六十三話 どうけもの
……と、外へ出たところで、突然助けが……なんてことにはならず、虚しい時間が過ぎていく。
なんにも見えないから、移動中は同じところをぐるぐる回っているように感じる。
どうやら、拠点に着いたようだ。
見えないから分からないけど、物置? のような場所に投げ込まれたみたい。
猿ぐつわ、被り物、後ろ手に両手縛り、両足縛り追加……物理的に八方ふさがり状態。
鼻と耳はまだ生きている……情報を集めよう。
……臭い、かび臭い。
芋虫状態で音が聞こえる方へズリズリ寄って、聞き耳を立てようか。
それにしても、トイレへ行きたかったんだけど……扱いが雑過ぎる。
こりゃ、膀胱との攻防だな……。
「……小僧は、あのクソ商人へ売ることにした」
「なら、分け前はどうなるんだ?」
「そうだな、俺がいなけりゃ失敗してたわけだ。半分は俺、残りを二人で分けろ」
「そりゃ、納得いかねえな、コブトロ! そもそもフモニがもたもたしてるからだろ? 俺は関係ねーな。ってことで俺とコブトロで山分けだ」
「おい、なんでそうなる! コブトロもエラブも、鍵開けできねーだろうが! 俺がいるから仕事ができるんだぞ!」
相変わらずもめてんな、声の感じからすると、三人のようだけど、俺を捕まえた奴もリーダーってわけじゃなさそうだ。
えっと……。
コブトロというのが俺を捕まえた奴で、フモニが鍵をカチャカチャしていた奴で、エラブが扉の前でコソコソ周りを窺っていた奴か。
ガチャ……
コツ……コツ……コツ……
誰かもう一人、仲間が帰ってきたようだ。
「お前ら……うるさいぞっ! 外まで聞こえる。それで、今日はどうなった?」
「すまねえ、ブンさん」
「きょ、今日は邪魔が入ったんですぐに引き上げました……」
「……あ?」
「いや……あの、小僧に見つかってしまって……エラブとフモニが……」
「ちょ、ちょっと待てー! コブトロ、お前はなんもできねーから二階の見張りだったんだろうが、俺らのせいにすんじゃねー」
「そうだ! 鍵開けだって、簡単じゃないんだ、なんもできない奴が適当なこと言うな!」
どうやらブンさんというのが、上役っぽいな。
下っ端三人の、醜い罪の擦り付け合いが……。
「……そこまでだ。で、今日の分は、どうするんだ? あー?」
「そ、それは……あ、あの、小僧をさらって来たんで、そ、それをあのステリグマの旦那に売ろうかと……」
「ほう、小僧ねえ。どこにいる? しょうもないガキなら高く売れんぞ」
ああ……あのコブトロとかいう奴、最低な奴だ、俺まで生贄にしてからに。
しかし、マズいぞ。
ステリグマとかいう人身バイヤーに俺を売る方向で進んでいるじゃないか! ここはブンさんの良心に賭けるしか……。
「そ、そこの物置に……」
ガチャ
「……おい、袋を外せ!」
「へ、へい!」
……!
嘘だろ……。
俺の目に飛び込んできたのは……毛むくじゃらの黒い人。
これって、あれだよな……獣人。
この人がブンさん……顔がクロヒョウ? みたいな容姿をしている。
顔以外は人間と同じだと……いや、手がちょっと毛深い。
本で読んで、そんな種族もいると知ってはいたけど、実物は初めて見た。
他の三人も、みんな動物の顔立ちをしている……コブトロはブンさんの黄土色系、あと二人は灰色と黄色の……ネコ?
「おい、小僧。何を驚いているんだ?」
「いえ……」
なんか、すごく品定めをされているような……顔が近い。
「うーん、顔立ちは良さそうだが、そんなに高く売れないだろ、これ」
くっ……なんか、負けた気がする。
でも、価値が低いと助かる可能性も……できれば興味を無くしてくれ、ここは我慢だ。
アホっぽく……ほけーっと。
「……確かに、ちょっと阿呆っぽく見えますね。じゃ、始末しましょうか?」
うっ……あかん。
裏目に出てしまった、価値が無いと殺される……何かアピールするか?
くそぅ、コブトロめ……忌々しい。
「そうだな、明日になればいなくなった小僧の連れが騒ぐだろうから、そっちから取るって手もある」
おっ!
ええやん、うちの護衛をなめんなよ。
ウェノさんとか、たぶんブチ切れるだろうな。
「おい、小僧の連れは何人いる? 何か、価値のあるものはあるか?」
むぅ……どう返すか。
嘘をついてもボロが出そうだし……そうだ、戦力が無さそうだと誤解させるか。
こういう時は、本当の事も混ぜて話すと勝手に都合のいい方へ解釈してくれる。
「えっと、老人や女性や子供も人数に入るんですか?」
「老人女子供は、どうでもいい。男は何人いる?」
「はい……御者が一人、背の低い男が一人、僕を守る人が一人で、後は女性です」
「ほう、護衛一人か。分かった、価値のあるものは?」
よし、たぶんまともな護衛は一人と勘違いしたかな?
