五十八話 ショット
今日も、晴れだ、朝日が眩しい。
青々とした空を見上げ、昨日のラムとの会話を思い出す。
ラムには、きっと何かがある。
夢の話は、スキルと関係無さそうだし……。
王都まで時間もあるので、整理する時間を作ろう!
さて、今日は買い出しだ!
香辛料を買い込むぞ。
早く行きたい気持ちを押さえて、ゆっくりと食堂へ。
朝から、食堂も人で溢れている。
ミネさんは、まだ来ていないようだ。
ラムは、右往左往と配膳のお手伝いをやっている、頑張りやさんだな。
俺も朝食を頂くか。
「朝食一人分ください!」
間もなく、俺に気づいたラムが持ってきてくれた。
今日も前髪がパッツンとキマっている。
「おはよう、イロハ。これ、朝食ね。出発する時は教えてね。絶対だよ!」
「う、うん」
俺の返事を聞く前に、さっさと行ってしまった。
思ったら言葉を止められない子だなー。
朝食のパンとスープを食べ終わった頃、ミネさんがやってきた。
朝食はもう済ませていたらしい。
ラムを誘って、朝市へ出発!
ウエンズの朝市は、他のところよりも賑わっている様子。
流石に地元の宿の子。
ラムは、ここのペパがとか、ここの塩がとか、保存は小壷を使ったほうが……と説明をしてくれる。
店の回し者かと言うくらい、道案内とアドバイスをもらった。
塩、唐辛子、胡椒、胡麻……のような香辛料をとりあえず一通り、適当に十種類ほど小壷に入れてもらった。
塩とペパは多めで。
安いらしいが、なかなかのお値段だった。
俺はホクホクとなり、今度は武器屋さんへ。
ミネさんに聞いたら、場所を教えてくれた。
店に入るのは僕だけのようだ。
剣、槍、斧……やっぱり投げるとなると短剣みたいなものしか無いな。
もう持っているからいらないか。
おろ?
丸い鉄球がある……と思ったら、何かを引っ掛ける突起がある。
なんだこれは、ひとまず聞いてみた。
「すみません、この武器は何ですか?」
「これは、フレイルの先だ」
フレイル?
分からないという顔をしていたら、お店の人が指をさして教えてくれた。
対象の武器らしいものを見てみると、持ち手の棒の先から鎖が垂れ下がっている。
ああ、ゲームなどでよくある振り回す系の武器かな、トゲ付きとか間近で見ると凶悪だなあ。
「この、フレイルの先だけを下さい」
「持ち手の方はいいのかい?」
「はい、これだけでいいです」
「毎度あり」
野球ボールくらいのトゲ無しバージョンを購入した。
後は、ラムの武器だな。
「こんな感じの武器ってありませんか?」
ラム用に、羽子板くらいの小さめのラケットを身振り手振りで伝えてみた。
「見たこと無いな。木製でよければ作れるぞ?」
「時間がかかりますか?」
「一時間もあれば十分だ」
「では、お願いします。後で取りに来ますね」
僕は、武器を依頼して店を出た。
「ミネさん、一時間くらいして、戻ってきても大丈夫ですか?」
「いいんじゃない? 出発はお昼過ぎると思うわよ」
おおー!
お昼までなら、まだ体感で三、四時間はあるぞ。
「じゃ、ラムの練習がちょっとできるかもな」
「やったー!」
「なになに? 二人で何かするの?」
「ラムのスキルを試してみようと思って」
「ラムちゃんは、スキルを使うの初めてなの?」
「うん。まだ使ったこと無いの……」
「そうなんだ。なら、難しいやつだったのね」
「……なんで、お姉さんは分かるの?」
「その歳で、コアプレートを持っていて、使ったことが無いならね。私も、そうだったから」
ええー!
衝撃の事実や。
「ミネさんも、難しいスキルだったの?」
「私のは、難しいうえに、条件がいろいろとあってすぐに発動しなかったの。学校でも、未解明だって言われて諦めてた」
確かに、難しそうなスキル名とか、そもそも特性が難解すぎん?
