第120話 ミッションリクト

 朝方パッショニアを旅立ち、帝国に着いた頃にはすでに日が傾きかけていた。


 だんだん辺りが暗くなっていく。


 俺は今、帝国に居た。


 外は石の壁で囲まれた帝国だったが、中は一味違っていた。


 並ぶ建物は石造りのものが多かったが、いくつか鉄で作られた建物がある。


 街中に張り巡らされているパイプの様なものからは、蒸気の様な煙が出ていた。


 鉄と蒸気の街、そんな印象だった。


 そして何より驚いたのは、道を歩く戦士の腰にある武器だ。


 刀だった。


 刀を腰にさげている戦士が何人か居た。


 ランラン丸という刀はゲームには出てこなかったが、まさかここが発祥の地だったのか?


 もしかしたら、ここはランラン丸の故郷なのかもしれない。


 これならば、ランラン丸を持っていてもおかしくはないかもしれない。

 むしろランラン丸を持っている方が目立たないかもしれない。


 俺は腰のはがねの剣に手をあてる。


 こいつも悪くはない武器だが、どうせなら使い慣れたランラン丸の方が良いだろう。


 それに、あいつも故郷かもしれない街を見たいかもしれない。


 帝国の城に乗り込んだら、そこからは戦いが始まってしまうだろう。


 街をゆっくり見るのは今しかないのだ。


 俺は物陰に隠れて、マイホームを出す。



「リクト!」


 ユミーリアが迎えてくれる。


「お兄様、もう城へ近づけたのですか?」


 プリムがタオルを渡してくれる。


「いや、まだ街に入った所だ。それよりもランラン丸」


「なんでござる?」


 俺はランラン丸を手招きする。


「ついて来い。どうやらお前のお仲間がたくさん居る街だったみたいだ。こいつには悪いが、早速装備変更だ」


 俺は、はがねの剣を壁に立てかける。


「ほほう? 拙者の仲間でござるか。それは興味深いでござるな」


「だろう? もしかしたらお前の故郷かもしれない。あと、あれも必要だな……」


 俺はキッチンに行って、目的の物が欲しいと念じる。


 すると思った通り、アッサリ空中から出てきた。


「リクト様、それは?」


 マキが首をかしげる。


 俺はそれを折りたたんで、皮のかばんに入れる。


「潜入捜査にはかかせないものさ」


 鉄と蒸気の街、その空気に触れた時、こいつを思い出した。街の空気が俺を刺激したのだ。



 俺はマイホームを出て、再び街を見渡す。


「はえー。鉄がいっぱいでござるなー」


 ランラン丸が驚いていた。


 これまでの国には一切なかった光景だからな。


「だけど、どこか懐かしい感じがするでござる。リクト殿の言う通り、本当にここが拙者の故郷かもしれないでござるな」


 俺は宿屋を目指しながら、街を歩く。


「おお、確かに拙者と同じ様な剣を持った兵士が多いでござるな」


「だろう? アレを見て、逆にお前を持ってた方が目立たないんじゃないかと思ったくらいだ」


 その証拠に、俺が街を歩いていても誰に気にも留めない。


 ランラン丸に変えて正解だったな。


「お、ここが宿屋か」


 俺はドドンの宿と書かれた看板を見る。


「リクト殿、どうして宿屋に行くのでござる?」


「街の入り口に居た兵士に言われたんだ、まずは宿屋をとって城に行けってな。もしかしたら記録を調べられたりするかもしれないから、ここは言われた通りにしておく方が良いと思ったんだ」


 俺は宿屋に入る。

 鉄の扉が重い。こういう所も他の街とは違うな。


 カウンターにはけだるそうなおばさんが居た。


「泊まるのかい?」

「城に行って兵士になりたいと思ってこの国に来たんだ。何泊かお願いしたい」


 俺の言葉を聞いて、おばさんが鼻を鳴らす。


「ここに名前と希望滞在日数を書きな」

「おう」


 俺は出された紙に名前を書く。


「本名を書くのでござるか?」


 ランラン丸が俺に聞いてくる。


 ちなみに、ランラン丸の声は俺にしか聞こえない。


「馬鹿言うな、もちろん偽名だ。悪用されるかもしれないし名前だけで呪いをかけたりする事ができるやつがいるかもしれない。こういう時は、適当に思いついたどうでもいい名前を書くんだよ」


 俺は小声で話す。


 そして紙に、ランラン丸と書いた。


「よーしそのケンカ買ったでござる!」


 やっぱり駄目か。


 適当な名前が思いつかなかったんだよな。


「……あんた、どこで聞いたか知らないが、冗談でもその名前をこの国で使うのはやめときな」


 意外な所から話が飛んできた。


 カウンターに居たおばさんが、俺に話しかけてきたのだ。


「この名前、何か問題あるんですか?」


 俺はおばさんに聞いてみる。


 ランラン丸という名前、もしかしてこの国では有名なんだろうか?


