五十九話 素性

 ウエンズを出て最初の休憩場所で、他の商隊と出会った。

 ウエンズからの商人だろうか?

 人数が、護衛も含めニ、三十人ほどの大所帯だ。

 確かに、野盗がこの団体を襲うには無理があるかも知れん、抑止力が働いているなあ。


 食料とか水を売っているらしいが、こんなところで買う者がいるんだろうか?

 ちゃんと補充してきたからうちには不要だね。


 今日の配置は、先頭カラム、ミネ、ブル、後方ウェノ、俺の布陣となる。

 ウエンズより王都方面は、往来が多く前方に注意を向ける方針だとか。


 今のところ、他の客車に抜かれたことも無く、後方は概ね安全と見ている。

 スピードの速い走獣を見たら、警戒するし、合図を送るとのこと。


 サウロより速い走獣がいるんだな。


 さて、相変わらずの景色に突入した。

 森に山に、まだまだ未開拓地域は沢山あるようだ。


 そこまで眠くないので、昨日のラムの件を考えておこう。

 

 ラムの夢の話は、明らかに日本人の話だ、それも学生だと思う。

 でも、スキルの影響ではなかったとなると……ラム本人が、俺と同じ状況なのか、何者かが夢を見せているかのどちらかだ。


 俺には、元日本人だという証拠がない、あるのは記憶だけだ。


 この世界に、他にもいるのだろう……自分と同じように、元の記憶を持った人間が。


 まあ、この件は、いずれ分かるかもしれない。

 他にもいるかもな、程度に考えておくか。


 未解明スキルについては、特性やスキル名が難解な事によって便宜的に定められた、発動できないスキルのことと思われる。


 ラムの特性で言うと、庭球がテニスのことだとわからない限り、ショットが使えない。

 もちろん、何かを打ち返す遊びの最中などで、たまたま使えていた可能性はある。

 なんで庭球だったのか……。


 やはり、スキルは特性の延長上にあるもので、ちゃんと使うには特性の理解とそのスキルの関係を考えるべきなのだろう。

 特性のどの言葉がこのスキルを生んだのか? これが重要に思える。

 

 俺の身体強化と、他の人の身体強化もまた明らかに能力の差がある。

 たぶん、俺のほうが強いと感じている。

 これは、元となる特性とそのスキルへの理解の違いではないかと考えている。


 その他にも、成長と言えるのか(浮打)などへの変化もある。

 俺のは、最初から(真)だったし、カッコ内が発動や効果に関与することと思われる。

 

 スキルに関して、どれくらいの事を学べるのか、学校という所が楽しみになってきた。


 ある程度、考えを整理できたので休むとしよう。



 ◇◇



 領境の街、ウエンズ領『ウインマーク』には夕方に到着し、翌朝一番での出発となった。

 その後、ウエンズ領とミッド領の領境を越え、ミッド領『フォル』に一泊してさらに進んだ。


 領境を越えたところで、野盗の襲撃を警戒していたが、特に問題なく順調で、それからは寝て起きての繰り返し。


 ウエンズを出て、三日後にミッド領都へ到着した。

 ただし、日が暮れた後に到着したことで、ミッド領都には入ることができず、仕方なく付近の『待機場』へ一泊することに。


 待機場というのは、一種の緊急措置で、閉門後の際に門が開くまでの待機場所として提供されているエリアである。

 主な利用者は冒険者で、たまに俺たちみたいな小規模な団体が利用している。


 冒険者には、まるでどっかの父さんのように時間にルーズな人が多いのかな?

 

 門外付近の地域を、学校の運動場くらいの広さを更地にし、野営できるスペースを確保しているという感じだ。


 慢性的に街で暮らせない人たちも、この辺りに住み着いているという話を門番の人から聞いた……。

 

 いわゆる、スラム街である。

 

