第124話 決着、帝国戦

 巨大な影のモンスター。

 サンダーの紋章のラスボス、メギファデス。


 本来は皇帝に取り付いて世界を滅ぼそうとした邪神……だったはずだが、こいつは今、暗黒影神(あんこくえいしん)と名乗った。


 どういう事だ? 邪神じゃないのか?


 俺は疑問を持ったがそれを相手が待つわけもなく、俺達に向かって大きく咆哮した。


「我が暗黒の力の前に散るがよい、勇者よ!」


 巨大な影は、その腕を俺達に伸ばしてきた。


「でやあああ!」


 エリシリアが光のムチで影の手を迎撃する。


 光のムチは影の手にヒットして、影を散らした。


「ぐっ! 光のムチか、雷の紋章を持つ者め、相変わらず厄介な武器を使う!」


 そう、エリシリアの光のムチは、巨大な影の神であるメギファデスには効果抜群だった。


 ゲームでも主人公の、光の剣の次に強力な武器だからな。

 ラスボスは主人公とエリシリアを中心に戦うのがセオリーだった。


「貴様ら雷の紋章を持つ者には、いつも邪魔をされてきたからな……今度こそ滅ぼしてくれるわ!」


 メギファデスはいくつもの影の手を、エリシリアに向かって伸ばす。


「貴様との因縁など知らんが、貴様を倒す事が私の使命というのなら、私は貴様を倒す!」


 エリシリアが向かってくる影の手を、光のムチでさばいていく。


 そんなエリシリアに対してだけではなく、俺達にも複数の影の手がせまって来る。


「この!」

「たあ!」


 俺とユミーリアはそれぞれ、影の手を斬る。


 コルットとプリムはアーナを守っていた。

 マキはそんな二人をサポートしている。


「でああああ!」


 そんな中、エリシリアは絶好調だった。


 どんどん影の手を光のムチで消滅させていく。


「いいぞエリシリア、そのままやってしまえ!」

「ああ、任せろリクト!」


 そうエリシリアが応えた瞬間、俺とエリシリアの胸のペンダントが、再び光を放った。


「おお、二人ともナイスな同調じゃ! 今ならいけるぞリクト! あの時の様に、エリシリアに力を送るのじゃ!」


 アーナが後ろで叫ぶ。


 あの時、というのは魔王との戦いの時だろう。


 あれ以降、アクアペンダントが光る事はなかったのだが、今再び、ペンダントがその光を放っていた。


 これはチャンスだ。


「いけエリシリア! お前の力を見せてやれ!」


 俺がそう叫ぶと、エリシリアに俺の魔力が注がれる。


 エリシリアは光り輝き、激しい銀色の雷光をまとった。


 光のムチを持つ手の甲には、雷の紋章が刻まれる。

 ゲームでは本来、主人公が覚醒した時に額に現れる紋章だ。


 この世界ではエリシリアがその紋章の継承者となっている。


 覚醒したエリシリアが、メギファデスをにらみつけた。


「おのれ、忌々しい紋章め! また我の邪魔をするのか!」


 メギファデスが影の手を伸ばすが、その手はエリシリアに届く前に、消滅する。


「ぎいっ!」


「また、というのがいつの事かは知らんが、私のこの手の紋章が、お前を倒せと言っている気がする……私はその意思に従おう!」


 エリシリアはそう叫び、光のムチを大きく振り回す。


「ライトニングサンダー!」


 エリシリアのムチがらせん状になり、中心から銀色の雷を放つ。


「グアアアアアア!?」


 巨大な影に、大きな穴があく。


「私もいくよ! ブレイブソード!」


 ユミーリアも勇者の奥義、黄金の剣を影に向かって放つ。


「ガアアアアア!」


 これもまた効果抜群みたいだった。


 巨大な影に二つの大きな穴があいた。


 ラスボスであるメギファデスは光が弱点だ。


 この二人の攻撃は効果抜群のはずだ。


 逆に氷属性のマキの攻撃や属性がないコルットの攻撃、炎っぽいプリムの攻撃なんかはほとんど効果がないだろう。


 俺は……どうだろう?


