八十六話 実技試験内容発表

 ……朝か。


 今日は、実技試験の日だ。

 どんなことをやるんだろうか、早めに行って見てくるか迷う……。


 でもなー、どうせ十時からだし、待つのもなんだし、やめとくか。


 食堂に行って朝ごはんにしよう。



 ガチャガチャ……


「イロハ―! 起きてるー?」


 この声は、テリアか。

 扉をガチャガチャは、もはや押し入ってくる勢いだな。

 こんなこともあろうかと、鍵をかけさせてもらった。


「起きているけど、何?」


「あーけーてー!」


「なんでだよ、今、着替えているからそこで待ってて」


「分かったー」


 なんちゅう失礼な奴なんだ……。

 急いで着替えて……はぁ、なんで俺が気を遣わなきゃならないんだよ。


 鍵と言っても、スライドタイプの簡単な内鍵だから、セキュリティ的には大したことはない。

 

 

「はい、鍵開けたけど……」


 ガチャッ


「おはよーう! イロハ」


「お、おはようございます。イロハ君」


 すぐに扉を開けたと思ったら、元気なテリアともう一人、オドオドしたロザさんがいた。

 

「おはよう、テリアに……ロザさん」


「朝食に行こうと思って、誘いに来たよ!」


「そっか。僕もちょうど行こうと思っていたところだったから。じゃ、行くか」



 

 ◇◇

 


 朝食を取り終えて、部屋に戻ってきたのはいいが……。


「テリア、なんで僕の部屋に入ろうとするんだ?」


「いや、まだ試験まで時間あるしなーって」


「なーって、じゃない! 自分の部屋に戻って二人で時間潰せばいいだろ。ロザさんもそう思うよね?」


 ロザさんは、もじもじしている様子。


「あ、いや、私は……」


「イロハ……それは、あまりにも鈍感すぎるよ」


「はぁ? なんで僕が鈍感なんだよ。一体、何が言いたいんだ?」


「ふぅ、乙女心を分かっていないねー! あのね、ロザは、昨日のお礼を言いに来たんだよ? そのくらい分かるでしょ」


 もじもじしている様子を見ただけで、そんなこと分かるわけないやんけ。


「……そうなの?」


「はい……」


 そして、本当にそうなのかよ!

 俺には、分かってやれるほどの思いやりが欠如していたようだ。


「そっか。じゃ、二人とも中へ入りなよ」


「分かればよろしい!」


 テリアは、手を腰、開脚ポーズで満足そうにドヤる。


「一言多いんだよ。ロザさんが僕に用事なわけで、テリアは付き添いだろうが」


「違うもんねー! ウチも用事があるんだって」


「はいはい。ま、その辺に座ってよ。それで、用事って何?」


 僕は、部屋に一つだけある椅子に、二人はベッドへ座ってもらうことにした。


 座ったかと思ったら、急にロザさんが立ち上がる。


「あのっ! イロハ君、昨日は、いろいろと助けてくれてありがとう」


「どういたしまして。でも、僕よりテリアが体張って助けていたと思うよ?」


「うん。それでも、周りのみんなは関わろうとしないし、私ひとりじゃどうしようもなかったから……本当に感謝しています」


 う……この子、真面目さんや。

 そんなに大層なことではなかったと思うが……まあ、それだけ窮地に立たされていたってことか。

 軽く思ってくれていいんだけど。


「あ、うん。そこまで畏まらなくてもいいよ。たまたま、アイツの弱みを知っていたからなんとかなるかな? って思っていたら、なんとかなっちゃった感じだから」


「ねーねー、イロハがあのナチョス君に何かコソコソ言ってたよね? あれ、何言ってたの?」


 煽りで使ったナチョス君を覚えているとは……いーや、コイツはマジで言っているはずだ。


「ん-、言えない。ナシム君だし」


「けちー! 言っても、いいじゃん。ナシム君だったっけ?」


「名前なんていいから、ほら、テリアも僕に用があるって言ってなかったか?」


「そうだった。昨日戻る時、悲観することでも無さそうみたいなこと言ってたじゃん、どういう意味?」


 ハッ! とした顔をして、昨日の捨て台詞の意味を聞いてきた。


「それは、テリアが聞き取りした情報を出さないと言えないな」


「ふーん、そう来ると思った! だーかーらっ、ウチも聞き込み頑張った。みんなが言うには、今回の試験は例年通りだって。でも、上手くいかなかった子の方が多かったみたい」


