幕間十三話 グリフ・クリニア:一日千秋(いちじつせんしゅう)

 ◇これは、イロハがクリニア商会を訪ねるまでのグリフ側の話


(グリフ視点)


 私が生まれ育ったクリニア商会。


 昔は、王都で一番の商会だった。

 今でも王都では三本の指に入る大手商会……と言われているが、大きな案件に関われる機会をことごとく逃している。


 ビスローブ商会、イリモメンタス商会、この二つの大手商会が台頭してきてからは、正直に言ってクリニア商会は落ち目だ。


 私も一時期は、慧眼のグリフなんて言う呼び名で恐れられた時期もあるが、たまたま人や機会に恵まれただけのこと……。


 今回の開拓村の件も、起死回生の案だったんだがなぁ……開拓団からは軽くあしらわれ、ネイブ領主には自力で攻略するしか無いと言われ……。


 慧眼のグリフの目は曇ってしまったのか。


 わざわざ、親父に頼らずお忍びで現地視察へ言ったんだが、収穫というものはほとんどなかった。

 

 まあ、将来楽しみな人材は見つけたんだが、あの子は恐らく開拓団か領主の関係者だろう、引き抜くのは難しそうだ。

 王都の学校へ行くと言っていたが、果たして商会を訪ねてくれるのだろうか?


 あまりしつこくすると、警戒されるから、軽く誘ってみたんだか……。


「グリフ、何を考え込んでいる?」


「ああ、親父か。王国の統治部はどうだったんだ?」


「ん? グラームスの爺は、相変わらずの石頭で、勝手にやれってよ」


「そうか……」


「現地に行って開拓団を直接訪ねるしか無さそうだな。グリフ、どうだ? 自信はあるか?」


 くっ……すでに現地視察へ行って追い返されたなんて言えん。

 かと言って何か案があるわけでもない。


「親父……やはり、この件は……接点の無いクリニア商会には厳しいかもしれない」


「……そうだな、一向に芽が出ない案件を追い続けることほど無駄なことはないな」


「悔しいが、参入の件は棚上げしよう。時期が来たときに関わることができる準備だけは進めておくよ」


「うむ。父親として、商会長として、グリフが大掛かりな案を出してきたからには、何とかしたかったんだが、力及ばすまないな」


 親父らしくもない、肩を落とした姿なんて見せてくれるなよ……。


「な、なんだよ、諦めるつもりはないぞ? 今は、時期が悪いだけだ」


「私はな、この件が軌道に乗ったら、会長職を退くつもりだった。少し引退が先延ばしになってしまったな、ハッハッハ」


「何言ってんだ、親父。引退なんてさせないよ。クリニア家の商人は、死ぬまで商人だ! 爺さんの遺言だろ?」


「そういう意味じゃない、クリニア商会の商会長は、グリフ、お前がやれ! そういうことだ」


 な、なんだと……。


「私が……?」


「そうだ。そのために、私の仕事、人脈を引き継いでいるだろう?」


「引き継いでいる……? 本気で言っているのか? あれは、仕事を押し付けているだけだろ! お陰で休みもなく働き詰めじゃないか!」


「ん? この前、二か月ほどの休暇をやっただろうが。そんなに休んでどうする? 商会長がよ」


 うっ……言えねえ、お忍びで開拓団へ視察に行って追い返された、なんて。


「ぐっ……しかし、すでにやっていることは、商会長の仕事じゃないか! 改めて言うことでもない」


「そうだな、これからはお前が商会を大きくするんだ。頼んだぞ?」


「ああ……言われなくても、そうする」


「これで、安心だ。世代交代は、元気なうちにやるもんだな。王国の政治関連は私に任せておけ、お前は自分の仕事をやればいい」


「分かった。任せてくれ」




 ああは言ったものの、どうしたものか……。



 ◇◆◇◆ひと月後◇◆◇◆



 あれからひと月、諦められない私は、あちこちで開拓団の情報を集めた。

 商会の二階にある、廊下沿いに作られた座席へ座り好みの紅茶を飲みながら、思考に耽る。

 

 出てくる情報は……団長のルーセントさんの性格や気性。

 とてもじゃないが、ちゃんとした話し合いができる気がしない。


 なんでそんな人が開拓団なんか率いているんだ?