「本当に知らないで使ったのかい? 馬鹿なヤツだねぇ。その名前は、この国では呪われた名前なのさ」


 呪われた名前。


 俺はランラン丸を見る。


 ランラン丸には生前の記憶が無い。どうして刀になったのかも覚えていないらしい。


「ずーっと昔にね、ひとりの剣士が居たんだ。その剣士の名前がランラン丸。やたらめったら強かったらしいよ。

人も良くて人気者だったらしい」


 剣士、ランラン丸か。


 おそらくそれが生前のランラン丸で間違いないだろう。


「だけど、ある日その剣士は気が狂ってしまったのか、国を裏切ってお偉いさん達をことごとく斬って殺してしまったのさ。その後なんとかその剣士は退治されたらしいけど、以来この国では、その名前は呪われた剣士の名前として語り継がれているのさ」


 ある日、気が狂った、か。


 いったいランラン丸に何があったんだ?


「ああそうか、なんとなく思い出したでござるよ」


 ランラン丸の声が聞こえた。


 俺はランラン丸の話を聞く為に、宿屋の部屋に入る事にした。


 今度はザインと名前を書いた。


 なんとなく記憶に残っていた名前だったが、はて誰だったっけ? まあいいか。


 俺はおばさんから部屋の鍵を受け取って、部屋に入る。


 ベッドに腰掛けて、ランラン丸の話を聞く事にした。



「それで? 何をどこまで思い出したんだ?」


 俺はランラン丸に話しかけた。


「拙者は、この国で生まれたでござる。どれくらい前なのかはわからないでござるが、拙者は剣士でござった」


 やっぱりか。


 この帝国は、ランラン丸の故郷だったのだ。


「拙者は修行の日々を過ごしていたでござる。しかしある日、王やその側近達が、邪神に乗っ取られてしまったのでござる」


 また邪神か。


 というかそんな昔から居たのかよ。


「それに気付いた拙者は、王や側近達を殺したでござる。しかしそれは罠でござった。拙者は悪党にされて、拙者が持っていた刀に封印されてしまったのでござる」


 なるほど、あのおばさんの話の通りだな。


「お前を封印したってのは誰なんだ?」


「そこまでは思い出せないでござる。当時の王の顔も、人々の顔も、思い出せないでござる。それに刀となった拙者がその後どうなったかも……気付いたら刀になっていて、記憶を失っていたのでござる」


「邪神はどうなった?」


「それも、わからないでござる」


 ふむ、ここにきて謎が増えたか。


 ランラン丸の生きていた時代、その時代にも邪神は居た。


 そして当時の王様達を乗っ取って、退治しにきたランラン丸を刀に封印したやつが居る。


 今の世界がまだあるって事は、その後邪神は誰かに倒されたのだろう。


 それはおそらく……当時の勇者じゃないか?


 もしかしたら初代勇者のシリモトだったかもしれない。


「まあ、過ぎた事を気にしてもしょうがないでござるよ。拙者の過去が少しでもわかって良かったでござるが、今はそんな事を気にしている場合ではないでござる」


 相変わらず軽いヤツだった。

 本当にそれでいいのだろうか?


