六十話 休息日

 朝は、ちゃんと早く起きられた。


 汗を流していないので、身体がベタベタしていて気持ちが悪い、ひとまず外へ出て朝日を拝むとしよう。


 客車から出たら、ブルさんがいた。


「ブルさん、おはようございます」


「おう。もうすぐミッドの開門になるから準備しとくんだぞ」


「もう開くんですか? 早いですね」


「ずいぶん並ぶと思うからな、入るのには時間はかかるぞ?」


「はーい、顔だけ洗ってきます!」


 朝の開門は、意外と早いみたい。

 昨日、あれだけ騒がしかった客引きも、今朝は鳴りを潜めている。


 ここで買えるものは、町で買えるしね。



 さて、無事ミッドへと到着し、ミッドポートへ客車を預けた。

 対面に領主館があり、宿の案内を頼んで荷物を下ろすためのチェックインをすることになった。


 今日の宿は『ホクホク亭』。

 夕食の煮込み料理が名物の宿と聞いた。

 美味しそうな名前である。


 いくつかの街へ立ち寄りながらの旅なので気付いたが、お店の屋号は重ね言葉のような響きか、名前がベースというのが主流っぽい。

 

 ウエンズで泊まった宿は、元々ラムをランと名付ける予定で付けた屋号らしい。

 奥さんのナミンさんの猛反対で、名前のほうが少し変更されてラムとなったんだとさ。

 リンゲンさんの武器屋は、何のひねりもない『武器屋リンゲン』だった……。

 


 荷物を置いてすぐに、ホクホク亭の人へ水浴びをさせてもらうようにお願いした。

 同時に名乗りを上げたのは、ミネさんだけだった……。

 

 流石に数日の風呂無しは辛い。

 まだ、子供だからなんとか耐えられるけど、大人たちはすでに酸っぱい香りに包まれている。

 頼むからみんなも汚れを落とそうってお願いして、朝食の前に体をきれいにすることとなった。



 今日は、休息日だ。

 ネイブから王都間で言うと、約三分の二くらいの場所で、移動の兼ね合いから一日お休み、出発は明日となる予定。


 本当は、ウエンズでの予定だったが、領内視察と重なったため、ミッドでの休息日となった。

 走獣の入れ替えや、食料、備品の補充、客車の点検、清掃などやることは盛りだくさんである。

 ただし、全てブルさんたち護衛がやるため、俺は暇になるということだ。


 何もすることが無い知らない土地での過ごし方を、部屋で模索中。

 ウェノさんまで、客車関係を担当するため、話し相手すらいないボッチとなってしまった。

 しかも「外へ出る時は必ず報告しろ、ミッドポートにいるからな! 黙って出たら柱に縛り付ける」とのお達しである。


 どうしたものか……。


 街を見て回りたい、久々に訓練したい、ミッドロウ地区で買い物してみたい……願望はいっぱいあるけど、無理だろうな。


 ということで、ウェノさんを冷やかしにミッドポートへ。



 客車の連結や、手綱をイジっているウェノさんを発見。

 

「ウェノさん! もう終わった?」


「はぁ? 今始めたばかりだ! 何の用だ?」


「宿にいても、何もすることが無い」


「寝てればいいだろ? 余計なことをするなよ」


「街を見て回りたい、訓練したい、ミッドロウ地区に行きたい」


「うるせー! ダメだ、ダメだ、ダメだ」


「せめて、体を動かしたいなあー! ウェノさん、終わったら訓練に付き合ってよ」


「休息日だぞ……諦める気は?」


「な、い、よ」


「……邪魔しないでそこで待っていたら、付き合ってやろう、それでいいか?」


「わかった! じゃ、ここで体を動かしているね」


「見えるところにいろよ」


「はーい!」


 こんなやり取りがあって、筋トレに勤しんでいる。


 淡々とやっていたら、流石に疲れてきたので、休憩。

 二時間くらい経ったかな?

