八十九話 入学試験:重持久走 その三

「イロハってば! やっと出会えたね。ロザは?」


「やっとって、テリアはこんなところで何してんだ? 早く先に行かないとマズいんじゃないのか?」


「そ、そうなんだけど……ここを一人で抜けようとしてダメだった」


 見るからに、疲れた様子だ。


「一人か。しかも、それ、鉱石がずいぶん小さくなったな」


「うん。もう二回目だけど……」


「そんなに厳しいのか? 一緒に入ってくれる人はいなかったのか?」


「一回目は、二人で入ったけど、もう一人の子の鉱石がその回で崩れてしまって……。ウチは二回目に一人で入ったけどダメだった」


「分かった。じゃ、次は三人で入ろう、ロザもいるし、合流するぞ」


「おー!」




 ロザは、真面目に待っていてくれた。


「ロザー!」


「テリアっ!」


 いちいち、抱き合うんだなこの子らは。


「はいはい、感動の再開は後でね。それで、そこの柵の中には三人で入ることにするから、いいね? 二人とも」


「はーい!」


「お願いします!」


 さてと、立札に書かれていたことと、テリアの話を総合すると、今回のテーマは、やはり協力だろうな。


 一人で入る場合は右の入り口。

 こちらは数人しか並んでいない……これを見るに、誰もが最初はここから入ったはずだ。

 そして、失敗して次は二人、それでもだめなら三人でという風に、即席三人組ができるのだろう。

 

 難易度も恐らく一人が一番厳しく、三人は協力がうまくいけばクリアできるような感じか。


「テリア、中はどんな感じだった?」


「うーん、試験官が三人いて、奥の出口に行くのを妨害された」


「その妨害は、もしかして……鉱石への妨害?」


「うん。怪我を負わす目的じゃないみたいで、邪魔する? 感じかな」


「武器とか持っているのか? その試験官」


「えーっと、水をかけてくる、鉱石に。後は、鉱石を奪われたら追い出されてやり直し」


「分かった。通過条件は、あの立て札にあったでも奥の扉を抜けたらいいんだよね?」


「そうだと思うけど、ウチはその前に負けたから……」


 ということは、意外と楽にクリアできそうだな。

 俺だけ、一気に抜ければいいわけだし。


 でも、試験官三人だからな、侮っちゃいけない。

 気を引いてもらう役目は二人にやってもらおう。


「よし、作戦はまとまった。いいか、敵は鉱石を狙うってところに付け入る隙がある。だから、こういう作戦で行く。ゴニョゴニョ……」

 

 早速、三人用である一番左の列に並ぶ。

 三番目のエントリーだ。


「だ、大丈夫なんですか? それだと、イロハ君の鉱石が……」


「鉱石は大丈夫、僕も上手くやるよ。だから、恥ずかしいかもしれないけど、ロザもちゃんとやってね?」


「うん……」


「ウチの役目ってバカみたいじゃない?」


「そーんなことないよ。すっごく大事だよ。テリアにしかできない」


 なんなら、シナリオ無しでもできそうだぞ?


「ほんとにー? ウチしかできないか……しょうがないな、もう」


 


 前の三組が終了したようだ。

 

 さあ、本番だ。


「じゃ、なるべく迫真の演技を頼むな、二人とも」


「おー!」


「お、おー!」

 


 扉を開けて、三人で中へ入る。


「では、説明します。ここは三人組専用通過地点です。試験官は、私を含めて三人、奥に見える扉が次へ進める出口となります。試験官が様々な妨害行為を行いますので、ご注意を。妨害行為に関しては、お手持ちの鉱石のみへの妨害となりますので、しっかり守り切ってください。通過条件は、三人のうち一人でも構わないので、鉱石を持ったまま出口の扉を抜ける事です。以上となります、作戦会議は必要ですか?」


 一応、知っていた内容ではある。

 しかし、鉱石を持ったままという条件があったか……。

 テリアに、作戦会議は必要と言ってもらうか、ツンツンして頷くと分かってくれたようだ。


「作戦会議は必要ありませ……」


「すみません! 作戦会議をお願いします!」


 テリアが、作戦会議を断ろうとして、それを察したロザが遮って訂正した……ナイスフォローだ。


「では、一分間与えます。どうぞ」


「はい、ありがとうございます」


 ふぅ、テリアは察しが悪いってこと忘れていた。

 危ない、危ない。


「ロザ、助かった。分かってくれてありがとう。ここからは小声で話すから、合わせて、二人とも」


「分かった」


「はい」


「鉱石を持ったままという条件が抜けていたので、テリアの鉱石を僕が持っておこう」


「なんで? 一番危ないじゃん、ウチの鉱石」


「あー、説明は後。僕を信じる? 信じない? どっち?」


「……信じる」


「よし、鉱石を貸して」


「壊さないでね?」


「分かってるって」


 俺は、ボーリング玉ほどの鉱石とテリアの卓球ボール程度の鉱石を持ち、ロザのソフトボール程度の鉱石は自分で持ってもらって、テリアは持っている振りをする……。

 

 準備完了だ。

 

「時間です。では試験を始めます」



 まずは正方形のエリアの南西角へ。

 ここで、揉めるとしようか……。


 その前に、テリアの鉱石へ無生物強化!