 しかし、一方では、数年は事業を短縮している実績があるという……これでは、王国側もケチを付けられない。

 ネイブ領主は、親友だと言っていたが「全て任せている」で話は終わった。

 王国の担当部署である統治部の長とは、相容れない関係らしい……。


 なんて厄介な状況なんだ……。



 どの商会も未だに参入できていないのも納得だ。


 どこかに、一発で解決できる妙案が落ちていないものか。


「グリフ! 大変だ」


「どうしたんだ、お……商会長」


 危ない、親父と言うところだった。

 ここは従業員もいる場所……公私は分けないとな。


「執務室で話すぞ!」


 すごい剣幕で帰ってきたが……確か、商会の会合へ行っていたよな?

 何かあったのだろうか……。


「それで、どうしたんだ? 親父」


「それがな、会合の後、ランブルとメルチャー、トロワディ、アダンニ、インシュウェル、リブの六商会長で雑談をしていたんだが……」


 ビスローブ商会、イリモメンタス商会、トロワディ商会、アダンニ商会、リブフレード商会……錚々そうそうたる面子だ。


 ん、待てよ……まさか!


「その面子って、開拓団の情報を知っている商会じゃないか! 何か新情報でも出たのか?」


「それが、トロワディのところのルブラインとウォルター商会が開拓村に店を出しているそうだ」


「そんな……」


「それも、開拓村ができた当初から住んでいるらしい」


 そんなバカな……。


「なんで今頃になってそんな話が出てきたんだ?」


「それが、おかしなことにトロワディは、今まで知らなかったと言っていた。なんでも、ルブラインの娘が王都の学校へ入学したらしい……その流れで知ったと」


 豪腕のルブライン、十数年前のハーニック商会長の右腕だった男だ。

 商会長の娘を娶り、弱小商会を短期間に中堅商会まで持って行った手腕、多少強引な手段も辞さない冷徹さがあり、豪腕の名で一目置かれていた。


 奥さんを亡くしてからは、事実上の引退……王都から姿を消していたが。


「豪腕の娘か……。でも、ルブラインは引退したと聞いていたが、まだトロワディ陣営なのか? 親父」


「そこがよくわからん、隠していたってことは、豪腕の奴、何かやろうとしているのかもしれん。例えば、ハーニックを……復活させるとかな?」


 引退後は、ハーニック商会も徐々に衰退し、トロワディ商会に吸収される形で落ち着いたはずだ。

 息子もそこにいたと思うんだが……復活させるとは、穏やかな話じゃないな。


「ハーニック商会を? あそこは……ルブラインの奥さん由縁の商会だろ? トロワディに吸収されてなくなったんじゃ……?」


「うむ。奥さんを亡くしたと同時に息子へ全てを引継ぎ、王都から消えた……その後、娘を引き連れて王都へ戻ってきた。何かあると思わないか?」


「た、確かに。ルブラインの息子と娘、元ハーニックの従業員、開拓団……あり得るのかもしれん」


「それにな、ウォルター商会は地方専門だ。なのに開拓団員の妻を娶ったと言う話だ……。王都進出を目論んでいるとも取れるぞ。ウォルターはやり手だ、奥さんを丸め込み、開拓団を裏から牛耳る……なんてこともやりかねんぞ」


 ウォルター商会はあまり知らない。

 噂では、かなりのやり手だと聞いている、王都への進出はしない方針のようだったが……。


「くっ……かなり出遅れてしまったようだ」


「どうだ、グリフ? 良い策はあるのか?」


 良い策……良い策…………!


「……そうだ! 一つだけ、まだ誰にも明かしていない策がある。時期もそろそろだし、あの子が訪ねて来てくれたなら、何かのきっかけになるかもしれない」


「……あの子?」


「まあ、薄い薄い希望だ。時が来たら話すよ。その時は、協力してくれよ、親父」


「ああ、分かった。何を考えているかは分からんが、やれるだけのことはやろう」



 ◇◆◇◆さらにひと月後◇◆◇◆



 商会長の会合からひと月が経った。

 ふぅ……相変わらず、情報を集めても嫌な話ばかりだ。


 開拓団団長のルーセント……なんなんだこの人は。

 

 王国騎士団当時に商会を潰し、冒険者を追放し、挙句に当事者の上等民まで追い込んで……ネイブで結婚。

 開拓団団長として開拓事業をとんでもない速度で進める……。


 集めた団員は、能力は高いが荒くればかり……なんでこれで開拓が進むんだ?

