六十一話 お取引
「荷車ありますよー!」
どっしりとした体型で人の良さそうなおっちゃんが、明らかに俺等へ向かって声をかけてきた。
他にも数人が二台の荷車を引いて、後ろで待っている。
後ろにいる人達のほとんどが、フードっぽいものを被っていて、人相がわからない。
身なりを見るからに、もしかして……。
「ここへ来る時、待機場を通ったろ? ちゃんと見てるんだよ、あのミッドロウの連中は」
「ああ、あの人達なのか。凄いな、商売魂が」
「あー、こっちだ! 荷車で運ぶのを手伝ってくれ」
ウェノさんは、分かっていたかのように、チームミッドロウへ手を振っている。
その合図を見て、どっしりおっちゃんが一人でやってきた。
そこで交渉も始まることに。
「まいどー! ここの獲物を全部、領主館の冒険者組合へ運べばいいですか?」
「ああ、それでいいぞ。報酬はウサブタ一匹だ」
「お客さん、こんなにたくさん運んでウサブタ一匹はちょっと……せめて、ウサブタ三匹に、ヘビガメを付けてもらわないと」
「そんなに遠いわけじゃないだろ? それに血抜きも終わっている、ウサブタ二匹。それが嫌なら他を当たる」
ウェノさんは、これ以上の交渉は無理だとばかりに言い切った。
「まいったなー、ウサブタ二匹でやるよ……いや、ちょいと相談なんだが、イノシカの角を少し分けてもらえないだろうか?」
「ん、どういうことだ? お前らは、処分に困るから素材は嫌がるだろうに。病人でもいるのか?」
「そうなんだ……実は、妻がね」
「角か。どうしたもんかな」
確か、薬になるとか言ってたっけ? 滋養強壮的なものにでもなるのかな。
角は別に必要としていないし、分けてあげたらいいのに。
そうだ、俺が仕留めたイノシカは、けっこう傷もついているしこれならやってもいいんじゃないかな?
妻が病気と聞いては、黙っておれん!
「傷がついているけど、僕が仕留めたイノシカの角で良ければ、一本あげていいよ」
「……イロハ、気前がいいな。ま、お前がそう言うなら、いいぞ持っていけ」
ん?
なんで、ウェノさんは不満そうな顔なんだ?
「ありがとう! ありがとう! 坊っちゃん。では、イノシカの角一本でこの仕事を受けました!」
「たった角一本だけでやってくれるの? ウサブタは? あれっ、もう行っちゃった……」
「あのな、イロハ。角の価値は、ウサブタで言ったら十匹以上はするぞ? だから、気前がいいなと言ったんだ。良い勉強をしたじゃないか……クックック」
む……そういう事か。
普通に二頭も捕れたんで、そんな高価なものとは思っていなかった。
「そうなんだ……」
「まあ、イロハが仕留めた獲物だ、人の役に立つんだからいいんじゃねーか?」
「うーん、なんか複雑。でも、僕は使わないし、奥さんが病気だって言っていたし、役立ててほしいよ」
「坊っちゃん! 準備できました。私は、ミッドロウの元締めをやっているヒルムシロという者です。価値を知らない坊っちゃんを騙したようで悪いと思いながら……でも本当に感謝しています。よかったら、名前を聞いても?」
「僕は、イロハ。よろしくね、ヒルムシロさん。奥さん、早く治るといいね」
「イロハ君、ありがとう。預かった獲物は丁寧に運びます。後ろからついてきて下さい。おいっ! お前ら運ぶぞー!」
「っやっしゃー!」
後方のフードマンたちは、見た目によらず元気がいいな、ちょっと怖いぞ。
ゆっくり歩きながら、ミッドへと戻ってきた。
そのまま、領主館の冒険者協会ミッド支店へ直行する。
ウェノさんが売却の手続きをやっている間に、ヒルムシロさんへ角を渡しておく。
「ありがとう、イロハ君」
「いえ、僕が初めて仕留めたイノシカです。誰かの役に立つのならよかったですよ」
「私達は、解体所に獲物を置いたら、そのまま帰ります。長居すると、周りがうるさいんで」
「うん、わかった。運んでくれてありがとう」
ウェノさんが戻ってきて、解体所へ。
獲物を降ろし、ヒルムシロさんとフードマンたちは帰っていった。
解体所では、四人くらいの職員が働いているようだ。
獲物は、引き渡しの時にリストをもらって換金するらしいので、今計算中とのこと。
ちなみに、リストが主流で、目録でも通じるみたい……ネイブを出てから古代語が普通に会話で出てくるようになったなあ。
「素材は全て換金、肉はイノシカの背を一頭分、ダチョルは一匹分持ち帰る。他はすべて買い取りで頼む」
「あいよっ! 持ち帰り分の解体費は、買い取りから差し引くぞ。これが、リストだ。よく、イノシカ二頭に出会えたな、助かるよ。ミッドで病が流行っていて角が足りないんだ」
「そりゃ、よかった。是非、役立ててくれ」
「ああ。持ち帰りの肉は、閉門前には準備しとく。後で寄ってくれ」
「わかった。行くぞ、イロハ」
換金を終えて、一度ホクホク亭へ向かう。
「ねえ、ウェノさん。さっきのフードマ……あの、後ろにいた布かぶったみたいな人たちは、なんだったの?」
「ん? ああ、あのフードを被った奴らのことか?」
フードで通じるんかいっ!
