六十二話 ユーかい?

 今日は、出発の日だ。

 護衛のメンバーは、買い足した物のチェックとか、客車の確認とかをやっているようだ。

 

 俺は、特にやることが無いので、皆がいるミッドポートでぼーっと行き交う人々を見て過ごしている……「ここで大人しくしとけ」って言われたからなんだけど。

 やっぱり、街の中にはフードマンたちがいない……外限定?

 あーもう、気になってしょうがない。


 王都までの行程も残り三分の一程度。

 各街を見て回るのも悪くないけど、そろそろ落ち着きたいという気持ちが湧いてくる。


 人の出入りを見ていると、他の街に比べて冒険者風の団体が多いような感じだけど、どっかに迷宮とかがあるのかな?


 人間観察をしていたら、準備を終えたブルさんから声がかかった。


「イロハー! そろそろ出発だ」


「はーい!」


 丸一日お世話になったミッドともお別れとなる。

 客車の小窓から外を見ると、数台の客車が並んで正門に向かっている。

 ゆっくり町中を進み、ミッドの正門をくぐったら……。


「おーい!」


 門の外に出たらいきなり声をかけられた。

 よく見ると……。


「ヒルムシロさん!」


 若干列を避けて客車をかわしてくれる……素晴らしい配慮をしてくれる皆さん、ありがとう。


「イロハ君、もう行くのかい?」


「はい。昨日はお世話になりました。王都に試験を受けに行くので……」


「試験……? ああ、学校か。そうそう、君が譲ってくれた角のおかげで、妻の病が改善したんだよ! 本当にありがとう。恩を返そうと思ったけど、もう出発してしまうのか……そうだ! よかったらこれを貰ってくれないか?」


 ヒルムシロさんはそう言って、大きめのビー玉みたいな赤黒い球を三個渡してきた。


「えっと、これって何ですか?」


「これは、魔石と呼ばれるものだよ。近くの迷宮でとれたものだそうだ。冒険者に貰ったもので悪いが、俺は魔道具を持っていないので、是非、イロハ君に使ってほしい」


「あ、ありがとうございます。初めて見るんですが、大事にしますね」


「ハハハ、そんな大層なものじゃないよ。使い方は冒険者にでも聞いてみなよ。では、陰ながら試験の合格を祈っているよ!」


「はいっ!」


 頃合いを見てウェノさんは、客車を進める。


 ヒルムシロさん、ずっと手を振ってくれている……こう言っちゃなんだが、見送られる側って顔を引っ込めるタイミングが難しいなといつも思う。


 奥さんの病状が改善して本当に良かったよ。


「おい! もういいだろ、顔を引っ込めとけ。危ないだろうが」


 っと、ウェノさんに注意されてしまった。


「はーい」


 さて、改めて出発!

 

 

 次の街は、ミッド領の東側の街『シェリダ』。

 シェリダには、夕方に到着し、一泊してホグ領の領都へと向かう。

 

 

 道中は、ミッド領とホグ領の領境で荷物チェックくらいしか変わった事もなく、安全に進むことができた。

 

 とりあえず、シェリダがすごく田舎だったので、ゴサイ村に戻ってきたのかと思ってしまった。

 

 

 ◇◇

 

 

 翌日の夕方頃には、ホグ領都へ到着した。

 ホグにも小さいながら待機場はあるようだが、閉門前に到着したのでちゃんと街へ入れてよかったよ。

 一行は、ホグポートへ向かう。


 俺はいつも通り、待合室で待機。

 手続きを待って、いざ宿泊へ!


 ホグ領は、王国の中では人口、領土ともに小さい方だが、海に面しているので海産物が有名だと聞いている。

 

 日本人だった頃は、魚介類が苦手で好んで食べた覚えは無かった。

 なぜか今は、美味しいと感じてしまっている。


 味覚が変わったというわけではなく、単純にあまり加工されていないから、新鮮な素材の味がするし、食べ物の種類があんまりないというのもあるかもしれない。

 なにより、食事の前はいつも空腹だからねぇ。

 

 不思議なもので、こんな世界にまでやって来て、魚は塩焼きが一番美味しいということが分かってしまった次第である。


 そんなわけでやってきたのは『シオナミ亭』という、魚介類の料理を出してくれるお店だそうだ。

 お酒の話をしている大人たちは、タコイカの一夜干しがどーのとか、エビガイの煮ものだとか、おつまみの話で盛り上がっとります。


 まずはチェックイン。

 店内は、漁港の食堂のような香りが漂っている。


「エール四つ!」


 ブルさんの注文を皮切りに、皆が注文をする。

 以前は、お酒が飲めなかったのであまり詳しくはないが、このエールというお酒はビールに似た黒っぽい飲み物。

 上の泡をちょっともらって舐めたら、凄く苦い。

 何がそんなに美味いのか……。

 

 俺は、なんとなく選んだ『トビサンマ』の塩焼きを頼んだ……きっと、サンマが飛ぶんだろう。


 

 いやー、食った食った。

 魚って美味い! こんなに美味しいとは思わなかったな。

 村でも、魚はほとんど食べられないので、実は楽しみだったんだよな。

 トリファの合格祝いで出た塩焼き以来かな?


