幕間十四話 グリフ・クリニア:時機到来(じきとうらい)

 ◇これは、イロハがクリニア商会を訪ねるまでとその後のグリフ側の話


(グリフ視点)


 おかしい、まだ来ない……。


 合格発表も数日前にあったらしいが、どうしたんだろうか。


 まさか……すでに滞在先を見つけた、とか?

 それでは困るぞ、いかん! 商業組合へ根回しをしておかなければ。

 



「クリニア商会のグリフだ。組合長はいるか?」


「あら? 副会長さん、今日はどうしました?」


 おや? 確か、あの時の娘……。


「うん? ああ、君か。組合長に相談があってね。どうだ、組合の居心地は?」


「うーん、受付業務も悪くないですが、刺激がないというところでしょうか」


 相変わらず、何を考えているのか分からない娘だ。


「だろうな……君ほど有能なら他にも選べたろうに」


「では、私をクリニア商会で引き取りますか?」


 む……本気か?


「……君は、あんなことがあったのに、また商会に関わりたいのかい?」


「そうですね……未練はありますが、今はやめておきます」


 しかし、この娘なら、あの開拓村の事業を任せられるかも知れない。

 イロハ君の護衛兼物資管理者……なんて役も務まりそうだ。


「君がその気なら、少し先になるが面白い仕事が生まれるかもしれないぞ?」


「へぇ、面白い仕事ですか。その時は、是非、お声掛けください。フフフ」


「分かった。君なら適任かもしれん、しかし……あの影蜘蛛かげぐもが受付ねぇ」


「その名で呼ぶのはやめてくださいね、さん」


「む……そうだな、ジュリーン君。お、組合長が来たようだ。では、またな」



 その後、組合長へは、イロハ少年が訪ねて来た際、連絡をよこすように依頼して、組合を後にした。


 うーむ、組合に訪れたのも半年ぶりだが、その時は会うこともなかった。

 あの時の娘が組合の受付を続けているとはね。


 表立っての騒ぎはあまりなかったが、各商会にはかなりの影響を与えた事件だったな。



 ◇◆◇◆数日後◇◆◇◆



 うむむ……万全の準備はした。

 根回しも問題ない。


 なぜ来ない……。


「副会長!」


 受付が、扉越しに呼んでいる。


 来たか! 


「どうした?」


「すみません、少しよろしいでしょうか?」


 ん? 何かあったか……?


「どうぞ、入りなさい」


「失礼します。あの、今日は体調が悪いので、帰らせて頂こうと思いまして……」


 顔色が悪い、真っ青じゃないか。


「ああ、かなり辛そうだな。早く帰って安静にしていなさい。今日は、他の従業員もいるから、業務のことは気にしなくていいぞ?」


「ありがとうございます、副会長」


「明日からも無理しなくていい、元気な子供を産んでほしいからな。とにかく今は安静にすることが仕事だ。さ、はやく帰りなさい」


「副会長……。本当に、ご迷惑をおかけします。失礼します」


 彼女が抜けるのは痛いが、この場合はむしろ応援するべきだな、めでたいことだ。


 子供か……うちの息子は元気にしているだろうか。

 修行に出ると言ったっきり、帰ってくることもない……一体どこで何をしているのやら。


 やりたいことをやれているのなら、それでいいんだがね。



 よし、念の為に例の物件の確認でもしておこう。


「おう! グリフ。出かけるのか?」


「商会長、なんでここに? 今日は会合があったんじゃないですか?」


「それがな、会合は中止となったんだ。先月の会合で闇商会の話があったのは覚えているか? どうやら、どこかの商会に潜んでいることが分かったらしい。その対応に追われているという話だ」


「闇商会か……九会の奴らは、まだこちらへちょっかいをかけようとしているのか。裏で大人しくしていればいいものを」


「そういうことだから、新規従業員や訪問客には注意をしていたほうが良いな」


「ああ、分かった。確か支店の方に新人が入ったようだが……アイツはさすがに、大丈夫か」


「まあ、うちも気をつけておかないとな。どこかに行くところのだったんじゃないのか?」


「そうだった、ちょっと出てくる」



 都市九会……いわゆる闇商会だ。

 

 違法取引、人身売買、暗殺、横流し……何でも依頼を受ける集団。

 私ら普通の商会とは相容れない関係だが、仕事上関わらざるを得ない場合もある。


 

 そんなことより、物件、物件。


 鍵も作っとかなきゃな、そうなると倉庫の方はどうするべきか……。


 王都縦断路が開通したら、この拠点は大活躍するだろう。

 立地も交通もいいところを選んだしな。

 それまでは物資の保管庫として、定期的な出荷用の倉庫に使うしかないか。


 

 よし、これでいい。

 いつでも鍵を渡せるし、滞在先としても十分に通用する。



 ああ、イロハ君……私のことを忘れてしまったのだろうか。


 組合にも寄ってみるか。



 

「なにっ! 少年が来たんだって?」


「ああ、それが、新人の受付が対応してな、気づくのが遅れてしまった、すまない」


 しまった! 一歩遅かったか。


「組合長! それは、いつの事ですかっ!」


「まあ、落ち着け、グリフ副会長。その受付の話では、滞在先を探している様子だったらしい。それも、借家を希望していたみたいで、いくつかの商会を勧めたそうだ」


 商会を勧めた……だと?