 人口も五年足らずで数百人、名所まであって観光客も殺到している。


 領主の言うことも、王国の言うことも聞かない。


 わけがわからない……。



 もう、頼みの綱は、あの時あの村で出会った少年、イロハ君しか私にはないな。

 あの子には、何かあると私の勘が言っている。


 頼むから、ちゃんと訪ねてきてくれよ? イロハ君。



 ◇◆◇◆学園試験数日後◇◆◇◆



 スレイニアス学園の試験から数日、もう合格発表もあったことだろう、そろそろ来る頃かな?


 そうだ、間違いなく取り次いでもらうために、受付にも伝えておこう!



「君、ちょっといいか?」


「はい! 副会長。どうされかましたか?」


「ん? だいぶお腹も大きくなってきたね、そろそろおめでたじゃないのか?」


「はい、お陰様ですくすくと育っています。もうすぐお暇をいたたくことになりそうです」


「そうか、そうか。そりゃめでたいな。ところで、十歳くらいの賢そうな少年が私を訪ねてきたら、必ず取り次いでくれ。会長には内緒でな」


「……! まさか、隠し子ですか?」


 なんでそうなる?


「そんなわけが無いだろう、人をなんだと思っているんだ! 仕事だよ、仕事。子供だが、重要な人物になるかもしれないんだ、頼んだぞ?」


「は、はい! 申し訳ありません」


 よし、これでいい。

 さて、後は待つしか無い……いや、身辺調査でもやっとくか?



 ◇◇



 なんで、イロハ君の情報が全く出てこないんだ?

 あの子は、開拓村の者だったよな?


 親は誰なんだ?

 

 簡単に拾えないということは、隠蔽されている!? やはり領主の血縁……そんなところか。

 あまりにも事情を知り過ぎていたし、能力も高そうだった。

 受け答えも普通の十歳とは思えないし、教育もしっかり受けていると見える。


「副会長!」


 扉越しに受付の子からの呼び出し……ようやく来たな?


「分かった、今行くから応接室へ」


「はいっ」


 さてと、上手く話を進めないとな。

 



「……なんで、お前が来るんだ?」


「なんだ? 十年ぶりの同級生に言う言葉か?」


「モーセス、お前とは商売上敵同士、一体何を企んでいる?」


「ああ、お前はそういう奴だったな、グリフ。私は、独立したんだ。イリモメンタス商会の傘下も脱退した。だから、会いに来たんだ」


「……! 本当かっ? 何があった?」


「話せば長くなるが……」



 それから、モーセスに起こったことを延々と聞かされた……それも、とても信じがたいことを。


 その中心人物が、イロハ君だった……。

 なんと、あの開拓団団長の息子というおまけ付き。

 

 モーセスは、イロハ君の調査もしっかりしていたようだ……有能だな。

 

 


 それはもう、二人でバカになるほど飲んだ。

 こんなに楽しい夜を過ごしたのは何年ぶりだろう、これまでのくすぶっていた心のモヤモヤも吹き飛ぶ、最強の手札が舞い込んできた。


 モーセスの奴、去り際には「イロハ君の力になって欲しい」なんて似合わない言葉を残しやがった。


 そんな事、言われなくてもそのつもりだ。

 こっちが力になって欲しいくらいだ。


 しかし、驚きが重なるとかえって冷静になるものだな。


 よし、イロハ君は合格したらしいから、きっと滞在先が必要になるだろう。

 偶然にも、スレイニアス学園付近の西地区に空き家同然の物件があったな。


 アレを改修して、裏の倉庫は…………。


 そうと決まれば、明日から早速内装を修繕するか。

 三日くらいあれば大丈夫だろう。



 どうやら、私にも運が巡ってきたようだ。



 ◇◆◇◆三日後◇◆◇◆



 店舗側の内装や外装は完成だ。

 住むのは二階、一階は店舗だが、商売に興味があるなら協力しよう。

 後方には倉庫、これは参入が決まれば物資の保管庫となる。

 イロハ君には悪いがこの機会を逃すわけにはいかない。


 料金はどうしようか……無償でもいいが、警戒されて断られるのも困る。

 五……いや、八万くらいにしといたら違和感もないだろう。

 

 そうだ! 成功報酬で無償提供なんてのも商人っぽくていいな。


 よし、よし。

 準備は上々……もしこじれそうなら、モーセスや、モーセスの言っていた護衛集団にも協力をお願いするか。


 王都商会の三番手とは言われているが、はっきり言って落ち目のクリニア商会だ。

 事実上、すでに上位六商会の最下位にまで落ちぶれている。

 ただ古いというだけで面目を保っているのも、これで返上できるはずだ。

 


 早く訪ねてきてくれ、イロハ君……。

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