嘘は言ってない、最強の御者が一人、隠れて人知れずサクッと処理する者が一人、護衛のプロが一人、超近接戦最強の女性が一人……このようなオーダーとなっとります。
冒険者や護衛はいるか? とは聞かれなかったもんねー。
あとは価値か……たしか、香辛料とかは高かった気がする、他は食料とか?
「旅をしているので、補給したばかりの食料や衣類、香辛料などがあります」
「香辛料ねえ。ウエンズの物か?」
足りないか……?
表情からは分かりにくいが、声のトーンがやや低め、旨味が少ないようだ。
では、アレはどうだ?
「はい。あと、迷宮で取れた魔石? と言うものが複数個あったと思います。こーんな入れ物に……」
こーんな入れ物には、俺の荷物もたーくさん入っていますが。
魔石は、ヒルムシロさんにもらった大事な物だけど、小さいと価値はそんなにないって話だったもんな。
「何っ!? 魔石だと……それもそんなに大きい物か! 決まりだ。明日、お前の連れと取引だ。ここで見たり聞いたりしたことは忘れろ、分かったな?」
話は分かったが……お前は、
「はい。あの、便所に行きたいのですが……」
ブンさんは、少し考える素振りを見せ、ハンドサインで何かを指示した……?
「コブトロ! 連れて行ってやれ」
「へい!」
拘束を解かれて、汚く臭い便所で用を足した俺は、逃げることもせず、コブトロのところへ戻る。
もう、コイツらの運命は決まっている、余計なことをして警戒されたくない。
「お前、よく逃げなかったな。そこで逃げていたら、コレよ」
コブトロは、首を切る動作をする。
ふーん、さっきの合図はそういうことだったか。
「いえ……」
よかった、変な気を起こさないで。
「あれ、ブンさんがよくやるんだよ。わざと隙を作って、人質がどう動くのかを見て明日まで生かすかを決める。よかったな、合格だ」
よかねーよ、何が合格だ。
人を簡単に殺そうとしやがってからに。
「まだ、死にたくないですから……」
「いい心がけだ。さ、行くぞ」
コブトロに連れられて、さっきの物置に閉じ込められた。
一応、硬いパンを一つもらったが、とても食欲なんてわかない。
窓のない部屋だし、大人しくしとこう……。
◇◇
ガタッ
……ん? もう朝か?
扉の向こうが少し騒がしくなった。
ほとんど眠れなかったな……はぁ、トラブルばっかり。
生存を第一に、ここで少しでも情報を取っておくか、聞き耳を立てて……と。
「……おい、コブトロお前、ステリグマを呼んだのか?」
「いや、エラブが……」
「エラブ、おまえか?」
「は、はい……コブトロが言うもんで」
「ったく、そういう事は、俺に相談してからにしろ。面倒くさくなる」
「はいっ」
なにやら、エラブが人身バイヤーを呼んだみたいな話をしている……。
「来てしまったものは仕方がない、表に来ているみたいだから、呼んで来いコブトロ」
「へ、へいっ!」
ドタドタ……
「フモニお前も、何かやる時は相談しろと言っているだろうが、気を付けろよ」
「はいっ」
ガチャ
「おはようございます、ブンガロさん」
クロヒョウリーダーは、ブンガロね……。
「ああ、よく来たなステリグマ」
「なんでも、少年をさらったそうで……買い取りですか?」
人身バイヤーのステリグマが訪れたようだ。
気持ちの悪い声で、いきなりさらってとか、買い取りとか、慣れた口調で話している……ふざけた奴だ。
「いやな、売り渡すつもりだったが、連れから取れそうなんだ。そこで得た物を買い取ってくれ」
人を物みたいに言いやがって……。
「はいはい、分かりました。私は少年の方でも良かったんですがね……では、出直すとしますか。戦闘もこなす獣の牙さんだから大丈夫だとは思いますが、お気を付けを」
「うちをなめるんじゃねえ。すぐに使いを送るから黙って待ってろ!」
「はいはい。では、また来ます」
人が去っていく音が聞こえる……キモ声の主は帰ったか。
すぐに売られないで、ひとまずホッとした。
獣の牙か。
自分で獣って言っちゃってるよ、人じゃないのか?
「よし、お前ら、準備をするぞ。」
「「おー!」」
しばらくして、物置の扉が開けられた。
獣の牙の皆さんは、やる気満々で俺を迎えてくれる。
徐々に……破滅の音が。
【移動経路】
ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ⇒ミッド⇒ホグ
次の経由地:メルクリュース領カーン
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