 他の街では、冒険者との区別がつかなかったりしたが、このミッド領は、明らかに他と違う雰囲気のエリアがあった。


 その地域は『ミッドロウ地区』と言われている。


 古代語でロウとは、身分が低いという意味を揶揄したような言葉らしい。

 ところ変われば、同和問題になりそうな話だ。


 この場所は、そんなミッドロウ地区の人たちの貴重な収入源でもある。


 客車が二台停められそうな場所を確保した途端、人が集まってきた。


「水は、いりませんかー?」


「食料、ありますよー!」


「走獣のエサは足りていますかー?」


「余っている物、引き取ります!」


 凄い勢いで、客引き合戦が繰り広げられている。

 中には、俺より小さい子供まで。


「あー、俺たちは大丈夫だ。何かあったら呼ぶから、向こうへ行っていろ!」


 ブルさんが、散れと言わんばかりに手で帰れアピール。


「手厳しいですね……」


「ん? 情で買ったりすると、大勢で押し寄せてくるぞ? しかも、ここでの取引は物々交換だ。困ってなけりゃ、朝まで待ったほうがいい」


 なるほど、一度買うと訪問販売の上客リストに載っちゃう仕組みか。


「た、たくましいですね」


「奴らの中には、あえてここに留まっている者もいるし、組織みたいなものもあると言う」


「へぇ、そんな文化もあるのか。ネイブには無かったなあ」


「メルキル王国では、ここのミッドと王都とハーマーが特に多い。冒険者も多いからな。俺も、貧乏な駆け出しの頃は、お世話になったもんだ」


 お世話になったんだ。

 確かに、お金が無い時の物々交換はアリかもしれない。

 実際、ここで生活している冒険者もいそうだな。


「へ〜王都にもあるんだ。領主からは何も言われないの?」


「しっかり取り締まるところもあれば、ここのように黙認しているところもある。ネイブは、領主が夜間入門口を作っているので、待機場そのものが無いぞ」


「全ては、領主の意向次第なんだね」


「そうだな。一斉にに取り締まってみろ、住居、食料、仕事……補償が大変なことになるぞ。どこの領主でも、悩みの種なんじゃないか?」


 政策的に、追い出すこともできず、保証もできないから、このような形に収まったという訳か。

 考え方によっては、労働力の宝庫だな、大規模な公共事業などがあれば良さそう。


「今日は、ここで野営になるんだよね?」


「ここで一泊して、朝一番でミッド領都に入るから、早めに寝とくんだな」


「はーい」


 風呂もお預けとなり、ベタベタなままという寝苦しい夜が来てしまう。

 ウェノさんは、酒が飲めないとブツブツ言いながら、見張り役へと向かった。


 夜番は、ウェノ、ミネチームが前半、ブル、カラムチームが後半を務める。



 寝静まった夜。

 目が冷めてしまった。

 ウェノさんがいないので、まだ夜中の一時を過ぎてはいないのだろう、まさにミッドナイトってね。


 外では、チラホラ客引きの声がまだ聞こえる。

 眠くなるまで、ウェノさんのところに行ってみよっと。



「ウェノさん。交代までまだ時間はありますか?」


「お、イロハ。時間? そうだな……後二時間ほどだ」


 ウェノさんは、リュックサックみたいなカバンの中の四角い置き時計のようなものを確認している。


 小型の時計、持ってるやんけ!

 いつもの砂時計みたいな物は使わんのかーい!


 この世界にも精密機械を作れる天才がいるんだ。

 俺も自分用の時計が欲しいな。


「ねえ、ウェノさん。その時計って、いくらくらいするの?」


「ん、これか? 時計は高いぞー。最低でも、一千万ソラスはするな」


「たっか! なんでそんなに高いの?」


「そりゃ、作れる人が少ないからな。希少価値っつーやつだ、分かるか?」


「そのくらい分かるよ! 時計の流通が少ないんでしょ。王都に売ってる?」


「お前、子供のくせによくそんなに難しい言葉を知ってるな。まあ、王都に売られてはいるけど、子供に買えるほど安くもないし、まず店に入れないぞ」


「高いのは分かるけど、店に入れないのはなぜ?」


「高級店だからな。お偉い様しか入れないんだよ、一等民とかな」


 富裕層向け会員制のお店か。

 一見さんお断りより敷居が高い、なんとか買える方法はないものか。


「えー! だったら、お金貯めれば買えるわけでもないの?」


「自分では買えないけど、手に入れる方法はあるさ。手数料を払って、店へ入れる人に頼むとかな」


 特権の代行やん!