 ウェノさんは、まだ終わりそうにない……。

 昼寝でもするか。



「おい、イロハ! 起きろ」


「む……ん? ウェノさん、終わった?」


「終わったぞ。昼食に行くから、さっさと起きろ」


「よいしょっと、何食べるの?」


「ミッドでの飯は、ホクホク亭だ」


「じゃ、汗も流しとこうかな」


「お前、女みたいに体を洗うのが好きだな?」


「あー! そんなこと言っちゃダメなんだー! ミネさんに言いつけるから」


「あ……そういう意味じゃない。上等民みたいに綺麗好きだなと、そう言いたいんだ」


「ププッ……なんで言い換えたの? そんなこと言っていたら女性から嫌われるよー、ウェノさん?」


「余計なお世話だ、ほら行くぞ!」



 昼食で煮込み料理が出た、流石は屋号にするだけはある、ホロホロしていて美味い。

 ウエンズでは、牛肉っぽいのが多かったが、こちらは豚かな? 脂身少なめの煮豚、甘じょっぱい味付けだ。

 これは、夕食も楽しみだ。


「それで、イロハは何がしたいんだ?」


「訓練か、街を見回りたいかな」


「そうか。じゃ、狩りなんてどうだ?」


「えっ? いいの、外へ出ても」


「俺がついてりゃ問題ない。野盗や獣ごときなら余裕で守ってやる」


「やたー! 行こう、行こう! でも、なんで急に?」


「んー、俺も体を動かしたいしな。それに、お前の訓練にもなるし、金にもなる。酒代を稼ぎに行こうじゃないか」


 目的が俺の訓練じゃなく、酒代というのが透けて見えるぜ、ウェノさん。


「う、うん」


「ただし、これは守ってもらう。無茶はしないこと、俺の近くから離れないこと、不用意に何かに触らないこと。いいか?」


「はーい、守ります!」


「いいだろう、じゃ行くか」



 ミッドの門を出て待機場の先へ進み、二人で近くの森に来た。


「なんも準備してないけど、大丈夫?」


 帰りは、手で担いで持って帰る感じなのかな?

 だったら、包む物とか欲しいんだけど……血で汚れたくないな。


「ん? 大丈夫だろ。ちゃんと見ているようだしな……」


「え、どういうこと?」


「まっ、後で分かるさ」


 なんだよ、含みを持たせた言い方をして……。

 

 気を取り直して、久々の街の外、テンション上がるわー!

 この森は、ミッドの街から待機場を抜け、東の方へ抜けたところにある。

 もっと奥へ行くと、鉱石が取れる山の方へと繋がっているらしい。

 位置関係から、ネイブの北のゴサイ村採掘場と同じ山なんじゃないかな?

 

 そんな事を考えながら、森の中を進んで行くと、ウェノさんからストップがかかった。


「……止まれ、イロハ。じっとしているんだ」


 俺は、びっくりして息まで止めていた。

 一瞬で、奥からカバくらいの大きさのイノシシのような獣が突進してくる。

 うーん、頭にはきれいな二本の枝角が生えているので、バランスが悪い。


「いきなり大物だな、俺が相手をする。動くなよ、イロハ。身体強化っ!」


「うん」


 どうやら、ウェノさんが仕留めるらしい。

 自分に身体強化をかけているみたいだけど、どうやるのかな?


「速歩! 剛拳!」


 と、思ったら、一瞬でイノシシの前まで……移動?

 見えないくらい速い!

 そこに重い一撃が……。


 ドムンッ!


 凄い音を立てて、素手で大きな角イノシシを気絶させたようだ……強い。


「凄い、ウェノさん!」


「こいつは、イノシカと言って凶暴なんだよ。でも、肉は美味いし角も薬になる。売ってよし、食ってよしだ。まあ、弱点の目印があってな、眉間の黒い毛の部分に思いっきり拳を叩き込めば、こうなるから特に問題は無い」


 確かに弱点だろうけど、そんなことを普通の人が素手でできるわけがない、問題しか無いじゃないか。

 しかし『イノシカ』って、まんまやん。


「ほんとだ、眉間の所が少し黒っぽい毛になっている。分かりやすいけど、あんな倒し方、ウェノさんしかできないよ!」


「そうか? まあ、これ一頭でも十分だな。イロハも狩ってみるか?」


「いやいや、イノシカは無理。子供に何させる気だよ! もっと、普通のがいい」


「なんだ、臆病だなぁ。それじゃ、これは血抜きでもしながら、他を待ってみるか」


 そう言って、気絶しているイノシカの首辺りをサクッと短剣で切って、適当な高さの木に吊り下げている。

 

