第9話 はめられた尻魔道士

 ランク昇格試験に向かった男勇者達が帰ってきた。


 しかし男勇者達は全員ボロボロだった。戦士は瀕死の状態だ。



「だ、大丈夫か!?」


 冒険者の一人が声をかけた。


「ゴブリンを倒していたら、突然ゴブリンキングが現れた。なんとか倒したが、危ない所だった。センが重症を負ったが、ソウはMPが切れていて回復魔法を使えないんだ。誰かセンを回復してやってくれないか?」


 男勇者からゴブリンキングの名前を聞いて、ギルド内がざわついた。


 ゴブリンキングは、滅多に姿を現さない、強力なモンスターという設定だ。

 勇者の覚醒がなければ、まず勝つ事は無理だろう。


 だからみんな驚いている。

 ゴブリンキングが現れた事と、男勇者がそれを倒したという事に。


 逆に俺はホッとしていた。

 男勇者達が、ちゃんとストーリー通りにゴブリンキングを倒せた様で良かった。



 とはいえ、あのまま戦士を放っておくと危険だ。

 魔法使いや僧侶も傷ついたままだし、男勇者もボロボロだ。


 ……さて、この中で回復魔法を使える冒険者はいるのだろうか?



 なんて思っていると、みんなの視線がこちらを向いた。



 ……ですよねー。


みんな俺の回復魔法に期待している様だった。


「シリト! お前の回復魔法でなんとかならないのか?」

「だから俺の名前はリクトだって言ってんだろ!」


いつの間にか隣に居たヒゲのおっさんが俺を指名した。


俺はおっさんに文句を言いつつ、戦士の元へ向かった。


「リクト?」

「まったく、だから言っただろう? 無理はするなって」


俺は男勇者にそう言うが、まあ普通はゴブリンキングが出てくるなんて思わないわな。


「ああ、リクトの言う通りだったよ」

「……すまん、言い過ぎた。とにかく戦士を回復させよう」

「ああ、頼む!」


俺は戦士に手をかざし、回復魔法を唱える。


「ゴッドヒール!」


俺の手が輝く。そして尻も輝く。


 みるみる戦士の傷が回復していった。


「おお! これはすごい! 傷が、どんどん治っていく!」


 戦士が感動していた。戦士はあっという間に元気になった。


「はい、後の2人も。ユウも回復しておくよ」

「いいのかい?」

「MPにはまだ余裕があるからな、誰にでも気軽にこの魔法を使う気は無いが、こんな時くらいは任せてくれ」


 俺は僧侶、魔法使い、男勇者に回復魔法をかける。


 そんな俺達の後ろでは、俺の尻が光る度に、ギルド内が盛り上がっていた。



「すげえ! なんて尻だ!」

「ああ、さすがは尻魔道士様だぜ!」

「俺は最初からやる尻だって思ってたぜ!」

「撫でたい……」

「いいぞー! 尻の兄ちゃん!」

「知ってるか? あれこそ尻魔法のひとつ、尻ヒールっていうらしいぜ?」

「マジかよ尻すげえ!」


 お前らいいかげんにしろ! 勝手に名前をつけるな! あとやっぱり変なやつ混じってるぞ!?



 俺は周りの声にげんなりしながら、男勇者達の回復を終えた。


「ありがとう、助かったよリクト……やっぱり君には、妹と組んで欲しいな」

「……すまんな」

「いや、助けてもらったのはこっちだ。本当に、ありがとう」


 男勇者はその後、カウンターで申請を済ませた。


 本来FランクからEランクへの昇格だったが、ゴブリンキングを倒した事により、男勇者達はひとつ飛ばしで、Dランクになった。


 これもゲームの通りだった。

 ひとまずこれで、最初のイベントは終わった。



 俺はそれを見届けて、ギルドを出た。


「よし、どうやらゲーム通りにストーリーは進んでいるみたいだし、俺達は楽しい買い物タイムといくか!」

「おおー!」


 ランラン丸が声をあげる。


「ところでリクト殿、空気をよんで黙っていたでござるが、勇者が言ってた妹って、何の事でござる?」

「……あーそうか、話してなかったか」


 俺は道の端に寄って、ランラン丸に、ユミーリアの事を説明する事にした。


「勇者には妹がいてな、名前はユミーリア。彼女も勇者なんだ」

「なんと、勇者が二人いるのでござるか?」


 そう、本来ありえない事なんだよな、それは。あくまでゲームの中での話だが。


「それで、彼女はなぜか、俺とパーティを組みたがっているんだ」

「ほほう? ノロケ話でござるかな?」


 ランラン丸は今は刀だが、ニヤニヤしているのがわかる。


「残念ながらそうじゃない。言っただろう? 俺はストーリーに影響が無い様にしてるって」

「あー」


 ランラン丸には、俺の事、世界の事は説明してある。


「勇者である彼女とパーティを組むというのは、完全にストーリーにかかわってしまう事になる。俺が本来の仲間より強いならいいが、むしろ弱いからな。俺が居る事で想定外の事が起きたり、ヘタすりゃ途中でボスに殺されてしまうかもしれない。だから俺は、彼女の為にも、彼女とパーティは組めない」


