前を倒し、俺が最強だという事を証明するのみだ」

「帰る場所が無い? 何の事だ?」


 俺はゴンとにらみ合う。


「知りたければ俺を倒せ、もっとも……今の俺に、お前が勝てるかな?」


 ゴンはそう言って、全身から気を放つ。


「がああああ!」


 全身から立ち上る気は、真っ黒だった。


 これはおそらく、邪神の力だ。


「うふふ、私達もやるわよコルット! はあああ!」


 ネギッツも邪神の力を解放する。


「これが、俺達が手に入れた、邪神の力だ」

「最強の私達、ダークフレイムマスターズに勝てるかしら?」


 邪神の力を放つ親子。


 俺とコルットはお互いを見てうなずきあい、力を解放する。


「うおおお!」

「はあああ!」


 ピンク色と青色の気が、黒い気を押し返す。


「両者、準備はいいですね? それでは決勝戦、はじめ!」


 俺達はお互い駆け出した。



 4つの大きな気が、舞台上で激しくぶつかり合った。


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