 こういう場面を見ると、残酷と思って目をそらしがちだけど、俺はそんな偽善者でもないから、やり方くらい覚えておこうとじっくり見ている。

 

 後で美味しく頂きます、恵みに感謝。


「あんまりここを離れたらダメだよね?」


「まあ、落ち着け。ここで、血抜きをやっているから、獣も向こうからやってくるさ。少し待とう」


 へ~、そういう意味もあったんか。

 でも、大型の獣とかは危ないんじゃない?


「おっ! ほら、その辺に寄ってきたぞ、あの白い毛の耳が長い奴。だいたい二、三匹で行動する」


 ん?

 ウェノさんが指し示す方角にいた二匹の獣は、中型犬くらいの大きさで白い体毛、豚鼻なのに耳が長い……なんじゃこりゃ。


「あの白い奴?」


「そうだ。あれは、ウサブタだ。お前も昼食に食ったろ? 素人でも狩れるが、油断していると体当たりされるから気をつけろよ」


 え?

 今日食ったのってあれかー!

 それに、だって? ウサギ耳のブタか……どういう混ざり方だよ。


「じゃ、僕はこれを使うよ。いくよー! それー!」


 フレイルの先の部分の鉄球を、身体強化して投げた。

 そのまま、一匹の前足付近に当たり、無残な状態で倒れてピクピクしている……まあ、鉄球なんで過剰攻撃になったかも。


「な、なんだその武器は……あ、お前、それフレイルの先っちょか? 凄い威力だな」


「うん、あんまり近づきたくはなかったし……これ、やりずぎ?」


「まあ、足が取れたくらいならいいんじゃないか? もう一匹は逃げたみたいだが、こいつも血抜きしておこう」


 ウサブタの左前足から左後ろ足にかけて鉄球が貫通し、二本とも足が取れて吹っ飛んでしまった。

 一応、鉄球は回収できたし、よかったとするか。

 

「ありがとう、ウェノさん。もうちょっと上手く投げなきゃ……やっぱ、剣の方が良かったかな」

 

「どっちでもいいさ。大事なのは、無理をしない、怪我をしない、無駄なことをしない、だ」


「うん。剣の方も練習するよ。いざという時の選択肢は、多い方がいいもんね」



 それから数時間は、付近の獣の狩りを頑張った。

 狩りについて、ウェノさんに細かいところを教えてもらいながら、立ち回りなどもやってみた。

 最後に、イノシカも自分でなんとか倒せたけど、ウェノさんみたいに一撃できれいな状態の捕獲、とはいかなかった。

 

 普通の訓練より、実践で生き物の命を絶つという狩りは、凄く良い経験になったと思う。


「さて、この辺で切り上げよう。これだけありゃ十分だ」


 そんなウェノさんは、狩りの獲物を紐で縛って、一箇所に集めている。

 大きい順に、イノシカ二頭、ダチョル二匹、ウサブタ十匹、ヘビガメ三匹。

 初めて見るは、首がニョロリと出てくる顔がヘビのリクガメだ。

 ちなみに、首は頑張っても甲羅に収納できないというポンコツ亀……ハードに生きていらっしゃる。

 

 毒を持っていて、肉は滋養に甲羅は防具の素材になるらしい。

 

 首をチョンとするだけで仕留めることができるらしいが、最初の一匹だけ毒が怖くて、遠くからの鉄球投げで甲羅を割ってしまった。


「何してるの? 持っていかないの?」


「ミッド付近の森はな、待機場が近くにあるだろ? こうやって、狩が終わったって顔で休んでいると、来るんだよ奴らが」


 何が来るっていうんだ。

 確かに、二人で一度に運べそうには無いが……。


 ガサガサ……


「獣っ?」


 少し警戒して立ち上がると、ウェノさんが、首を横に振る……なんだ?


 獣ではなく、何者かが俺たちの方へやってきた。



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒⇒ミッド領フォル⇒ミッド

 次の経由地:ミッド領シェリダ

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