「リクト殿、今は一刻も早く城に行くでござるよ。みんなが待っているでござる。それにもしかしたら、先ほど拙者の名前を書いた事で怪しまれているかもしれないでござる」


 ……確かに。


 いきなり来たやつが呪われた名前を書いたってだけで怪しいもんな。


「失敗したな」

「まったく、勝手に人の名前を使うからこういう事になるのでござる」


 ランラン丸があきれていた。


 しかし、今はランラン丸の言う通り、行動した方がいいだろう。


「よし、城に向かうぞ」

「おうでござる!」


 俺は立ち上がって、宿を出た。


 もうこの宿に戻ってくる事はないだろう。

 ちょっと宿代が勿体無い気もするが、経費だ経費。



 俺は街を歩く。

 外はすでに真っ暗だった。


 街の中央に、城はそびえ立っていた。


 これまで見てきた石造りの城とは違い、所々鉄が使われている。

 そして魔法なのか、城はライトアップされていた。


 さらにタチが悪い事に、城から周りに灯りが照らされて、侵入者を警戒している。

 あれじゃまるで要塞だ。


 城の周りは深く掘られており、暗いせいか地面が見えない。


 中央にある城に行く為には、鉄の橋や鉄の床を渡っていかなければならない様に出来ていた。


 城の周りをグルッと一周、城を囲う様に鉄の床が設置されている。


 それが3重。


 その間には無数の鉄の橋が渡らされている。まるでクモの巣の様だ。


 掘られている穴が深すぎて下が見えないので、ちょっと怖い。


 そして城の周りには、多数の兵士達がうろついている。


「さて、ここまではなんとかこれたが、ここからどうしようか」


 果たして本当に、兵士になりに来たと言って素直に中に通してくれるだろうか?


「どうでござろうな? リクト殿はどんなに普通の装備を身にまとっても、身体からあふれる怪しいオーラは隠せないでござるからな」


 どういう意味だよ!


「というのは冗談で、こんな夜に城に行っても警戒されるだけでござるよ。ここは一晩待ちたい所でござるが……砦を落とした以上、早くしないと警戒は強まる一方でござるからな」


 ランラン丸の言う通りだ、俺達は急ぐ必要があった。


 ヘタに警戒される前に、近づくなら今夜しかないのだ。


「だとするとコッソリ潜入しかないな。やっぱりここは……アレを使うしかないか」


 俺は皮のかばんから、例のアレを取り出した。


「リクト殿、それはいったいなんでござる?」



「ダンボールだ」


 俺はダンボールをかぶり、城に近づいた。


「こちらサーペント。大佐、指示を頼む」

「大佐って誰でござるか? それにサーペントって、なんでござる?」


 ランラン丸のノリが悪い。


「コードネームだよ、あだ名みたいなもんだ」

「ああそういう事でござるか、というかなんで急にそんなマネをするのでござる?」


 ええいこいつめ。だからノリだよノリ。


 俺が目でうったえると、ランラン丸がため息をついた。


「はぁ、まあいいでござるか……こちら大佐でござる。ピンクヒップ、そちらの状況はどうでござるか?」


「おい待て、なんだそのピンクヒップって?」

「リクト殿のコードネームでござる」


 そんなコードネームは嫌だ。


「嫌なら拙者は付き合わないでござるよ」

「こ、こいつめ!」


 ま、まあいい。こういうのは気分が大事だからな。


「大佐、こちらピンクヒップ。状況は良くない。そこら中を兵士がうろついていやがる」


「ふむ……まずは城に近づく事を最優先とせよ。無用な戦闘は避け、城へとたどり着くのだ、でござる」


 おお! ランラン丸、いい感じだぞ、やれば出来るじゃないか。


 よし、ちょっとやる気が出てきたぞ。


 俺は慎重に、城へと近づいていく。


 鉄の床のせいで、歩く音が響く。


 俺はなるべく足音を立てずに、すり足で歩く。


 そして兵士の目がこちらに向くと、素早くダンボールの中に身を隠す。


「なんだ、気のせいか」


 兵士達が俺に気付かず、去っていく。


 うむ、我ながら完璧だ。


「おい、ところでこれはなんだ?」


 兵士のひとりが、ダンボールに気付く。


「さあ? なんだろうな……放っておいていいんじゃないか?」

「いいのか? 不審物だぞ?」


 ま、マズイ。


 ええい、いいから気にせず早くどっか行け。


「いいんだよ、どうせ適当にやったって同じなんだからさ。最近は王様もダークレディースもおかしくなっちまって、頼みの綱だった大臣も顔を見せなくなったし、帝国はもう終わりかな」


「馬鹿、滅多な事言うんじゃねえよ、まったく」


 兵士達は話しながら去っていった。


 どうやら、思っていたより帝国の状況は悪いらしい。


「た、大変だ!」


 再び城へ近づくかと思った時、誰かの叫び声が聞こえた。


「どうした?」


「南の砦が落とされたらしい! なんでもピンク色のコートを着たヘンタイみたいなヤツが率いる集団が現れて、配置されていたモンスターもまとめて全滅したらしいぞ!」


 ああ、今頃情報が共有されたのか、遅いな。

 いや、早い方か?