 俺はランラン丸に、自分に言い聞かせる様にそう語った。


 ランラン丸は何も言わなかった。


「すまんな、何か暗い話になってしまった」

「いや、聞いたのは拙者でござるよ。気持ちを切り替えていこうではござらんか」


 ランラン丸の言う通りだ、ここで暗くなっててもしょうがないしな。



 俺とランラン丸は、まずは道具屋に向かう事にした。



「いらっしゃいませ」


 相変わらず感情の起伏がない店員さんだった。


 俺は回復アイテムを見る。


《かいふくーん 8P》

《まかいふくーん 15P》


 俺の今の手持ちは、37P(ピール)。さて、どうするべきか。


 かいふくーんは今、2つある。まかいふくーんは持ってない。


 俺の今のMPは1。浴場に行くと男勇者に会ってしまうから、風呂はマイルームを使いたい。そうなると、MPを回復するしかない。まかいふくーんを1つは確定だな。


 あとは、予備にもう1つ買っておくか。


 俺はまかいふくーんを2つ購入した。

 残り所持金が7Pになった。



「残り所持金は7Pか、これじゃあ防具は買えないな」

「まあ、しょうがないでござるなー。MPは素晴らしき尻魔道士であるリクト殿にとって、必要不可欠でござるからな。……尻、ぷぷぷっ!」


 また尻で笑ってやがるこのやろう。


「……捨てるか」

「わー! ごめんでござるよリクト殿ー! 許して欲しいでござるー!」


 俺はランラン丸とたわむれながら、一度宿屋に戻った。




 宿屋で一息ついた後、食事処マイワ亭に向かう。


「いらっしゃいませー」


 笑顔のステキな女性店員だった。


 今日は何を食べようか。残り所持金は7P。全部使うのもアレだから、5Pくらいのにするか。


 俺はウサギットの肉が入った野菜炒めを頼んだ。

 この世界では肉といえば基本的にはウサギットの様だ。


 俺は野菜炒めを堪能し、店を出た。


「リクト殿ー、拙者も何か食べたいでござるー」

「え? ランラン丸って、お腹が空くのか?」

「いや、全然空かんでござるが、おいしそうだったんで……」


 まあ、気持ちはわかる。

 しかもだ、刀のままなら叶わない夢だったが、マイルームに入れば人の姿になれるしな。


「もう少し稼げたら、その内な」

「おお! さすがリクト殿! 早くいっぱい稼ぐでござるよ!」


 俺ははしゃぐランラン丸に苦笑しながら、まかいふくーんを飲んだ。


 MPが回復したのをステータスカードで確認し、建物の影に隠れて、マイルームを使用した。



「ふうー。第二の我が家よ。落ち着くなー」


 俺は早速ソファーに寝転がる。


「拙者もー!」


 人の姿に戻ったランラン丸が、俺の上に乗ってくる。


「ぐあっ! いきなり乗ってくるな!」

「ふうー、落ち着くでござるなー、これ」


 全然俺の話を聞いてない。


 俺はランラン丸にソファーをゆずって、風呂に入る事にした。



 身体を洗い、お湯をためた湯船につかる。


「くはー、これ最高ー。マイルームマジチートだわー」


 勝手にお湯も水も出てくるし、シャンプーもある。

 この世界の浴場にあったのは、泡がほとんどたたない石鹸だけだったからな。


「外に持っていければこれで商売ができそうだけど、さすがにそれは駄目みたいだからなー」


 マイルームにあるものは、外に持ち出そうとすると消滅するらしい。さすがにそこまで甘くはなかった。



 そうして俺がお風呂を堪能していると、外に影が見えた。


「失礼するでござるよー?」


 ……ランラン丸だった。


「っておい! 何入ってきてるんだよ! っていうかお前、裸!?」

「何言ってるでござる、風呂は裸で入るものでござろう?」


 見える! 俺には見えるぞ! ランラン丸の起伏のない、その身体が!


「じゃない! お前何考えてるんだよ! 俺は男だぞ!?」

「んー? なんでござる? リクト殿は、武器相手に興奮するのでござるかー?」


 ランラン丸がニヤニヤしている。こいつ、からかってやがるな!


「ああもう! 俺は出るから、勝手にしろ!」

「えー、一緒に入ろうでござるよー」

「入るか! もう少し恥じらいを持てこの変態刀!」


 俺はランラン丸を見ない様に、そそくさと風呂を出た。


 中からはランラン丸の鼻歌が聞こえてくる。まったく!