 この世界は、食事に箸が出てこない。

 主に、スプーンで食べるのだが、この魚の時は、先の形状が丸型、ひし形、四角形のように色々ある。

 やっぱ魚は、箸だよな……食べ付けないくせにそう思った。

 

 気になったのが、魚介の食事の時はパンが出ない。

 代わりに、ドロドロしたスープみたいなものが出てきたが、これがパンの代わりなのかもしれん。

 食べてみると、よく言えば雑穀雑炊、悪く言えば塩味の離乳食って感じだった。


「ごちそうさまでしたー!」


 いつものごとく、のん兵衛達はジャンジャンやっているので、絡まれる前に子供の俺は体を流しに行く。



 さっぱりして、自分の部屋へ突入!

 ふ~疲れた。


 移動がこんなに大変とはね……さすがにそろそろ着いてほしいものだよ。

 飛行機で行きゃ数時間の所を、もう半月くらい経っているんじゃないかな?

 こりゃ、本気で開拓を頑張ってもらわなきゃ、ますます帰れないや。

 

 途中でウェノさんに借りた簡単な地図を見て、ぼーっと考えていた。


 ん? あと一つの街を経由したら王都に着くじゃん!

 おおー! 頑張ったな、俺。


 まあ、ここまでこられたのは、ブルさん率いる青の盾とウェノさんのおかげだね、感謝。


 今日は早いけど、もう寝よう。



 ◇◇



 ……。


 ふと、目が覚めた。

 朝……じゃないな、暗い。


 うー、またジュースを飲みすぎたパターン……トイレに行きたくなってきた。

 そして、一階だったな、夜中のトイレって目が覚めちゃうんだよなー。


 行くしかないか……あーやだやだ。


 木造建築なんで、階段がギシギシ鳴ってお化け屋敷っぽい。

 夜は響くからね、なるべく音をたてないように。


 ゴソゴソ……

 カチャカチャ……


 ……ん、何の音だ?

 階段を降りきる直前の壁に体を寄せて、一階の通路を覗いてみる……。


「……」


 うっすらと二人の人影が見える。

 あっ! ミッドで見たフードマンだ!


 流行っているのか? あの服装……というか、何をしているんだろう。


 ……居空いあきというやつか?


 客室の扉をカチャカチャやっている、青の盾もウェノさんも俺と一緒の二階だから、知らない客の所ではあるが。

 この宿の扉は普通に回す鍵だし、鍵穴をカチャカチャ……泥棒さんだ。

 

 さて、どうしようか。

 

 声かけは危険だよな……ダメな大人たちは酔って使い物にならなそうだし、むぅ……。

 かといって、ほっとくのも寝覚めが悪い。


 ……大声でも出しとくか、ちょっと恥ずかしいけど、子供の俺には大人との戦闘なんて無理だし。

 大きく息を吸って、すーぅ。


「だーれーっ……くぅ……」


 っ!!

 

 突然、後ろに現れた誰かに口をふさがれた!

 

 後ろの奴が、小声で耳元へ話しかけてくる。


「小僧……死にたくなかったら大人しくしろ……分かったら頷け……」


 俺は、言われた通りに頷いた。

 

 それを確認したのか、口に猿ぐつわをかまされ、目の粗い麻袋のような物を被せられ、両手も縛られてしまったので身動きも回りを見ることもできない。

 

 そのまま、仲間と思われる二人の方へ連れられ、会話が聞こえてきた。


「おい、どうするんだよ、この小僧……」


「大声をあげられるところだったんだぞ、しょうがないじゃないか!」


「分かったから、ちょっとお前ら静かにしろ!」


 なんか、もめていらっしゃるんですけど。

 まあ、一応、いきなり殺されないように、身体強化を発動しておく。

 念のため、服にも……と思ったが手が縛られて触れられない、少しマズいか。


「おい、今日は日が悪かったようだ。一旦引き上げるぞ!」


「しかたねぇ、せっかく高価な物持っていそうな商人を見つけたというのに……」

 

「そういうこった。俺らが来た事は、バレてねぇんだ、また機会はあるさ」


 組織だった泥棒なのか?

 いろいろと遭遇しすぎだろ、この世界。

 

 こんな展開は、野盗やらクマやら野盗やら……を乗り越えたからなのか、感覚がマヒしてしまったように冷静だよ。

 とにかく、落ち着いて聞き耳を立てよう。


「んで、この小僧はどーすんだ?」


「……そうだ! あのクソ商人が子供を買いたがっていたな?」


 えっ?

 やめて、誘拐はまずい……どうしよう。

 それに、子供を買う?

 まさか、ラムの時みたいな野盗なのか? 人さらい、人身売買……非常に良くないことになった。

 

「小僧、悪いが一緒に来てもらおうか。お前のせいで、今日の儲けが無くなっちまった。運が悪かったと諦めるんだな」


 なんて残酷で、理不尽な言葉なんだ……いやだ、誰にも言わないから……お願いします!

 むぐ、むぐ……猿ぐつわで声をうまく出せない。


「そんな、首を振ったってどうにもなりゃしねーよ。たぶん、殺されたりとかはしねーから、安心しろ」


 何も安心できねー!

 くぅ……こんな時、うちののん兵衛護衛や不良執事は何やってんだー!

 助けてー!


 誘拐される……売られる……。


「ほら、さっさと引き上げるぞ」


 三人のリーダーっぽい奴がそう言うと、俺を持ち上げたまま、移動していく……。

 助けて……ウェノさん……ブルさん…………父さーん!


 俺の思いもむなしく、外へ出てどこかに運ばれていく……ああ、こんなことなら余計なことしなきゃよかった……。



 【移動経路】

 ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ

 次の経由地:メルクリュース領カーン

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