 万が一壊したら一生言われそうだし。


「テリアっ! なんで作戦を分かってくれないんだ? 理解ができていないのか?」


「そうよ! あなたは、いつも分かっていない。こんなことなら、三人で入るんじゃなかった」


「なんで、なんでみんなはいつもウチばっかり……もう、いやー!」


 試験官の一人が近づこうとしたが、様子を見るようだ。

 残りの二人は、奥の扉付近を守っている。


「嫌なら、出ていけばいいじゃん、別にテリアなんかいてくれなくてもいいし」


 三人の試験官も、どうしたものかと見入っている様子。


「……もう、頭に来た! だったら、二人とも道連れにしてやるぅ! あんたの鉱石貸してっ!」


 怒って、俺の鉱石を取る……という筋書きである。


「な、何するんだよ、テリア! やめてくれー! 待てっ! ロザ、そっちからテリアを捕まえて。僕は反対側から捕まえるから」


 俺の鉱石を奪うテリア、逃げるテリア、それを追うロザ。

 

 テリアは、一度北西の角へ向かうと部屋の中央へ向かう……二人の試験官が釣れた、やはり終わらせに来たぞ。


「分かった、待てー!」


 そして、ロザが西側から部屋の中央にいるテリアへ向かう、俺は、東側から部屋の中央に向かいテリアを挟み撃ちにする感じで動く。

 奥の扉に最後まで残っていた試験官は、俺の方へ向かってくるが……。


 スッテンコロリン!

 

 テリアが持っていた俺の鉱石は、わざと北西の角へと転がした、それを追う二人の試験官。

 

「あー! イロハの鉱石落としちゃったー! デヘヘ」


 さらに、ロザが俺に向かって来た試験官の元へ行き……。


 スッテンコロリンコ!

 

 ロザが敢えて近づいた、三番目の試験官の前で転ぶと、試験官がロザの鉱石へと手を伸ばす。


「やだー、転んでしまいました。フフフ」

 

「はぁ、君たちはもう少し連携を意識して……」


 試験官は、やれやれ感を出しつつ情けない三人組だと侮っている……。


 そうはさせないよ、フリーになったその隙に脚力の部位強化で超ダッシュをして俺は出口へ。


「出口の扉、開けましたよー! 二人の鉱石に手を出さないで下さい!」


「な……! いつの間に!」


「もちろん、鉱石も持っています!」


 扉を開けつつテリアの鉱石を高らかに掲げる。


「君の鉱石は、こっちにあるものではないのか……?」


 そう、試験官には、持っているはずのない鉱石を持っているように見える。

 自分の鉱石じゃないとダメだとか言わないよね?


「確かに、そうですが問題ありますか? 一人でも鉱石を持ったまま出口の扉を抜ける事が条件では?」


「……うむ、問題無い。三人とも、通過していいぞ。素晴らしい信頼関係だな、よく他人へ鉱石を預けられたものだ」


「よし! 行こうか。テリア、ロザ」


「はぁ、まだドキドキしています……」


「やったー! イロハ、ウチの鉱石返してよ」


「急にかよ! 僕の鉱石は放ったらかししてからに……ほらよっ」


 渡すと同時に、強化は解除っと。

 一時的には、俺のだったし不正にはならないだろう。


 あー、あんなところに……。

 俺の大事な鉱石君。


「えー、君。その鉱石は、君のものだね?」


「あ、はい……」


「なんで……そんな大きさでここまで来られたんだ? それに、派手に転がったと思うが、削れもしないし」


 なんだ、このロン毛のおっさんは? そんなこと、言うわけがないでしょうが。

 

 不躾にスキルを聞いちゃダメなんだぞ、と。


「それは、答える必要がある質問なんでしょうか?」


「いや、すまない。単純な興味からの疑問だった。君の能力でここまで来たんだ、答えなくてもいい」


 興味本位ね、気持ちは分かる。

 しかしね、試験官の立場で受験生にその質問は、なんらかの強制力が働くんじゃないか?


「なるほど。これはですね……」


「……?」


 ぬぅーっと耳をこちらに向けてくる。


「やっぱりやめときます。言えば試験を合格にしてくれるんだったら、考えますけど?」


「むぅ……。そんな取引は出来んな。まあ、君は合格しそうに見えるから、楽しみにとっておくよ。さあ、行きなさい」


「では、お世話になりました!」



 二人の元へ急いで戻る。


「うまくいったなー。テリアもロザも、演技が上手いじゃないか」


「へへん! ウチは、こんな事も出来ちゃうんだよねー!」


「私は、少し固かったと思います……」


「ロザが、最後の一人を引きつけたから、抜けられたってのもあるぞ?」


「ウチはー?」


「テリアは、よくぞひとりで二人を釣ってくれた。もはや、暴走の天才だ」


「て、天才……ウチは天才……」


 暴走のな。


「さあ、まだ試験は終わっていない。先へ急ごう」



 

 ようやく、見慣れた正門へ着いた。


 おおー、ここまでたどり着いたが鉱石が無くなった者、仲間を待っている者、悠々と鉱石を返却する者……。

 皆、一様に疲れ切っているようだ。


「テリア、ロザ、お疲れさま。鉱石返却は、最初に受け取った場所でいいみたいだな、さっさと返却しよう。いい加減に腕も疲れた」


「はぁぁー、やっと終わったね。イロハ、天才のウチのおかげってこと忘れないでね」


「はいはい、すごいすごい、テリアは、天才だー。これでいいか?」


「うん、うん。いいよ」


「あの、イロハ君。その、ありがとう、助かりました」


「いいって、そんなに畏まらなくても。友達だろ?」


「はいっ!」


「さあ行こう、返却へ!」


 おっと、無生物強化は解いとかないとね。



 所要時間およそ四十五分、三人とも鉱石の返却完了。

 

 テリアの鉱石、卓球ボール小。

 ロザの鉱石、野球ボール程度。

 俺の鉱石、ボーリング球くらい。

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