八十八話 入学試験:重持久走 その二
前方に見える霧のようなものが、よく見ると雨みたいに水が降っている……横からも。
この辺りの人たちはこれにやられたんだ。
「いやー、危なかったな。確か、水にも弱いって言っていたな、この鉱石」
「はい、周りを見たら、鉱石がかなり小さくなっていますね……」
すでにビー玉状態が十数人いる。
ソフトボールくらいの奴は、濡れないところをゆっくり歩いて行くようだ。
「さて、どうするか。何か、防水できるものを持っていないか?」
「持っていないね。ウチは、思いっきり走り抜ける方がいいと思うけど」
テリアは、当たって砕けるタイプだな。
ちょっとは、考えなさいよ。
「私は、風よけのスキルで何とか守り抜けそうです。長くは持ちませんが」
「じゃあ、テリアは迂回しよう。なるべく鉱石に水がかからないように前かがみで行くぞ!」
「うん、分かった」
「ロザは、そのまままっすぐ抜けてくれ。では、後でな」
「はい、行きます!」
ロザは風よけのスキルを使用したのだと思う、鉱石を囲むような感じで一瞬青く光った。
「よし、僕たちも行くぞ!」
「おー!」
まあ、俺は付き合う必要も無かったんだけど、乗り掛かった舟ということで。
迂回ゾーンは、特に何のトラップも無く普通に進めた。
この付近にも試験官が数名いるので、正規のルートではあるのかもしれないな。
しばらく進むと、直線ルートへ向かう道らしき分かれ道に出た。
「どっちに行く? テリア」
こういう道は素直に戻るルートが一番危ない気がするんだよな……。
「もちろん、こっち! 早くロザと合流しなきゃ」
あー、はい。
コイツは、極度の方向音痴だったね。
君が選んだのは、
「よし、そっちに行こう」
「うわー、珍しくウチの意見を聞いてくれたじゃん!」
「そだね。そんなことより、その鉱石、小さくなってきたな……」
「うん。でも、もう半分くらいまで来たと思うから、これくらい残っていたら大丈夫じゃない?」
「心配ではあるが、どうしようもないもんな。さあ、先を急ごうか」
「あれ? ちょっと! なんでイロハの鉱石は大きいままなの?」
「はぁ? 今頃かよ。こりゃ、俺のスキルで固めてんの。内緒だぞ?」
「ずるーい! イロハばっかり、ずるーい!」
もはや駄々っ子状態や。
「僕個人の能力で勝負してんだよ。あれか、もしかして僕に手伝ってもらいたいとか?」
「……うーん、やっぱいい。ウチも自分で切り抜ける!」
「お願いされても、やらないけどな」
「なーんでー! 優しくないなー、イロハは」
「そんなもん、優しさとかじゃないだろ? 見てるぞ、試験官たちが。不正をしたいのか?」
「そんなんじゃないもん、言い方が優しくないって言ってるの!」
「それは……すまん。じゃ、足に自信のあるテリアよ、一気に合流地点まで走り抜けるぞ!」
「そうね、なにも無さそうだし、行くよー! あ! 待ってー!」
迂回路は、試験官こそいたものの、特に障害になりそうなところは無かった。
恐らく、迂回させたことによる時間稼ぎだと思われる。
テリアと走り抜け、やっとのことで正規の道へと戻ってきたが、ロザはいないようだ。
「ロザ、先に行ったのかな……?」
「分からん。待つ必要もないし、先に行ったんじゃないか? 僕たちも行くぞ、ほら」
しばらく道順通りに進むと、大きな川に細い丸太の橋がかかっている所へ出くわした。
川の下流を見ると、もう少し大きな橋がかかっている。
ふむ、これは渡れそうだが、テリアはどうなのだろうか。
「テリア、これ渡れそうかな? 僕は行けそうなんだけど」
「ウチ、行けるよー! 余裕、余裕!」
そう言いながら、ホイホイ進んで行く。
なかなかやるじゃん!
「僕は、テリアほど早くいけないからゆっくり渡るよ。先に進んでいていいよ、その鉱石も小さくなっていっているからね」
「分かった、先に行くね!」
あっという間に、走り去ってしまった。
まあ、俺はゆっくり進んでいこう。
横向きでバランスを取り……細い棒を渡るときは、足は横向きで肩は正面に向けたら安定するという持論がある。
ふぅ、何とか渡り切ったぞ。
「あれっ? イロハ君。テリアは?」
「お、ロザ。どこにいたんだ?」
「私は、その棒を渡るのが怖かったから、下流の方へ行って太めの橋を渡ってきたの」
「そっか。テリアは、ここを渡って先へ行ってもらった。僕たちと違って、鉱石が小さくなってきていたから」
ロザの鉱石を見ると、俺のより少し小さいくらいで、かなり余裕がありそうだ。
「私のスキルもそろそろ厳しくなってきました……」
「では、先を急ごうか!」
「はい!」
この辺りになってくると、脱落者や、鉱石が無くなり動けなくなった者などがかなりいるようだ。
コース全体の三分の二ってところかな。
しばらく走ると、またもや妙なエリアに出た。
よくもまあ、学園の外にこんなものを作ったもんだ……。
「イロハ君、これって……」
「うん。テリアもいないってことは、ここをそのまま行ったんだろうな。迂回する余裕は無かっただろうし」
目の前には、長方形の大きなため池のようなものがあり、ところどころに安全地帯という名の足場が設置されている。
池の両サイドには、試験官がいるので池の端を行くみたいなズルはできないようだ。
迂回か、ここを飛んで渡るか……。
「私、たぶん飛べないと思います」
ぷっ……すごいワードが出たな。
真面目に言っているから、笑っちゃ悪いが……。
「そ、そうだよね、一個目の足場まで結構な距離があるからね……」
身体強化が無いと厳しそうだな。
恐らく、テリアは身体強化の脚力みたいなものを持っているんだろう。
「もう、風よけのスキルも切れそうで……どうしたらいいと思う? イロハ君」
困ったな。
俺は、正直に言ってどっちでもいいんだが……。
飛べないなら、俺が背負って行くか、迂回するかなんだけど。
協力をしてはいけないとも書いていなかったし、失格になるよりはいいか。
「なあ、ロザ。一応、思いついた案なんだけど、いいか?」
ロザは、明らかに意気消沈した表情を見せる。
「はい……。先に行っていいですよ、私は迂回して向かいます」
決断が早いというか、マイナス思考というか……それは、思いやりではなく罪悪感というものを俺にキラーパスしているぞ?