 尻は光るが俺の攻撃は光属性なのだろうか? 属性とか、これまで考えた事もなかったな。



 そうして考えている内に、ユミーリアとエリシリアがどんどん影を削っていく。


 クエストオブファンタジーのユミーリアと、サンダーの紋章のエリシリア。

 勇者と覚醒者のコンビ。


 俺にとって理想の最強コンビが、メギファデスを打ち滅ぼしていく。


 俺は二人が協力して戦う姿を見るのが、大好きだった。


 この素晴らしい光景をいつまでも見ていたい。そんな気分だった。



 やがて二人の攻撃により、メギファデスの影は最初の4分の1くらいまで減っていた。


「クソオオオ! もっとだ、邪神よもっと我に力をよこせ!」


 メギファデスは巨大な影の手を天に伸ばす。


 無駄な抵抗かと思ったが、それは違った。



 上空に、黒い渦が現れる。


 俺達は空を見るが、激しい強風が巻き起こった。


 両腕で顔を覆う。その為、何が起こっているのかわからなくなる。


 だが、もしかしたら今ここで、邪神が出てくるかもしれない。


 俺はそう思って、必死に目を凝らした。


 黒い渦の中心を見る。


 そこに何か、見えた気がした。




 目があった。




 そこに居たのは、黒いコートを着た、赤い眼をした男だった。


 顔は良く見えない。

 赤い目だという事だけがわかった。


 男が手をかざすと、黒いエネルギーがメギファデスへと降り注ぐ。


 男は何かつぶやいていた。


 はるか空の上だ。聞こえるわけが無い。


 だけど、俺には何を言ったのか、わかった気がした。



 これで駄目なら消えろ。



 そう言った気がした。


 男はメギファデスに黒いエネルギーを注ぎ終えると、黒い渦と共に消えていった。



 あれが、邪神、なのか?


 どこかで見た事がある様な、無い様な、なんとも形容しがたい感情が俺の中に生まれていた。


「リクト殿! 考えるのは後でござる! 今はアレを何とかするでござるよ!」


 ランラン丸に言われて俺は前を見る。


 そこには、さらに巨大化した影が狂喜乱舞していた。


「フハハハハハ! いいぞ、いいぞ! これだ、この力だ! これこそ世界を滅ぼす力!」


 メギファデスは再びこちらに巨大な手を伸ばしてくる。


「おのれ! まだやるか!」


 エリシリアが手に対してムチを振るう。


 しかし、ムチは弾かれ、エリシリアとユミーリアに巨大な手が襲い掛かった。


「ぐあっ!」

「きゃあっ!」


 エリシリアとユミーリアが迎撃するが、その勢いに吹き飛ばされる。


 どうやらマジでパワーアップしているみたいだ。


「フハハハ、やはり素晴らしい力だ。光の力をものともしない!」


 メギファデスが高らかに笑う。


 ユミーリアとエリシリアはダメージを受けつつも、なんとか立ち上がった。


「大丈夫か、ユミーリア、エリシリア!」


「だ、大丈夫」

「これくらい、なんて事は無い!」


 二人は俺に対して笑顔を見せる。


 しかし、パワーアップしたメギファデスの力は想像以上だった。



「そうだ、貴様らにさらなる絶望を与えてやろう」


 メギファデスが腕を振るう。


 振るった腕から放たれた衝撃波は、地面に白い線を残した。


「これは……?」


 そう、これは皇帝が最初に仕掛けてきたゲームだ。


 俺達の周囲を線と壁が囲った。


 そしてメギファデスの横に、俺達の名前が書かれた大きな板が出現する。


「再びゲームの始まりだ。今度は天井もふさいである。さあ、果たして我の攻撃に耐えきれるかな?」


 メギファデスはそう言うと、モンスターを生み出した。


 俺は天井を確認するが、確かに薄い壁が張られていた。


 ゆっくりと、1マスずつモンスター達が近づいてくる。


 俺達はそれぞれ、比較的近い場所に配置されていた。


 俺から見て東に、1マスあけてユミーリアが、その南側にはエリシリアが居る。

 俺の南側にはマキが、そしてさらに南にはアーナが、左右にはコルットとプリムが隣接している。


 密集していた。これはマズイ。


 メギファデスは俺達に遠距離攻撃を仕掛けてくるだろう。

 今の配置では、まとめてやられてしまう。


 どうする? どうすればいい?