「なんだって!? どこだ! どこを紹介したんだ!」


「だから、落ち着けと言っている。新人受付は、手順通りに話しただけだ。その少年は、ひとまず持ち帰ると言って帰ったそうだ」


「……持ち帰る、か」


「それでな、しばらくしてひょっこり現れ、なぜだかクリニア商会の場所を聞いてきたんだってよ。ちなみに予算は六万ソラスだそうだ」


「……へ?」


「だから、落ち着けと言っただろ? ちゃんと場所も教えたそうだから、今頃着いているんじゃないのか? ここでのんびりしていていいのか、グリフ副会長よ」


 クリニア商会を訪ねる……間違いない、会いに来てくれたんだ。


「あ、ああ……忘れていなかったのか。こうしちゃおれん! すまん、組合長! 感謝する!」


 ちゃんと覚えていてくれたんだな、イロハ君。


 あっ! しまった!

 いつもの受付は、帰してしまったんだった……それに、今日は親父もいる。


 ……まずい、まずいぞ!

 

 闇商会の件で親父は、怪しい訪問者には厳しい対応をしそうだ。


 ただでさえ商会全体が警戒態勢だと言うのに、誰も知らない子供がいきなり副会長を訪ねてくると……悪い予感しかしない。


 ああ、なんて運が悪いんだ。


 親父……頼む、その子はクリニア商会の将来を左右する人物だぞ。

 今は、親父の勘が鈍っていないことを祈るしかない……。



 ◇◇



「親父っ!」


「なんだ? 騒々しいぞ、グリフ。それに、私は商会長だ。お前らしくないぞ?」


 いない……イロハ君がいない。


「少年は、どうした?」


「はぁ? いきなり、なんなんだ! 少年? あの、イロハとか言う少年のことか?」


「そうだ! どこにいる?」


「どこにいるも何も、帰したに決まっているだろう」


 くぅ、遅かったか。


「帰しただって!? はぁ……なんてことを…………」


「おい、どうしたんだ。そんなに崩れ落ちるほどのことがあったのか?」


「お……商会長には、どうせ分からないさ」


「意味が分からないな。何があった? 言わなきゃ分からんだろうが。ちょっとこっちへ来い!」


 ああ……すべてが終わってしまった。

 もう、今更どうしようもない。

 あんなに準備して、あんなに考えて……最後には詰めが甘かった。


 せめて、親父には明かしておくべきだった……これも、私が自分でやり遂げようとする欲を出したせいでこうなってしまったのだ。


「もう……遅いさ…………」


「いいから、来なさい!」


 

 失意のまま、親父と執務室へ……。


「それで、あの少年がなんなんだ?」


「あの少年が、切り札だったんだ……」


「私も、あの少年には、興味が湧いてな、お前に意見を聞いてから答えを出そうと思っていたんだ」


 ……なんですと!?


「えっ? では、追い返したんじゃないってこと?」


「そりゃ、いきなり訪ねてきて、グリフに会わせろと言ってきたんだ。普通は追い返すさ。でもな、嘘をついているようには見えなかったし、開拓村から来たようなことも言っていた」


「……」


「それに、スレイニアスに合格するほどの優秀さ。借家を紹介してほしいと言うから、とりあえず恩を売っといて損はないかと思ったわけだ」


 親父の悪い癖が出て良かった……さすが商売人だな。


「ということは……?」


「私も、面白そうな少年だなと思ってな、明日、昼食に誘ってみたんだ。だから、明日また来……」


「本当か! 親父! よくやった! やっぱり親父は商人の鑑だ。人を見る目に、状況判断、分かってくれて本当に良かったよ」


 素晴らしい! この親父の考え方、まさしく商人だ!


「おいおい、話が見えないぞ? 息子から褒められて悪い気はしないが……そんなに大事な少年なのか? お前…………まさか……」


 またか……。


「隠し子ってか? どこかの受付みたいなこと言ってんじゃねえよ! そんな事するわけが無いし、暇もないだろ?」


「そ、それもそうか」


「後は、このグリフに任せてくれ。あの少年は、私の客人だ」


「ふーむ……それはいいのだが、その話し合い、私も参加するぞ」


 そう言うだろうと思ったよ、しかし、あえて断らせてもらおう。


「ダメだ。後でちゃんと紹介するから、親父は少し待っていてくれ」


「なんだと! 私が約束を取り付けたんだぞ?」


「このグリフを訪ねてきたんだ。親父は後だ、ここは譲れない!」


「おい、待て! グリフー!」

 


 親父には悪いが、そうと決まったら準備をしないとな。

 これは、クリニア商会副会長の案件、商会長の手出しは無用だ。



 ◇◇



 ふぅ……イロハ君、思った以上に手強いというか、掴みどころがない。

 こっちが何も知らない風を演じて見せても、予算のことで突っ込んだりしても、全く動じることがなかった。


 最後には、身辺調査やモーセスのことで揺さぶろうと思ったが、まったく意に介していないように見えた。


 本当に、モーセスの言う通りそういう種族だと疑いたくなるくらいに。


 素でやっているのか、計算でやっているのか……父親のルーセントさんとはまた違った意味で恐ろしい人物だ。

 ただし、味方につけたらこれ以上にない戦力となることも確信した。


 最初に接点を持てたのは、幸運だった。

 

 あの村では、たまたま出会った……親父は何かを感じて、追い返さずに次の予定を入れた……その少年はモーセスも認める資質がある……さらにその父親は、誰も攻略できていない王国すら手を焼く荒くれ集団の団長ルーセント。


 これからが重要だ。

 ルーセントさんとの会談……一人では厳しい気がする。

 親父はもちろん、イロハ君にもいてもらいたい……が、難しいだろうな。


 こちらから出向く必要があるだろう。

 商会長、副会長共にひと月以上商会を開けることはできないし、イロハ君は学校がある。


 私がまとめるしかないか……。


 できる限りの準備をして、万全の状態で臨まなければ。

 クリニア商会の将来は私の肩にかかっている。


 もしも、私の運がまだ残っているのなら、後一回でいい、この商談を良い方向へ導いてほしい……。

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