 更にお金がかかるとか、上流階級め……。

 

「じゃ、ウェノさんも頼んで買ったの?」


「いーや、違うな」


 ウェノさん……まさか、盗んだとか言わないよね?


「他に方法があるの?」


「俺は、自分で買ったぞ。一等民だしな」


「うそー! ウェノさん、一等民なの? 本当は、お偉い様だった?」


「ハッハッハ。どうだ、敬えよ……と言いたいところだが、俺の家系が一等民なんだよ」


「……ウェノさんって、何者?」


「俺か? 俺はただの御者だ」


「そんなので、ごまかせないよっ! 父さんとの関係もよくわからないし」


「聞かれないなら黙っておこうと思ったが……暇だし、これから話すことはルーセントに内緒だぞ?」


 お、気になっていたことが聞けそうだ。


「うん! 約束する」


「調子いいなぁ、まあいい。まず、俺の名前は、ウェノ•ビーツ。ビーツ家はな、執事として代々受け継がれてきた家系だ。特に上等民向けのな」


 へー、ウェノさん家名を持っていたのか、ほんとに謎の多い人だよ。

 

「ウェノさん、執事なんだ。だから、出会った時はあんな振る舞いをしていたんだね」


「ああ。まあ、少々やらかして今はただの御者だがな」


「まさか、そのやらかしと父さんは、関係があったり……」


「……あるんだな」


「なんか、父さんがすみません……」


「むぅ……何と言おうか。なにも、ルーセントが原因ってわけでもないんだ。誤解すんなよ」


「うん」


「俺は、とある上等民の家の執事をしていたんだ。そこの跡継ぎの息子をな、ちょっと締め上げたんだよ」


「ウェノさんって強いけど、そんな暴力的な感じに見えないなあ……」


「俺もな、執事の家系に生まれたんだ。ちゃんと見習い期間もあるし、普段から無茶はしないさ」


「うん……」


「このままだと、ルーセントの事も誤解しそうだから話すが、他言無用だぞ?」


「わかった」


「その上等民の子供なんだが、騎士団のある女性にちょっかいを出した。元々、女好きというか、親の権力を笠に着ていろいろなことを陰でやっていたんだよ。俺が、何かある度にもみ消していた……。だが、その騎士団の女性の件だけは、内容が容認できなくてな」


「騎士団って言うと、父さんがいた王国騎士団?」


「だな。その女性は、ルーセントの部下だったんだ。それで、俺がいつものようにもみ消そうとした……事情をあまり詳しく知らずにな。それで、ルーセントと……まあ、いろいろあった訳さ。その後は、状況を確認できた俺が、バカ息子をを締め上げて謝罪させた。当然、親は激怒して俺は執事を辞めることになる、こんな感じだ」


「そんな事が……」


「ルーセントとは、そこからの腐れ縁だ。俺は、冒険者をやったり、御者をやったりと反省の毎日だよ。ハッハッハ」


 明らかに、反省している様子はない。


「ウェノさん、もう執事はしないの?」


「どうだろうな。権力者なんてうんざりだし、家督は兄が継ぐだろう。俺には、今みたいに適当な生活が似合っているさ」


「そうなんだ、執事の振る舞いのウェノさんも格好良かったけどな」


「はいはい、ありがとよ。しかし、俺がしばらく王都を空けていた時に、ルーセントが騎士団を辞めて子供ができたと聞いた時は、正直びっくりしたぞ。それも、ここまで父親に似ていない口の立つやつなんて……」


「僕もびっくりだよ。ウェノさんの正体が、暴力執事さんだなんて」


「そういうところだぞ、かわいげのない奴め!」


「僕は、母さんに似たのかもね」


「いーや、前言撤回。その負けん気の強さはルーセント似だ、間違いない」


「ふーん。じゃ、僕はもう寝るね。おやすみ、さすらいの御者さん!」


「……その、身勝手さもなっ! さっさと寝ろ!」


 大人げない捨て台詞をもらって、客車の中へ入りそのまま横になった。


 ウェノさんとの会話は面白い。

 知的で経験豊富で、ただの御者ではないと思っていたが、あんな過去を持っていたなんて。


 あー、自分用の時計を手に入れるには時間がかかりそうだな。



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒⇒ミッド領フォル⇒

 次の経由地:ミッド

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