 考えている間にもターンは進み、モンスター達が近づいてくる。


 やがて俺のターンとなる。


 俺の周囲の壁が消えるが、東西南北、それぞれのマスの向こうには壁がある。

 俺が動けるのは、1マス分だけだ。


 当然、天井の壁は消えていない。


「さあ、貴様のターンだぞ?」


 メギファデスが楽しそうに声をかけてくる。


 俺達のターンが終われば、ヤツは俺達を攻撃してくるだろう。


 耐えきれるかわからない。耐えきれてもその後のモンスターの攻撃でやられてしまうかもしれない。


 ヤツのルールを強いられている以上、俺達に勝ち目は無いのだ。


 だから、さっきと同じ様に、なんとかしてルールを破るしかない。


 だけどどうやって?


「ランラン丸、何か手はないか?」

「今必死に考えているでござるよ、待ってほしいでござる!」


 ランラン丸も今度は思いついていない様だ。


 俺はなんとか時間を稼ごうとする。


「む? 時間稼ぎはご法度だぞ? ほれ、あと30秒以内に動かなければ、それで貴様のターンは終了だ」


 唐突に俺達の名前が書かれた大きな板に時間が表示された。


 ちくしょう、時間も満足に無いのかよ。


 考えろ、何か手はないか?


 俺は目を閉じる。



 目を閉じると……先ほどの男の、赤い目を思い出した。


 なぜだろう? なぜ今、あの目を思い出すのか。


 わからない。


 わからないが、なぜかあの目を、不快には感じなかった。


 目を開く。



 ……視界が、周囲が赤く染まっていた。


 そのせいだろうか? 周りに展開されていた壁がなくなっている様に見える。


 俺はそっと歩き出す。


 歩いて……本来壁があるはずの、マスを乗り越えていく。


「な、なんだと!?」


 メギファデスが驚愕の声をあげる。


 俺はマスを無視して、相手に近づいていく。


 途中に居るモンスターが襲い掛かってくるが、ランラン丸で切り捨てる。



「な、何をしている! 1マス以上進む事など出来ないはずだ! 壁はどうした! なぜすり抜ける?」


 メギファデスのあせりが伺える。


 俺はそれを感じながらも、ゆっくりと歩いて、メギファデスに近づいていく。


「なぜだ? なぜ貴様には我の力が通用しないのだ!?」


 俺にもわからない。


 だがなぜか、俺には壁が通用しない。


 邪魔だと思うと、スッと消えていく。


 やがてメギファデスの前まで来ると、赤かった視界が元に戻った。


「あれ?」


 ボーっとしていた意識がハッキリしてきた。


 気がつけば、敵が目の前に居る。


「なんだ、なんなんだ貴様は? なぜ我の力が! 邪神の力が通用しないのだ!?」


 メギファデスが混乱しながら叫んでいた。


 なんだかよくわからないが、これはチャンスだ。


 とはいえ、俺にはユミーリアやエリシリアの様な特攻武器や属性は無い……無い?