 ほう、学習したか。

 いいねー、テリアの素直なところは、好感が持てる。

 少し、ミルメに雰囲気が似ている子だな。


「例年通りねぇ……。テリアはさ、学園の筆記試験で何点取れば合格できる認識なの?」


「そうだねー、たぶん半分以上取らないとダメかも」


「ということは、半分を越えていなかったってこと?」


「計算が半分も取れていないと思う……」


 緊張していたって言っていたし、あまり覚えていないか。


「分かった。僕が聞いたのは、総合で半分程度の点数の人が、合格はもらったぜ! と言うほどに自信を持っていたってことだね」


 シュッと、右手を挙手したロザさん。


「あのっ、それは、たぶん今日の実技に自信があるからだと、お、思います」


 ロザさん、固いというか慣れていないというか……動きが急でびっくりする。


「なるほどね。筆記と実技の総合得点で合格は決まるから、実技寄りの実力の人は、筆記でそこそこの点数が取れていたら自信が持てるってことか」


「うん。テリアは、筆記より実技の方が得意だから……」


「そうなのか? テリア」


「うん! ウチは、体動かす方が得意。筆記でもうちょっと取れる予定だったんだけどな」


「じゃあ、今日はなおさら頑張らないとな。ところで、ロザさんはどうだったの? 筆記試験」


「わ、私は……その、上手くやれたと思う。実技は、あまり得意ではないから」


「ウチは、良くて半分くらいだったんだけど、ロザはどのくらいだったの?」


「私は……総合で八割くらい」


 ロザさんは、伏し目がちに、テリアへ視線を送っている。


「……」


 テリアはだんまり……。


「すごいな! ロザさん、頭いいんだね。ほら、テリアも黙っていないで」


「……ねえ、イロハは、何割くらいだった?」


「僕? うーん、まあ、七、八割ってところかな?」


「……ウチだけじゃん」


 あーあ、他人と比べ出しちゃったよ……こうなると、思考がネガティブになるんだよな。 


「まーた、そんなこと言ってからに。筆記が上手くいかなかったってわかったんなら、そんなに拗ねていないで今日の実技試験のことでも考えるんだな」


「イロハ、冷たい……」


「冷たいも何も、僕は、諦めずに頑張っている人なら応援するけど、後ろ向きな人は……ねぇ?」


「むー、頑張る……」


「それじゃあ、応援しないといけないな」


「私も、応援するよ、テリア」


「二人とも、ありがと。今日の実技試験でいい点数を取らなきゃね!」


 ま、落ち込んでばかりじゃね。

 実技の方が得意ってんなら腕の見せ所だろうし。

 

 ここで、ロザさんの挙手がシャキーンと。


「あの、イロハ君、ちょっといいですか?」


「僕? どうしたの、ロザさん」


「今さらなんですけど、自己紹介をしていませんでしたので……」


「ああ、そうだったね。僕は、イロハ。テリアとは、試験には早く着き過ぎた仲だよ。出身は、ネイブ領の森の中の開拓村だね」


「ネイブ……遠いですね。私は、テリアと同郷のカークスから来ました。テリアとは友達で、名前はロザエネって言います」


「うわー! そりゃ、馴れ馴れしく呼んで申し訳ない。ロザエネさんだったんだね」


「大丈夫ですよ、気軽にロザって呼んで下さい」


「分かった。じゃあ、僕からも、気軽にイロハって呼んでね。よろしく、ロザ」


「はい、こちらこそよろしくね、イロハ君」


 こうやって、同い年の者で親睦を深めるってのもいいもんだな。

 自己紹介を皮切りに、雑談に花が咲いた。



 しばらく経って、時計が無いのに気づいてしまった。

 それからは、時間が気になってしょうがない。

 遅れるよりましだし、行くか。

 

「なあ、そろそろ学園に向かおうか」


「そうだね、ウチ、早く試験内容を見たいよ」


「私は、実技試験が苦手だから、心配……」


 各々が、思う所もあるようだが、一体どんな試験になるのだろうか。


 

 ◇◇




 学園に到着。

 時計は、九時頃を指している。


 昨日とは違って、すでに十数名の子供たちが集まっている。

 やはり、当日発表の実技試験内容が気になる感じか……?


 ひとまず、今日の実技試験の内容を確認するために、案内板へ向かった。


 

『本日の実技試験』

 体力判定は、じゅう持久走を行います。

 能力判定は、探索競技を行います。

 実技試験については、スキルの使用を許可します。

 ただし、あらゆる故意の妨害行為を禁止します。

 各試験の詳細は、担当官より試験開始前に説明を行います。


【重持久走】

 渡された鉱石を持って、学園の外周を走る。

 外周を走り終えたら、渡された鉱石を返却する。

 鉱石を返却できなかった者は、失格とする。


【探索競技】

 学園の敷地内に探索プレートを配置。

 知識、能力を駆使し、探索プレートを見つける事。

 探索プレートは、一人で一つまでとし、発見後は担当試験官に渡す事。

 探索プレートを発見できなかった者は、失格とする。


 

 ふむ、この案内板でわかることは、鉱石を持って学園外周を走る持久走と、学園グラウンド内の宝さがしみたいなゲームが試験内容だってことくらいか。


 実技試験なだけあって、スキルは使用できるみたいだし、相性が良い試験だったらいいけどな。


「なあ、テリア。重持久走とか探索競技って、どんなことをやるか知っているか?」


「ウチ、探索競技は、初めて聞いた。なんとか持久走っていうのは、何年かに一回は行われているんじゃなかったかな……」


 うーん、鉱石持って持久走ねえ。

 ダンベル持って持久走みたいなもんかな?


 おや?

 ロザが、なにやら青ざめた顔になっているようだが……。


「あ、ああ……」


「どうしたんだ? ロザ」


「……重持久走は、学園創立間もない頃に、一度だけ開催された記録を見たことがあります。その時の完走者は、五名程度だったそうです」


「五名って……それじゃ、ほとんどが試験に落ちたってこと?」


「いえ、五名は時間内の完走者であって、その他が鉱石を持ち帰られなかったというわけではないみたいなので……詳しくは分かりません」


 鉱石を持ち帰る……制限時間などは記載が無かったな。

 文面とロザの話からすると、鉱石を持っての持久走。

 時間内にそのままゴールすればいいが、何らかの形でその鉱石を失う、または、走ることが不可能になるということがありえる、こんなところか。


「ロザ、その鉱石って何だったか覚えている?」


「確か……かるかん鉱石? みたいな名前だった気がする。ごめんなさい、あまり覚えていません」


 カルカン?

 かるかん饅頭? しか思いつかん。

 あれ、美味しいんだよな~、個人的にはあんこ無しのほうが好み……いや、今は関係ないか。

 

「カルカンね、大丈夫。聞いたところで鉱石の種類なんてよく分からないし」



 門の前では、試験官っぽい人たちが来てざわつき始めた。

 いよいよ、実技試験が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る