旋回とか静寂とか遊撃とかさ。
そりゃ、未解明とかでごまかそうとするさ。
「ミネさんは、どうやって使えるようになったの?」
「私の場合は、たまたまよ。同じ系統のスキル持ち冒険者に出会ったから、あれこれやって、上手くいったのよ」
だよなー。
結局、先人たちが築いてきた情報が生きてくるし、似たようなスキルもまた参考になる。
特性の公開をしないように教育したり、スキルの情報を国民に周知しなかったりと、何かの意図を感じてしまう。
アドバンテージを取りたい王国の気持ちも分かるけど、そのしわ寄せが、ラムやミネさんみたいな問題を抱えてしまう子たちだ。
もう、国民一人一人から情報を集め、そのビッグデータを作って、匿名で『特性とスキルの大辞典』みたいなものを公開したらいいんだよ。
ちょっと特殊なものだけ秘密にしときゃ、今と変わらんだろうに。
「ミネさんが証明してくれた。やっぱり、ラムのスキルも可能性はあるぞ」
「うんっ、うんっ!」
「その辛さは分かるわよ。頑張ってね!」
「うんっ!」
「私はね、その時に『君のスキルは冒険者にとって貴重なスキルだよ』と言われた事をきっかけに、冒険者をやっているんだから」
「うわー! お姉さん凄いっ!」
「だから、諦めちゃダメよ。未解明で諦めた人、たくさん知っているから」
そんなにいるのか……それを教えるところが学校であり、教育するのもまた学校だと思うんだけど。
「うん! お姉さん、ありがとう!」
それから、他の場所にも行ってみたが、特にめぼしいものもなく、再び武器屋に戻ってきた。
武器屋の親父さんが作ってくれた武器は、思った以上の仕上がりだった。
ちょうど、バドミントンラケットの全体を仕舞うケースみたいなシルエットに、子供が握れる皮付きグリップ、フェイスの部分には、硬めの皮が張り付いている。
ここで、親父さんの説明が入る。
「本体が小さいんで一本の木で作ったぞ。持ち手の部分は、滑らないように柔らかい獣の皮、丸い面の部分は固い鱗皮を張り付けたが、これでいいか?」
「はい、期待以上の物です!」
「ハッハッハー! そうか、そうか。満足してくれてよかったぞ。金属製でやるにはちょっと大変そうだったんでな」
「金属でも作れるんですか?」
「できないこともないが、用途を考えて作らないと鉱石が……まあ、この辺は鍛冶の範疇になるんで、ちょっと説明は難しいな」
「そうなんですね。上手くいったら、そのうち金属製も頼むかもしれませんよ、なるべく軽いヤツで」
「ほほーう、楽しみに待っとくぞ。俺は武器屋のリンゲンだ、よろしくな」
リンゲンさんは、ゴツゴツした大きな手を差し出してきたので、握手をさせてもらった……手の質感が、本革みたいにザラッとしている。
「はい、僕はイロハと言います。これから王都の学校の試験に向かう所です」
「そうか、試験頑張れよ」
「はい、頑張ります! では、リンゲンさんもお元気で」
そう言って、リンゲンさんからラケットモドキを渡された。
持ってみても意外と軽い、いい仕事するなあ、リンゲンさん。
「毎度っ!」
……まあまあの価格だった。
宿に戻り、ランラン亭の物置となっている裏庭へ案内された。
横に五台ほど停められる駐車場の広さで、塀もあるためちょうどよい。
ミネさんは、準備のために一度戻るみたいだ。
「ラム、この武器がスキルを使うためには必要だと思う」
庭球、つまりテニスの事だ。
これは、恐らく日本でしか使われない単語というか当て字に近い。
テニスでショット、何かラケットのようなものでボールを打つスキルだろうと考えているが、この世界にテニスラケットなんてものは無い。
リンゲンさんは、よくあんな説明で忠実に作ってくれたなあ。
羽子板をラケット状に切り抜いたような武器を見て思う。
ふぅ、確かに、これは誰にも気づけないだろ……俺くらいしか。
とりあえず、木のラケットを手渡す。
「なんか、へんてこな武器ね。これをどうするの?」
へんてこなゆーな!
武器屋のリンゲンさんが、頑張って作ったんだぞ、高かったんだぞ!