 いや、あるじゃないか。


 俺は手元のランラン丸を見る。


 ランラン丸は、過去にこいつを倒した者だ。


 ならばこれ以上の特攻武器はあるまい。


 それに……ここはやっぱり、こいつに決着をつけさせてやらないとな。


「ランラン丸、いくぞ、融合だ」

「融合、でござるか?」


 ランラン丸がこたえる。


「そうだ、しかも今回は俺がベースじゃない。お前がベースになるんだ。お前の手で……決着をつけてやれ!」


 融合でどっちがベースになるのか、なんて選べるのかはわからないが、今の俺達ならなんとかできる気がしていた。


「ほほう? リクト殿も粋な事を思いつくでござるな。わかったでござる、やってやるでござるよ!」


 俺達は心をひとつにする。


 そして、いつも通りの、融合する為の言葉を叫ぶ。



「合(ごう)!」

「結(けつ)!」



 俺の尻が光り輝き、俺とランラン丸は、ひとつになる。


「な、なんだ? き、貴様は……まさか!?」


 メギファデスの、影の表情が、俺達にもわかるくらい驚愕に染まる。


 俺達の姿は、ランラン丸の姿になっていた。


 紫色の髪には、黒色のメッシュが入っている。瞳は黒色、服はランラン丸の着物だった。


「なぜだ、なぜ貴様がここに居る!?」


「お主を再び倒す為に、よみがえったのでござるよ。今度こそ……完全に消滅させてやるでござる!」


 ランラン丸はそう言うと、メギファデスに向かって駆け出した。


「この、亡霊があああ!」


 メギファデスが黒い影の手を伸ばす。


 しかし、ランラン丸はそれを巧みに避けながら、斬り裂いていく。


「ぐおおお!?」


 ランラン丸は大きく跳躍し、空中で、刀を時計回りに、円状に一周させる。


「これで終わりでござる! 爛々・尻斬剣(らんらんしりざんけん)!」


 ランラン丸が刀を一直線に振り下ろし、巨大な影となったメギファデスを一刀両断した。


「グアアアアアアア!!」


 影は大爆発を起こし、∞の紫のラインが残った。


 ぶっちゃけランラン版シリブレードだな。


「我が……この我が……! 邪神の力で復活した我が敗れるなど……!」


 メギファデスが、影が消滅していく。


「貴様は……貴様はなんなんだ……なぜ貴様から……グアアア!」


 最後にひときわ大きな声をあげて、メギファデスは消滅した。


 大きな爆発と共に、爆風が俺達を襲う。



 気がつくと、俺達は帝国の城の、玉座の間に居た。


「あれ?」


 俺はそれに気付くと、みんなの姿を確認する。


「元に、戻ったのか」


 みんな無事だった。

 みんなが突然の事に驚き、お互いを見て、ホッとしていた。



「うーん」


 もぞっと何かが動き、声がした。


 玉座には、皇帝が座っていた。


 どうも気を失っていたみたいで、頭を振って、こちらを見た。


「ありゃ? わしゃ今まで何をしておったんじゃ?」


 俺達は一瞬武器を構えたが、皇帝を見てすぐにその構えをといた。


 皇帝は元に戻っていた。


 それは目を見ればわかった。


 皇帝の目は、以前見た鋭いギラギラした目ではなく、純粋なキラキラした可愛いらしい、まるまるとした目になっていた。


「ほよ? なんじゃお主らは? わしに何か用か?」


 皇帝のあまりにもポケッとした表情を見て、俺達は顔を見合わせて、苦笑した。


 俺達は状況を皇帝に説明した。


 さすがにそれを聞いた皇帝は顔をしかめたが、なんとなく、思い当たる事がある様だった。


「そうか、そんな事が……にわかには信じられんが、どうにもその様な夢を見ていた気がする。わしが……他国に戦争を仕掛け、魔王と手を組んでいたとは……」


 王様は悲しそうだった。


 そうして話をしている間に、マキは将軍達を呼びに行っていた。


 駆けつけた将軍と兵士達で、部屋はいっぱいになった。


「皇帝!」

「皇帝!」

「よくぞご無事で!」


 兵士達が、将軍が、元に戻った皇帝を見て、涙していた。


「お主達、どうやら迷惑をかけたようじゃの」

「いいえ……いいえ! ご無事で何よりです!」


 将軍が敬礼すると、兵士達もあわせて敬礼した。


「お前達、本当にありがとう! 礼を言うぞ! 本当にありがとう!」


 将軍が俺の手を取り振り回す。


 痛いからカンベンして欲しいが、興奮していて聞いてくれそうになかった。


 みながそれぞれよろこびあい、称えあった。


 帝国での戦いは、終わりを告げたのだ。


 俺もみんなに回復魔法をかけて、お互いの無事を確認した。


「みんな、お疲れ様」

「リクトの方こそ、お疲れ様」


 俺達は微笑みあった。


 皇帝の表情も、いつしかよろこびの空気に流され、ほころんでいった。


 そんな中、将軍が俺を見て、叫んだ。


「そうだ! お礼のコーヒーは楽しみにしていてくれ、とびっきり苦いヤツをご馳走してやろう!」



 将軍のその言葉を聞いて、その場に居た兵士達が、皇帝までもが、苦笑した。



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