「ちょっと待て。なんでそうなる? まだ何も言っていないけど……?」
「だって……」
「まず、僕の話を聞こうか。いい?」
「うん……」
「二択ね。僕がロザを背負ってここを渡る。後は、一緒に迂回する。どちらも可能なことを言っているけど、後者は鉱石がどのくらい持つか分からないってところ。どうする?」
「せ、背負うって……私をですか?」
おー、顔が真っ赤だ。
十歳くらいの女の子は、男の子に背負われるのが恥ずかしいのか。
「
論点を恥ずかしさからずらしてみたが、どうだろうか?
赤面も取れて、うむむ……と悩んでいる様子。
「可能なことって、イロハ君は本当に大丈夫なの? できれば、私のせいで……」
「あー、その辺はいいよ。誰のせいとか、誰のおかげとか、そんなものは考えなくていい。ロザが、今どうしたいのかを知りたい。他の感情は後にしよう」
「………………お願いします。背負って下さい」
「ププッ! 背負って下さいって、面白いなー、ロザは。分かった、僕に任せて」
再び、お顔が真っ赤っか。
「わ、笑わないで下さい……」
「じゃ、乗って」
「はい……お願いします」
クラウチングスタートの
「ロザ、両手は鉱石を持ったまま僕の首前に持ってきて肘で固定して。そうしないと落ちちゃう」
「大丈夫? 重くない? 痛くない? 前は見える?」
「心配無用。軽いし、前も見えるし、すぐ向こう側へ着くから、鉱石を落とさないよう大事に持ってな。じゃ行くぞ」
「分かりましたっ!」
身体強化っ!
「一応断るけど、左手だけ太もも辺りを支えるから、勘弁な」
「ひゃっ!」
俺は、ロザを背負って左手でロザの左太ももを支え、右手に自分の鉱石を持つ、体勢上前傾姿勢じゃないと安定しないが、何とかなるだろう。
ロザは俺の首に手を回しつつ、肘で俺の肩に引っ掛け、鉱石を両手で持つ、ちゃんと密着している状態を維持している。
「行くけど、鉱石は落とすなよ」
「はい、大丈夫です!」
準備に手間取った割には、意外とスムーズに対岸へと到着した。
やはり、試験官は一部始終を見ていたが何も言ってこない。
「……ロザ?」
「……はいっ?」
「いや、もう着いたんだけど。降りてくれよ」
「あっ! すみません、ずっと目をつぶっていたので着いた事を気付けませんでした……」
やっと降りてくれた。
子供の体温って暖かいなと思いつつ、ロザの鉱石を見てホッとした。
「よし、鉱石も無事。じゃ、次へ進もう!」
「はい、イロハ君、ありがとう!」
さて、いまのところ三か所になにかしらの罠があり、あっても後二か所くらいと予想すると……。
疑似雨、棒渡り、池飛び、か。
疑似雨は、機転を利かせるかの発想能力。
棒渡りは、体幹を活かす基礎能力。
池飛びは、単純に身体能力。
うーむ……すべてスキルで突破出来たり、迂回して回避という選択もできる。
後は、あるとするなら頭脳系か力系かな?
いずれも、鉱石を濡らそうという意図、それに全部迂回したら恐らく鉱石は崩れると考えられる。
「ここまで来ても、テリアと出会わないな。先に行ったか、あるいは……」
「テリアは、絶対先に行っています!」
「ああ、ごめん、言い方が悪かった。そろそろ、次の怪しい場所に着きそうだ」
まもなく試験官が立っている所に到着。
見たところ、柵があって中は見えないが、ここを通ることになるんだろう。
「イロハ君。この柵ってなんでしょうか?」
「こんなもの、聞くのが早いって。ちょっと行ってくる」
なぜか、多くの受験生らしき人たちが大勢いて、順番を待っている様子。
入り口らしきところが三か所、三列になって並んでいる。
入り口に関係のないところにいる試験官へ訪ねた。
「あの、すみません……」
「はい、何でしょうか?」
「ここを通るには、並ぶ必要があるんですか?」
「私からは、詳しく説明が出来ませんが、皆さんはそこにある立札を見ているようですよ?」
あんなところに立札があるのか……人が多くて、全然見えなかった。
「あっ! ありがとうございます」
なになに……。
ふむふむ…………。
ほほう……そう来たか。
なんと、四番目は……協力、もしくは個の強さってところかな?
「おーい! イーローハー!」
ん?
どこからか、こんなところでモタモタしていてはいけない奴の声が聞こえる……。
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