「えーと、それをまずこんな感じで振ってみて」
テニスの下打ちサーブの素振りをして見せる。
「こ、こう?」
「いや、こんな感じで斜めに打ち上げるように、シュッと」
「こっから……こうっ!」
まあ、こんなやり取りをしばらくやって、実践に入る。
「素振りは良さそうなんで、ショットを使ってみよう!」
「わー! いよいよだね……」
最初は、この辺の小さな石で。
「じゃ、さっきの振りで、この小石を上に軽く投げて板で打つイメージを想像して。最初は、ショットって言ったほうがいいかもね」
「打つ……打つ……打つ……ショット!」
コロン……コロコロ……
ま、簡単に当たらんよな。
「もう一回ね。難しいかもしれないけど、ラムならできる!」
「打つ……当てる……打つ……当てる…………ショットー!」
カラン……コロン……
まあ、ドンマイだ。
こんな事を続けながら、五度目となった。
「集中……集中……当たる……ショット!」
シュッ! パーン!
「お、おおおー! 凄い! 真っすぐ行ったね!」
すげー!
一瞬、青く光ったように見えたが、初速が速くて小石を見失った。
小石も塀に当たってバラバラ……あれ? なんでラケットの時点で割れないんだろ?
「あ……あ…………あた……」
「どした? ああた?」
「あ……当たったよー! イロハ、当たったよ!」
ラケットも投げ捨てて、前髪パッツン娘が俺に飛び込んできた!
感情表現が豊かだな、九歳の女の子に抱きつかれちゃったよ、ちょっと暑い。
「く、苦し……嬉しいのは分かるけど、ちょっと離れようか」
「あ、ごめん……嬉しくて、つい」
お顔が赤い、女の子だもんな。
そんなことより、次だ、次! 時間もあまりないんだから、頑張ってもらわねば。
「分かるよ。でも、まだ一回じゃん。練習しよう」
「……う…………うぅ……ぅ、スキルが使えたの……うぅ。イロハ、ばりがどー!」
おー、クリクリの瞳から、大粒の涙が。
今まで、明るくしていたけど、コンプレックスだったんだな。
こっちまで涙ポロを貰いそうになったよ……。
「はいはい、ばりがどーを頂きました。泣かない泣かない」
一応、布切れを持ってきていたから、涙拭いて、鼻水拭いて、よだれ拭いて……ヒックヒックなっているから、背中をさすってと。
「うぁぁーん…………う……ぅぅ……」
「ほらほら、さっきの感覚忘れないうちに、ね」
背中をサスサス、頭はヨシヨシ……しない方がいいか、同い年だった、危ない危ない。
「ゔん……」
流石は子供、立ち直りも早い。
感覚を掴むのが早く、練習していたら二回に一回は当たるようになった。
いまの所、分かったことは、ショットが発動するにはいくつかの条件がある。
空中の動いている物を打つこと。
置いたもの、固定されたものは不可。
打たれる、いわゆる球の素材は打点の面より小さい物なら何でも良さそう。
打つ武器、これは棒などでもショットできたが……現実的ではない、二十回程やってやっと当たったから。
長尺については、今のところ持ち手があれば可能っぽい、フライパンとかいいかも。
スキルの特徴みたいなところは、不思議とラケットに当たった時に球が壊れることは無い点と、武器を選ばない点かな?
とにかく、いろいろと条件が複雑だったから発動できなかったってことだろうね。
そこで、どうしても確認しておきたかったから、ラムにお願いしてコアプレートを見てもらった。
丸印を確認しようと思ったが、予想とは違っていた。
なんと、ショットが『ショット(浮打)』に変化していたらしい。
丸は付いていないようで、ますますスキルの謎が深まるばかりだ。
一応ね、特性には旋回って言葉が入っていたんで、スピン……まあ、球に回転をかける打ち方を練習したら良さそうだよとだけ伝えた。
そして、別れの昼。
いよいよ、ウエンズを出発することとなる。
ラムは…………泣いた。
思ったよりも、ブルさんたちの準備が早かったというのもあるが、急に出ることとなったんで、楽しさマックスから急転直下のお別れとなったことが原因だろう。
ちゃんと「着いたら手紙を書くから」でなんとか許してもらった。
何も悪いことしていないんだけど。
次の街は、ウエンズ領北部の領境の街『ウインマーク』へ出発!
【移動経路】
ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ領ベガ⇒ウエンズ領フレズ⇒ウエンズ⇒
次の経由地:ウエンズ領ウインマーク
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