 ていうか誰がピンク色のコートを着たヘンタイだ。


「なんだよそれ、ピンク色のコートを着たヘンタイって?」

「やたらめったら強かったらしい。それで今、ダークレディースが砦に向かったそうだ」


 おお、ダークレディースは不在か。


 となると、帝国側の戦力はガタ落ちだな。


 もちろん他に戦力が居るなら別だが、どうだろう?


 サンダーの紋章では、ダークレディースが敵の主だった戦力で、あとは将軍がひとりいたっけ。


「大丈夫なのかよ、城は?」

「心配ない、三将軍が残ってくれている」


 増えた。


 ひとりだった将軍が三人に増えた。


 なんだよ三将軍って!


「おお、あの三将軍か」


「俺、三将軍って苦手だわ。ゴウリキ様はともかく、他の二人はまるでモンスターみたいだし」

「馬鹿、だから滅多な事言うなっての!」


 モンスターみたいっていうか、モンスターなんじゃないかな。


 それなら邪神が生み出したって事で説明がつくし。


 とにかく、敵が増えている。


 この情報だけでも大収穫だ。


 あとは城の中にさえ入れれば、潜入作戦は成功だ。


「とにかく、敵が来るかもしれないから、警戒を強めろってさ」

「へーへー。というか、そんなピンク色の怪しいやつ、ここまで入ってこれないだろう?」


 兵士達が愚痴を言いながらその場をはなれた事を確認すると、俺は再び静かに動き出す。


 見つかりそうになってはダンボールの中に身を隠す。


 さすがはダンボールだ、なんともないぜ。



 だが、それも長くは続かなかった。


「おい、この変な箱、さっきと場所が変わってないか?」


 や、ヤバイ。気付かれたか?


「怪しいな、ちょっと中身を見てみようぜ」


 く、くそう! もはやここまでか!


 俺はランラン丸に手をかける。


「ハハハ、実は中身は爆弾で、あけたらドカーンなんて事になったりしてな」

「ハハハ、馬鹿言うなよ、そんなわけ……」


 兵士達の動きが止まる。


「こういうのに詳しそうな魔道士のエライ様を呼んできた方がいいかな?」

「そ、そうだな、ヘタに触って爆発されても困るしな。そうしよう」


 兵士達が急ぎ足で去っていった。


 た、助かった。


 俺は今がチャンスとばかりに、すり足で駆け出した。


 ついに城にたどり着く。


 城の周囲をグルッとまわって、窓を見つける。


 俺は思いっきりジャンプして窓から中に入った。


 さすがは重力修行だ、結構高い場所だったが届くとは、俺のジャンプ力も捨てたもんじゃないな。


 俺は城の中に潜入できた。


 中は真っ暗だった。


 ここが城のどこなのかもわからない。


 ここまで来ればマイホームで帰ってもいい気もするが、どうしよう?


 俺は周囲の気配を探る。


「リクト殿」

「ああ」


 ランラン丸も感じたようだ。


 全然、人の気配がしない。


「どういう事だ?」

「わからないでござる、どうするでござるか?」


 俺は考える。


 ここで引き返すか、それとももう少し探りを入れてみるか。


 邪神に魅入られた皇帝、様子のおかしくなったというダークレディース、三人に増えた将軍、か。


「もう少し、探ってみるか」


 俺は潜入捜査を続行する事にした。


 慎重に進む。


 廊下にも灯りが一切ない。


 外から見た時は城はライトアップされていたと思ったが、どうやら明るいのは外だけみたいだ。


 相変わらず人の気配はない。


 どこをどう進んでいるのかもわからない。


 そうしていると、先の方に灯りが見えた。


 俺はそっと、灯りが漏れている部屋を見る。



「フンッ! フンッ!」


 中には、上半身裸で腕立て伏せをする、ごっつい身体のマッチョな男が居た。


「む! 何者だ!?」


 男が俺の気配に気付き、こちらに向かってくる。


 俺はとっさにダンボールをかぶる。


「なんだ誰も居ないのか……なんて言うとでも思ったか!」


 男がダンボールを取り上げてしまった。


 俺は男と、目が合う。


 あ、こいつアレだ、ゲームに出てくる、確か……ゴウリキ将軍だ。


「貴様は……」

「は、ははは、どうも」


 俺の背中に、大量の汗が流れる。



 ピンクヒップ! 応答しろ! ピンクヒーップ!


 頭の中に大佐の声が響き、GAME OVERの文字が見えた気がした。



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