 俺は服を着る……着ようとして気がついた。この服、すでに3日目か。


 俺は腰にタオルを巻いて、布の服とズボンとパンツと靴下を洗濯機に放り込んだ。洗剤まで用意されているとかホント便利だなマイルーム。


 洗濯はすぐに終わり、そのまま乾燥機に放り込む。



 そうして服が乾くのを待っていると、ランラン丸が風呂から出てきた。


「おや、服も着ずにいるとは、リクト殿のエッチー」

「何がだよ! 今、服を洗濯してるんだよ」


 防具もそうだが、服も買わないとな。ゲームと違って、色々と必要なモノが多い。

 そう思うと、マイルームがあって本当に良かった。


 俺は乾燥機から服を取り出した。ランラン丸が洗濯機と乾燥機に驚いていた。


「リクト殿の世界は、すごいでござるなー」

「まあな。すごいのは俺の世界の人達で、俺じゃないけど」


 俺は洗い終わった服を着て、外に出た。



 あたりはすっかり暗くなっていた。夜風が気持ち良い。


「そういえばランラン丸、お前は夜はマイルームの中に残ってもよかったんだぞ?」


 俺は昼間、ランラン丸が外に出たくないと駄々をこねていた事を思い出す。


「意地悪でござるなーリクト殿は。拙者はいつでも、リクト殿と一緒に居るでござるよ。宿屋だから安心だとは思うでござるが、夜に何かあった時、拙者が居なくては困るでござろう?」


 それもそうか。いちいち何かある度にマイルームを使えるほど、MPに余裕は無いしな。



 俺は宿屋に戻り、眠りについた。




 次の日、ギルドについた俺を、ラブ姉が迎えてくれた。


「リクトさん! 待っていましたよ! お願いです! 助けてください!」


 ラブ姉があせっていた。

 ラブ姉のラブルンが激しくゆれている。今日も良い事がありそうだ。


「どうしたんですか、ラブ姉?」

「大変なんですよ! ユミーリアさんが!」

「え? ユミーリアが!?」


 ユミーリアに何かあったのか? そういえば、昨日は一度も会わなかったな。


 かかわらないとは言ったが、正直会いたい。ユミーリアの顔が見たい。


 ……って、そんな事を考えている場合じゃない!

 ラブ姉の態度を見るに、ユミーリアに何かあったのだろう。


「な、何があったんです!? ユミーリアは、無事なんですか!?」


「今はまだ無事です。というかですね……お兄さんがランク昇格試験を突破したからって、自分も受けるんだって言って、聞いてくれないんです!」


 ……ああなるほど、そういう事か。意外と負けず嫌いなんだな、ユミーリアって。


「そ、それで? ユミーリアは試験を受けたんですか?」


「いえ、今日はまだです。ユウさんの事もありましたし、しっかりと準備をして、最低でもひとり、誰か付きそいを見つける様にって言ってあります」


 おおそうか、そうだよな。


 本来FランクからEランクへの昇格試験は簡単なものだ。普通なら、ユミーリア程の強さがあれば、何の問題もなく受けられるのだろう。


 だが、男勇者の試験中、事件があった。突然、予想外のモンスターが出てきたのだ。

 その為、ギルド側も慎重になっているのだろう。


「ですが……ユミーリアさん、まったく話を聞いてくれなくて、私はソロでやる。とりあえず準備をしてくればいいのねって、今もどこかに走っていってしまったんです」


 なんだか暴走してるな、ユミーリア。大丈夫か?


「それで、リクトさん! お願いがあるんです」

「え? なんですか?」


 ラブ姉が俺の手をとる。ラブ姉の手って、やわらかいなー。

 俺は思わず顔がゆるんでしまう。


「リクトさん! ユミーリアさんの昇格試験に、協力してあげてください!」


「えっ?」


 いきなり何を言い出すんだラブ姉は?


「リクトさんがパーティを組めない事情は聞いています。ですが! このままではユミーリアさんが! お願いします、パーティを組むのではなく、協力すると思って!」

「ラブ姉……」


 ラブ姉が必死に頼んでくる。

 どうやら、ユミーリアはいまだに俺以外とパーティを組むつもりはないみたいだ。


 そうなると、危険だ。

 本来の試験通り、ゴブリンだけならいいが、勇者であるユミーリアには、何が起きるかわからない。


 だが、俺がかかわる方が、何が起きるか……わからないんじゃないか?


 どうする? どうする俺……


「お願いします、リクトさん!」


 ラブ姉が、俺の手を強くにぎってくる。


「……ああもう! わかりました! 今回だけですからね!」


 俺は負けた。ラブ姉の根気に。


 正確に言うと、強くにぎられた手に……ちょっと当たってる大きな胸に。


「本当!? リクトが協力してくれるの!?」

「え?」


 振り向くと、ギルドの入り口にユミーリアが居た。


 さらにいつの間にか居た男勇者が、ヒゲのおっさんが、ギルドのみんなが親指を立てて、笑っている。


「も、もしかして、ラブ姉……」


 俺はおそるおそる、ラブ姉を見る。


 ラブ姉は……ペロッと舌を出した。



 は、はめられたあああああ!!



 こうして俺は、ユミーリアの昇格試験に、協力する事になってしまった。


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