「そうそう、なんか顔も見えにくかったし、ちょっと危ない集団に見えたよ」
「そうだな……ありゃあ、たぶん……お! もう着いたぞ」
なんだよ、知らないんかい!
それとも……明言を避けたとか?
宿に戻ると、ブルさんたちはすでに飲み始めていた。
ウェノさんは、カラムさんに二、三言話すと、場に溶け込むようにスーッと席に座り注文をする。
「イロハ、後で解体所へ行ってこれと引き換えに肉をもらってきてくれ。ちゃんと、カラムに渡しとくんだぞ」
秒速で飲み始めた不良執事から引き換え札を預かった。
なんと身勝手な大人だ。
まあ、飲みたいんだろうな、酒代稼ぎとか言っていたし。
一応、俺も狩猟の報酬でニ万ソラスをもらっんだし、ここは大人しくしておくか。
「はーい、ごゆっくり〜」
絡まれる前に、退散!
そのまま、汚れを落としに本日三回目の水浴びへ。
元々、一日に何度も風呂へ入るタイプじゃなかったけど、どうしても汚れたまま部屋に入るのは躊躇してしまう。
解体所へのお使いから帰って、カラムさんへお肉を渡した。
こいう事は、カラムさんが得意とするところらしいので、お任せする。
部屋に戻り、今日の狩りを思い出して立ち回りなどのフィードバックをしているのだが……。
初めて自分の意志で、ああいう大型の生物の命を奪ったわけで、多少の高揚感が残っている。
血抜きのためにとどめを刺す時、生命の終わりというものをしっかりと見させてもらった。
虫を殺すのとは大きな違いだな……。
まあ、意外と
ついでに、コアプレートのチェックをしておくか……光らず。
コア:強化
■■■□□□
スキル:真強化
身体強化(真)○
部位強化(真)○
無生物強化(真)
スキル:真活性
細胞活性(真)
スキル:真付与
無生物付与(真)○
生物付与(真)
変わりはなかった。
狩猟をした後だったので期待をしたが、そうぽんぽんとスキルを覚えるなら苦労はしないよな。
しかし、スキルを授かる条件っていうのは何だろうか?
真強化は初回特典みたいなもので、身体強化はすぐに使えるようになった。
部位強化は、試行錯誤中に生まれた。
元となるスキルの用途に応じてとか?
ま、考えても無理か。
もし分かっていたなら、すでに周知されている……つまり謎なんだろう。
学校へ行ったら色々と学べそうだ。
素直に自分の好奇心を優先するなら、研究所が一番いいかも知れん。
しかし、やるべき事があるうちはしょうがない……。
五歳の時、記憶が戻った頃から新しく覚えたことや出会った人、文化の違いなどを書き記しているイロハノートを見返す。
紙の品質が悪いこともあり、五年くらい使っているので、すでにボロボロだ。
最初の頃は、以前の記憶とここで知ったことを整理するために書いていたけど、いつからか書くことで自分が前に進んでいる指標と思えるようになった。
思えば、いろいろなことがあったな。
こども会議にコアプレート作り。
野盗にクマ、出会いと別れ……。
団員さんたち、そしてその家族。
日々の訓練……。
ミルメとレジーは元気にしているかな?
実は、出発前に二人にはコアプレートを確認してもらった。
ミルメは、俊足の次に『スナイプ』というスキルを授かっていたことが分かった。
いつだったか、意表を突いた訓練で投擲をやっていたのが功を奏したのかもしれない。
的に当たる確率が上昇、まあ、命中率が上がるようなスキルだった。
なんか、忍者のようになっていってない?
一応、投擲武器をお勧めしている。
レジーは、瞑想の訓練をしていたら、集中力上昇の他に知り合い限定の気配察知? に近い能力もあることが分かった。
その他にも、傷が治るような不思議なこともあったので、瞑想に関しては能力がハッキリと分かっていない。
レジーには早めに覚悟してもらうために、俺が王都に行くことを先に伝えていたんだが、そのおかげかどうかは分からないが、出発の一日前に『耐性(精神)』を授かったらしい……への字口で報告された、俺のせいじゃねーし。
……トリファ、ロディ、ポルタに続き俺でとどめを刺した感じか? 勘弁してくれ。
父さん、母さん、リアムも元気かな?
村のことを考えていたら、無性に恋しくなってきた。
高揚感と郷愁感のダブルパンチで、眠れぬ夜を迎えることに……。
【移動経路】
ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒⇒ミッド領フォル⇒ミッド
次の経由地:ミッド領シェリダ
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